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はじまり
酔
しおりを挟む少しばかりホロ酔いとはいえ、見間違いとか妄想で見えたのではない。
これは現実だ。思わず息を飲む。
「嘘でしょ」
私は震える指先で、通話ボタンのスマホに触れた。
「はい、御堂です」
『こんばんは。御堂さん。突然、お電話を差し上げて申し訳ありません』
岸光牙ではない。通話に出ると、少し高めな声だった。男の人ではあるが、もしやメンバーの一人かと頭の中で過った。しかし相手は早口で自身が何者であるかと告げてから要件を述べると電話は直ぐ切れた。
どういうことなのかと思った。私は告げられた住所を頼りに渋谷の奥にある店まで来ることになった。
「あ、この店か」
赤いドアを開けると店内でバーカウンターから出てきたスタッフと目が合う。岸光牙と同じくらいの年齢に見えた。金髪で、耳には複数のピアスが光っている。
「おや。君がスノーのご友人かな?」
「あ…はい、と言って良いかわかりませんが」
正確に言えば、パンキッシュ・ファミリーはクライアントであり、私は曲を制作し販売する本社の子会社に勤めるただの従業員だ。
「まぁ、何でもいいさ。誰か連絡が取れる相手ならね。あいつ。酔いつぶれちゃってさ。一応、本人にも聞いたんだけど一人で帰れるとか最初は喚いてて。で、結局そうなった」
店員が顎で指した。バーカウンターの奥だ。テーブル上で両腕を突っ伏するように顔を伏せた男をみれば、岸光牙、本人だった。
「え。なんで…」
「最初は気持ち良く飲んでたんだ。でも俺が他のお客さんに対応してたら、いつの間にか深酒しちゃってね。呼びつけて申し訳ないけど引き取ってくれる?」
岸の傍まで来てみれば、ホロ酔いの私でも分かるくらいに酒の匂いがした。テーブル上には空となったショットグラスが何十本も置かれているが、空になったウイスキーのボトルもある。強いアルコールを何杯も飲んだようだ。
「岸君。起きて!」
体をゆすってみたが全く反応がない。深い眠りに落ちているのか、声が届かないようだ。
「私じゃあ担いで送ってあげられそうにもないんですけど」
「ごめんね。今タクシー呼んだから俺が車まで乗せるからさ。家に着く前に、車の中で何とか起こして水でも飲ませてよ」
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルを渡された。
言われた通りに彼と共にタクシーに乗り込んだが、運転手に行き先を聞かれて、私は岸に訊ねた。しかし呼び掛けにも応じる様子はなく起きる兆しがない。私は仕方なく自分の住所を伝えるしかなかった。
どうしてこんなことに。軽く溜め息が出た。
考えても仕方ないことだが、どうして深酒なんてしてたのか気になった。
人気すぎて多忙となり、気合を入れる為にも酒を煽ったのだろうか。それとも誰かとトラブルになり、深酒をしないと気が済まなかったのか。
なんにせよ、明日も仕事はあるかもしれない。もう一度、呼びかけてみた。
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