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アトラクションのような移動法
しおりを挟む「ど、どこから声が……!?」
突然広間に響いた声は、ここにいる全ての人達に聞こえたようで、お酒が入って盛り上がっていた獣人さん達も、それにモニカさん達も含めて、全員が驚いた様子で辺りを見回していた。
俺もそうだけど、ハルさん達も変わらない。
声は男性なのか女性なのかわからないけど、口調としては少年のような感じがした。
ただ、絶対的に聞き流せない、耳に入れば無視できない強制力に似た、不思議な感覚。
「こ、こここ、この声は……まさか!」
驚き戸惑い、慌てた様子すら見えるハルさん。
髪の毛だけでなく、耳や尻尾を立てたうえに毛も逆立っていた。
「あははは! レオンハルは王位に就く際に話した以来だね。想像の通りだよ。……よっと」
軽い声と共に、俺達の頭上にポン! と現れる人物。
降りてきたのではなく、中空に突然現れたその人物はおそらく人間じゃない。
というか、獣人なども含めて人ではないと思わせる何かがあった。
小柄で中性的、というか立派でハルさん以上の鬣を彷彿とさせる髪を持ちながら、雰囲気からも声からも、そして見た目からも男性なのか女性なのかわからない。
ただただ美形で、美少年とも美少女とも見える。
ネコ科を思わせる縦長の黒い瞳と耳もハルさん達と同じように見えるから、獣人に近い存在なんだろう……ただ不思議と、それを見ても獣人だとは思わないのだけど。
そして細長い尻尾の先には、ハルさん達と違いフサフサな毛があり、先端は硬そうな棘が見えた。
ネコというよりは、ライオンが一番近いだろうか……というより、そのままライオンの獣人と言ってしまった方が、特徴は近いか。
いや、獣人だというのは脳が否定したがるんだけど、近いという意味でね。
「や、やはり! メネアレーヴェ様!!」
姿を現した声の主を見た瞬間、慌てて跪くハルさん。
一国の王様がこんな様子になるなんて、よっぽどの相手なのだとわかる。
ただ、他の獣人さん達はそんなハルさんの様子にわけがわからず戸惑うばかりだ。
俺もそうだけどね。
「やぁ。久しぶりだねレオンハル」
手を軽くフリフリする声の主。
ハルさんと知り合いらしいけど……。
「あ! ネメアなの! 久しぶりなの!」
「はぁ、ネメアまで出てくるのね。まぁ、マギシュヴァンピーレなんて摂理を無視したのが出てきたうえ、リクがいる状況で力ある獣人達がこれだけ集まって騒いでいれば当然と言えるかしら」
「え、ユノとロジーナも知り合いなの?! って事は……」
戸惑う獣人さん達の中から、飛び出して俺達の所……というよりネメアレーヴェという人? の下に来たユノとロジーナ。
ユノは楽しそうにしているけど、ロジーナは溜め息を吐いている。
獣王様であるハルさんが跪き、そのうえでユノ達が知っていて気安く声をかける相手となればそれは……。
「お久しぶりです、尊きお二方。お二方とも、お名前を得られたようで」
ユノとロジーナに目を向けてネメアレーヴェさんは、するりと床に降り、ハルさんの隣でユノ達に向かって跪いた。
……なんだろう、獣王様である大柄なハルさんが小柄なネメアレーヴェさんに跪き、さらに小柄な女の子であるユノとロジーナに跪いている。
状況が飲み込めず、混乱しているのはこの広間にいるほとんどの人達がそうだ。
「うん! リクが付けてくれたの! ユノっていい名前なの!」
「私は、自分で付けたのだけどね。人として顕現する以上は、呼び名がないと不便だし」
「ネ、ネメアレーヴェ様が、跪かれている……!? リ、リク様、あのお二方は一体……?」
「え、えーっと、ハルさんには話していませんでしたけど……うーん、どうしようか……話すと長くなるし……というか今のこの状況が良くわかっていないし、説明し欲しいのは俺も一緒だし……」
ガバッと顔を上げ、すがるような視線で俺に問いかけるのに対し、どうしたものかと考える。
ユノとロジーナの詳細は話していなかったというか、そんな暇がなかっただけなんだけど、今ここでというのは状況がさらに混乱する気がする。
ユノ達の事もそうだけど、俺もネメアレーヴェさんの事を教えてもらいたいし……。
「父上……」
「む、アマリエーレちゃん。いつも言っているだろう、公の場でもパパと呼んでくれと」
いや、公の場でパパと呼ぶのはどうなんだろう? と思ったけど、ネメアレーヴェさんの登場で頭の中が混乱しているため、口に出して突っ込めなかった。
まぁ相手は獣王様なので、突っ込まないのが正解なのだろうけど。
とにもかくにも、本当にアマリーラさんがハルさんに溺愛されているのがわかった。
「公の場だからこそです。それはともかく、ユノ様とロジーナ様のお二方はそうぞむぐ……!」
「おっと、そこまで。ちょっと僕も迂闊だったけど、それはあまり広める事じゃないからね。知らない方がいい相手が多い」
ユノ達に跪いていたネメアレーヴェさんが、予備動作すらなくするりと動いてアマリーラさんの口に人差し指を当てる。
ただそれだけで、怪力の持ち主でもあるアマリーラさんが身動きが取れなくなり、声を発する事が出来なくなっていた。
近くにいたレオルさん達王族の方達は、それを見て臨戦態勢に入ったけど、ハルさんが止める。
アマリーラさんに何かをするわけじゃなさそうだし、ユノ達のためであって害意はなさそうだから、俺も動かない。
「い、いつの間に……動きが見えませんでしたぁ」
いつの間に、というのは俺のセリフでもあるんだけど、本当にいつの間にかアマリーラさんの隣にいたリネルトさんが呟く。
見えないというのはアマリーラさんの口を塞いだ、ネメアレーヴェさんの動きの事だろうけど、そんなに早かったのかな?
予備動作がないのには驚いたし、するりというかぬるりというか異様に滑らかではあったけど……。
「まぁ、私達はあまり気にしないけど、ネメアがそう言うならそういう事にしておきましょう」
「ネメアは細かい事を気にするの」
「お二方が気にしなさすぎなのですが……」
ネメアレーヴェさん、優し気な声ながら口調は少年ぽかったのに、結構な苦労人の匂いがするね。
まぁユノとロジーナを相手にしていたら、そうなってしまうのも無理はないと思うけど。
「と、とにかくネメアレーヴェ様がこうしてお姿を現すという事は、それだけ重大事があるわけですな。場所を変えた方がよろしいかと」
「そうだね、レオンハルの言う通り場所を変えて落ち着いて話そうか。リクさ……リク君にも説明しなきゃいけないし。――というわけですので、お二方、場所を移そうかと思いますがよろしいでしょうか?」
「ネメアのあれ、久しぶりなの! 楽しみなの! ただ、私達はリクに任せるから、すぐにここに戻るの!」
「初めての獣人にはきついだろうけど、仕方ないわね」
ハルさんが提案し、頷いたネメアレーヴェさんがユノ達に許可を取る。
場所を移して話すというのは賛成だけど、何が始まるんだろうか?
あとユノ、俺に全部任せるのはちょっとどうかと思う……広間に用意された料理をまだ食べたいだけなんだろうけど。
それからネメアレーヴェさんが、俺の呼び方を言い直したのが少しだけ気になった。
君付けなのは構わないけど、最初は「さん」とでも呼ぼうとしたんだろうか?
「い、一体何が始まるんだ?」
「なに、僕が皆を落ち着ける場所に移動させるだけだよ。――それじゃハル、あの部屋を使わせてもらうよ?」
「は、はっ! アマリエーレちゃん、それからレオルとアールラも、付いてきてくれ」
「……」
「し、承知いたしました」
俺の疑問にウィンクをしながら答えるネメアレーヴェさん。
ハルさんは、俺以上に状況が掴めず困惑しているレオルさん達も連れて行くようだ。
それにしてもアマリーラさん、もう口は塞がれていないのに声を出さないのは、何かの魔法がかけられているとかなのかな?
口をパクパクさせてはいるから、声が出ないのかもしれない。
「んじゃ、んん……!」
再びふわりと浮かび上がったネメアレーヴェさん。
両手を胸の前で向かい合わせ、力を籠める。
「光……?」
何かの力だろうか、光がネメアレーヴェさんの向い合せた両手の間に収束していく。
これから移動をするっていう話だったけど、エネルギー波的なものを放ちそうな雰囲気なんだけど……。
「あれは、ネメアレーヴェの力を収束しているの。他で使わないから、余っているの。リクに消費され尽くしたどこかのと違って、なの」
「ぐっ……あれは私も熱くなりすぎたと思っているけど、仕方ないでしょ」
見上げながらそう言うユノと、悔しそうなロジーナ。
ネメアレーヴェさんの力……俺がロジーナに消費させたって事は、干渉力とかってやつか。
ユノ達の事を知っていたり、獣王様であるハルさんが傅いたりと、なんとなく予想はしていたけどその通りで、やっぱりネメアレーヴェさんは……。
そう考えているうちに、収束されている光が強く発光し、近くにいる俺達を包み込む。
「……ロ、ロジーナ様ぁ!!」
「くっ……」
目が眩む程の発光と共に、突然の浮遊感。
足元から床の感触が消え、平衡感覚が失われて立っているのかすらわからなくなる。
あと、何かレッタさんっぽい声が聞こえてきた気がするけど、気のせいかな?
「あぁ、レッタの事を忘れていたわ。まぁ、いいでしょ」
何も見えない、目を開いているのが少し辛い状況で、近くからロジーナの呟きが聞こえた。
聞こえたのはやっぱりレッタさんの声だったんだ……あんなにべったりで、ずっと一緒にいるのに報われないというかなんというか。
まぁ、広間にはモニカさん達もいるし、獣人さん達はネメアレーヴェさんの登場に戸惑いまくっていたけど俺含めて皆歓迎してくれていたから、任せておいても大丈夫だろうね。
「ぬぁ……!? こ、これは……!」
「リ、リク様! わ、私は今、どうなっているのでしょうか!?」
レオルさんのものと思われる声と、アマリーラさんの俺を呼ぶ声がする。
二人共戸惑っているようだけどそれもそのはず、平衡感覚が失われた光の中で、突然どこかへと押される感覚がしたから。
ぐるぐると上下左右に押されるような感覚によって、さらに自分がどういう態勢なのかもわからなくなった。
何も見えない光の中だから、アマリーラさんがどうなっているのか以前に、自分がどうなっているのかもわからない。
「きゃー! この、内臓が押し上げられるような感覚が楽しいの!」
「……わからなくもないわ。あと、声を思いっきり出すのも気持ちいいわね!」
アマリーラさんやレオルさんだけでなく、アールラさんやリネルトさんからも悲鳴のような声が響いていたりするんだけど、そんな中でユノとロジーナは楽しそうだった。
俺は初めての感覚ながら、なんとか悲鳴を上げずに我慢するので精一杯なんだけど。
というか、思いっきり声を出すって……ユノの悲鳴のような声も、どこかアトラクションを楽しんでいる響きだったね。
ん……初めての感覚? いや、そうか……これ、ジェットコースターみたいな絶叫マシンに乗った時に似ているんだ。
下から押し上げられるようなというか、落下する時にGがかかっているに近いのも感じる。
ただそれが上下左右、どちらか一方じゃなくて驚いたけど……アトラクションみたいだと思えば、少しは楽しむ余裕も出てきた気がする。
ユノ達が楽しんでいるし、ネメアレーヴェさんが危険な事を仕掛けている雰囲気でもなかったから、大丈夫だろうしね。
ジェットコースターとか割と好きな方だし、例えば旅客機の離着陸でも楽しめる方だ。
「……うぉっ……っとと!」
わーきゃーと、不自然なほど声が聞こえないハルさん以外の獣人さん、レオルさんやアールラさん、それにアマリーラさんとリネルトさんの声に、ユノ達の楽しそうな叫び声を聞いていると、突然平衡感覚が戻ってきた。
床に足を付けた感覚と共に、体がよろめいたけどなんとか倒れずにバランスを取ると共に、溢れていた光がなくなり、視界が開けた。
大きな丸テーブルが中央に鎮座し、それを囲むようにいくつかの椅子がある、円卓の会議室という言葉がすぐに思い浮かんだ。
先程までいた広間とは明らかに違う部屋……本当に移動したんだね。
それにしてもなんというか、一瞬のような長い時間のような、ちょっとしたアトラクションではあってけど、やっぱり床に立てるっていい事なんだなと実感してしまった。
……ユノ達が楽しんでいたように、また体験してみたいとも思うけど。
ただ、俺や完全に楽しんでいたユノやロジーナと違って、アマリーラさん達獣人組はなかなか堪えていたようだ。
「……うぷ!」
「ぜぇ、はぁ、はぁ……」
「き、気持ち悪い……」
「……」
「だ、大丈夫ですか……?」
レオルさんは口を押えて喉の奥から込み上げる物が溢れないようにしているし、アマリーラさんは息を切らしている。
さらにアールラさんも顔から血の気を引かせていて、リネルトさんに至っては目を回して声すら出せないようだ。
そして四人とも立てないようで、心配する俺の声に答える余裕もないみたいだ。
先程、ハルさんが初めての獣人には辛い、と言っていたのはこうなると予想できたからだろう。
嗅覚が人間より優れているというのは、以前アマリーラさん達から聞いたけど、それ以外にも平衡感覚と……いろいろと人間より鋭い感覚を持っているらしいから、あれは確かに辛いだろうね。
俺も驚いたし、苦手な人だったら人間でも一度体験したらもう同じ事になる可能性もある。
ただ唯一、獣人さん達の中ではハルさんだけが、足を震わせながらだけど立っている……んだけど、椅子の背もたれを支えにしているから、結構ギリギリなんだろう。
顔色も青いし。
「あはははは、楽しかったのー!」
「久々だけど、なかなか良かったわ」
「お二方に喜んでいただけて、光栄の極みでございます」
散々移動アトラクションを楽しんだユノとロジーナに対し、ネメアレーヴェさんが恭しく礼をしている。
そんなネメアレーヴェさんに、笑顔のままのユノ達が背中を向けた。
「それじゃ、楽しんだからまたさっきの所に戻るの!」
「そうね。ユノと同じ意見というのは嫌だけれど、私も戻るわ」
「え? あ、あの……?」
踵を返したユノ達に、戸惑うネメアレーヴェさん。
「まだ、お腹いっぱい食べてないの! 美味しい物をいっぱい食べるの!」
「ネメアレーヴェが乱入してきたから、食べ損ねているのがあるの。こちらでしか食べられない物もあるようだし、興味がそそられるわ」
そう言いながら、部屋の扉へと向かうユノ達。
重要な話をこれからしよう、という状況だったはずだけど、それよりも食い気の方が大事なようだ。
ユノは最初からそうだけど、ロジーナもロジーナで結構食いしん坊なところがあるよなぁ。
あれこれ言い合いをして、反発し合っているように見えるけど、表裏一体とかでやっぱり似ているところが多いんだろうね。
「えっと、その……お二人は参加しないので? いろいろと、話すべき事もあると思いますが……」
さっさと部屋を出て行こうとするユノ達に、ネメアレーヴェさんが戸惑いながら手を伸ばしていた――。
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