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今日は一ヶ月前に私がスケジュールミスをした、あの清美染職工房の訪問日だった。
既に朝から工房を訪れて染色を体験済み。このことを市の市役所が是非記事にしたいと事前に申し出があり、体験後。こうして市役所にも訪れていた。
今日の日程が全て順調に進んで、喜びもひとしおの私だった。
訪れた市役場の会議室は、まるで大学のディスカッションルームみたいな場所。
そう広くはないが明るい部屋で、黄瀬社長と市長の和やかなインタビューが行われていた。
円卓上の机、上座の部分に黄瀬社長達が座り。私はその左横でメモ取りと、資料確認をしていた。
黄瀬社長の右側にいる人が市長。入り口の近くには広報関係者や市長の秘書と見られる人達が見学をしていた。
市長は恰幅がよく。学校の校長先生みたいな人だった。
その市長が穏やかに黄瀬社長に質問をする。
「──では。清美工房での染職体験は初めてで、とても楽しかったと。嬉しい限りです。しかも今、身に付けいる着物は工房のものでよね?」
「はい。ご厚意で頂きました。あまりにも嬉しくて、急遽着替えてこちらに来た次第です」
黄瀬社長は言葉通り、なんと藍染め着物に着替えていた。
シックで上品な着物に身を包み、インタビューを受ける様子はモデルのようだ。
着物一式は工房からのプレゼント。それにいたく感動した黄瀬社長は急遽、スーツから浴衣に着替えてこの市役所を訪れていた。市の特産品を身に着けて訪問したら、市長はそれは嬉しいに決まっているだろう。
きっとコラボ商品は市長もプッシュしてくれて、ヒット商品になると早くも思ってしまった。
「本当に着物が良くお似合いで。是非普段でも沢山着て下さい。その着物や染職に触れて、コラボに向けてどんなことを思いましたか」
「はい。まずは資料や画面で見る染色のカラーと、リアルで見る鮮やかさの違いに驚きました。これは素晴らしい、日本が誇る技術だと思いました」
黄瀬社長が「本当に素晴らしい」と、市長の顔を見てにこりと爽やかに微笑むと。
後ろに控えている市役所の女性達が、頬を赤くしたのを見てしまった。
──うん。
ウチの社長カッコいいもんね。ドキッとしちゃうよね。着物姿も素敵だし。
どうかその魅力を広めて欲しいと、秘書として願ってしまう。
黄瀬社長は滑らかに市長に語り掛ける。
「工房で見せて頂いた藍や紅に黄土。今、私が頂いたこの着物の繊細な風合いを、キセイ堂のお客様にお届けしたいと言う気持ちが強まりました」
市長がうんうんと深く頷き。
その後ろに控えていた中年のカメラマンが後で是非写真撮影をと、お願いしていた。
黄瀬社長は笑顔で写真撮影に頷き、続きの言葉をしゃべる。
「ですが果たしてこのカラーを、メイクパレットにちゃんと落とし込めるのか。肌に乗せたときの色合いはどうなのかと、発色や肌触りなど。決して会議の席に座っていては分からない、生の色彩と生地触れて、我が社の企画開発と清美染職工房さんと一丸となって良い商品を作りたいと、今回の体験でより期待感が高まった次第です」
染職体験は手拭いを染めるものだったが工房でも黄瀬社長は熱心に自らメモを取ったり、自らのスマホで工房内を撮っていた。
私も体験させて貰って、思ったよりもカラフルな色や可愛いデザインがたくさんあり、非常に楽しかった。
染めた手拭いは後日、発送をしてくれると言うことで完成が非常に楽しみである。
黄瀬社長もきっと私と同じで、そんな思いを市長に伝えているのだろうと思った。
和やかな雰囲気でインタビューは続き。最後にカメラマンが熱心に黄瀬社長の姿をたくさん撮影して、終わったとき。
部屋にいた女性達が素敵だと、キャアっと声が上がって市長は苦笑して「すみません」と良いながらも、少し雑談を挟んだ。
「こんな若くて立派な社長が、我が市にもいてくれたらなんと心強いか。市では婚活パーティーも開催してますので、良かったら是非」
半分冗談、半分本気と思える市長の口調に、カメラマンさんが口を開いた。
「ふふっ。市長がこの市をアピールしたいのは分かりますけど、こんな素敵な方。もう芸能人の恋人か、モデルさんの恋人が沢山いてもおかしくないですよ」
「それもそうですね。いやはや、失敬失敬」と市長が笑い。黄瀬社長も軽く受け流すと思いきや。
机の下で黄瀬社長がそっと私の手を握ってきた。
びっくりしてしまいそうなのを、咳払いで誤魔化して黄瀬社長を見ると。
なんでもないように市長とカメラマンさんに向かって口を開いた。
「私にはそのような職業の方とはお付き合いはありません。ですが、いつも私のそばに居てくれる世界一、素敵な愛しい女性が一人だけいます」
ぎゅっと机の下で私の手を握る──薫。
「個人的な思いではありますが、私も含めて皆様の大事な人がずっと笑顔でいられるような。キセイ堂の商品で女性をより輝けるような、そんな商品を作りたいと思っていますので、今後もよろしくお願いします」
これはとんだ惚気だ。
ハッキリと言う、黄瀬社長に室内に入る人達が照れてしまった。
そしてその発言に私が誰よりもニヤけてしまいそうになるけど、表面では澄ました顔をなんとか貼り付けて。
一応、秘書として言葉を添えてみた。
「社長。それはその方と二人きりのときに発言してください。皆様、反応にお困りですよ」
「それは、こちらこそ失敬でしたね。あとでその人にはしっかりと伝えておこう。皆様どうぞ忘れて下さい」
そう言うと市長達はいやぁ熱い熱い。羨ましいことですと笑う。
女性陣達は「やっぱり、誰かいますよね」と少々残念な顔をした。
私も和やかに受けながすが。繋がれたままの手に内心ドキドキしっぱなしだった。
社長と秘書。
私達は周囲に秘密の恋をしている。昭義さんからはすぐにでも公表したらいいと言われているけど。
──もうちょっと、この秘密のドキドキ感を味わいたいと思う私もいて。
もう暫くはこのままで。
でも仕事に恋に、全力で楽しもうと机の下で薫の手をきゅっと握り返すのだった。
完
既に朝から工房を訪れて染色を体験済み。このことを市の市役所が是非記事にしたいと事前に申し出があり、体験後。こうして市役所にも訪れていた。
今日の日程が全て順調に進んで、喜びもひとしおの私だった。
訪れた市役場の会議室は、まるで大学のディスカッションルームみたいな場所。
そう広くはないが明るい部屋で、黄瀬社長と市長の和やかなインタビューが行われていた。
円卓上の机、上座の部分に黄瀬社長達が座り。私はその左横でメモ取りと、資料確認をしていた。
黄瀬社長の右側にいる人が市長。入り口の近くには広報関係者や市長の秘書と見られる人達が見学をしていた。
市長は恰幅がよく。学校の校長先生みたいな人だった。
その市長が穏やかに黄瀬社長に質問をする。
「──では。清美工房での染職体験は初めてで、とても楽しかったと。嬉しい限りです。しかも今、身に付けいる着物は工房のものでよね?」
「はい。ご厚意で頂きました。あまりにも嬉しくて、急遽着替えてこちらに来た次第です」
黄瀬社長は言葉通り、なんと藍染め着物に着替えていた。
シックで上品な着物に身を包み、インタビューを受ける様子はモデルのようだ。
着物一式は工房からのプレゼント。それにいたく感動した黄瀬社長は急遽、スーツから浴衣に着替えてこの市役所を訪れていた。市の特産品を身に着けて訪問したら、市長はそれは嬉しいに決まっているだろう。
きっとコラボ商品は市長もプッシュしてくれて、ヒット商品になると早くも思ってしまった。
「本当に着物が良くお似合いで。是非普段でも沢山着て下さい。その着物や染職に触れて、コラボに向けてどんなことを思いましたか」
「はい。まずは資料や画面で見る染色のカラーと、リアルで見る鮮やかさの違いに驚きました。これは素晴らしい、日本が誇る技術だと思いました」
黄瀬社長が「本当に素晴らしい」と、市長の顔を見てにこりと爽やかに微笑むと。
後ろに控えている市役所の女性達が、頬を赤くしたのを見てしまった。
──うん。
ウチの社長カッコいいもんね。ドキッとしちゃうよね。着物姿も素敵だし。
どうかその魅力を広めて欲しいと、秘書として願ってしまう。
黄瀬社長は滑らかに市長に語り掛ける。
「工房で見せて頂いた藍や紅に黄土。今、私が頂いたこの着物の繊細な風合いを、キセイ堂のお客様にお届けしたいと言う気持ちが強まりました」
市長がうんうんと深く頷き。
その後ろに控えていた中年のカメラマンが後で是非写真撮影をと、お願いしていた。
黄瀬社長は笑顔で写真撮影に頷き、続きの言葉をしゃべる。
「ですが果たしてこのカラーを、メイクパレットにちゃんと落とし込めるのか。肌に乗せたときの色合いはどうなのかと、発色や肌触りなど。決して会議の席に座っていては分からない、生の色彩と生地触れて、我が社の企画開発と清美染職工房さんと一丸となって良い商品を作りたいと、今回の体験でより期待感が高まった次第です」
染職体験は手拭いを染めるものだったが工房でも黄瀬社長は熱心に自らメモを取ったり、自らのスマホで工房内を撮っていた。
私も体験させて貰って、思ったよりもカラフルな色や可愛いデザインがたくさんあり、非常に楽しかった。
染めた手拭いは後日、発送をしてくれると言うことで完成が非常に楽しみである。
黄瀬社長もきっと私と同じで、そんな思いを市長に伝えているのだろうと思った。
和やかな雰囲気でインタビューは続き。最後にカメラマンが熱心に黄瀬社長の姿をたくさん撮影して、終わったとき。
部屋にいた女性達が素敵だと、キャアっと声が上がって市長は苦笑して「すみません」と良いながらも、少し雑談を挟んだ。
「こんな若くて立派な社長が、我が市にもいてくれたらなんと心強いか。市では婚活パーティーも開催してますので、良かったら是非」
半分冗談、半分本気と思える市長の口調に、カメラマンさんが口を開いた。
「ふふっ。市長がこの市をアピールしたいのは分かりますけど、こんな素敵な方。もう芸能人の恋人か、モデルさんの恋人が沢山いてもおかしくないですよ」
「それもそうですね。いやはや、失敬失敬」と市長が笑い。黄瀬社長も軽く受け流すと思いきや。
机の下で黄瀬社長がそっと私の手を握ってきた。
びっくりしてしまいそうなのを、咳払いで誤魔化して黄瀬社長を見ると。
なんでもないように市長とカメラマンさんに向かって口を開いた。
「私にはそのような職業の方とはお付き合いはありません。ですが、いつも私のそばに居てくれる世界一、素敵な愛しい女性が一人だけいます」
ぎゅっと机の下で私の手を握る──薫。
「個人的な思いではありますが、私も含めて皆様の大事な人がずっと笑顔でいられるような。キセイ堂の商品で女性をより輝けるような、そんな商品を作りたいと思っていますので、今後もよろしくお願いします」
これはとんだ惚気だ。
ハッキリと言う、黄瀬社長に室内に入る人達が照れてしまった。
そしてその発言に私が誰よりもニヤけてしまいそうになるけど、表面では澄ました顔をなんとか貼り付けて。
一応、秘書として言葉を添えてみた。
「社長。それはその方と二人きりのときに発言してください。皆様、反応にお困りですよ」
「それは、こちらこそ失敬でしたね。あとでその人にはしっかりと伝えておこう。皆様どうぞ忘れて下さい」
そう言うと市長達はいやぁ熱い熱い。羨ましいことですと笑う。
女性陣達は「やっぱり、誰かいますよね」と少々残念な顔をした。
私も和やかに受けながすが。繋がれたままの手に内心ドキドキしっぱなしだった。
社長と秘書。
私達は周囲に秘密の恋をしている。昭義さんからはすぐにでも公表したらいいと言われているけど。
──もうちょっと、この秘密のドキドキ感を味わいたいと思う私もいて。
もう暫くはこのままで。
でも仕事に恋に、全力で楽しもうと机の下で薫の手をきゅっと握り返すのだった。
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