51 / 190
1-8 生きていく世界
第46話 鬼畜
しおりを挟むあくる日の早朝。救助した子猫のエサを用意すると先生に約束しているので、調査の経過をキャシーに報告してから診療所へと向かうことにした。
「おはようございます。早速昨日聞き込みをしまして……」
昨日起こったことをキャシーへ報告する。
「……わかりました、こちらで特徴と一致する人物がいるか、冒険者名簿を洗ってみようと思います」
「お願いします」
「子猫ちゃん、心配ですね……」
「右目はもう駄目だろうという話でしたからね……」
「……いえ! ヤマトさんがいなければ死んじゃってたかもしれません。命は救ったんです、元気出してください!」
「ありがとうございます。診療所へ行ってきます」
◇
改めて見る白い診療所の扉。
慌てて押し開けた昨日の景色とは打って変わり、いたいけな子猫が中で待っていることを思うと、早朝の寒気も違う冷え込みに感じられる。
「おはようございます。先生、子猫の様子はどうでしょうか」
パンを入れる為の籠に布が敷かれ、包帯で片目を覆われた子猫が細々と鳴いている。
「おはよう。御覧の通り元気とまではいかないが、エサを求めるぐらいには回復しているよ」
「そうですか……よく頑張ったなぁ」
用意してきた母乳代わりのミルクを子猫に飲ませる。
応急的な代物にはなってしまうが、この世界には子猫用に調合されたミルクなど当然流通していないので、昨晩宿のキッチンを借り、卵と砂糖を少量加えた牛乳でミルクを作り用意してきた。
「昨日伝えた通り右目はもう駄目だろう……元には戻らない」
「ポーションでもダメでしょうか?」
「そもそもポーションでは欠損は治せない。予後については化膿したりしないよう治療することだけが、私の出来る精一杯だよ」
「そんな! とんでもありません。無理を言って診てもらいましてありがとうございます」
残念ながらポーションは万能では無いようだ。
だがあの時直ぐにポーションを飲ませてあげれていればと、用意を怠っていた事が悔やまれ、そんな自分が嫌になる思いだ。
「しかしどうしたんだねこの子猫は」
「実は俺もあまり詳しいことは分からなくて。昨日一緒に居たスカウト風の彼に助けを求められまして」
「ああ、昨日の彼だね。そういえば彼も随分熱心だったね」
「ええ、ケビンという名前だそうです。おそらく冒険者で、あまり会話はありませんでしたが、悪い人間では無いと思います」
「それで、ケガの原因はやっぱり野良犬でしょうか?」
「野良犬? 嚙まれたか、ということかね?」
「え? 違うのでしょうか?」
「いいや、犬が噛みついたとすれば鋭い咬傷があるはずだ。そうだな……この子の場合、そう。例えば何か硬いものに思いきりぶつかりでもして出来たような傷跡だ」
(野良犬じゃ無い……?)
「そうですか……では高所から落ちてその衝撃で──とか」
「ん~……可能性は低いだろうね。子猫の体重でどこかにぶつかっても、目が潰れる程の衝撃になるとは思えんからね」
「それは……そうですよね」
「──では俺は一度失礼します。ミルクは用意してきましたので、お昼に与えてあげてもらえますか?」
「分かった。十分気を付けて観察しておく、任せてくれ」
母乳に似せて作ったミルクが入った皮袋を先生に預け、夕方にまた来ると告げて診療所を後にした。
今日は中央広場から調査範囲を広げ、民家が立ち並ぶエリアを聞き込むことにする。
◇
野良猫や野良犬が自由に数匹行き交う様を見流しつつ、雑談に花を咲かせるご婦人達や、すれ違いギルドへ向かう冒険者等に話を聞いてみるが、成果は得られない。
そんな中、丁度今から外出するといった様子で家から出てきたご婦人に話を聞くことが出来た。
するとなんと、怪しい人物を見た事があるとそのご婦人は話してくれた。
どうもその怪しい人物は、子犬を抱いて路地裏でキョロキョロとあたりの様子を伺っていたのだという。
更にご婦人と目が合うと、そそくさと子犬を連れて立ち去ったらしい。
残念な事に、ふいの出来事でその人物の外見をはっきりとは覚えていないとのことだが、地味目な灰色の上着を羽織っていたらしい。
何かの手掛かりになりそうな貴重な情報だ。
手掛かりは依然少ないが、その怪しい人物に話を聞くことが出来れば、野良の子供達について何か分かるかも知れない。
この辺りの聞き込みは一旦終了し、反対側の東区の方へと向かうことにする。
◇
東区へ移動しようと中央広場を横断していると、俺が師匠に次いで最も信を置く先輩達。未知の緑翼の面々を発見した。
彼らであれば市民からの評判が高く、野良の件について何かしらの相談をされていてもおかしくないと思い声を掛けてみることにした。
「お久しぶりですみなさん」 「ホホーホ(ナカマ)」
「あら、ヤマトさんじゃない。久しぶりね~」
「おうヤマト! 元気してっか!」
「やあ、平凡モドキさん」
「ヤマトさん! お久しぶりですね。リーフルも元気そうだ」
「あ──マルクスさんそれ、新しい剣ですか? 良く切れそうな立派な剣ですね」
マルクスの腰に明らかな存在感を放つ一本の剣が。
表面が薄っすら青く揺らめく凄みを放った逸品に見える。
「ええ。あの時折れてしまいましたからね。奮発して魔力が付与された鋼で作られた魔力鋼の長剣を買いました」
「凄いですね……それは戦闘が捗りそうですね」
「ええ、すごいですよ! この剣。もう巨大ブラックベアにだって遅れは取りません!」
「──それそうと、ヤマトさんは今日はどちらへ?」
「はい。実はギルドから街の野良達について調査の仕事を受けてまして……」
幾ばくかでも情報を。そんな想いで事のあらましを説明する。
「なるほど……その人物を突き止めれば子供が増えてる原因がわかるかもしれないってことね」
「相変わらずヤマトは動物の事に関しては熱心だなぁ」
「そういう事なら協力しますよ、空き時間に俺達も聞き込みしてみます」
「ホントですか⁉ 助かります。それじゃあ、一応俺が調べた範囲は──」
『──何やってんだお前!!』
突如中央広場の喧騒にも勝る怒号が響き渡る。
「「‼」」
ただならぬ雰囲気を感じた俺達は、急ぎ声が聞こえてくる場所へと向かった。
「──どうかしましたか⁉」
到着するや否や、俺は現場の光景に言葉を失い唖然とした。
男性が声を荒げるその対象。
なんとそこには、昨日子猫の助けを求めて来た"ケビン"の姿があった。
口の部分が赤く染まった金槌を片手に、苦虫を嚙み潰したような険しい顔をしている。
昨日診療所へと一緒に助けを求めに走った人物とはとても思えない、凶悪な形相だ。
「──ああ、冒険者さん達か! こいつ、この犬っころの顔を金槌で殴ってやがったんだ!」
「信じられねぇよ……まったく酷いことしやがって!」
目撃者の男性がまくし立てる。
男性の指差す先に視線を向けると、そこには眉間の辺りから血を流し、ぐったりとした様子の子犬が無残に横たわっていた。
「ケビン……あなた、どういう?!──まさか……昨日の子猫も」
「チッ!」──
ケビンが逃亡を図り路地裏の奥に向かって駆けだす。
「──逃がさないわ! ファイアーボール‼」
ネアが放ったファイアーボールはわざと直撃を避け、ケビンの顔の脇を掠め突き当りの壁に命中し爆散した。
「うわっ!──チィッ!」
「俺は当てる──」
そう端的に言い放ちショートが弓を射る。
放たれた矢は右足太ももを貫通し、ケビンが倒れ込む。
「いっでえぇッ‼……お、俺じゃない! くそっ! 何でこんな目に‼」
「何でじゃねえよクズが! 大人しくしろ‼」
「ヤマトさん! 何か縛るもの持ってませんか‼」
「──! あ……はい……これを……」
ロットが大盾で男を押さえ込んでいる。
マルクスが後ろ手に腕を縄で縛りあげる。
俺は衝撃の光景を目の当たりにし理解が追い付かず、ただ茫然と立ち尽くしていた。
136
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情され、異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる