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そこで刑事は言葉を切った。コンスタンスは彼を見上げて息を飲んだ。
「マ、ママンはどうしているの?」
問うコンスタンスの声は震えていた。
「彼女は今マルセイユの安い宿屋で働いている。再婚して別の男の妻となってね」
刑事の意志の強そうな黒目がかすかに伏せられる。
黄金の粉のような陽光がやけにのんびり二人の頭上に降ってきて、場違いなほど辺りを陽気に平和に見せる。
「……そうなの」
コンスタンスは複雑な心境だったが、それでも売春婦になっているよりはましなのかもしれない。
目が熱くなってくるのは、日差しが眩しいからだ。コンスタンスは黒い帽子を深くかぶった。今身に付けている喪服代わりの黒いドレスは冬用のものなので、すこし暑いぐらいだ。
「相手の男は地元の船乗りで、彼も一度結婚したが妻を病気で亡くしたそうだ。宿屋を兼ねている酒場に寄るうちにマリーと知り合い、結婚したようだ」
「ちゃんとした人なの?」
「船乗りにしては礼儀正しく、陸に戻ってきているときは毎週日曜には教会へ行くような人物らしい」
「そう」
それでもこの時代に中産階級に育った女性が船乗りの妻になるというのは、転落としかいいようがない。
だが、それを言うならコンスタンスだとて今や転落寸前だ。いや、人から見ればすでに転落したと思われているだろう。二度も売春の罪で逮捕されたのだから。だが、コンスタンスはいまだ純潔で清いものを内に秘めている――と自分で信じており、そのことがいっそうコンスタンスを悩ませる。
「そこで、だね」
コホン、とフィオー刑事は軽く咳払いして、物思いに沈んでしまっていたコンスタンスの気を引き上げた。
「容疑者は強盗なのか、もしくは知人なのか、ということになる。辻馬車が来て、来客があり、その人物をエマが出迎えたことは、ちょうど家の近くを歩いていた近所の人の証言でわかっている。嫌なことを言うけれど、心して聞いてくれよ。エマは前身がああいう職業だったから、結婚後も別の男と会っていたようなんだ。まぁ、夫の商売がかなり危なかったそうだから、金も必要だったんだろうね」
「マ、ママンはどうしているの?」
問うコンスタンスの声は震えていた。
「彼女は今マルセイユの安い宿屋で働いている。再婚して別の男の妻となってね」
刑事の意志の強そうな黒目がかすかに伏せられる。
黄金の粉のような陽光がやけにのんびり二人の頭上に降ってきて、場違いなほど辺りを陽気に平和に見せる。
「……そうなの」
コンスタンスは複雑な心境だったが、それでも売春婦になっているよりはましなのかもしれない。
目が熱くなってくるのは、日差しが眩しいからだ。コンスタンスは黒い帽子を深くかぶった。今身に付けている喪服代わりの黒いドレスは冬用のものなので、すこし暑いぐらいだ。
「相手の男は地元の船乗りで、彼も一度結婚したが妻を病気で亡くしたそうだ。宿屋を兼ねている酒場に寄るうちにマリーと知り合い、結婚したようだ」
「ちゃんとした人なの?」
「船乗りにしては礼儀正しく、陸に戻ってきているときは毎週日曜には教会へ行くような人物らしい」
「そう」
それでもこの時代に中産階級に育った女性が船乗りの妻になるというのは、転落としかいいようがない。
だが、それを言うならコンスタンスだとて今や転落寸前だ。いや、人から見ればすでに転落したと思われているだろう。二度も売春の罪で逮捕されたのだから。だが、コンスタンスはいまだ純潔で清いものを内に秘めている――と自分で信じており、そのことがいっそうコンスタンスを悩ませる。
「そこで、だね」
コホン、とフィオー刑事は軽く咳払いして、物思いに沈んでしまっていたコンスタンスの気を引き上げた。
「容疑者は強盗なのか、もしくは知人なのか、ということになる。辻馬車が来て、来客があり、その人物をエマが出迎えたことは、ちょうど家の近くを歩いていた近所の人の証言でわかっている。嫌なことを言うけれど、心して聞いてくれよ。エマは前身がああいう職業だったから、結婚後も別の男と会っていたようなんだ。まぁ、夫の商売がかなり危なかったそうだから、金も必要だったんだろうね」
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