平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

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2-7 Close to You

第96話 湖の怪異 3

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 斬り落とせども次々と水中から湧いて出るタコ脚に疲労が募る。
 だが攻撃魔法を扱えない俺達三人だけでは、こうして一本ずつ着実に相手の戦力を削いでいくより為す術がない。 

「ハァッ……ハァッ……あと……何本だい……」
 さすがのビビットも脚一本ずつに対してほぼ全力を出し立ち向かっているせいで、断続的に浅い呼吸になり、熱を帯びた焦燥で額を濡らしている。
 
 
「すみませんビビットさん。恐らく三本……」
 "プルグロス"がタコプルプル同様八本脚だと仮定するなら、先程より五本斬り落としたので残りは三本のはずだ。
 未だ本体は水中に身を潜め、全貌が掴めないままでいるが、あの厄介な脚さえ封じられれば、こちらにも十分勝機はあると信じ、ルーティーンをこなしてゆく。

「ビビットさん……」
 ロングが心配そうに呟いている。
 全力で殴り、斬り付ける俺達も体力を消耗してはいるが、あの巨大なプルグロスと幾度もの力比べを強いられているビビットと比べれば、弱音など言っていられない。


 ──互いの状況を励まし合う間もなく、突如として大きな水しぶきが上がる。
 プルグロスの動向に反応し身構えると、先程斬り落としたはずの脚の断面から、一回り小さく色素の薄い、新たな細い脚が伸びつつある驚愕の光景を目にした。

「なっ!──再生してる!?」

「あれじゃキリがないっすよ!」

「ハァッ……くっ……味な真似してくれるじゃないかっ」

(マズい……ビビットさんの体力は残りわずか。彼女が離脱してしまったらこちらに勝機は無い)
 そもそも未だ本体を拝む事も出来ず、脚を斬り落としているだけの段階だ。
 プルグロスが他にどんな攻撃手段を秘めているのかも不明で、再生能力まで備わっているとなれば、俺達はかなり危機的状況にあると言わざるを得ない。

「くそっ……あれさえあれば……!」
 膝を着き何とか持ちこたえているビビットが小さく呟く。


「みんなー!」 「ホーホ! (ヤマト!)」
 事態を知らせに走っていたステラが戻って来た。

「な、何だこの大きな気味の悪い物は!?」
 ステラと共に駆けつけたミーロが、湖上の脚を目にし酷く狼狽している。

「ステラ! 父ちゃん! 危ないから下がってて!」
 
「何なのあれ……」
 
「ほら、昨日食べたやつ」

「えっ! 昨日のよりずっと大きい……──そ、それより! 分かったことがあるの!」

「オットちゃん達の研究をしてた人が本を纏めたって言ったでしょ? あの本を読んでみたら、あの黒い靄の事が書いてあったの!」

「ホント!?」

「ええ、一節にこう書いてあったわ」

『ある晴れた日の正午、いつものようにオット達を観察していた私の目の前で、突如として湖中より黒い靄が発生した。何事かとその黒い靄に注目していると、それは消失と発生を繰り返し、水中深く不気味に怪しい動きを見せていた』

『監視を始めて数刻後、突如その黒い靄の中から、うねうねと不気味に蠢く脚らしきものが出現した。そしてその脚は、備わる丸い部分でもって強固に得物に吸い付いた。無惨にも、我々の信奉する尊きオット達の数匹が脚に絡めとられ、水中深く飲み込まれていったのだ』

『異形なる魔物の出現に、村の者一丸となり攻勢に打って出るが、その脚は何度斬り落とそうと瞬く間に再生し、こちらの攻撃は徒労に終わるばかり。それはこちらを嘲笑うかのように我が物顔で暴れ回り、オットをも飲み込み、破壊の限りを尽くした』

『このままでは、この湖は死の水溜まりへと変貌してしまう。そう悟った我々は覚悟を決め、命を放り出しそれに一斉に飛び掛かった。幾人もの尊い犠牲を払いながらも、何とかそれを陸上へと押し上げ、村一番の勇士であるヴェヌミが、それの本体深くに秘められた核へと剣を鋭く突き立てた。その一撃が止めとなり異形の魔物は活動を停止、多大なる犠牲の下、オット湖に平穏を取り戻す事が叶ったのであった』

(過去にも同じ事が……それに核、か……恐らく魔石の事だろうな)

「という事は、多分その核を砕かない限り、再生し続けるって事っすね?」

「そうだね。本の通りだと仮定するなら、仕留め切るには陸上へ引き上げるしかない」
 相手も生物なので当然限界は訪れるのだろうが、俺達の体力と比べれば無限のようなもの。
 再生能力を有していると判明した今、安全性を考慮した立ち回りを考えている余裕は無くなってしまった。

「チッ、口惜しいねぇ……補助魔法さえありゃ……」
 敵に対する覇気は衰えぬままに、だが滲み出る悔いを含む語気と、肩で呼吸しているそんなベテランの様子から、こちらも焦りを覚える。

「補助魔法があれば陸にあげられるの?」

「あぁ、筋力を一時的に増強させる"レイズ・ストレングス筋力増強"さえ貰えりゃ、あたしの魔法と合わせて、あの程度の奴なら釣り上げられる」

「──! はいはい! 私使えるわ!」
 片腕を真っ直ぐ天に伸ばし、目を輝かせてアピールしている。

「──なにっ!? 本当かいステラ!」

「えっ!? ステラ、いつの間にそんな……」

「私、ロン君がサウドへ行っちゃったって聞いてから、どうしても追いかけたくって、どうすればいいか考えたの」

「体の小さい私でも、魔法を覚えれば冒険者になれる──私もロン君と一緒に働けるかなって。だから街で色んな仕事をしてお金を貯めて、やっと買えた魔法がそれなの!」

(ロングの為にそんな努力を……)

「ははっ! あんた最高だよ!──ヤマト、だったらイケる! あたしに脚三本よこしなっ!」
 活路が見えた事への喜びか、はたまた猛者特有の闘争心か、ギラついたやる気を漲らせたビビットが、大胆にもそう宣言する。

「さ、三本同時ですか!? 大丈夫なんですか……?」

「あぁ、諸刃の剣だけどね。魔法を使った後は動けなくなると思う。だから釣り上げた後の事は任せるよ」

「なるほど……」
 核となる魔石を破壊するには俺達が本体に接近する事が絶対条件だ。
 相手は再生能力を有していて、時間をかけるほどにこちらの勝機が遠のくのは必然。
 ならば例えビビットの援護に期待出来なくなろうと、厄介な脚の本数が減少している今が好機だろう。

「ヤマトさん、自分達なら出来ます──ううん、やりましょう!」
 ここぞという時には、いつもロングは頼もしい言葉をかけてくれる。
 ステラがこの場に居合わせた僥倖も、俺達に対しての啓示なのかもしれない。

「……そうだな。よし! あれを釣り上げた後は入れ替わり前に出る。武器を絡め取られないように注意しろよ!」

「了解っす!」

「頼んだよステラ!」
 ビビットが大盾を構え直し、湖に向かい合う。

「任せて!」
 ステラが詠唱を始める。

 二人が準備に入った事を確認し、俺は水上蠢く脚目掛け連続して矢を放ってゆく。

 矢継ぎ早に突き刺さる刺激によって、相手を挑発するには十分な効果を発揮する。

 反応したプルグロスが残りの脚の総てを振りかぶりながら、こちらの思惑通りにビビットの下に迫り来る。

「レイズ・ストレングス!」
 詠唱を終えたステラから発せられた魔力のオーラがビビットの全身を包み込む。

「よしっ!──マグニ!!」
 ビビットが補助を受けると同時に、自身のユニーク魔法であるマグニ拡大を発動させる。
 マグニの効果は大盾と自身の肉体の両方に発揮されいるようで、先程までと比べ、大盾が五倍程に肥大化、俺達が臨んでいるこの岸辺に大盾による影が覆う。

 さらにビビットの全身の筋肉が見るからに膨張してゆく。
 膨張した肉体により衣服の裾は破れ、露出した肌の表面には幾重もの血管の筋が浮かび、逞しいと表現するにはとても不足するような、鬼気迫る肉体へと変貌した。

(おぉ……まるで小柄なブラックベアみたいだ……)

 迫るプルグロスが、その巨大な三本の脚を振り上げ、一瞬のズレも無くビビット目掛け
打ち下ろす。

 大盾に接触した脚から、爆発音とでも形容すべき轟音が耳をつんざく。
 
「──はんっ!──その程度……かいっ!!」
 超重量かつ凄まじい威力の三本同時攻撃を難なく受けきったビビットが、余裕の言葉と共に吸盤の張り付つく大盾を勢いよく背面方向に担ぎ上げる。

「干からびちまいな!!」
 大盾に吸い付く脚に引きずられ、プルグロスの本体が引っ張り合上げられ地面に叩きつけられる。
 
 地を伝う振動と大きな衝撃音が響き渡る。

「これが……!」

「ロング、行くぞ!」

 想像していた姿とは異なる、厄介な脚の持ち主であるプルグロスの本体が、間合いを詰めようと駆け出すこちらを鋭く睨みつける。
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