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嵐の頃 …4
しおりを挟む流人はソファから下りて、きゆの足もとに座った。
「今日で、流ちゃんは浮気はしてなかったって、分かってくれた?」
流人はホッとした表情を浮かべ、小さな声でそう聞いた。
「……うん」
「よかった~~」
流人はきゆの手を取り自分の頬へ当てて、少年のように微笑む。
「流ちゃん、今度は私の話を聞いてくれる?」
きゆは、自分があの短い期間に長年勤めた大好きな病院を辞め、10年間住んだ東京の街に別れを告げた本当の理由を、流人にちゃんと伝えなければならないとやっと思えた。
あの時は流人に裏切られた思いが先走り、勢いの中で決断したと思っていたけれど、本当はそうではない。
今になって思えば、あの時の決断は偶然のような必然の出来事だった。
「流ちゃん、私は……」
ダメだ…涙がでてくる。
本当は誰にも話したくなかったけれど、流人にはちゃんと話したい…
私自身のコンプレックスとやるせない思いは、少しだけオブラートに包んで…
「きっと、私がここに帰ってきた理由は、流ちゃんに浮気をされたって思い込んだからじゃない。
最初はそう思っていた…
流ちゃんはもう私の事が嫌いになって、別れたいって思ってるって、勝手に決めつけてた。
でも、本当は……」
流人は、震えるきゆの手を力強く握りしめた。
きゆの心には大きな穴が開いていて、今の流人はその穴を埋める術さえ分かっていない。
でも、何を言われてもどんなに拒否されても、俺は動じない覚悟はもうできている。
「本当は…
流ちゃんとつき合うようになった最初の頃から、私はいつも不安で怯えていたの。
だって、病院でも人気者の跡継ぎの若先生が、何で私なんかとつき合ってくれてるんだろうって。
流ちゃんも知ってもとおり、私はこんな小さな島で生まれて、平凡で普通の父と母の元に生まれて育った。
ううん…
平凡とも違うのかもしれない…
島の暮らしは、都会の平凡な暮らしとは、また違うもの…」
「きゆ、でも、俺は…」
「流ちゃん、私に話をさせて…」
「流ちゃんも平凡とは違う…
代々続いている大きな総合病院を背負っていかなければならない大切なお医者様…
10代の頃に出会ってればこんな事なんて考えなかったのかもしれないけど、でも、もう私は20代後半で、その歳の女性が夢見るように私だって、やっぱり結婚を夢に見る。
でも、流ちゃんとはできない…
流ちゃんと私が結婚なんてできるはずがない…
つき合っている間もずっと、この不安は私の心の奥底に居座ってた。
でも、流ちゃんの事がたまらなく好きになって……
好きになればなるだけ、いつかは捨てられるってその不安も大きくなって……」
きゆの心の叫びは止まらない。
涙の粒を伴って次から次へ言葉となって落ちてくる。
「バカだな…
そんなしょうもない事を考えて…」
きゆは涙に溢れる目で流人を睨んだ。
「しょうもなくない…よ…
だって、院長先生は… 流ちゃんを女医さんと… 結婚させたがってる…」
流人はもう一度、きゆの手を強く握りしめる。
「全然、関係ない。
俺はきゆと結婚したい、いや、結婚する。
親が反対しようが、そんなのどうってことないよ」
きゆは力任せに、流人の手から自分の手を引き抜いた。
「関係あるよ。私にとっては大事な事なの…
私は看護学校を出てから、ずっと池山総合病院で働いてきた。
高校から親元を離れて寮に入って頑張っている私に、流ちゃんのお父さんの院長先生とお母さんの奥様は、すごく親切にそして大切に接してくれた…
クリスマスもお正月も島に帰らないで仕事をしていると、自分達の家に呼んで下さって、ケーキやおせちをいただいたことも何度もある…
私は流ちゃんのお父さんもお母さんのことも本当に大好きで…
いつかは恩返しをしたいってずっと思ってた…
だから、無理なの……
流ちゃんのご両親が反対するのなら、私は身を引く…
だって、それが、きっと、院長先生達への恩返しになるんだもの…」
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