再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する

猫とろ

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秘書は恋愛も頑張りたい!

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「青樹さんおはよう。今日も早いね」

「はいっ。おはようございます。今日もよろしくお願いします」

会社に出勤して先輩への挨拶。朝のキセイ堂のオフィスは窓からの光をたっぷりと受け入れて、爽やかだった。

机周りの簡単な清掃、先輩からの引き継ぎを受けて自分の机に座り。メールをチェック。

黄瀬社長はあと三十分ほどで出勤する。私は事前にメールチェックと今日の予定を確認して、社長に朝の連絡事項を伝えるのがルーティンだ。

パソコンの画面を見ながらいつも通りの作業。体調は問題ない。朝ごはんも食べて頭はすっきり動く。

今日もいつも通りに秘書の仕事をこなすだけだ。

例え──昨日。黄瀬社長にキスをされて、告白されて。
私の気持ちを知った上で口説くと宣言を受け。

その後、私の緊張を解すように高級ディナーとかじゃなくて。
夜景を眺めながら優雅にソファに腰掛け。高級ルーフトップでのバーベキューをご馳走になり、大変楽しい時間を過ごさせて頂いたとしても!

帰りだって、送り狼どころか最後まで紳士的に家まで送ってくれて。満面の笑みで「今日はありがとう。クッキー本当に嬉しかった」と言われて、男の余裕と言うのを見せ付けられてしまい。

寝る寸前まで布団の上で、キャーキャーと年甲斐もなくゴロゴロとのたうち回っていても!

これから私はいつも通りの仕事をこなす。

地道だがそうやってこなして自信をつけることが、黄瀬さんの気持ちに応えれる一番の近道だと思った。

恋に浮かれて、仕事が疎かになる私なんて見せたくないのだ。

「いつまでも待たせるなんて、ズルいもんね」

小さく呟きながら、画面に集中していくのだった。

きっかり三十分後、メールチェックも終わった私は手帳片手に社長室へと向かう。

警備員さんやフロアカウンターに居る受付嬢の人達とも、挨拶を交わす。一ヶ月前とは違って、親しみを込めて挨拶が出来るようになっていた。

そしていつみても立派な社長室の扉を軽く叩いてから「失礼します」と、静かに社長室へと入る。

社長室は天井が高く、窓から程よい日光が降り注ぎ朝の清廉な空気が漂っていた。

その涼やかな空気を嫌味なく纏い。ソファにゆるりと腰掛ける黄瀬社長がいた。本日はダークブラウンのスリーピーススーツを着こなし、ブラックのネクタイピンがおしゃれだった。

ぱちっと視線が合うと、黄瀬社長は背筋を伸ばして穏やかに笑った。

「おはよう。青樹さん。昨日はありがとう。さて、いつものスケジュール報告よろしく頼む」

黄瀬社長は昨日あったことを有耶無耶にするわけでもなく。さらりと触れたのがスマートだと感じた。

「おはようございます。本日も一日よろしくお願いします」

爽やかな朝の挨拶。それだけでもニヤけてしまいそう。って、それはダメだとキリッと口元を引き締める。

挨拶後、黄瀬社長はいつも通り私の言葉に耳を傾ける体勢を取った。
黄瀬社長は本当に仕事とプライベートとを分けると言う意思が感じられて、とても信頼を寄せれた。

私もそれに応えるべく。ソファに座り、本日のスケジュールを伝えるのだった。

それから本日の私のスケジュールは会議準備に向けて資料作成、来客対応だと伝える。
秘書だからと言ってベッタリと社長に着いている訳ではない。
……赤井社長はベッタリを好むタイプだったが。

黄瀬社長はどちらかと言うと、資料作りや会議資料の制作サポートを好むタイプだった。
スケジュールを伝え終え。黄瀬社長の意向も聞き終わり、私も社長もそれぞれの仕事へと向かう。

社長室を後にして秘書室に戻り、早速資料制作へと乗り出す。

「今日の仕事のメインはデスクワークかな。来週は社長と社外の挨拶回り多いから、今のうちに資料作りやっておかないとね」

そのスケジュールもちゃんと確認しないといけない。そう思いながらランチタイムまで仕事に勤しんだ。

そうしてランチタイム後はまた社長や役員を交えて、スケジュールの調整。来客対応をしてから私はまたデスクワーク。

十七時が過ぎ。
あと少しで退社と言うところで、作業の手を止めて。先輩達と一緒に秘書室全体の軽い清掃とゴミ出しを終え。一日の仕事が終わった。

本日は残業もなく。すっきりと帰れるとタイムカードを切って背伸びをしたら、私用のスマホがメッセージを受信していた。

先輩達は素早く秘書室を後にしていて、今は私一人。

その場でメッセージを確認すると。

「えっと『紗凪。会いたい。隣のビルの地下駐車場に来てくれ。待っている。薫』って……しゃ、社長じゃない。黄瀬さんからのお誘いメールだ!」

わあっと驚き体温が上がった。
叫んでしまい、一人だとわかっているのに部屋をキョロキョロと見てしまう。

「本当に仕事が終わったら、誘ってくれるなんて」

嬉しい。
昨日言ってくれたことは本当なんだと、頬が熱を持つ。

メッセージを受信した時間を見ると、社内規定の退社時刻後。仕事が終わったあとだ。頭の中に昨日の言葉が思い浮かぶ。

『仕事が終わったら口説く』

「事前に言われていても、こんなの誰だってドキドキするんじゃないかなっ」

会いたいと言う、ストレートなメッセージが私の心に刺さる。

手が自然と鞄の中にあるコスメポーチに触れて、ティントリップを探っていた。
今日の仕事はちゃんと、浮かれることなくやり遂げたと思った。

今からはプライベートな時間。
恋も上手くやり遂げたい。

「相手が社長にして御曹司様……ううん。そんなの関係ない。黄瀬さんは自分を驕る人じゃない。私がもっと自信持たなくちゃ」

そうだ。私は黄瀬さんのことをもっと知りたい。そのためにはまずは会わないと意味がない。
ポーチからリップを取り出し。唇にキュッとスィートローズのカラーを載せた。

内心ドキドキしながら、何でもない顔をして会社を後にする。

指定された場所は隣のビル。シティタワーだ。
中はレンタルオフィスやクリニックがメインの施設。キセイ堂の社員の人達がこの施設に来ることはほぼない。地下駐車場なら尚更のことだろう。

きっと黄瀬さんはそう言ったことにも、配慮してこの場所を指定したと思った。
ひんやりと冷たい空気が漂う地下駐車場の端をそろりと歩いていると、視界に艶やかなホワイトカラーの車体が目に入り、昨日乗った黄瀬さんの車だと気が付いた。

黄瀬さんはフロントガラス越しからさっと手を上げて、こちらを見て微笑んだ。

素敵。凄く絵になる。やっぱりカッコいい。
ぽんぽんと頭の中に浮かんだ、単語にニヤけてしまいそうな顔を隠しながら。
カツカツとヒールを鳴らして車に近づく。ここは今日、一日保てたクールな秘書の態度を崩したくない。
そう思いながら助手席の扉を開けてさっと乗り込んだ。

『お疲れ様です。黄瀬さん。お誘いありがとうございます』

まずはそんな挨拶からだと思っていると、ふにっと頬を横から優しく摘まれた。

「ぁわっ!?」

驚き変な声が出てしまい、窓ガラスに体を寄せてしまう。なのに黄瀬さんはくすくすと笑う。

「すまない。澄ました顔もいいけど、からかいたくなった」

「……意地悪しないで下さい」

長い指先が直ぐに離れる。

「好きな子ほど、いじめたくなる。お詫びに夕食を奢るから許してくれ」

「お詫びなんかいらないですよ」

前半の台詞に返す言葉が見つからなくて、生真面目な返事しか出来なかった。

黄瀬さんは「そうは言わずに」とスムーズにシートベルトを直用して、慣れた手付きでエンジンを掛けた。それを見て私もシートベルトを身につける。

昨日も奢って貰っているのに、今日もだなんて。せめて割り勘とか。いや、社長相手にそれは返って失礼? いやいや、失礼と言うのならホテルのあの一件があるわけで。

喜び勇み足で来て、車にも乗り込んだのに途端に振る舞い方が分からなくて「うぅん」と唸ってしまった。

車は滑らかに発進して、あっという間に地上に出たと言うのに私はちっとも滑らかな思考になれなかった。

あまりにも私、不器用すぎでは?
恋愛を意識するとこんな風になるなんて。

「紗凪。どうかした?」

「すみません。どうしたら、もっと、ちゃんと出来るのかなって」

「何を?」

頭を落としながらも、黄瀬さんのハンドルを握る手に視線を彷徨わせながら口を小さく開いた。

「……れ、恋愛?」

「ふ、ふふっ」

「わ、笑わないで下さいっ。私、黄瀬さんをお待たせしている状態だから、早くちゃんとしなきゃと思っているんですよ。今日だって、朝から意識していたしっ」

黄瀬さんはすまないと、言いながらも綺麗な横顔には笑みをたたえている。

「俺のことを意識か。嬉しい限りだ。でも、一日で慣れてくれとかは言わないから。紗凪が納得出来るポイントを見つけて欲しい」

昨日と変わらない言葉を貰い安心する。

「……はい。ありがとうございます」

「因みに今日の俺は、公私混同をしていただろうか?」

「いえ。あまり顔を合わせるタイミングがなかったからとは思いますけど、いつも通りの黄瀬社長でした。その冷静さが羨ましいと思ったぐらいです」

「そうか」

そこで赤信号になり。車のスピードが落ちて黄瀬さん私を見た。首をこちらに少し傾け、私を見つめる瞳はとても真摯さに満ちていた。

「実はずっと紗凪のことを考えていた。今日、誘って断られたらどうしようとか。しつこい男だとか思ってないだろうかとか。俺の方がずっと紗凪を意識していた」

「!」

「今日は紗凪のことをたくさん知りたい。昨日は高校時代のことで盛り上がったけど、もっといろんなことを聞かせて欲しい」

そ、そんなことを言われたら照れてしまう!
一気に胸がバクバクして、咄嗟に冷たい窓ガラスに体を寄せる。

「私、そんなにお喋り上手じゃないです。昨日だってバーベキュー凄く楽しかったけど。よくよく考えたら私がずっとお肉を焼いていたり。調理するのが楽しくて、その場でソースアレンジをしたりとか。色気なんか、ちっともなくて食事にアグレッシブだったような気がしますしっ」

「最高に可愛かったけど?」

さらりと私の行動を全て肯定する、甘い言葉に溺れてしまいそうになる。

信号は赤から青になり、車が緩やかに動き出した。
黄瀬さんはすっと前を向く。

「俺は今でも紗凪が美味しそうに食事をする姿を見れて嬉しい。そうそう。先日、お祖父様と三人ですき焼きを食べただろ。あのとき紗凪の食事している姿が可愛くて、ついつい他人のフリが出来ずに肉を注文した」

「あ、だから私の前にお肉がいっぱいだったんですね」

「食事を美味しく食べる女の子って可愛いし。俺のタイプだ」

と、とても嬉しそうに言うものだから。
なんの変哲もない都会の夜のキラキラした明かりが、いつもより素晴らしく輝いて見えてしまうのだった。

その後、食事は今日はゆっくりと会話を楽しみたいと言うことで個室がある創作和食の店へと連れて行って貰った。

雰囲気の良い個室に通され、先付けに蒸し鮑の生ハム巻き。帆立と車海老の上にチーズのエスプーマ掛けが出されたとき。

盛り付けや鮑の芳しい香りから食べる前にして、このお店はなにを食べても美味しいと確信した。

互いにモクテル片手に会話が弾んだ。
内容は私がどうして秘書になったのから始まり。黄瀬さんは昭義さんから堅物だとか思われていたのは、あのギャル達の印象があまり良くなく。
それでも、何人かとお付き合いしたが長続きはせず。その根底には私がずっといたからだと教えて貰った。

キセイ堂の社長になることに関しては、ご両親がどちらも化粧品開発の研究職で社長職に就きたがらず。
あれよこれよとお鉢が回ってきてしまい。大学卒業後には社長に就くことが決まっていたそう。
その為、仕事に集中する為にも自ら女性と距離を取っていたのが昭義さんには女嫌いだとか。そんな風に見られたんだと思う──と黄瀬さんは苦笑しながら語っていた。

互いの知らない過去を埋める会話と美味しい食事の前では、時間があっという間に過ぎ。

メインの神戸牛を備長炭で焼いたステーキも、デザートの黒いちじくと洋梨のプチパフェも気がつけばお腹の中に収まっていた。
食事が終わり。気がつけば二十一時過ぎ。
またしても奢ってくれて、せめて割り勘にして欲しいと言うと「昨日、とんでもなく美味しいクッキーを貰ったお返しと、イジワルした詫びだ」と言われてしまい。素直にご馳走に預かることにした。

御礼を言って、お店を後にして外に出ると夜気の風が心地良かった。

「本当にご馳走様でした。とっても美味しかったです」

「気に入ってくれて何よりだ。この辺は美味しい店が多いからまた来よう」

「はい」

さりげなく次回の約束もしてくれて嬉しい。
今日も一緒に食事をして、黄瀬さんはリッチで社長と言う立場を誇張するようなことはなく、終始とても穏やか。
食堂で食事をしたいが時間のことを考えると社長室で、朝コンビニで買ったパンを食べがちだとかそんな他愛もない話も楽しかった。

もっと色んなことを知りたい。話したい。腕時計を見ると時間的にはも余裕がある。
もう一件行ける時間ではある。

周囲を見回せば、まだ街は活気付いている。

でも二件目に行っても、黄瀬さんは運転しているからお酒は飲めないだろうし。そもそも、この前の赤井社長のことがあるから、飲みたいという気分はあまりなく。
スッキリと帰るべきでは。でもカフェぐらいならと考えていると。

きゅっと黄瀬さんが私の手を握ってきた。
そのまま駐車場へと歩き出す。

「紗凪、名残り惜しいけど今日はこのまま家に送るよ。本当はもっと一緒にいたけど明日も早いしね」

「そ、そうですね。明日もたくさんやることありますから」

帰ると言う言葉を聞いて、ほっとした気持ちと残念だと思う気持ちが半分ずつ。
自分でも女心とは難しいと思ってしまう。
すると黄瀬さんが私を見て、少し意味ありげに微笑んだ。

「それとも、もっと一緒に俺といたい? これから俺の家に来る?」

「それはまだ、心の準備がっ」

「赤くなって可愛いな」

「……また、からかいましたか?」

「半分は本気だったけどね。好きな人を家に呼んでおいて、何もしないとは流石に言わない。紗凪がその気きになったら、いつでも俺の家に来てくれ」

まだ微笑んでいる黄瀬さんは、夜景を背景にしているせいかとても大人に見えた。
おかしいな。同級生なのに。けれども黄瀬さんの表裏ない言葉に信頼が積もる。

夜の誘いでもこんな風に胸がときめくなんて、愛情がちゃんとあると伝えてくれるからだろう。

赤井社長とは違う。

同じ社長でも、男性でもこんなにも違うなんて。黄瀬さんにまた出会えて良かった。繋がれた手に私もきゅっと力を込めて。

「その。もう少ししたら、お。お邪魔したいと思っています。そうだ、良かったら私の家にも来て下さいね」

「紗凪の家に? それは帰りたくなくなってしまうな。ついでだから会社も休んでしまおうか」

「社長、それは困りますよ?」

「じゃあ、お祖父様にもう少し頑張って貰おう」

「それは昭義さんも私も、もっと困りますから!」

そこまで言い合うと、二人でぷっと笑いあった。
駐車場まで戻る道ですら、手を繋いでこうして笑い合えるだけで気分が華やいだ。

私、黄瀬さんに恋してる。
このまま時間が過ぎて。何度目かの朝を迎える頃には仕事も恋もちゃんと出来ているだろうと、思えるのだった。
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