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第1部 第5章
第1話 キスを迫った理由
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「旦那様……」
瞳を揺らしながら、ユーリがそっと顔を近づけてくる。
薄い唇がやけに目を惹く。
逃げようにも、彼女の手に両頬が挟まれていては、正面以外向きようもない。
教室の至るところから息を呑む音が聞こえる。
クラスメイトたちが息を潜めて見守っているのが、その息遣いから伝わってくる。
そんな静寂の中心で、どうして俺はユーリにキスを迫られているんだ――?
過程がぶっ飛んでてまるでわからない。
というか、そんな流れは絶対になかったと断言できる。
なのになぜこんなことになっているのか。
目と一緒にぐるぐる頭の中を疑問が駆け廻るが、一向に答えなんて出やしない。
その間もユーリの唇はゆっくりと距離を縮めていて、彼女の吐息が鼻先に触れた。
甘い香りに頭がくらくらする。
「そのまま、じっとして……」
ユーリが蒼い瞳を閉じる。
喉が震える。
キス、するのか? このまま、ユーリと。
いいのか? ダメなのか?
碌な判断もできないまま、魅惑的な唇が触れそうになって――べしっと頭を叩いた。
思わず手刀で。
「~~っ、痛いぞっ?」
「悪い、手加減できなかった」
頭を叩かれたユーリは涙目で見上げてくる。
公爵令嬢に手刀。
割と大事なんだが、後悔はまるでなかった。
「なんで叩いたんだい?」
「体が勝手に」
事実、無意識だった。
反射というか、防衛本能というか、意識とは別の部分が働いて、ユーリの頭を叩いていた。
そんなにユーリとのキスが俺の中で受け入れ難かった、のか?
首を捻ってから、そもそも前提がおかしいことに遅れて気づく。
なんでキスするんだよ。
まずそこからだろ。
「痛い、痛いが……でも、なんだろうか、この感覚は。旦那様に気軽に叩かれるというのも、これはこれで悪くない」
「被虐趣味に目覚める前に行くぞ」
ヤバい、公爵令嬢の変態性を目覚めさせてしまった。
頭を押さえながら頬を緩めるユーリに若干引きながら、彼女の手を取る。
「お」
と、なにやら驚いているユーリは気にしないで、そのまま引っ張って教室を出る。
とにかく人目のある場所から離れたかった。
切実に。
だから走って。
辿り着いたのは、いつもの薔薇の庭園だった。
人がいない場所を目指したら、自然と足が向かっていた。
というか、ここ以外に2人きりで話せる場所を俺は知らない。
椅子に手をついてはぁっと息を整える。
「強引に人けのない場所に連れてきて、なにをしようと言うんだい?」
「生徒の目がある中でキスを迫ってきた理由を説明させようとしてるんだよ」
振り返ったら、ユーリが片手を頬に添えてぽっと赤らめていた。
走ってきたせいか、額に汗をかいていて、その表情はどこか艶めかしく見える。
しっとりとした唇を見て、顔を逸らす。
くそぉ、キスされそうになったからか、変に気にかかる。
とりあえず、繋いでいた手を放して聞く体制を整える。
「残念だ」とユーリが漏らした感想は聞かなかったことにする。
「それで、なんであんなことしようとしたんだよ」
「あんなこと……?」
愉快そうにユーリが目元を緩める。
「なんのことだい? ちゃんと説明してくれないとわからないぞ?」
「もう一発いっとくか?」
スチャッと手刀を構えたら、どうぞとばかりにユーリが頭を差し出してくる。
効果がないどころか喜びそうな反応だ。
ユーリの嫌がることってなんなんだよ……。
諦めて振り上げた手刀を下ろす。
「なんだ、やらないのか」
「喜ぶ相手にやる意味ないだろ」
「ふむ、なら次は嫌がってみようか」
「次を想定するな、やられない努力をしろ」
ほんと、こっちのやる気を削いでくる。
最初からそれが狙いだったのならとんでもない悪い女だが、ユーリの場合これが素なんだというのが伝わってきて嫌になる。
ただ、気が抜けたおかげで冷静になれた。
事情を問い詰めるには、今の精神状態の方が適切だろう。
「で、なんで?」
「なんのこと――」
「二度目はないから。なんで?」
「むぅ、もう少し乗ってくれてもいいと思うんだけどね?」
不満そうにユーリは唇を尖らせる。
ただ、誤魔化すのも限界だと察してはいるのか、諦めたようにため息を零した。
その反応は彼女にしては珍しく、やけに憂鬱そうだった。
「楽しいやり取りで忘れていたかったが、しょうがないね」
「俺が楽しくない」
「ふふっ、本当に?」
からかうように見られて、口を閉ざす。
なにを言ったところで、面白おかしく解釈されるだけなのはわかっていたから。
「つまらないなぁ」
瞼を伏せたユーリが、不承不承という態度で言う。
「まぁ、簡単に言うならば、求婚が増えた」
「……?」
庭園の屋根を見上げる。
ユーリの言葉を吟味して、もう一度ユーリを見る。
「なんで?」
婚約者がいるよね?
瞳を揺らしながら、ユーリがそっと顔を近づけてくる。
薄い唇がやけに目を惹く。
逃げようにも、彼女の手に両頬が挟まれていては、正面以外向きようもない。
教室の至るところから息を呑む音が聞こえる。
クラスメイトたちが息を潜めて見守っているのが、その息遣いから伝わってくる。
そんな静寂の中心で、どうして俺はユーリにキスを迫られているんだ――?
過程がぶっ飛んでてまるでわからない。
というか、そんな流れは絶対になかったと断言できる。
なのになぜこんなことになっているのか。
目と一緒にぐるぐる頭の中を疑問が駆け廻るが、一向に答えなんて出やしない。
その間もユーリの唇はゆっくりと距離を縮めていて、彼女の吐息が鼻先に触れた。
甘い香りに頭がくらくらする。
「そのまま、じっとして……」
ユーリが蒼い瞳を閉じる。
喉が震える。
キス、するのか? このまま、ユーリと。
いいのか? ダメなのか?
碌な判断もできないまま、魅惑的な唇が触れそうになって――べしっと頭を叩いた。
思わず手刀で。
「~~っ、痛いぞっ?」
「悪い、手加減できなかった」
頭を叩かれたユーリは涙目で見上げてくる。
公爵令嬢に手刀。
割と大事なんだが、後悔はまるでなかった。
「なんで叩いたんだい?」
「体が勝手に」
事実、無意識だった。
反射というか、防衛本能というか、意識とは別の部分が働いて、ユーリの頭を叩いていた。
そんなにユーリとのキスが俺の中で受け入れ難かった、のか?
首を捻ってから、そもそも前提がおかしいことに遅れて気づく。
なんでキスするんだよ。
まずそこからだろ。
「痛い、痛いが……でも、なんだろうか、この感覚は。旦那様に気軽に叩かれるというのも、これはこれで悪くない」
「被虐趣味に目覚める前に行くぞ」
ヤバい、公爵令嬢の変態性を目覚めさせてしまった。
頭を押さえながら頬を緩めるユーリに若干引きながら、彼女の手を取る。
「お」
と、なにやら驚いているユーリは気にしないで、そのまま引っ張って教室を出る。
とにかく人目のある場所から離れたかった。
切実に。
だから走って。
辿り着いたのは、いつもの薔薇の庭園だった。
人がいない場所を目指したら、自然と足が向かっていた。
というか、ここ以外に2人きりで話せる場所を俺は知らない。
椅子に手をついてはぁっと息を整える。
「強引に人けのない場所に連れてきて、なにをしようと言うんだい?」
「生徒の目がある中でキスを迫ってきた理由を説明させようとしてるんだよ」
振り返ったら、ユーリが片手を頬に添えてぽっと赤らめていた。
走ってきたせいか、額に汗をかいていて、その表情はどこか艶めかしく見える。
しっとりとした唇を見て、顔を逸らす。
くそぉ、キスされそうになったからか、変に気にかかる。
とりあえず、繋いでいた手を放して聞く体制を整える。
「残念だ」とユーリが漏らした感想は聞かなかったことにする。
「それで、なんであんなことしようとしたんだよ」
「あんなこと……?」
愉快そうにユーリが目元を緩める。
「なんのことだい? ちゃんと説明してくれないとわからないぞ?」
「もう一発いっとくか?」
スチャッと手刀を構えたら、どうぞとばかりにユーリが頭を差し出してくる。
効果がないどころか喜びそうな反応だ。
ユーリの嫌がることってなんなんだよ……。
諦めて振り上げた手刀を下ろす。
「なんだ、やらないのか」
「喜ぶ相手にやる意味ないだろ」
「ふむ、なら次は嫌がってみようか」
「次を想定するな、やられない努力をしろ」
ほんと、こっちのやる気を削いでくる。
最初からそれが狙いだったのならとんでもない悪い女だが、ユーリの場合これが素なんだというのが伝わってきて嫌になる。
ただ、気が抜けたおかげで冷静になれた。
事情を問い詰めるには、今の精神状態の方が適切だろう。
「で、なんで?」
「なんのこと――」
「二度目はないから。なんで?」
「むぅ、もう少し乗ってくれてもいいと思うんだけどね?」
不満そうにユーリは唇を尖らせる。
ただ、誤魔化すのも限界だと察してはいるのか、諦めたようにため息を零した。
その反応は彼女にしては珍しく、やけに憂鬱そうだった。
「楽しいやり取りで忘れていたかったが、しょうがないね」
「俺が楽しくない」
「ふふっ、本当に?」
からかうように見られて、口を閉ざす。
なにを言ったところで、面白おかしく解釈されるだけなのはわかっていたから。
「つまらないなぁ」
瞼を伏せたユーリが、不承不承という態度で言う。
「まぁ、簡単に言うならば、求婚が増えた」
「……?」
庭園の屋根を見上げる。
ユーリの言葉を吟味して、もう一度ユーリを見る。
「なんで?」
婚約者がいるよね?
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