配信の果て

ほわとじゅら

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不思議な夢と現実と餌

臨時バイト

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「だいぶ上手くなりましたね。松葉杖の使い方をマスターされるのが凄く早くて助かります」

 息をついて辿り着いた先の椅子に腰かける。すると俺を担当していたスタッフは、おもむろにポケットから携帯を取り出すと耳に当て、呼び出しを受けたのか小走りでリハビリ室から出て行った。

 俺はもう一度ゆっくり立ち上がり杖を突いて中庭に続く大きな窓に近づいて寄りかかった。

「早く退院して確かめねぇとな」

 俺の知らぬ間に、宇多野と元妻が険悪な仲になっているとは思いもしなかった。しかも最悪な訊き方で怒らせてしまうとは。

「はぁ。これじゃあ何のためにサンライブに入ったんだか」

 無論、ナインズからの勧誘を避ける為でもあったが裏工作をして元妻を入社させた経緯もある。慎重に聞き出すということができなくなった以上、恐らく宇多野は与えられた仕事を淡々と熟しているのだろう。

 俺に会いに来ないのも、元妻との件もあり気まずくて会いにくさを感じているのかもしれない。これからどうすべきか、今なにを考えているのか、宇多野には聞きたいことが山ほどある。

 ひとまず体は日々、良くなりつつある。見舞いに来てくれた様々な同僚たちのお陰で、いつまでも病院のベッドに齧りついていないで体を治さなくてはと俺は強く思うようになった。

「よし。続きをやるか」

 体制を変えようとしたときだった。松葉杖の向きが良くなかったか、視界がぐらりと大きく傾いた。

「しまった!」

 床にぶつかると思い、衝撃に備えて目を瞑る。しかし誰かが咄嗟に支えてくれたようで、倒れる寸前にがっしりと俺を掴んでくれた。

「はぁ。あ、ありがとうございます」

 目を開けて顔を上げた。

「危ないところだったな」

 そこには見知らぬスタッフではなく、見知った顔があった。俺より身長の低い、しばらく会っていなかった探偵にして小男。

「碧山……なの、かよ?」

 驚いたことに、先ほど俺のリハビリを指導してくれた理学療法士のスタッフと同様の制服に身を包んでいた。

「お前、ここで何してんだよ?」

「臨時でバイト」

「は?」

「俺はときどき探偵業じゃなくて本業で稼いでる日もあるんだ。ちゃんと雇われて仕事する。でもリハビリ施設で情報収集することだってある」

「まじかよ。昔は商社に勤めていたのに、探偵一本じゃなかったのか」

「探偵業だけじゃ食えない日もあるのさ。それより喜べよ。今回は、お前の様子を見に来てやったんだ。直接会うなんて貴重だぞ?」

 碧山と共に俺は中庭へ場所を移した。

 空気のきれいな中庭には背の高い樹木に囲まれて木漏れ日の差す気持ちいい風も吹いていた。散歩するなら丁度良いだろう。黒いベンチに腰掛けて読書でもすれば休憩に最高な時間だが、碧山との話は気分の良いものではなかった。

「お前を轢いた男は起訴された。酒気帯び運転で混乱していて轢いたときの記憶はないと言った。逃走して酒が抜けたあと、正気に戻って見知らぬ河川敷のある場所で我に返り、給油が必要な車から出ると更に徒歩で逃走。出頭するべきか迷い更に2日。所持金が底を付いて、仕方なく寂びれた派出署に出頭。原因は会社から横領がバレて自業自得なのに懲戒解雇を受けたものだから怒りに任せて酒を買い爆速で運転。で、お前が巻き込まれた。刑事にも聞かれたと思うけど、ひき逃げ犯とは面識ないよな?」

 一気に蘇る。二人の刑事が俺の部屋にやってきて出頭した男について聞かれた日を思い出す。あの日と同じように俺は答えた。

「ない。まったくない」

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