再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する

猫とろ

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つい返事に詰まり、体を固まらせていると「髪型も可愛いな」と言ってくれた。

そしてカツカツと外へと向かうから、私も慌てて後を追う。

黄瀬社長の横に並び。
ビルのエントラスホールからハイヤーが止まっている正面入り口へと向かう。

「しゃ。社長、今のは反則だと思いますがっ」

「何故? 俺の秘書を褒めただけだ。社員を褒めるのも俺の仕事だよ」

それを言われると、そうかも知れないんですけどっ。笑顔があまりにもプライベートみたいだったんです! 

とは周りの目を気にして言えなくて──ありがとうございますと、硬い返事をして結局は沈黙した。

その間、黄瀬社長は気さくに警備員に声を掛けたり、すれ違うキセイ堂の社員達と軽い挨拶を交わしている。

余裕あるその態度は、大人の色香とかも思ってしまう──のは。普段よりドレッシーな社長の姿のせい。そうだと思うことにしてコホンと咳払いをした。

ビルを出て正面入り口の横。道路に白い手袋をした運転手が黒い高級車の前で執事の如く、立っているのを見つけ。社長をそちらへと案内する。

「あのハイヤーで会場に向かいます。到着は二十分ほどの予定です」

「分かった。手配ありがとう」

また横並びで歩くと社長が喋り掛けて来た。

「パーティーが終わる予定時間は何時だ?」

「八時半の予定ですね。場所はホテルですから、時間が来たら会場の外へと押し出されるので、ダラダラした終わりにはならないと思います」

「なるほど。ではその後、君をバーに誘っても?」

「……え?」

「パーティーが終わったら俺に時間をくれる約束だったろ? ホテルの上にあるバーで待ってる。あそこは会員制のバーがあったから丁度いい」

「え、あの」

「それとも、日を改めて俺と一日時間を過ごしてくれるということだろうか。俺的にはドレス姿の君と私服の君。どちらも魅力的だから、両方に都合を付けてくれると実にありがたい」

まるでスケジュールを確認するかのように。あまりにも滑らかにいうから、私もするっと言葉が漏れてしまった

「勘違いでしたら申し訳ありません。それって──口説いているように聞こえますが」

「あたり」

「!」

「パーティーの後が楽しみ過ぎて、フライングしてみた」

次こそ、私は完全に動揺してしまった。
簡潔にはっきりと言われる方が、言葉の破壊力が高いと思い知ってしまった。

横を歩くこの人は、高校時代のことを間違いなく覚えている。

今こうしてはっきりと私を誘う気持ちを、いま考えていることを、すぐに聞きたい衝動に駆られる。

しかし、ハイヤーの運転手が恭しく車の扉を開けて中に私達を迎えてくれるので、ぐっと口を閉ざして車に乗り込むしかない。
既に行き先は告げていて、シートベルトを着用したら、車はするりと動きだす。

道中。私的な会話をする訳にもいかず。
何か会話をと思っていると、私を惑わす社長のスマホの音が鳴り。そのまま社長は新しい商談先と思われる、人物と軽快にトークを始めた。

私は手帳を開いてスケジュール確認をしている振りをしながら、ページをめくっていた。
あと数時間後にずっと燻っていた高校時代の思いが晴れるのか。初恋は実らないという呪いは、そのままになるのか。

敬慕と恋慕は表裏一体だと思ったり。
それとも大人になった黄瀬君に口説かれてしまうのか。

ネイルを施した指先で手帳をめくれば、未記入の白いページが現れる。

この手帳と同じように、数時間後の未来を私は全く予想出来なかった。それでも未来を手繰り寄せるように、ページをパラパラとめくってみるのだった。
パーティ会場に着くと芸能人。モデル。美容コスメのインフルエンサー。
その他の関係者が映画祭並みの華やかさでホテル会場を彩っており、目を見張った。

私も黄瀬社長もホテルのチェックインが終われば雰囲気に負けるまいと、あっと言う間に営業モードになった。

幾らパーティーとは言え、今私達は会社の代表で来ている。ゲスト気分ではいられない。
ここが格式高い一流のホテルということもあって、自然と身が引き締まった。

それからは黄瀬社長のヴィジュアルの良さもあって、セレモニーが終わったあとはこちらから挨拶周りをしなくても、後から後から人が来た。

それでも、こちらにも挨拶をしたいターゲットがいる。
昭義会長からの付き合いがある人達への挨拶は必須と、私達はタイミングを見計らって、広いホールをあちこと移動して行った。

そうして余興やスピーチ。取材などがあらかた終わると会場はゆっくりとした雰囲気になり。
黄瀬社長はドリンク片手に、次は有名人やインフルエンサーに囲まれ、写真撮影や談笑などに応じていた。

私はそれらを少し離れて見守り。
壁の方へと移動して、喉が渇いたなと思ったとき。

──ドリンクはいかがですか? と、目の前にグラスを差し出された。

思わず受け取り、差し出した人を見るとホテルのスタッフではなく。

赤井奏多社長。その人だった。
びっくりしてして、その場に硬直して赤井社長を見つめる。

少し焼けた肌。華があるくっきりとした顔立ち。
豊かな髪。カジュアルなスーツ姿。私が離れたときと変わらない──いや。目の下に少しクマが出来たかもと目元を見ていると、にっこりと笑われて直ぐに視線を逸らした。

間違いない。目の前の人物は赤井社長だ。

「久しぶり。紗凪も来ていたんだな。見かけてびっくりしたぜ。しかもあの黄瀬社長の秘書とは。再就職おめでとう。乾杯だな」

「あ、赤井社長」

私にした仕打ちを忘れたかのように、笑顔で杯を傾ける赤井社長に嫌悪感を抱くが、ここでそんな感情をむき出しに出来ない。

咄嗟に受け取ってしまったグラスも返したいぐらいだが、私の立場上。それは失礼な行為にあたるのでここは嫌々、にっこりと微笑んだ。

「──お久しぶりです。赤井社長。、今は黄瀬社長のもとで頑張っています。お元気そうで何よりです」

私も杯を傾けこくりとグラスに口付た瞬間。
思ったよりアルコールがキツく。ぐっと、喉につっかえそうだったが無理をしてゴクゴクっと飲んだ。

飲み干して小さく息を吐く。
次は水を貰うという口実で、この場を抜け出そうと思った。

私の飲みっぷりに赤井社長は満足したのか、ずっと軽薄な笑みを浮かべていた。
なんだか嫌な笑みだ。

「キセイ堂はどう? 若い社長は勢いがあっていいよな。ほら、俺との昔のよしみでウチとキセイ堂がコラボしないか社長に言ってみてよ」

「お褒めの言葉ありがとうございます。あとで社長に伝えておきますね」

テンプレの常套句と笑顔を貼り付けて、さらりと流す。

akaiの今の経営は、前にアナリストが言ってたように事業が縮小傾向。
だからこうして私に、いや。勢いのある黄瀬社長に近寄って来たのだろうと勘繰る。

そしてあの不審な電話。それもそちらの差し金かと思ったその時。

「お下げ致しましょうか」とタイミングよく。

私の空いたグラスをホテルのスタッフが目ざとく見つけてくれて、助かったと思った。

お礼を言って自ら水を取りに行くと伝えると、スタッフは笑顔で下がった。

「赤井社長、シャンパンご馳走様でした。酔ってしまうと社長に怒られてしまうので、酔い覚めの水を飲んできます。失礼しますね」

空になったグラスを見せつける。
これでこの場を抜けても不自然ではないし、逆に引き留める方が無粋。
さすがに赤井社長もこの機微はわかるだろうと、視線を送ると赤井社長はやけに笑顔で対応した。

「そうだよな。秘書が不祥事なんて世間にバレて、歓迎する社長はいない」

その言葉に『エッチを誘ってきた人が言う!?』と、口から出そうになった。

しかもお酒を一気に飲んだせいか気分も気持ちも悪く、酔いに拍車が掛かると思った。

それを顔に出さず「では、失礼致します」と笑顔で去ったが、私の背中にべったりと赤井社長の視線を感じて居心地が悪かった。

『あぁ本当に腹が立つ! ここがパーティー会場じゃなかったら水でも掛けてやりたい!』

叫びたい気持ちと気分の悪さを隠して、入り口近くにあるドリンクコーナーに近寄った瞬間。

「あ……」

くらりと、目の前が白くなり。走ってもないのに急に鼓動が早くなってびっくりした。

これは思ったよりアルコールが強かった。
もしくは食事をあまりしてなくて、アルコールを一気に摂取してしまったから、体に負担をかけたと思った。
どちらにしてもあまり良くない状況に内心焦る。

それでも顔を上げたらキラキラと頭上に光るシャンデリアが視界に入り、視界が乱れたのだった。
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