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2-1 第二の故郷
第56話 淡い光
しおりを挟む昨夜の宴席では少しでも気を引こうとキノコを献上する行列が出来上がり、その様子にさすがのリーフルも困り顔を浮かべ、目の前に並び立つキノコもそこそこに結局はいつもの俺が与える肉を食べていた。
リーフルが構われている様を遠巻きに観察していたのだが、俺の懸念とは裏腹に、エルフ族達はリーフルに対して特別に何かの役割を期待しているといった様子は無く、ただ単に『伝説の存在』を有難がっているといった感じだった。
なので自分の中では今後はエルフ族とは距離を置こうとか、そういった結論には至らなかった。
現状はそう納得した訳だが、森の守護者の伝説に関してはリーフルの人生──鳥生を想えば警戒せざるを得ない気持ちは拭えないままだろう。
一夜明け、宴席の前にアメリアから話に聞いていた"マジックエノキ"の栽培の様子がとても気になるので広場で待ち合わせ、朝から早速見学させてもらう事にした。
「あなたも物好きね。キノコの栽培なんて見学しても、何も楽しい事はないんじゃない?」
「いやぁ、そんなことはないよ。昨日聞いたけど、"マッシュバット"だっけ? 動物が居ると聞いちゃ見学したいと思う流れは当たり前だと思うけど」
「やっぱり変わってるわ。ふふ、リーフルちゃんがあなたに懐いているのもわかる気がするわ」
「ホ」
すっかりリーフルと仲良くなった様子のアメリアは、敬称も『様』から『ちゃん』へと変わり、リーフルも満更では無い雰囲気だ。
アメリアの境遇に対して、何か少しでもアドバイスの参考になんて程度の考えではあったが、危険性の無い自然動物が居るとなれば俄然気になるので、むしろ見学する動機としてはそちらの方が勝ってしまう程だ。
雑談しつつ村から離れようと歩いていていると、ふと樹上にある動物を発見した。
『ホッホ~ゥ、ホッホ~ゥ』
「お?──あ! メンフクロウか! あの子達は村に住んでるの?」
今日まで何かと慌ただしい事象が続いたせいで今更ながらに気付いたのだが、村の礎となっている大樹の枝の所々に"メンフクロウ"が止まっているのを発見した。
「え? メンフクロウ? アプルフクロウの事かしら? ええ、あの子達はこの大樹を住処にしてる野生の子達よ」
(なるほど……アプルか。この世界だとそういう表現になるわけだ)
「へぇ~! 野生とは言え、触れ合う機会が多そうで羨ましいなぁ」
メンフクロウの顔は、林檎を切った断面を正面から見たような顔つきをしていて、大きさはリーフルと同程度の中型で、そのユニークな顔つきから、一度見れば誰もが印象深い種類のフクロウだ。
この世界の林檎の呼称はアプルなので、名前もそこから来ているのだろう。
「ホーホ! (ヤマト!)」
「ヤキモチ?──そんな事も無いか。心配しなくても俺の相棒はミミズクだけだからさ」
「ねぇ、気になっていたのよね。あなたはリーフルちゃんの言葉がわかるの?」
「なんとなくだけどね。動物や魔物の考えてる事が伝わってくるんだ」
「あなた……相棒なのは伊達じゃないのね」
「少しだけね」
実際にはそれ程便利では無いし、詳しく説明するとややこしい事になるので、森の守護者の相棒という立場──異能で、エルフ族達には認識しておいてもらおうと思う。
話をしながら村から土砂崩れの起きた洞窟とは反対方面に進んで行くと、そこにも小高い山があり、洞窟の入り口らしきものが見えて来た。
「少し暗いけど、パールモスが生えてるから松明なんかは大丈夫よ。むしろ火を焚いちゃうとマッシュバット達が逃げてしまうから気を付けてね」
「わかった」
洞窟内に入ると、アメリアの言葉にあったパールモスと呼ばれる蛍光塗料に似た発光をしている苔のようなものが生えており、おっかなびっくり歩かずに済む程度には洞窟内が照らされていた。
十メートルほど奥へ入ると、パールモスに照らされた白く輝くマジックエノキが栽培されている様子が広がっていた。
「はぇ~……すごいなぁ」
「ホ~……」
パールモスの良い塩梅の照明の効果と密室という事も重なり、とてもキノコだとは思えない、まるで宝石が直に生えてきているかのような、少し奇妙でいてなんとも幻想的な惚れ惚れする光景が広がっている。
マジックエノキの姿形は、地球でよく食卓に並ぶエノキ茸と瓜二つで、比べると五倍程大きい事以外に違いはほとんど見受けられない。
だがこの世界のマジックエノキは、魔力を回復させる効能があるらしく、マジックポーションの材料となる、少々貴重な代物だ。
サウドの相場で言えば普通のポーションの三~四倍、銀貨百枚程の値が付く高級品で、生産量をコントロール出来て特産品として扱えるのであれば、良い外貨収入になるのは確かだ。
恐らくその事実──加工後のマジックポーションの相場をアメリアは知らないのだろう。
街への卸は兄のラインが担当しているという話だったし、エルフ族の暮らしぶりの雰囲気から察するに、世俗的な話もあまりしないようなので知らなくても無理はない。
「こんなにいっぱい……貴重なのにすごいね。どうやってるの?」
「もちろん収穫は人力だけど、それまでの過程──そもそも栽培なんておこがましい事はしていないのよ。私がしているのはマッシュバット達のお世話係ってところかしら」
「というと?」
「ほら見て……」
アメリアがマジックエノキの隙間を指差しながら呟く。
「あ、おぉ~……コウモリだ……」
見るとマジックエノキの隙間を埋めるように、全身が白い毛並みのコウモリが五~六匹、身を寄せ合ってジッとしている。これが先程アメリアが言っていたマッシュバットなのだろう。
一匹一匹は手の平に収まる程度の大きさで、小ぶりな豚鼻をしていて、白い豊富な毛並みをモフモフと豊富に纏っている。
逆さ吊りになって不気味なイメージを振りまく地球のコウモリとは違い、まさに可愛らしいと表現するべき生き物が身を寄せ合って暮らしていた。
「可愛いでしょう? この子達がマジックエノキの繁殖には欠かせないの。私はこの子達が過ごしやすい環境を整えてあげる仕事をしているってわけなの」
「なるほど……例えば養蜂とかそういうイメージの仕事だったんだね」
「そうね~。でも私にも詳しい事はわからないのよね。ただ、マッシュバットが生活していると、何故かマジックエノキがすくすくと繁殖していくの」
「それに気付いたエルフ族の先代が栽培を始めたってこと?」
「そうなの。マッシュバットもキノコ自体も、湿度が必要らしくて、私は水を撒いて肌感で調整したり、果物を差し入れたり掃除したり……そんな感じね」
蝶や蜂が花の受粉の手助けをするように、マッシュバット達の営みがマジックエノキの繁殖に影響しているといったところだろうか。
『洞窟内で』というのが少々突飛な感じだが、実際にそれで繁殖しているのだから自然とは面白いものだ。
「知ってるかな? マジックエノキって、街の相場では結構高価で貴重品なんだ。加工したマジックポーションは銀貨百枚にもなるんだよ?」
「え、そうなの⁉ そういえばお金については考えた事が無かったわ……外との取引にしか使わないもの」
「アメリアのしている仕事は、ドグ村にとってかなりの経済効果を産んでるんだ。そう思えば、立派な仕事だと思わないかな?」
「でも大した事してないし……」
「う~ん、逆かも。少しの労力で大きいお金を産み出してるんだ。村の経営の観点から見れば、誇るべき事だよ」
「ホホーホ(ナカマ)」
「そうなのかしら?」
「うん。だって専任してるアメリアが、マジックエノキの栽培については村で一番詳しいよね? 持っていないもの──固有魔法をマイナスと捉えるか『私は私が一番のものを持ってる』と自信を持つか。考え方一つだと思うよ」
「……あなたってやっぱり変わってるわ。ふふ!」
「なんせ"森の守護者様の相棒"だからね」 「ホ」
「ありがと……うん、なんだか心の痞えが取れた気がするわ。これからはもっと楽しく働けそうよ!」
アメリアを薄っすらと覆っていた影が消え、本来持つ美しい表情が見えた気がした。
いや、パールモスの光の具合だろうか?
どちらにせよ、可愛いマッシュバット達を拝めたので、俺としては大満足だ。
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