1話完結のSS集Ⅱ

欲張りに復讐を/テーマ：あなたに会いたい

　私は幼い頃から何でも与えられ、欲しい物が手に入らないことなどなかった。
　学園に行けば周りが私を褒め称え、誰もが私のいいなり。
　だったはずで、それは今日だって変わらなかった。
　夜に知らされた両親の死を聞くまでは。

　数日後に葬儀が行われ、私は叔父様の家に引き取られることになった。
　元々私の屋敷に居た執事やメイドはクビにされ、家の屋敷より何倍も小さな屋敷に連れられた私に待っていたのは、今までとは全く違う生活。



「何故、執事やメイドがこんなに少ないのよ」

「この屋敷は、必要最低限の人数しか雇っていないんだよ。それで不自由しないからね」



　叔父様の言葉に私は腹を立てた。
　不自由しないわけがない。
　こんな少人数、それも年配の者ばかり雇ってなんの意味があるのか。
　私の屋敷に居た使用人達を雇うように話しても、叔父様は首を横に振るだけ。

　部屋も小さく窮屈で、家具も全然可愛くない。
　一人の執事に買い直すように言っても「まだまだこちらの家具は使う事ができますので」と私に歯向かってきた。
　どれだけ声を上げようと同じ言葉を口にするこの執事をクビにするよう叔父様に抗議しても聞いてもらえず、部屋に戻ることしかできなかった。

　お父様とお母様がいた頃は、何でも手に入っていた物が急に無くなってしまった怒りをどこにぶつければいいのかわからずにいた私に、更なる不幸が降りかかる。
　学園の、皆の反応が変わったこと。
　今まで褒め称えチヤホヤしてきた人達が、私に屈辱的な言葉を囁いていた。



「両親が無くなってしまった落ちこぼれ貴族になったそうよ」

「これで気を使う必要もなくなったわね」



　陰口を叩く貴族をキッと睨み付ければ「落ちこぼれがこっち見てるわ」とクスクス笑う。
　何故私がこんな思いをしなくてはならないのか。
　数日前までは輝いていた日常が、今の私の手にはなくなっていた。
　これも全ては両親が亡くなってから。
　元の生活を取り戻すには両親がいなくてはいけないのだと気づいた瞬間、前にクラスの令嬢が話していた黒魔道士について思い出す。

　平民が暮らす場所から少し離れた森の中に怪しい魔術を使う者が暮らしており、黒魔道士ではないかと平民や貴族の間で話題になっていた噂話。
　当時はくだらないと思っていたけど、その話が本当なら両親を生き返らせる事も出来るかもしれない。

　私は迎えに来る車より早く学園を出ると、平民街へ向かう。
　ハンカチで鼻と口を押さえながら歩いていれば、沢山の視線が向けられ気分が悪い。
　平民如きが私を睨むなんて。
　早くこの場を離れるべく平民街を抜けた先の無理へと足を進める。

　草木で制服はボロボロになっていくけど、こんな物買い替えればいいだけ。
　それよりも今は、噂が本当であるかが重要。
　黒魔道士がいなければ、私はこのまま落ちこぼれ貴族として周りから笑いものにされる。
　森の中のどこにあるかもわからない黒魔道士の家を探し続け、見つかったのは小さな小屋。
　その場所だけ木々が生い茂っていて暗く、いかにもな雰囲気を纏っている。

　扉の前に立ちノックをするが返事はなく、思い切り何度も叩き続けて黒魔道士を呼べばギイーっという音と共に扉が開き、隙間から伸ばされた手が私の腕を掴み中へと引っ張りこまれた。
　勢い良く背中に床が打つかると、私の上に誰かが乗っている。
　暗くて重さや感覚しか感じることが出来ないけど、この状況で私が発す言葉は一つ。



「誰の許可を得て私の上に乗っているのよ」



　凛とした声で一喝すれば突然明るくなる。
　私の上に乗っているのは、薄汚いマントを纏った男。
　明るくなったのは、男が手にしているランプのお陰のようだ。



「お前のように、最近貴族が面白半分で来るから困っている。女が一人で来るのは初めてだがな」

「私は面白半分で来たんじゃない。黒魔道士に両親を生き返らせてほしくてきたのよ」



　これには私の人生がかかってるっていうのに、男は溜息を吐くと「くだらねえ」と吐き捨て私の上から退く。



「両親が恋しくて生き返られたい。よくある話だな」

「違うわ。私の人生のために必要なのよ」



　男は一瞬驚いた表情を浮かべると「詳しく話してみろ」と言って椅子に座った。
　私が両親が亡くなってからの自分の状況を話終えれば、男は高らかに笑い出す。



「つまりアンタは、自分の欲を満たすために両親が必要ってわけか」



　男は立ち上がると私の前まで来てニヤリと口角を歪ませた。
　気味の悪い男だけど、普通の人間には感じたことのない感覚にコイツが黒魔道士だと私の中の何かが告げている。
　私の人生を左右する男の答えは「俺が両親に会わせててやるよ」という言葉と腹部への痛み。

　視線を下に向ければ、男が手に持つナイフが私の腹部に刺さりドレスが赤く滲んでいく。
　何が起きたのかわからないまま床に倒れる私の瞳に映るのは、喜びで歪んだ男の表情。
　引き抜かれたナイフが心の蔵を貫くと、私は最後に涙する──。


　暗闇に沈んでいた意識が浮上したとき、私はベッドの上にいた。
　着ているドレスに血はなく、刺された痕跡すらない。
　夢でも見ていたのかと思ったが、この場所はあの男がいた小屋。



「起きたか。あれから数日経ってるからな、直ぐには動けないぞ」



　聞きたいことがあるのに、体も動かないし声も出ない。
　睨むことしか出来ない私を見て笑う男は、私の口元に得体のしれない液体を近づけてくる。



「飲め」



　口を噤んで拒んだが、最後は無理矢理流し込まれて飲んでしまった。



「何を飲ませたのよ」

「よし、声は出せたな」



　先程は話そうとしても声が出なかったのに、こんな一瞬で出せてしまった事に驚く。
　あの薬のお陰だろうか。
　兎に角これで話が聞けると思い問いただそうとすれば「アンタの言いたいことはわかるぞ」と言ってあの時何が起きたのかを聞かせる。

　私が刺されこの男に殺されたのは事実であり、今は二度目の人生。
　普通の人間の人生は一度きりだが、黒魔術の一つに「死者蘇生」というものがある。
　ただし、死後一日以上経過の者は対象とはできない。
　つまり、私の両親を生き返らせることは不可能ということ。



「話は理解できましたが、私を殺す必要はありましたか？」

「自分の身で体験した方がわかりやすいだろ」



　思い通りにならないということ以外で初めて人に怒りが湧いたが、これでわかった。
　私の人生はすでに終わったんだと。
　両親がいなければ私は、あの生活から抜け出すことはできないのだから。



「そういやアンタ、記事に載ってたぞ。両親の死で令嬢自殺かってさ」

「何ですって！」



　ホラッと目の前で見せられた記事には確かにそう書かれているが、自殺とはどういう事なのか。
　私はこうして生きているし、死体すらない状況で自殺なんて可笑しい。



「こんなの変よ……」

「変っていや、アンタんとこの家って貴族で両親が死んだんだろ。その遺産はどこいったんだろうな」



　確かにそうだ。
　娘は私だけで、その遺産を手にするのは私のはず。
　まだ学生の身だということで叔父様に引き取られたのだとしたら、遺産は叔父様が受け取っている可能性が高い。



「そういやアンタが引き取られた屋敷、アンタが自殺したって記事が出てから金回りが良くなったみたいだな」



　全てがわかった。
　遺産を手に入れるための道具として見ていた叔父様は、私を始末するつもりだった。
　行方不明になり利用したみたいだけど、そんな嘘本人が表に出ればバレるのはわかっているはず。
　だとすれば、私を始末する者も雇っているに違いない。

　両親を生き返らせて元の生活を手にするはずが、生き返らせることは不可能で、その上、叔父様の裏切りを知ることになるなんて思いもしなかった。
　何より私の考えが正しければ、両親の死にも関与してる可能性がある。
　何故なら、あの日両親と一緒にいたのは叔父様だから。



「アナタ、私に力を貸しなさい」

「アンタの両親とはもう会えないぞ」



　そんなことはもうわかってる。
　それを知って絶望もしたけど、私の人生を壊した人物がいると知った今、復讐せずになんていられない。
　男は私のこの気持ちをわかっていて答えてる。
　なら、私が返す言葉は決まってる。



「両親に会わせるのを別の人物にしたいのよ」



　叔父様には、お母様とお父様のいる場所へ逝ってもらう。
　私の二度目の人生は復讐へと変わる。

　死の間際、私が涙を流した理由が今ならわかる。
　男の言った通り私は恋しかったんだ。
　両親のいる満ち足りた過去が──。


《完》