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第1章 リリアの巫女(いわやのはなのみこ)
第77話 旅立ち
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町の防壁から出た外の事を『荒野』と呼んだりもするが、実際は草原や森、池や川など豊かな自然と、そこで暮らす野生生物の楽園だった。
少なくとも俺の目には、人の暮らす世界の方が余程荒れて見えた。
俺達のクエストはリーデンから言われるまでもなく失敗だった。
「昨夜の地震、結構揺れたよな」
商隊員達の関心事は深夜に発生した地震についてだった。
「海も相当荒れたらしいぞ」
「野生生物が狂暴化してないと良いがな…」
うつむき歩く俺達の耳に商隊員達の噂話が届いてくる。
口には出さないが、一人減った俺達に商隊員達の不安そうな目が向けられているのは感じている。
「そろそろ話してくれても良い頃じゃないか?」
黙々と歩く俺達にダラが痺れを切らした様に言った。
リリアの町を出発して2時間は経過していた。
ダラが聞いているのが、リンの事だと言う事は分かっていた。
別に隠すつもりもなく、言いたくない訳でもない。
ただ、自分の中で整理がついていないだけかもしれない。
話を切り出す事について、気が重かったのは事実だった。
「ダラ達が神殿を出た後、リンの様子がおかしくなったんだ」
言葉を選びながら重い口を開いた。
「彼女は魔力切れでフラフラしていた。 ジャンが肩を貸さないと立てないくらいにね」
ダラだけでは無く、ミカとフミナも静かに聞き入っていた。
「俺とジャンが神器をどうするか相談していると、リンは突然ジャンを付き飛ばして例の鏡を拾い上げたんだ」
俺がそこまで言うと、ジャンがうなずいた。
「まるで何かに憑りつかれたみたいだったな…」
ジャンはその時の事を思い出そうとする様に目を細めて言った。
「鏡から溢れ出た黒い光がリンを包み込んで… 次にリンを見た時、背中に黒い翼を生やした別の存在になっていたよ」
リンの事を『化け物』と呼ばない様に慎重に言葉を選びながら続けた。
「あの時の地震はリンが放った怪光線が神殿を火の海に沈めた時の衝撃だよ」
「なんてこった… そんな事が…」
ダラは眉をひそめて唸った。
続けたいが、俺が客観的に話せるのはここまでだった。
「その後、颯竢が『まだだ』とか言って鏡を拾って、颯竢も黒い翼を生やして、リンが神殿の天井を突き破って」
ジャンは一気にそう言うと、少し考える様な素振りを見せて続けた。
「地震はその時の影響かも知れないな」
ジャンがそう言うと、そうかもしれないと俺も考え直した。
「海水が流れ込む神殿から、リンが俺を抱えて砂浜まで運んでくれたんだ」
ジャンは辛そうに続けた。
「まだ、少しでもリンの意識が残っているのかもしれない…」
ジャンの言葉に俺もうなずいた。
それは希望的な観測というより確信に近かった。
「その後、リンと颯竢が怪光線を撃ち合って、颯竢はリンに撃ち負けて。 骨折した俺の手と、腹に穴が空いた颯竢を治して、リンは飛んで行ったよ」
ジャンの話はそこでおしまいだった。
「で? 颯竢はなんで鏡なんか使ったんだ? 何かに憑りつかれていたのか?」
ダラは呆れたような顔で尋ねて来た。
「いや、リンを取り戻すには同じくらいの力が必要かな? って思っただけで」
ダラは俺の答えを聞くと、心底呆れた顔をして大きなため息をついた。
「無茶をするとは思っていたが、そこまでとはな…。 俺も『命知らず』で鳴らしてはいるが、颯竢のは『死にたがり』のレベルだな」
ダラがミカとフミナに振り返って言うと、二人は苦笑いをした。
昼過ぎの3時頃、海沿いに続く街道を歩いていると、リーデンは前方を指差して御者に何かを指示した。
「川が増水して進めないらしいぞ」
馬車の近くを歩いていた商隊員達から噂話が伝わって来る。
しばらくすると、川の手前で馬車が側道に逸れた。
今夜はここで野営するようだ。
「二人とも、今夜は野営になりそうだけど平気かな?」
平気じゃなくても野営するしかないのだが、一応二人に確認する。
「平気です」
「私も大丈夫です」
ミカとフミナはそう言って頷いた。
「俺はここらでお別れだ」
ジャンは唐突にそう言った。
思ったより遅いペースにジャンがそわそわしていたのは知っていた。
ジャンはリンを探す旅に出る。
その意思は固く、揺るぎないものだと知っていた。
「ジャン、短い時間だったけど、一緒に過ごした時間は忘れないよ」
「あぁ、リンを見つけたらまた一緒に冒険しようぜ、相棒」
ジャンは俺が差し出した右手を両手で掴んでそう言った。
「無理はするなよ? あと何かあったら遠慮なく頼れ」
ダラはそう言って親指を立てて見せた。
「アニキも元気でな!」
ジャンは右手を軽く挙げてそう言うと、西にそびえ立つ山脈に目を向けた。
「待ってろ! リン!」
ジャンはそうつぶやくと街道の西に広がる森の中に飛び込んでいった。
「一緒に野営して明日の朝に出発すれば良いものを… いかにもジャンらしいが」
ダラは呆れた様に笑った。
秋も深まり、最近は日が沈むのも早くなってきていた。
もたもたしていると、暗闇の中でテント張りをしなければならなくなる。
河口という地形を生かし、川と海を背に設営する事にした。
設営は非常に簡単で、馬車の屋根に丸めて収納されていたタープ4枚を四方に張り、地面にペグで留める。
タープには三角形の幌が畳みこまれており、それを展開すると四隅を塞ぐ事が出来た。
何箇所か紐で縛れば馬車が8角形の巨大なテントに早変わりしていた。
あとは平らな地面を探して寝袋を置くだけだが、ミカとフミナは馬車の荷台の隙間にクッションを敷いて寝床を確保してもらっていた。
「私、石の上でも寝れますよ?」
ミカがそんな事を言い出して商隊員達が逆に気を遣って荷物を寄せてくれたのだ。
野営でもう一つ大切なのは火を確保する事だ。
暖を取ったり調理にも役立つが、何より安全対策としての意味が大きい。
闇夜にまぎれて現れるのは魔物や猛獣、夜盗など様々なものが想定されるが、明るくしておけば突然襲われる可能性が低くなる。
野生生物は火を恐れる傾向にあり、蚊のような羽のある害虫は火に飛び込む傾向にある為、大人数で野営する商隊では一晩中交代で火の番をするのが一般的だ。
街道と馬車の間で火を起こし、焚火でできる馬車の陰になるのが海だけになる様にする。
暗くなればトイレなんかもその陰で済ませられる。
ここまでの準備が1時間程度で完了した。
初めての馬車テントだが、なかなかスムーズな設営だった。
設営が終われば食事の時間だった。
旅の途中の食事には、臨時で食材が入手出来ない際は乾パンとココナッツミルクなどの飲み物が配られていた。
保存食とはいえ、2週間ほど保存されていた乾パンはパサパサで美味しいものではない。
前世で食べた乾パンに比べて味がなく、そして長持ちもしない。
「ん-! おいしいー!」
ミカは『ブチッ』とちぎった乾パンを上品に口に運んでは、頬に手を当てて味わって食べていた。
そうしなければ頬が落ちてしまうと言わんばかりだ。
「こんな美味しいパン初めてだよ」
フミナはちぎらずそのままパクパクと食べていた。
彼女たちがあまりにも美味しそうに食べるため、次第に『俺達のパンと違う』と商隊員達の噂になり、わざわざ見に来るメンバーも現れていた。
もちろん何も違わないのだが。
この乾パンを焼いたパン職人が彼女達の反応を見たら、泣いて喜んだ事だろう。
晩飯を済ませると多少歓談の時間を取るのが一般的だ。
商隊員達の関心はミカとフミナに向けられており、何かとちょっかいを掛けられているが、二人とも実は超が付くほどの天然キャラで上手い感じに馴染んでいた。
二人ともニコニコしていれば少し痩せすぎな感はあるものの、なかなかの美人だった。
リンが美人過ぎて浮いていた事を考えると、ほどほどっていうのは大事なんだと感じられた。
日が沈むと一気に冷え込む。
海から吹く風でテントがバサバサと音を立てる。
商隊員達は寒さに震えながら寝袋に潜り込んでいった。
「フミナもミカも疲れただろう、今日は早く寝ると良い」
ダラが二人に声を掛ける。
「はーい、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「二人ともおやすみ」
まだ元気で名残惜しそうな二人を見送る。
姿が見えなくなり、二人の話し声が聞こえなくなったところで俺とダラはじゃんけんをした。
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少なくとも俺の目には、人の暮らす世界の方が余程荒れて見えた。
俺達のクエストはリーデンから言われるまでもなく失敗だった。
「昨夜の地震、結構揺れたよな」
商隊員達の関心事は深夜に発生した地震についてだった。
「海も相当荒れたらしいぞ」
「野生生物が狂暴化してないと良いがな…」
うつむき歩く俺達の耳に商隊員達の噂話が届いてくる。
口には出さないが、一人減った俺達に商隊員達の不安そうな目が向けられているのは感じている。
「そろそろ話してくれても良い頃じゃないか?」
黙々と歩く俺達にダラが痺れを切らした様に言った。
リリアの町を出発して2時間は経過していた。
ダラが聞いているのが、リンの事だと言う事は分かっていた。
別に隠すつもりもなく、言いたくない訳でもない。
ただ、自分の中で整理がついていないだけかもしれない。
話を切り出す事について、気が重かったのは事実だった。
「ダラ達が神殿を出た後、リンの様子がおかしくなったんだ」
言葉を選びながら重い口を開いた。
「彼女は魔力切れでフラフラしていた。 ジャンが肩を貸さないと立てないくらいにね」
ダラだけでは無く、ミカとフミナも静かに聞き入っていた。
「俺とジャンが神器をどうするか相談していると、リンは突然ジャンを付き飛ばして例の鏡を拾い上げたんだ」
俺がそこまで言うと、ジャンがうなずいた。
「まるで何かに憑りつかれたみたいだったな…」
ジャンはその時の事を思い出そうとする様に目を細めて言った。
「鏡から溢れ出た黒い光がリンを包み込んで… 次にリンを見た時、背中に黒い翼を生やした別の存在になっていたよ」
リンの事を『化け物』と呼ばない様に慎重に言葉を選びながら続けた。
「あの時の地震はリンが放った怪光線が神殿を火の海に沈めた時の衝撃だよ」
「なんてこった… そんな事が…」
ダラは眉をひそめて唸った。
続けたいが、俺が客観的に話せるのはここまでだった。
「その後、颯竢が『まだだ』とか言って鏡を拾って、颯竢も黒い翼を生やして、リンが神殿の天井を突き破って」
ジャンは一気にそう言うと、少し考える様な素振りを見せて続けた。
「地震はその時の影響かも知れないな」
ジャンがそう言うと、そうかもしれないと俺も考え直した。
「海水が流れ込む神殿から、リンが俺を抱えて砂浜まで運んでくれたんだ」
ジャンは辛そうに続けた。
「まだ、少しでもリンの意識が残っているのかもしれない…」
ジャンの言葉に俺もうなずいた。
それは希望的な観測というより確信に近かった。
「その後、リンと颯竢が怪光線を撃ち合って、颯竢はリンに撃ち負けて。 骨折した俺の手と、腹に穴が空いた颯竢を治して、リンは飛んで行ったよ」
ジャンの話はそこでおしまいだった。
「で? 颯竢はなんで鏡なんか使ったんだ? 何かに憑りつかれていたのか?」
ダラは呆れたような顔で尋ねて来た。
「いや、リンを取り戻すには同じくらいの力が必要かな? って思っただけで」
ダラは俺の答えを聞くと、心底呆れた顔をして大きなため息をついた。
「無茶をするとは思っていたが、そこまでとはな…。 俺も『命知らず』で鳴らしてはいるが、颯竢のは『死にたがり』のレベルだな」
ダラがミカとフミナに振り返って言うと、二人は苦笑いをした。
昼過ぎの3時頃、海沿いに続く街道を歩いていると、リーデンは前方を指差して御者に何かを指示した。
「川が増水して進めないらしいぞ」
馬車の近くを歩いていた商隊員達から噂話が伝わって来る。
しばらくすると、川の手前で馬車が側道に逸れた。
今夜はここで野営するようだ。
「二人とも、今夜は野営になりそうだけど平気かな?」
平気じゃなくても野営するしかないのだが、一応二人に確認する。
「平気です」
「私も大丈夫です」
ミカとフミナはそう言って頷いた。
「俺はここらでお別れだ」
ジャンは唐突にそう言った。
思ったより遅いペースにジャンがそわそわしていたのは知っていた。
ジャンはリンを探す旅に出る。
その意思は固く、揺るぎないものだと知っていた。
「ジャン、短い時間だったけど、一緒に過ごした時間は忘れないよ」
「あぁ、リンを見つけたらまた一緒に冒険しようぜ、相棒」
ジャンは俺が差し出した右手を両手で掴んでそう言った。
「無理はするなよ? あと何かあったら遠慮なく頼れ」
ダラはそう言って親指を立てて見せた。
「アニキも元気でな!」
ジャンは右手を軽く挙げてそう言うと、西にそびえ立つ山脈に目を向けた。
「待ってろ! リン!」
ジャンはそうつぶやくと街道の西に広がる森の中に飛び込んでいった。
「一緒に野営して明日の朝に出発すれば良いものを… いかにもジャンらしいが」
ダラは呆れた様に笑った。
秋も深まり、最近は日が沈むのも早くなってきていた。
もたもたしていると、暗闇の中でテント張りをしなければならなくなる。
河口という地形を生かし、川と海を背に設営する事にした。
設営は非常に簡単で、馬車の屋根に丸めて収納されていたタープ4枚を四方に張り、地面にペグで留める。
タープには三角形の幌が畳みこまれており、それを展開すると四隅を塞ぐ事が出来た。
何箇所か紐で縛れば馬車が8角形の巨大なテントに早変わりしていた。
あとは平らな地面を探して寝袋を置くだけだが、ミカとフミナは馬車の荷台の隙間にクッションを敷いて寝床を確保してもらっていた。
「私、石の上でも寝れますよ?」
ミカがそんな事を言い出して商隊員達が逆に気を遣って荷物を寄せてくれたのだ。
野営でもう一つ大切なのは火を確保する事だ。
暖を取ったり調理にも役立つが、何より安全対策としての意味が大きい。
闇夜にまぎれて現れるのは魔物や猛獣、夜盗など様々なものが想定されるが、明るくしておけば突然襲われる可能性が低くなる。
野生生物は火を恐れる傾向にあり、蚊のような羽のある害虫は火に飛び込む傾向にある為、大人数で野営する商隊では一晩中交代で火の番をするのが一般的だ。
街道と馬車の間で火を起こし、焚火でできる馬車の陰になるのが海だけになる様にする。
暗くなればトイレなんかもその陰で済ませられる。
ここまでの準備が1時間程度で完了した。
初めての馬車テントだが、なかなかスムーズな設営だった。
設営が終われば食事の時間だった。
旅の途中の食事には、臨時で食材が入手出来ない際は乾パンとココナッツミルクなどの飲み物が配られていた。
保存食とはいえ、2週間ほど保存されていた乾パンはパサパサで美味しいものではない。
前世で食べた乾パンに比べて味がなく、そして長持ちもしない。
「ん-! おいしいー!」
ミカは『ブチッ』とちぎった乾パンを上品に口に運んでは、頬に手を当てて味わって食べていた。
そうしなければ頬が落ちてしまうと言わんばかりだ。
「こんな美味しいパン初めてだよ」
フミナはちぎらずそのままパクパクと食べていた。
彼女たちがあまりにも美味しそうに食べるため、次第に『俺達のパンと違う』と商隊員達の噂になり、わざわざ見に来るメンバーも現れていた。
もちろん何も違わないのだが。
この乾パンを焼いたパン職人が彼女達の反応を見たら、泣いて喜んだ事だろう。
晩飯を済ませると多少歓談の時間を取るのが一般的だ。
商隊員達の関心はミカとフミナに向けられており、何かとちょっかいを掛けられているが、二人とも実は超が付くほどの天然キャラで上手い感じに馴染んでいた。
二人ともニコニコしていれば少し痩せすぎな感はあるものの、なかなかの美人だった。
リンが美人過ぎて浮いていた事を考えると、ほどほどっていうのは大事なんだと感じられた。
日が沈むと一気に冷え込む。
海から吹く風でテントがバサバサと音を立てる。
商隊員達は寒さに震えながら寝袋に潜り込んでいった。
「フミナもミカも疲れただろう、今日は早く寝ると良い」
ダラが二人に声を掛ける。
「はーい、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「二人ともおやすみ」
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