創世戦争記

歩く姿は社畜

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魔導王国アミリ朝クテシア編 〜砂塵と共に流れる因縁の章〜

ラダーン城陥落

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 時は数刻前に遡る。
 魔導王国アミリ朝クテシアの北西部にあるラダーン城に、帝国軍が押し寄せて来た。それも今まで襲撃してきた兵数を圧倒する数の大軍、八十万の軍勢を率いて、だ。
「糞、この前城壁と城門を直したばかりだってのに…!」
 サーリヤは拳を握って、珍しく前線に出ていない兄を探す。
「兄貴、兄貴ー!」
 この時既に城壁は突破され、多くの死傷者が出ていた。援軍を貰ったとは言え敗色は濃く、ラダーン城陥落までそう時間は掛からないだろう。
 すると、魔導拡声器からファーティマ⸺兄アイユーブの声が聞こえてきた。
『自力で動ける者は大広間まで撤退!急げ!』
 突然の撤退命令に、誰もが困惑した。こんな状態で広間まで戻れば、そこに魔導大砲をぶち込まれて全滅するかも知れないのに。
 しかし、アイユーブは何も考え無しにおかしな事を言う人物ではない。何かこの状況を打開する策か、或いは一縷の希望があるのだろう。
 サーリヤは叫んだ。
「撤退!自力で動けない負傷者は置いて行け!」
 まだ消えていない命の選択。もうこの五年で慣れてしまった。動けない兵士達が「置いて行かないでくれ」と泣き叫ぶが、もう心に響く事は無い。中には最期の力を振り絞って肉壁になろうとする者も居たが、それに涙する事ももう無くなった。以前は昼の砂漠のように熱く燃え滾る心があったが、今は遥か東にそびえるアネハル連峰のように冷たく凍り付いてしまっている。
「…ごめん」
 能面のような顔でそう言うと、サーリヤは兵士達を導くように市街地から大広間まで撤退した。
 サーリヤは大広間の扉を開けると、広間の奥に立つアイユーブに向かって叫んだ。
「兄貴、大広間に撤退ってどういう事!?城から出るんじゃなくて!」
 アイユーブは暗い顔を上げて言った。
「…視たんだ」
 サーリヤはハッとした。兄が生まれながらに持つ呪い。英雄シュルークと同じ預言の力だ。
「視たって、何をだよ…」
 アイユーブは表情を変える事無く、淡々と言った。
「北門からの撤退も考えた。だが、東にあるラダーン飛空艇発着場は陥落して、そこを攻め落とした軍勢がこちらに向かってる。城の北門から出ても俺達を待ち受けるのは、死だけだ。それにあれだけの大軍だ。目視でも確認出来る。だから⸺」
 アイユーブの背後に、青い輝きを放つ扉が現れた。
「生存者を増やす最善策に打って出る」
 扉が開き、緑の草原と畑、そして街並みが見える。
「全員入れ!」
 兵士達は命令に従い、次々と中に入り込んだ。
 その時、かんぬきを掛けた扉が大きな音を立てる。破城槌を使われているのだ。
 アイユーブはそれを見ると、サーリヤに向かって言った。
「サーリヤ、向こうに着いたら直ぐにお袋に連絡しろ。良いな?直ぐにだ!」
「え、兄貴?兄貴!」
 扉が破られ、敵兵がなだれ込んでくる。
 先頭の敵兵がアイユーブに襲い掛かると、彼は妹を扉の方へ突き飛ばして鍵をシャムシールで破壊した。

 

 アレンとサーリヤ、そして思薺スーチーは拠点を出て凰龍京の宮殿の廊下を走っていた。
 アレンは走りながらサーリヤから聞いた事の顛末を思い出す。
(確か念の為に渡したが、役に立ったらしい)
「サーリヤ、敵の指揮官は誰だか分かるか?」
「正面から城壁を突破してきた敵将は、社李恩シャ・リーエンとオドだった」
 アレンはその名に安堵した。曲者揃いな十二神将の中でも良心的でアレンとも仲が良かった者達だ。李恩リーエンとオドは十二神将の中でも捕虜を丁寧に扱う事で有名だった。
「それなら、当分はファーティマが殺される事は無さそうだ。一国の王子は戦略的にも利用価値があるしな」
「なら良かった…」
 ふと、アレンは問うた。
「それにしても、何でファーティマの奴はそんな急かすように直ぐに連絡しろと言ったんだ?」
 サーリヤはどうやらラダーンに自分の水晶盤を置いてきてしまったらしく、連絡しようにも手段が無い。そこで苏月スー・ユエを頼る事にした。
「それは…⸺」
 苏月の執務室の前を通り掛かった、その時だった。
「ウサーマ、その女を大人しくさせろ!これじゃ話が出来ん!」
 悲鳴と何かが割れる音がする。音質からして水晶盤の向こうから聞こえてきているようだ。そして珍しい事に、苏月が声を荒げて怒鳴っている。
「お袋、まさか暴れてるのか?」
 アレンは扉を開けた。すると、こちらに気付いた苏月と舞蘭ウーランがサーリヤを見て目を見開く。
「サーリヤ!?」
 舞蘭はサーリヤを抱き締めた。
「良かった、生きてたのね!」
 そう言ってサーリヤの腕を引っ張って水晶盤の前に近付くと言った。
「ハーンちゃん落ち着いて。サーリヤは生きてるわ!」
 アレンと思薺は苏月の元に近付くと状況を確認した。
「久し振り。月さん、何が起きてる?」
 苏月は溜息を吐いた。
「思薺を送ったが、サーリヤが居るのなら既に聞いただろう。ラダーン城が陥落した。そこの守りを担っていた王子と王女は行方知れず…そしてそれを聞き付けたヌールハーンが暴れ出し、手当り次第に侍女を斬り殺したのだ」
 援軍が必要か確認を取ろうと連絡した矢先の事だったようだ。近くにヌールハーンの夫であるウサーマ将軍とその部下が居たのが幸いして、着信の着いた水晶盤に気付いて応答してくれた。
『サーリヤ…?サーリヤなの?』
 水晶盤の向こうから、泣き叫び過ぎて掠れた女の声が聞こえてくる。ヌールハーンの声だ。
 ヌールハーンはウサーマ将軍に取り押さえられながらも、息子アイユーブの姿を探そうとしている。
『あの子は…?アイユーブは何処…?』
 アレンはサーリヤの横に立って言った。
「恐らく、捕虜になっている。今判明している敵将の名を見る限り、惨過ぎる仕打ちは受けない筈だ」
 床に押さえ付けられたヌールハーンのロードクロサイトの瞳が、乱れた緑の髪の向こうからアレンを睨む。
『貴様は…そうか、貴様のその目、十二神将だな!』
 ヌールハーンは喚いた。
『殺してやる、唯の一匹たりと逃すものか!殺戮だ、十五年前のようになぁ!』
 筋骨隆々とした大柄なウサーマ将軍を振り払うと、ヌールハーンは再び暴れ出した。
 ウサーマは部下にヌールハーンを止めるよう指示すると、水晶盤を拾い上げて言った。
『申し訳無い。今は陛下から手を離せないので、後日改めて連絡し直します』
 そう言うと、サーリヤに向かって手を振って通話を切った。
 アレンは苏月に問うた。
「今のは…」
「ウサーマはサーリヤ達の実父だ。人望や武力はヌールハーンが圧倒的だが、有事の際に落ち着いて行動出来るのはウサーマだ。だからこそ、ヌールハーンからの寵愛を受けたのだろうな」
 アレンは先程のヌールハーンの暴れっぷりを思い出した。自身より屈強な男を振り払い、大勢の兵士をも手こずらせる怪力。明らかに常人ではない上に、精神に何か異常を抱えているようにも見える。
(そう言えば、真秀場まほろばにもヌールハーンの姿をした魔物が現れた)
「さっき、侍女を手当り次第に斬り殺したって言ってたな」
 何故、そう問おうとしたが、苏月はアレンから目を逸して机の上の写真に目を向けた。そこには苏月と舞蘭、幼い美凛と幼い少年が満面の笑顔で写っていた。
「…侍女に長男と次男を殺されたあれの痛みは…察するに余りあるな。ヌールハーンは何か強過ぎる衝撃を受けると、片っ端から侍女の首を刎ねるようになった」
 そう言った彼の指が、幼い少年の顔を撫でる。
「次男の来儀ライイーは…ソレアイアに買収された侍女の手によって殺された。当時は内戦の後始末に追われていた為、侍女以外にも適当な犯人をでっち上げて表向きは終わらせた。信頼していた侍女に子を殺されると、何も信じれなくなるよ」
 ヌールハーンが侍女に手を出すのは、侍女に息子達を殺されて精神を病んだからだろう。
 すると、サーリヤが言った。
「…侍女だけで済んでるからまだマシだよ。でも、このままじゃ本当に魔人が皆殺しにされる。お袋は十五年前に城中の侍女を火炙りにして、その後は魔人の城塞都市をいくつか殺戮したからな」
 本当にやりかねないのだろう。アレンも敵対者は片っ端から殺していく人物だが、種族を滅ぼすのは違うと思う。
「ヌールハーンを止めないと。正直、ウサーマ将軍だけでヌールハーンを止められるとは思えない」
 ヌールハーンを止めるには、ファーティマ⸺アイユーブ王子の救出が必須だ。
 アレンはこの場に居る者達に向かって宣言した。
「援軍としてクテシアへ行く」
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