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1-7 想う心
第35話 牧場の蜘蛛 1
しおりを挟む早朝の賑わいを見せるいつものクエスト掲示板の前。
今日はどの仕事を受けようか吟味していると、討伐依頼の中にとても惹かれる文言を見つけた。
<至急求む ストークスパイダー退治【畜産組合】>
詳細を受付で確認する必要があるが、小麦畑の隣は牧場となっており、恐らくそこからの依頼だろうことが予想される。
ミドルラット退治の為に小麦畑には何度も行ったが、牧場には立ち入った事が無いので、いい機会かも知れない。
至急と記載されている事も考慮すれば、急いだほうがよさそうなのは明白なので、受付を済ませ、取り急ぎ牧場へと向かう事にした。
◇
「「ンモォ~」」
草を食むリズムの良い音が聞こえる。
(いつも遠目で見えてはいたけど、やっぱり近くで見る牛は大きいなぁ……迫力が違う! そして大きいのに可愛い!)
牧歌的な雰囲気の広々とした敷地に、牛たちが各々自由に座り込んでのんびりしている。
奥に赤い屋根の牛舎と思われる建物や、従業員用の母屋などがあり、観光地として運用しても非常に人気が出そうなほのぼのとした光景だ。
(そういえば……地球のと見た目も大きさも変わりないけど、ここは異世界だし、鮮やかな色の牛とかも居たりするんだろうか……?)
「ホホーホ(ナカマ)」
「そうだよ、あれは魔物じゃないね」
俺に伝わってくるリーフルの語彙はかなり少ないが、こうして常に一緒に居る事で、徐々にその真意も分かるようになってきた。
「ホーホホ(タベモノ)」
「ん? じゃあ食べ物かって?──まぁどちらかと言えばそうだなぁ。でも可愛いんだから『ナカマ』の方だと思おうよ──」
「──お~い! こっちだ!」
牧場に到着して早々、雰囲気に釣られ牛に見惚れていると、従業員と思われる男性が駆け寄ってきた。
「あんた冒険者だろ⁉ やっと来てくれた……早く退治してくれよ」
「は、はい。冒険者のヤマトです。"ストークスパイダー"が居るというお話ですが、どちらに?」
「こっちだよ。昨日の昼頃急に現れて、牛舎の天井の隅に巣を張って居座っちまってるんだ」
「巣……ですか」
急いでいる雰囲気はあるが、今一つ危機感が感じられない。
何かしら身を守る道具も携帯していないように見受けられるが、どういう事なのだろうか。
(とりあえず現認しない事には作戦も何も無いしな)
男性の後に付き牛舎へと向かう事にした。
案内された牛舎は、牛が横一列に五十頭ほど入りそうな大きさで広々としていて、牧場特有の臭いが鼻をつく。
動物が好きな俺は当然牛も好きだが、この臭いだけは耐え難いものがある。
仕事に従事している人には尊敬の念に堪えない思いだ。
「ギギッ……」
金属が擦れたような異質を感じる鳴き声。
「ホントだ──巣を張って動かないみたいですね」
入り口から中へ、そして後ろを振り向くと、天井の隅に幾重にも糸を張り巡らせた巣の様相が目に入った。
そして本体。ストークスパイダーがその長い脚を広げ微動だにせずジッとこちらを睨んでいる。
(確か、普段は森と草原の境界辺りに潜んで、人間の気配のする所にはあまり近づかないはずだよな……なんで牧場に……)
『コドモ』 『タベモノ』
念が伝わってくる。
(ムッ? あれは──卵が巣に産み付けられてる……? それに空腹……なのか?)
「すみません。確認なんですが、牛は何頭襲われましたか?」
「いや、それが不思議な事に一頭も被害にあってないんだ。俺達従業員も。だからいざ被害が出る前に退治してもらおうってんで、急いで依頼を出したんだ」
(なるほど……まだ実害が出ていないから。このひとの妙な危機感の無さはそういう事だったのか)
ストークスパイダーはジョロウグモを巨大に拡大したような黄色や緑色の縞模様の不快な色合いをしている。
長い脚を含めて全長二、三メートルほどで、牛なら獲物として狙ってもおかしくない巨体を誇っている。
地球のジョロウグモとは違い、巣を張り獲物を待つタイプでは無く、徘徊性の蜘蛛の魔物だ。
「一頭も? それは妙ですね……」
以前学んだ習性から推測すると、森から何らかの獲物を追って牧場に辿り着き、そのまま産卵のタイミングが来てしまった。
そしてたまたま近くにあった牛舎の天井を、普段の森の木の代わりとし巣を張り、卵を守っているという所だろうか。
狡猾なやり口を好む魔物だ。相手も同じだと思い込み、牛を狙いたいが数が多いので、報復されると思って手が出せないでいるんだろう。
「ホー! (テキ!)」
リーフルがストークスパイダーを見上げ威嚇している。
(問題は俺がどう退治するかだ……確か──)
「──すみませんが火を……松明か何かありませんか? 出来れば太めの物を。手持ちの物で足りなくなる恐れがありますので」
「お、松明かい? ちょっと待っててくれ」──
従業員が松明を探しに母屋に駆ける。
「──ぜえ……ぜえ──これで……大丈夫かい」
急いでくれたのだろう、息を切らせた従業員が松明を俺に渡してくれる。
「助かります。あなたは避難しておいてください」
俺は従業員に避難を促し、腰の巾着袋に入れている火打石を取り出し、自分の収納している松明も二本取り出し火をつけていく。
その途端、距離があるにも関わらずストークスパイダーは『ギィィッ』という唸り声を上げて警戒を強めた。
火を怖がる事が確認出来た俺は、他の二本の松明を最寄りの牛の手前の地面に置き、これ以上牛舎内に侵入しないよう防衛ラインを築く。
そして手に持った松明で、背伸びをしてギリギリ手が届く高さの糸に松明を近づける。
「リーフル、肩にいるんだぞ」 「ホ」
屋内での戦闘なので、リーフルをむやみに避難させては俺への注意が散漫になる可能性がある。
激しく動くことになると思うが、リーフルの爪は鋭いので掴まっていられるだろう。
次第に火は糸を伝い炎となってストークスパイダーに迫りゆく。
「ここからはアドリブだな……!」
「ギギギィィッッ」──
呟きも消えぬ間にストークスパイダーが巣から飛び退き、鋭い爪を有した脚を振りかざし襲い来た──。
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