うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)

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『何がしたいんですか?』

従者の言葉がよみがえって、頭が痛んだ。



 あれから、馬車の中では従者によってニールスはめ上げられた。




「ハァ~」

あまりに遠慮のないため息に、

「ベンジャミン何か言いたいことがあるなら、はっきり言え」

そう言ったニールスの言葉を契機けいきに、従者はたまりにまった不満を爆発させた。



「なんですか、あのセシリア様への態度は!」

ベンジャミンは元は兵士で、怪我で剣を折ったのを、ニールスが従者として取り立てた。

元々、どこかの伯爵家の傍系ぼうけいの出で、ニールスよりよっぽど貴族らしい男だ。


「ほんの数分、セシリア様に時間を使うのがそんなに惜しいですか?」

「そんなわけあるか!立ち話をさせるわけにもいかないだろ、あんな所で。」

「あんな所でないと、つかまえられなかったんだろ?」

ベンジャミンは、とうとう主従関係を無視し始めた。

「言ってくれれば、時間ぐらい作る。」

「いつ言えばいいんだ?ずっと、軍にめるか、こうして領地の仕事をしてる───屋敷の執務室だって、昼間はセシリア様がいるからって夜中にコソコソ使ってるくせに。」

「コソコソとはなんだ!」

ベンジャミンは、ニールスが出征中の三年間のセシリアを見ているせいか、ニールスよりもセシリアに傾倒けいとうしている。

「お可哀想に、大事な話があったんじゃないのか?」

ベンジャミンはニールスを睨みつけた。

「分かっている、分かってはいるんだ…」





 その後もベンジャミンはセシリアへの態度の悪さを、指摘し続けた。

セシリアを直視ちょくしできず避けているうちに、避けることが目的になってしまっていた自分にやっと気が付いた。



問題はその後のベンジャミンの話だった。

セシリアの工房に兵士が押しかけて、負傷兵の妻の雇用を無理強むりじいしたという。

『仕事のことは心配いらない、必ず困らないようにする。』

負傷兵の妻は、この言葉を「工房に雇い入れる」と受け取ったようだ。

って工房に行った兵士が誰かはすぐに分かった。



軍の本部の執務室で、ニールスは頭痛をおさえようと、こめかみに手をやった。


 なんとおろかで、当てにならない夫であろうか。
自分は関わってもいない物事に、易々やすやすと土足で踏み込んでくる下衆げすな男。

こんな男が自分の夫であると思い、どんなに失望しただろうか。

エントランスまで追いかけてきた彼女の話も聞かず、ぞんざいにあつかった。

なぜあんな態度を取れたのか、自分でもわからない。

一刻いっこくも早く彼女から離れることしか、考えられなかった。


ニールスは机の上の冷めたコーヒーを一気に飲み干した。



「お呼びですか、伯爵様。」
 
扉を叩く音の後、カールの声がした。

入室してきたカールは親しげな笑顔で、何も思い当たることはないように近づいてくる。


「エルムンド織の工房に、人をやったか?」

カールが向かいの椅子に座る前に、ニールスが聞いた。

「ああ、あのアグネタとかいう負傷兵の女房のことですか。『伯爵様とは話がついているのに工房の人間が話を聞かない』なんて言うんで、話を聞いてもらえるように伍長に同行するように命じました。それがどうかしましたか?」

「なぜ?」

「なぜって、どう言う意味です?」

「なぜ俺に確認も取らず、工房に人をやった?」

「あなたのためにうでを失ったやつの女房に、仕事を保証したのでしょう?それを、奥方がそでにしたんでは、伯爵様の顔がつぶれる。だから、伍長をやったんです。」

カールにはまるで悪びれる様子はない、それどころかほこらしげでもある。

「あの工房は、セシリアが発案し、出資し、運営している。たとえ夫であっても、そこに介入かいにゅうなんて出来ない。」

「どうしてです?伯爵様は、夫です。妻は夫の、女は男の言うことを聞くもんでしょう?歯向はむかうなんて許されません。それに伯爵様は領主でもあるんです。エルムンドで生きてるなら、領主である伯爵様の命令に従うべきです。」

エルムンドは辺境にほど近い森に囲まれた何もない地域で、物資の流入も少なければ、情報もほとんど入ってこない。

この地は、保守的なヴァルスト王国においても、殊更ことさらに排他的で旧態依然きゅうたいいぜんとした土地柄とちがらだ。



ニールスは褒章ほうしょうとしてエルムンドをただけで、ゆかりの土地ではない。

カールは元々、ニールスの生家に勤める使用人の子で、ニールスと同じ南部の出身、そこまで封建的な気風きふうでは育ってはいないはずなのに。

ニールスはカールの思想しそう起源きげんを不思議には思ったが、分からず屋なだけで悪意はない、とだんじた。


「俺はそんな命令を下してはいない」

「えっ。伯爵様が工房に雇い入れると言ったと…」

「行き違いがあったようだ、仕事を世話するとは言ったが、工房に雇い入れるなどとは言っていない」

「でしたら…申し訳ない事を……余計な事を致しました。」

カールは心底悔いたように言った。

やはり、悪気はなかったのだとニールスはどこかホッとした。


「今回のことは俺も説明が足りなかった───もういい、休んでくれ」



(セシリアと早く話さなければ、明日の朝食の時になら話せるだろうか)

ニールスはカールの退出を見届けると、机の上を片付けて上着を羽織った。











 早朝、軍からの知らせを受けてニールスは病院へ急いだ。



 数日前に、兵士の一人が急死した。

前日まで変わりなく訓練に参加し、夜には仲間と居酒屋にり出していたという。

飲んでいる途中で「った」と言い、先に兵舎へいしゃに戻った。

次の日の早朝、同室の者が死亡を確認した。


それから数日後の早朝、数名の兵士が一斉いっせいに発熱した。

五名の発熱者のうち二名は高熱で、医師のラースが伝染病の疑いがある、と軍に連絡してきた。





 病院に着くと、早朝にもかかわらず病院の中はざわついていた。

ニールスが近づくと兵士が三十人近くが病院の入り口に見えた。

「ヒュドラののろい」

口々くちぐちに皆が言う。

兵士の中にはよく見れば領民の姿も混ざっている。

入り口ではラースや他の医師、修道女が入り口をふさぎ、兵士達を病院内へ入れまいと奮闘ふんとうしている。


「ニールス、来たか。」


ラースの言葉をきっかけに、老人が声を上げた。

「伯爵様、ここには汚らしい異端いたんの野郎がいるんです。引き渡せと、命令してください!」

「伯爵様!命令を!」

兵士も声を上げた。

一斉に集まった人達が声を上げ、早朝の病院は混乱状態におちいった。

「ヒュドラの呪い」

「異端を殺せ」

火炙ひあぶりだ」

群衆のゆがんだ顔がまだ薄暗い早朝の光に、不気味に浮かび上がっていた。



しずまれ!」

ニールスの一言で一斉に皆、口を閉じた。

「エルムンドの軍に呪いなどという物に惑わされるような軟弱なんじゃくな者はおらぬ。違うか?」

兵士達は俯いて、何も言えなかった。

「それは軍だけではない、私が統治するエルムンドに呪いなどない。」

領民達もさっきまでの勢いをすっかり失い、黙り込んだ。

「兵士の発熱は、伝染病の疑いがある、との報告を受けた。兵士はすぐに兵舎に戻れ。」

俯いていた兵士達は、一斉に顔を上げニールスを見た。

「命令だ、直ちに行動せよ!」



兵士が皆、病院から去って行くと、病院は早朝の静けさを取り戻した。
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