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2-6 外地にて
第93話 好奇な食事会
しおりを挟むお互いに行き場の無い感情には一度蓋をし、ギルド前でロング達と合流した俺は、ビビットの勧めるレストラン"マテハニール"へとやって来た。
店構えから伺える雰囲気では中流処といった様子で、可もなく不可もなしといった印象だが、一つ、妙に主張の強いオブジェが店先に飾られている事は気がかりだ。
子供程の高さの銅像なのだが、それは随分と活動的なポーズを取っており、飲食店との関連性が見当たらない奇妙な物だった。
オーナーの趣味なのか、はたまたこの街では有名な物なのか、今の所は謎である。
入店しウエイターの案内の下、席へと案内された俺達は、腰を下ろし各々飲み物を注文してゆく。
説明によると、この店では二つのコースが用意されているらしく、今回はビビット推薦のこの店の名物、マテハコースを頂くことにしたのだが、何故かビビットは妙な微笑を浮かべ、これから垣間見える、皆の反応を楽しみにしてるかのような様子だった。
コースの一品目が俺達の前に出揃った事によって、その微笑の裏に隠された意味はすぐさま判明する事となるのだが……。
「げっ! なんすかこれ……」
「何かの腕……なの?」
二人共耳が萎れ、見るからに不快そうな表情を浮かべている。
「いい反応だねぇ。これは"プルプル"っていう海の生き物さ」
「ホー……」
リーフルは目の前に置かれた皿を見つめ、食べ物かどうかの判別がついていない様子だ。
(なるほど。一品目から一般的に馴染みのない食材が出るって事は、所謂あれだな)
プルプルと呼ばれる食材の正体は、俺──日本人にとっては馴染み深い食材、タコの足だった。
片手で握れるほどの太さのタコの足が一本、皿の上にとぐろを巻き盛り付けられている。
鮮やかな朱色をしているので、調理済みである事が俺には判別出来るが、タコを知らない者からすると、こちらを向く無数の吸盤からして気色の悪い物にしか見えないだろう。
「美味しいですよね~タ──プ、プルプル!」
「なんだ、ヤマトは知ってたのかい」
「ヤマトの言う通りだよ。見た目は少し悪いけど、味の方は折り紙付きさ。二人共、遠慮せず食べてみな?」
「うぅ~……ステラ、先に食べていいよ?」
「相変わらず美味い」
ガリウスには見識があるらしく、一口頬張ると、躊躇なく賞賛の声を上げている。
「ガリウスさんもっすか。ヤマトさんも知ってるって言うし……うぅ~」
踏ん切りがつかないのか、ロングがフォークで吸盤をつつきながら、か細い唸り声をあげている。
「ロン君……私、食べてみる!──」
躊躇するロングに発破をかけようと、ステラが意を決した様子でプルプルを遠慮がちに一噛みする。
「お! ステラ、あんた度胸あるじゃないか!」
「──ん~! 美味しいわこれ!」
プルプルを口にした途端、先程までの萎れた耳とは打って変わり、感嘆の声を上げている。
「いいねぇ。度胸のある女は嫌いじゃないよ──ロング、あんたも一口いってみな?」
「そ、そうっすね……ステラも食べれたんす。自分も!──」
ステラの反応を確認し安心した様子のロングが、目をつむったままプルプルにかじりつく。
「──むむ! この歯応え、丁度いい塩味、めちゃ美味しいっす!」
「ふふん。だろ~?」
「ホーホホ……? (タベモノ?)」
皆のやり取りを観察していたリーフルが、疑問を呟きながら嘴でつついている。
「リーフル、ちょっとだけどう?」
のどに詰まらせると怖いので、プルプルを米粒ほどの大きさにちぎり、口元へと運ぶ。
んぐんぐ──「……ホ~……?」
好むのか好まざるのか、何とも判断のつかない反応を示す。
「小さすぎたかな? 美味しいんだけどね」
俺も久しぶりのタコ──プルプルを味わう。
(タコ焼き……回転寿司……はぁ……)
思わぬところで郷里の味を口にし、いかに日本食が優れたものだったのかを再認識する。
「この後出てくるゲテモノ達も、見た目は悪いけど味は抜群! ってものばかりさ。期待してなよ!」
ビビットが自信に満ちた態度で皆に宣言している。
このマテハニールというレストランは、所謂"ゲテモノ料理"を提供するレストランで、観光客や外様の冒険者の間では有名な店なのだそうだ。
ゲテモノ店と知り、俺もいよいよ警戒を強め料理を待っていると、一品目のプルプルに続き運ばれてきた二品目は、"カメノテ"のワイン蒸しだった。
カメノテは甲殻類の一種で、海辺の磯の岩に張り付いて生息しており、日本においては、食べる習慣のある地域では珍しくないといった食材だ。
文字通り亀の手を模した形をしていて、一見およそ食べ物だとは思えない姿をしているが、いざ食べてみると、エビやカニと似た、風味の良い味をしている。
事前に知っていたので俺としては何の抵抗感も無く頂けたが、獣人コンビはこれまた怪訝そうな表情を浮かべ、一口目に到達するまでに中々の時間を要していた。
三品目は"マッスルガルル"と呼ばれる魔物の袋のスープ。
聞いた話を総合して推察すると、マッスルガルルと呼ばれる魔物は、どうやら"カンガルー"と酷似した生き物らしい。
カンガルーの伸縮する袋の部分を使用していると思うと、何とも抵抗感があったが、味の方は絶品で、半透明な黄色いスープは、コンソメ風の香り良い見事な味わいで、肝心の袋の部分は意外にも歯切れがよく、肉々しいパンチのある食材だった。
◇
「お待たせいたしました。こちらがマテハコースのメインとなります」
ウエイターが各々の前に配膳してゆく。
「こ、これって……」
そしてメインの登場と相成った訳だが、あまりの見た目の衝撃に、俺は愕然と険しく強張った表情を浮かべていたに違いない。
メイン料理、"ウデムシ"の素揚げの登場だ。
ウデムシとは、節足動物──名前の通りかなり危険な姿をしている虫の事だ。
大きさは大人の手のひらからはみ出る程で、平たい胴体に細長い脚が蜘蛛のように伸び、黒と白の縞模様をしていて、何と言ってもその名の通り太く折り畳まれた長い腕。
生きているものと遭遇でもしたら、確実にこちらが後ずさってしまうような、不快極まりない見た目をしている。
昔見た動物をテーマとしたバラエティー番組で『世界の奇蟲』として紹介されていたのを覚えているが、
これはどう考えても食べる物ではない。
イナゴの佃煮や蜂の子といった、虫を食する文化があるのは知っているが、このおぞましい虫を食べるなんて話は、見たことも聞いたことも無い。
ここまで半信半疑ながらにもこの食事会を楽しめていた俺でさえ、はっきりと脳が拒絶する程の食材だ。
「「…………」」
ロングとステラに至っては、もはや直視する事も出来ず、椅子に半身の状態で恐れおののいている。
(店の入り口のオブジェ、ホントに"象徴"だったんだ……)
折り畳まれた腕を伸ばし、まるで人間が両腕を振り上げ、ガッツポーズをしているような形の、虫のオブジェが店先に陣取っていたのだが、まさかあれがウデムシで、このコースのメインを張っているとは……。
「ほら、こうやって食べるんだ」
ガリウスが皆の手本となるよう、ウデムシの腕をちぎり、中身のゼリー状の物体をすすりだす。
「うっぷ……無理っす……」
「あ……吐きそう……」
ロングとステラは青ざめた表情を浮かべ、店外へと駆け出して行った。
「おやまぁ、仕方ないね。美味しいんだけどねぇ」
ビビットも躊躇なく腕をちぎり中身をすすっている。
「ホゥ……(イラナイ)」
さすがのリーフルも腰が引け、ウデムシに背を向け俺の方を向いて拒否する姿勢を示している。
「お、俺も遠慮しておきますかね~。ハハハ……」
「なに言ってんだい。いざと言う時に何でも口にするくらいの気概が無いと、冒険者なんて続けられないよ!」
「むぅ……」
(ベテランの含蓄ある言葉は重い。重い……けど、ひぇぇぇ……)
恐る恐るウデムシに手を伸ばし、片腕をちぎってみる。
すると中からゼリー状の水色の身が溢れ出てくる。
(お?──あれ? 匂いは悪くないぞ……)
目の前まで運び観察していると、漂ってくる匂いは深みのある『出汁の効いた味噌』のような香り。
匂いから食べられる物──ベテラン二人が既に食しているので疑う余地は無いが──だと判断し、意を決して断面に口をつける──。
「──むむ! ホントですね! これは確かにメインを張れる味ですね」
「そうだろそうだろ~! こいつを味わって欲しくてここに連れてきたんだけどね。あの二人にはまだ早かったみたいだねぇ」
「はは、俺も二人の事は言えませんけど、勿体無いですね」
その後店内へと戻った二人の為に、オーソドックスな料理を追加注文し、食事会は後腐れなくお開きとなった。
冒険者を生業としてからというもの、土地や魔物、武器といった具合に、未知を知る喜びは、日本に居た頃よりも随分前向きに感じられるようになったと思う。
この街を訪れようと思い至った事だって、恐らくそういった人生観の変化から起こったものだ。
この魔物蔓延る殺伐とした世界において、変わらない自分自身も大切にしていきたいが、この食事会のように、たまには自分という領域から一歩踏み外す"遊び"も、人生の糧となるように思う。
と同時に、己の内に存在する忘れ得ぬもの……。
(あぁ……味噌汁飲みたいなぁ……)
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