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「火種よし。風圧、定常。――始めるわ」
大炉の心臓部で、リリエルが合図した。新築した石積みの炉壁は高さ二階分、内部で白炎が脈打ち、天窓の排煙塔から雲のような蒸気が昇る。
テオは巨大な鞴の踏板に両足をかけ、深く息を吸った。
「初火入れ、三、二、一」
踏板が沈み、風が唸りを上げる。炎は一瞬で蒼白に変わり、炉内の温度計が規格線を跳び越えた。
地文は熱で揺れ、足場の鉄骨が軽く震えた。村人と帝都の石工たちが安全距離を保ちながら見守り、王国から駆けつけた技官が数値を記録する。
「設計上限を超えずに安定しています!」
「よし。では第一鋼塊を」
リリエルは合図し、巨大な滑車が唸る。吊り下げられた鋼塊が火口へ送り込まれ、赤く飲み込まれた。
「加熱五分、翻し三度」
「了解」
観測窓が赤く染まり、周囲の空気は鍛冶屋通りより数段熱い。それでもリリエルは汗を拭かず、鎚〈燈〉を構えた。黒鉄の指輪が赤光を弾く。
「緊張してるか?」
テオが息を整えながら囁く。
「緊張はしてる。でも怖くはないわ」
「理由は?」
「隣にあなたがいるから」
テオは笑い、踏板を再び踏み込む。炎が拍手のように裂け、鋼塊が火花をまとって引き上げられた。
金床へ下りた瞬間、巨大ハンマーが自動綱で振り下ろされる。轟音が大炉の屋根を突き抜け、遠くの森で木の葉を震わせた。
「面取り完了。次、羽根接合」
リリエルとテオは両端に立ち、鎚を交互に落とす。二つの鉄の響きが重なり、観衆の胸まで振動を伝えた。
「見事だ……!」
ユルゲンが感嘆し、王都の技官もため息を漏らす。
「これほどの打撃精度を人力で……」
「人力ではないさ」
ユルゲンが笑みを深め、指輪を示した。
「心力だ」
最終仕上げの冷却槽へ鋼塊が浸され、蒸気が白い壁を作った。リリエルは水飛沫の中、ほっと息をつく。
「第一号、成功ね」
「祝いは後だ。今日だけであと二塊叩く」
「働き者の旦那様」
「胡椒栗の在庫が減ってきたからな」
二人は笑い合い、手を取り合って次の鋼塊を呼び込んだ。
夕刻、大炉の火は安定状態に入り、新鋼が三本並んで冷却棚へ置かれた。羽根と炎の紋がどれも揃い、技官が満足げに頷く。
「王立兵装局は即日契約に移行する。品質監査に異議なし」
ミーナが祝いの菓子桶を抱えて駆け寄る。
「胡椒栗、羽根せんべい、蜂蜜パン、全部完売ですって! 屋台の増設を急がないと」
「大炉の副産物が菓子戦争を勝たせたのね」
「次は夏市で薔薇マカロンと再戦よ!」
リリエルとミーナが手を取り交わし、通りは笑いに包まれた。
夜になり、大炉の火を監視する交代組が詰所へ入る。リリエルとテオは屋根に上がり、月を仰いだ。
「ここから王都の塔が見えるかしら」
「見えなくても、火のうなりで届くだろう」
「届くといいわね。噂より温かい真実が」
テオは指輪を月明かりにかざした。
「黒鉄も月で光る。けれど一番眩しいのはお前の鎚だ」
「鎚はあなたの風で燃えるの。二つ揃わなければただの鉄」
「じゃあ一生、風を送ろう」
リリエルは頷き、そっと頭を肩に乗せた。
「幸せって、不思議ね」
「何が?」
「完成しない。打てば伸びて、磨けば輝きが増す。今日より明日の方が難しいけれど、明日の方がきっと楽しい」
「鍛冶屋の火と同じさ。油と風を絶やさなければ、永遠に燃える」
「絶やさないわ。炎と羽根は、もう離れないもの」
下から呼び声が上がった。村長が手を振り、夜食の鍋を指さしている。
「胡椒を入れすぎる前に降りましょうか」
「今日は倍量でいい。祝いの刺激だ」
二人は笑いながら梯子を降り、大炉の脇を通った。炉壁の石はまだ温かく、足音が高く響く。
リリエルは一瞬立ち止まり、掌を炉壁に置いた。
「ありがとう。私たちをここまで鍛えてくれて」
石は応えるように微震し、奥で火花がはじけた。
テオが手を重ねる。
「さあ、晩飯だ。明日も打つぞ」
「ええ。幸せは鍛え続けるものだから」
二人の影が大炉の灯に伸び、やがて夜風に溶けた。炉の炎だけが静かに揺れ、未来へ続く火種を守り続けていた。
大炉の心臓部で、リリエルが合図した。新築した石積みの炉壁は高さ二階分、内部で白炎が脈打ち、天窓の排煙塔から雲のような蒸気が昇る。
テオは巨大な鞴の踏板に両足をかけ、深く息を吸った。
「初火入れ、三、二、一」
踏板が沈み、風が唸りを上げる。炎は一瞬で蒼白に変わり、炉内の温度計が規格線を跳び越えた。
地文は熱で揺れ、足場の鉄骨が軽く震えた。村人と帝都の石工たちが安全距離を保ちながら見守り、王国から駆けつけた技官が数値を記録する。
「設計上限を超えずに安定しています!」
「よし。では第一鋼塊を」
リリエルは合図し、巨大な滑車が唸る。吊り下げられた鋼塊が火口へ送り込まれ、赤く飲み込まれた。
「加熱五分、翻し三度」
「了解」
観測窓が赤く染まり、周囲の空気は鍛冶屋通りより数段熱い。それでもリリエルは汗を拭かず、鎚〈燈〉を構えた。黒鉄の指輪が赤光を弾く。
「緊張してるか?」
テオが息を整えながら囁く。
「緊張はしてる。でも怖くはないわ」
「理由は?」
「隣にあなたがいるから」
テオは笑い、踏板を再び踏み込む。炎が拍手のように裂け、鋼塊が火花をまとって引き上げられた。
金床へ下りた瞬間、巨大ハンマーが自動綱で振り下ろされる。轟音が大炉の屋根を突き抜け、遠くの森で木の葉を震わせた。
「面取り完了。次、羽根接合」
リリエルとテオは両端に立ち、鎚を交互に落とす。二つの鉄の響きが重なり、観衆の胸まで振動を伝えた。
「見事だ……!」
ユルゲンが感嘆し、王都の技官もため息を漏らす。
「これほどの打撃精度を人力で……」
「人力ではないさ」
ユルゲンが笑みを深め、指輪を示した。
「心力だ」
最終仕上げの冷却槽へ鋼塊が浸され、蒸気が白い壁を作った。リリエルは水飛沫の中、ほっと息をつく。
「第一号、成功ね」
「祝いは後だ。今日だけであと二塊叩く」
「働き者の旦那様」
「胡椒栗の在庫が減ってきたからな」
二人は笑い合い、手を取り合って次の鋼塊を呼び込んだ。
夕刻、大炉の火は安定状態に入り、新鋼が三本並んで冷却棚へ置かれた。羽根と炎の紋がどれも揃い、技官が満足げに頷く。
「王立兵装局は即日契約に移行する。品質監査に異議なし」
ミーナが祝いの菓子桶を抱えて駆け寄る。
「胡椒栗、羽根せんべい、蜂蜜パン、全部完売ですって! 屋台の増設を急がないと」
「大炉の副産物が菓子戦争を勝たせたのね」
「次は夏市で薔薇マカロンと再戦よ!」
リリエルとミーナが手を取り交わし、通りは笑いに包まれた。
夜になり、大炉の火を監視する交代組が詰所へ入る。リリエルとテオは屋根に上がり、月を仰いだ。
「ここから王都の塔が見えるかしら」
「見えなくても、火のうなりで届くだろう」
「届くといいわね。噂より温かい真実が」
テオは指輪を月明かりにかざした。
「黒鉄も月で光る。けれど一番眩しいのはお前の鎚だ」
「鎚はあなたの風で燃えるの。二つ揃わなければただの鉄」
「じゃあ一生、風を送ろう」
リリエルは頷き、そっと頭を肩に乗せた。
「幸せって、不思議ね」
「何が?」
「完成しない。打てば伸びて、磨けば輝きが増す。今日より明日の方が難しいけれど、明日の方がきっと楽しい」
「鍛冶屋の火と同じさ。油と風を絶やさなければ、永遠に燃える」
「絶やさないわ。炎と羽根は、もう離れないもの」
下から呼び声が上がった。村長が手を振り、夜食の鍋を指さしている。
「胡椒を入れすぎる前に降りましょうか」
「今日は倍量でいい。祝いの刺激だ」
二人は笑いながら梯子を降り、大炉の脇を通った。炉壁の石はまだ温かく、足音が高く響く。
リリエルは一瞬立ち止まり、掌を炉壁に置いた。
「ありがとう。私たちをここまで鍛えてくれて」
石は応えるように微震し、奥で火花がはじけた。
テオが手を重ねる。
「さあ、晩飯だ。明日も打つぞ」
「ええ。幸せは鍛え続けるものだから」
二人の影が大炉の灯に伸び、やがて夜風に溶けた。炉の炎だけが静かに揺れ、未来へ続く火種を守り続けていた。
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