平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

文字の大きさ
40 / 190
1-7 想う心

第35話 牧場の蜘蛛 2

しおりを挟む

 迫る炎から逃れようと、ストークスパイダーが巣を放棄し爪を振りかざしながら落下してくる。

(よく観察するんだ──!)

 相手を視界に捉えながら後ろに飛び退き、着地と同時に迫り来る爪を回避する。

 視線は爪に合わせたまま、こちらの様子を伺っているストークスパイダーに松明を突き出しながら距離を詰める。

「ギィィッ……」

 やはり火が怖いのかストークスパイダーが後退している。

「そのままでいてくれ!」──

 距離を詰め短剣を顔面に振り下ろす。
 
 しかし間合いが甘かったのか、短剣は顔を掠め空を切る。

 ストークスパイダーは距離を取ろうとさらに後退し、姿勢を低くして身構えている。

 戦闘となると狭く感じる牛舎の中で、睨み合いになる。

「ギギ……」

 ストークスパイダーは用心深い。

 狩りの際には狙い定めた相手を執拗に追い回し、体力が無くなったところに襲い掛かるという狡猾な習性をしていて、勝てないと判断した相手には立ち向かわずすぐに諦めるのだそうだ。

 俺の事は勝てる程度と判断しているのだろうが、牛舎には他に何頭もの牛がいる。

 それに松明の火を恐れているのと、卵を燃やされたことで撤退か反撃か迷っているのだろう。

「ホー! (テキ)」

 相手への威嚇か俺への励ましか、リーフルが鳴き声を上げる。

「ギギィッ……」

 松明を置き背負っている弓に手をかけ遠距離から攻めようかと考えていると、その大きな目玉で俺をしっかりと見据えながら、ストークスパイダーが徐々に距離を取ろうと後退して行く。

 相手は八本もの脚を有し素早く、その巨体が保有するスタミナも俺とは桁違いだ。

 遠距離から二、三本の矢で仕留められれば安全だが、恐らく俺の腕では確実性に欠けるだろう。

 外──広い場所での戦闘より、この狭い場の方が俺にとっては有利と判断する。

 なんとか牛舎内で決着したい。
 
(これ以上距離を取られたら逃げられる……俺が前に出るしかない!)──

 ──だが駆け出した直後。狙いすましたかのようにストークスパイダーが糸を放出する。
 
(しまっ──誘われた⁉)

 撤退していくものだと思いかけた攻勢。
 
 しかしどうやら俺の接近に合わせ糸で絡め取るつもりだったらしい。

 前傾姿勢だったために糸はわずかに軌道を逸れ、肩に止まっていたリーフルを襲い窮屈に縛り付ける。
 
「──! ホッ⁉」

 身動きの取れないリーフルが地面に倒れ落ちる。

「リーフル‼──クソッ!」

 リーフルの姿を見て頭に血が上り、なりふり構わずストークスパイダーに突撃する。

 ストークスパイダーは待ち構えたように鋭い爪で切り付けてくる──

 ──「クッ……!」

 怒りのアドレナリンのせいか、いつもの俺では到底及ばない反射神経を発揮しすんでのところで回避する。

 その勢いのまま、松明でもう一本の脚の攻撃を防御し、短剣を突き立てる。

 脚にダメージは与えられたようだが、ストークスパイダーの脚は更に振りかざされる。

 傷口から紫色の気味の悪い体液を飛散させながら鋭い爪が襲いくる。

「──このッ!」

 迫る爪を躱し、松明を顔面に押し当てる。

 顔を焼かれたストークスパイダーから、その風体に似合わないなんとも香ばしい匂いが漂ってくる。

「ギャギャッッ!……」

 火が弱点のストークスパイダーは悶絶した様子を見せている。

「今だ‼」

 このチャンスを逃すまいと、俺は短剣を顔面目掛け振りかざす──

 しかし生存本能からか、ストークスパイダーがさらに糸を放出した。
 
「なツ」──

 無造作に放出された糸は、回避する間もなくグルグルと俺の両足を縛りあげる。

 そして体勢を保てずストークスパイダーの方へと倒れ込む。 

(うっ……いや! このまま‼)

 硬質な響きと不快で水っぽい柔らかな感触が短剣の先に伝わる。

 倒れ込む勢いそのままに突き立てられた短剣が顔面を捉えた。

「──ギギャッッ……‼」

 貫いた一撃が致命傷になったようで、ストークスパイダーは脚をピクピクと動かしながら沈黙した。

「クッ……リーフルは⁉ リーフル!」

 急いで両足の糸を切り解き、慌ててリーフルに駆け寄り絡みつく糸から解放してやる。

「ホホーホ(ナカマ)……」

 幸いケガは負っていないようで、肩にとまり頬擦りをしてくれる。

「ふぅ……ごめんなリーフル、怖かっただろ」

 激しい戦闘の疲労感と、リーフルが無事だった事への安堵でため息が漏れる。

「ホーホホ(タベモノ)」

 リーフルがストークスパイダーの方を向いて、食べ物かどうか尋ねている。

「はは、恐怖より食べ物ですか……そうだな、お腹空いたな。でもさすがにあれは食べられないと思うよ」

「いやぁご無事で何よりでさぁ! あの大蜘蛛は火を嫌がるんですねぇ、ありがとうございました」

 どうやら従業員は戦闘の様子を見ていたようだ。

「他に被害が出る前に処理出来て良かったです。討伐完了のサインをいただけますでしょうか」

 しかし怒りの感情とは、かくも人間を突き動かすものなのか。リーフルに被害が及んだ時、いつもの俺らしからぬ無鉄砲だった事は言うまでも無いだろう。

 日本で生活していた頃も含め、俺は人生であまり強い怒りを抱いた事が無かったので、そんな自分に少し戸惑を覚える。

 先日のロングの件──ごろつき達との時もそうだったが、激する事無くもっと自分を諌めなければ危険だ。

 前回同様、今回も上手い方に転んだのは運が良かっただけで油断は禁物だ。

 なにせリーフルは、この世で唯一の家族なのだから。
しおりを挟む
感想 237

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

弱者の庭〜引きこもり最強種専用施設の管理人始めました〜

自来也
ファンタジー
人間が好きすぎて魔界を追放された元・魔王。 世界を救って燃え尽き気味の元・勇者。 派手に振られて落ち込んでいる精霊王。 逆セクハラが過ぎて追放された千年狐。 可愛すぎて人間が苦手になった真竜。 戦場のトラウマで休養中の傭兵――。 そんな“最強だけどちょっとズレてる”面々が集まる、 異世界のちょっと変わった施設《弱者の庭》。 異世界転生してきた平凡な青年・アルキは、 このゆる〜い最強たちの管理人に任命されてしまった。 日常はバタバタだけど、どこかあたたかい。 そして――住人が一人、また一人と“卒業”を迎えていく。 傷ついた彼らと過ごすのんびりスローライフ。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

執事なんかやってられるか!!! 生きたいように生きる転生者のスローライフ?

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった中学生、朝霧詠無。 彼の魂はそのまま天国へ……行くことはなく、異世界の住人に転生。 ゲームや漫画といった娯楽はないが、それでも男であれば心が躍るファンタジーな世界。 転生した世界の詳細を知った詠無改め、バドムス・ディアラも例に漏れず、心が躍った。 しかし……彼が生まれた家系は、代々ある貴族に仕える歴史を持つ。 男であれば執事、女であればメイド。 「いや……ふざけんな!!! やってられるか!!!!!」 如何にして異世界を楽しむか。 バドムスは執事という敷かれた将来へのレールを蹴り飛ばし、生きたいように生きると決めた。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!? 魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで! 心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく-- 美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!

処理中です...