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そういうものでございますゆえ
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そこは、寂れた村のある一角。ひっそりとした佇いに気付く人間は少ない。通称「招かれざる客を拒む店」。正式名称が知られていないため、便宜上の店名だったが。
静寂と平穏を壊す騒々しさは、一定間隔でやってくる。今日もまた、一人。
「お前がここの店主か」
少し力を籠めれば壊れるのではないかというドアを開けると、薄暗い室内に顔を顰めた。護衛は何故か入口であるドアすら分からず(目の前にあるというのに)、自ら戸を開ける他なかった怪しい店。
しかし目的のためには仕方ない。そう言い聞かせ、渋面のままフードを深く被った小柄な老人に声をかける。
「はい、さようでございます。…オルティス=ハーヴァント王太子殿下」
「俺が王太子と知っているなら、用件も把握していような?」
「おおよそは」
どんな手段でなどと愚問を発する気はなかった。そもそも、自分の私室へ”こんなもの”を忍ばせてきたのだ。城内で警戒の厳しい、王太子の私室へ、だ。ある意味当然とも言えた。
「殿下のご希望をお伺いいたしましょう」
「そうだな…」
思考を巡らせた一瞬、忌々しい顔が浮かんだのを意識的に消す。舌打ちしてしまうくらいには、思い出したくもない顔。
「金髪碧眼の美しい女を。髪はゆるくウエーブがかかるくらいのふわふわなのがいい。目は大きめで愛嬌があり、男に従順であるのは当然、だが人形のような女ではだめだ。はいはいと、俺の言うことを聞くだけの女はつまらんからな。気位が高く口うるさいのもごめんだ。うんざりする。賢しらな女など可愛げの欠片もない。だが性格はよく、男を立てる謙虚さと明るさは必要だな。声は愛らしい、鈴を転がすようなというのか。甲高いのも暗いのも耳障りだ。聞くに堪えん。言うまでもないがスタイルも重要だ。肥満は論外、細すぎるのも抱き心地が悪い。腰は細く、出るところは出すぎくらいがちょうどいい。年齢は俺と同じ16で、この俺と並んで見劣りしない女を頼む」
「…以上でございますか?」
「まあ、こんなところだな」
要望を言い終えると先ほどの微かな苛立ちが少し和らぐ。そうだ、俺に相応しいのはあんな女ではない。国の安定のためだけに、陰気で頭でっかちの上、小言ばかり並べ立ててくる生意気な女が、自分の隣に立つなどおこがましいにもほどがある。
「どれくらいかかる?」
「小一時間ほどいただければ」
「?! そんな短時間で用意できるのか?!」
少なくとも、現存する貴族、王族の中に該当するような女性はいない。いれば、始めからこんな胡散臭い店に足を運ぶ必要などなかったのだ。
驚きの中に不審を混ぜれば、フードから覗く口元にうっそりした不気味な笑みが浮かんだのが見える。
「論より証拠、でございます。このままお待ちいただければ、自ずと証明できましょう」
「そこまで言うのなら、待ってやろう。早く取り掛かれ」
尊大に命令すれば、短く承諾の言葉が返り、老人は部屋の暗闇に消えていった。
手持無沙汰で、待つこと一時間ほど。退屈で、こくりこくりと舟を漕いでいたオルティアスを控えめに呼ぶ声。老人とも青年ともつかぬ声に、はっと覚醒した。
「お目覚めになられましたか、殿下」
「わざわざ起こしたということは、できているのだろうな」
「もちろんでございます。こちらに」
フードの老人の隣には、まさしく先ほど述べたとおりの外見の少女がいた。オルティアスの描いた理想そのものの姿が。
「おお、素晴らしい! ここまで来た甲斐があったというものだ!!」
「お気に召していただけたようで、何より」
「早速連れ帰ってもよいな?」
「いいえ、お待ちください」
「なんだ?」
まずはこれを、と渡された紙には、びっしりと細かい字が並んでいた。
「…なんだこれは」
「説明書でございます」
「説明書だと?」
「はい、必ず最後までお読みください。必要なことでございますので」
「あー分かった分かった」
「ではこれにサインを」
羊皮紙のような厚みのある紙に、何やら注意事項だのなんだのあったが、まあ大したことは書いてあるまいと、さらりと流してサインした。
「さて、いつまでもつかねえ…」
それから1週間後、結界の外で地団太を踏んでいる王太子の姿を、店主は水晶球から見つめる。ここに、招いていない者は立ち入ることはできない。
1度目に王太子が入れたのは、許可証があったからに過ぎない。
「…それで望む結果は得られましたかな?」
「ええ、期待通りに。助かったわ。…報酬は本当にそんなものでいいの?」
「もちろんでございます」
店主の手にあるのは、依頼人であった女性の髪ひと房。
「念のためだけど、それを悪用しない念書を書いてもらっていいかしら? 今後誰かに私への呪術を依頼されても困るから」
「さすが、将来は王妃、賢妃になるだろうと言われたお方。抜け目がない」
「あなたのおかげで婚約は解消できたから、その未来はもうないわ」
肩を竦める、美しい女性。
王太子は地味だの陰気だの言っていたが、目の前の女性は、気品があり教養もあり所作も十分美しい。店主からでなくとも、万人が認めるところだった。当の王太子、元王太子以外は。
「殿下の言う理想の女性など、所詮虚像でしかないのよ。どれだけ夢を見てるのかと呆れるしかなかったけど。まああなたが造ってくれた”彼女”のおかげで、殿下は無事失脚、廃嫡されたわ」
店主の本当の依頼主は、元王太子の婚約者で公爵令嬢。再三断っていた婚約を王命でごり押しされ、仕方なく貴族の責務とばかりに接してきたが、あらゆる意味で救いようがなく、見切りをつけたとのこと。
それでも、店主が造った少女の取り扱い方を間違えず、少女だけを大切にできるのなら、令嬢は後ろ盾にはなってもよかったらしい。
「今はあの少女、殿下のせいで見る影もなくなってしまって…哀れね」
「ああ、あの項目1つでも違えますと、若さがまず急速に目減りしますので」
「繊細なお人形よね。私もこの項目守れる気がしないわ。100以上あるじゃない。湿度、温度、食事の管理だけでも大変なのに、感情の制御もでしょう?」
だからこそ、願い通りのものが造れる。ただ、常人には扱いが非常に困難なだけで。
「そういうものでございますゆえ」
了
静寂と平穏を壊す騒々しさは、一定間隔でやってくる。今日もまた、一人。
「お前がここの店主か」
少し力を籠めれば壊れるのではないかというドアを開けると、薄暗い室内に顔を顰めた。護衛は何故か入口であるドアすら分からず(目の前にあるというのに)、自ら戸を開ける他なかった怪しい店。
しかし目的のためには仕方ない。そう言い聞かせ、渋面のままフードを深く被った小柄な老人に声をかける。
「はい、さようでございます。…オルティス=ハーヴァント王太子殿下」
「俺が王太子と知っているなら、用件も把握していような?」
「おおよそは」
どんな手段でなどと愚問を発する気はなかった。そもそも、自分の私室へ”こんなもの”を忍ばせてきたのだ。城内で警戒の厳しい、王太子の私室へ、だ。ある意味当然とも言えた。
「殿下のご希望をお伺いいたしましょう」
「そうだな…」
思考を巡らせた一瞬、忌々しい顔が浮かんだのを意識的に消す。舌打ちしてしまうくらいには、思い出したくもない顔。
「金髪碧眼の美しい女を。髪はゆるくウエーブがかかるくらいのふわふわなのがいい。目は大きめで愛嬌があり、男に従順であるのは当然、だが人形のような女ではだめだ。はいはいと、俺の言うことを聞くだけの女はつまらんからな。気位が高く口うるさいのもごめんだ。うんざりする。賢しらな女など可愛げの欠片もない。だが性格はよく、男を立てる謙虚さと明るさは必要だな。声は愛らしい、鈴を転がすようなというのか。甲高いのも暗いのも耳障りだ。聞くに堪えん。言うまでもないがスタイルも重要だ。肥満は論外、細すぎるのも抱き心地が悪い。腰は細く、出るところは出すぎくらいがちょうどいい。年齢は俺と同じ16で、この俺と並んで見劣りしない女を頼む」
「…以上でございますか?」
「まあ、こんなところだな」
要望を言い終えると先ほどの微かな苛立ちが少し和らぐ。そうだ、俺に相応しいのはあんな女ではない。国の安定のためだけに、陰気で頭でっかちの上、小言ばかり並べ立ててくる生意気な女が、自分の隣に立つなどおこがましいにもほどがある。
「どれくらいかかる?」
「小一時間ほどいただければ」
「?! そんな短時間で用意できるのか?!」
少なくとも、現存する貴族、王族の中に該当するような女性はいない。いれば、始めからこんな胡散臭い店に足を運ぶ必要などなかったのだ。
驚きの中に不審を混ぜれば、フードから覗く口元にうっそりした不気味な笑みが浮かんだのが見える。
「論より証拠、でございます。このままお待ちいただければ、自ずと証明できましょう」
「そこまで言うのなら、待ってやろう。早く取り掛かれ」
尊大に命令すれば、短く承諾の言葉が返り、老人は部屋の暗闇に消えていった。
手持無沙汰で、待つこと一時間ほど。退屈で、こくりこくりと舟を漕いでいたオルティアスを控えめに呼ぶ声。老人とも青年ともつかぬ声に、はっと覚醒した。
「お目覚めになられましたか、殿下」
「わざわざ起こしたということは、できているのだろうな」
「もちろんでございます。こちらに」
フードの老人の隣には、まさしく先ほど述べたとおりの外見の少女がいた。オルティアスの描いた理想そのものの姿が。
「おお、素晴らしい! ここまで来た甲斐があったというものだ!!」
「お気に召していただけたようで、何より」
「早速連れ帰ってもよいな?」
「いいえ、お待ちください」
「なんだ?」
まずはこれを、と渡された紙には、びっしりと細かい字が並んでいた。
「…なんだこれは」
「説明書でございます」
「説明書だと?」
「はい、必ず最後までお読みください。必要なことでございますので」
「あー分かった分かった」
「ではこれにサインを」
羊皮紙のような厚みのある紙に、何やら注意事項だのなんだのあったが、まあ大したことは書いてあるまいと、さらりと流してサインした。
「さて、いつまでもつかねえ…」
それから1週間後、結界の外で地団太を踏んでいる王太子の姿を、店主は水晶球から見つめる。ここに、招いていない者は立ち入ることはできない。
1度目に王太子が入れたのは、許可証があったからに過ぎない。
「…それで望む結果は得られましたかな?」
「ええ、期待通りに。助かったわ。…報酬は本当にそんなものでいいの?」
「もちろんでございます」
店主の手にあるのは、依頼人であった女性の髪ひと房。
「念のためだけど、それを悪用しない念書を書いてもらっていいかしら? 今後誰かに私への呪術を依頼されても困るから」
「さすが、将来は王妃、賢妃になるだろうと言われたお方。抜け目がない」
「あなたのおかげで婚約は解消できたから、その未来はもうないわ」
肩を竦める、美しい女性。
王太子は地味だの陰気だの言っていたが、目の前の女性は、気品があり教養もあり所作も十分美しい。店主からでなくとも、万人が認めるところだった。当の王太子、元王太子以外は。
「殿下の言う理想の女性など、所詮虚像でしかないのよ。どれだけ夢を見てるのかと呆れるしかなかったけど。まああなたが造ってくれた”彼女”のおかげで、殿下は無事失脚、廃嫡されたわ」
店主の本当の依頼主は、元王太子の婚約者で公爵令嬢。再三断っていた婚約を王命でごり押しされ、仕方なく貴族の責務とばかりに接してきたが、あらゆる意味で救いようがなく、見切りをつけたとのこと。
それでも、店主が造った少女の取り扱い方を間違えず、少女だけを大切にできるのなら、令嬢は後ろ盾にはなってもよかったらしい。
「今はあの少女、殿下のせいで見る影もなくなってしまって…哀れね」
「ああ、あの項目1つでも違えますと、若さがまず急速に目減りしますので」
「繊細なお人形よね。私もこの項目守れる気がしないわ。100以上あるじゃない。湿度、温度、食事の管理だけでも大変なのに、感情の制御もでしょう?」
だからこそ、願い通りのものが造れる。ただ、常人には扱いが非常に困難なだけで。
「そういうものでございますゆえ」
了
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