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第1部 第6章
第2話 ベッドで眠る君の頬に初めて触れる
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思考が固まる。
時間が止まったように、世界が動かなくなる。
……あれ、今なにを言われて――
「ぼーっとしてないで、来なよ」
「あ」
気づけば、腕を取られて引っ張られた。
そのまま逆らえず、ベッドに引きずり込まれてしまう。
痛くはない。
「ふふっ、いらっしゃい」
けど、倒れ込んだその先でユーリの顔が視界に飛び込んできた。
呼吸って、どうやるんだっけ。
息を吸う。
息を吐く。
それだけのことができなくなっている。
ただ、柔らかく微笑むユーリだけを感じる、そんな瞬間だった。
「……結構、危ないことしてるってわかってる?」
動揺もすぎると冷静になるらしい。
2人きりの部屋で女の子と一緒にベッドで寝ている。
その意味を理解していながら、俺の声はいつもと変わらない調子だった。
「そうなのかい?」
そんな俺よりも平常運転なのはユーリだけど。
ベッドに横たわりながら顔をこっちに向けて、なにが楽しいのか笑って惚けている。
「危ないだろ。俺がなにもしないと思ってる?」
「するの?」
「……しないけど」
してたまるかと思う。
いっときの感情に任せて、人生を破綻させる気はなかった。
けど、それも絶対じゃない。
「未必の故意だってある」
「この状況は故意に当たるのか、それとも事故か、どうなんだろうね?」
「そういう思わせぶりな言い方やめろよ」
普段のからかいとは状況が違う。
心の動揺が激しすぎて逆に凪いでいる。
それでも、いつどんな拍子でタガが外れるか、正直俺にもわからない。
「ユーリは歯牙にかけないかもしれないけど……」
言い淀み、震える唇を浅く噛む。
でも、ここで言っておかないといずれどこかで踏み外す。
だから、ちゃんとユーリに認識させる。
「俺も男なんだよ」
手を伸ばして、指先でユーリの頬に触れる。
柔らかくて、冷たい。
初めて触れる彼女の頬は初雪のようで、触れた指先から熱が奪われていく。
こうまでされてるのにユーリは俺の行動を咎めず、ただ微笑んでいる。
「このまま旦那様と……なんて、考えているわけじゃないよ」
「それなら、どうして?」
「なんでだろうね」
「……誤魔化してるわけじゃないよな?」
「もちろん」
彼女の輪郭をなぞるように、指先を動かす。
くすぐったそうに身を捩りながらも、ユーリは蒼い瞳で俺を見続ける。
「ただ、旦那様と……君とこうしてみたくなったんだ」
「赴くままかよ」
らしいといえばらしいが、巻き込まれる方はたまったものじゃない。
「で、やってみた感想は?」
「ふふっ」
思わず、といった様子でユーリが笑みを零した。
「ずっとこうしていたいって、そう思うくらいには心地いいんだ」
その言葉に嘘がないのは、ユーリの顔を見れば伝わってくる。
「君はどう?」
「……訊かれたくないんだけど」
「教えて。じゃないと、泣き叫んでみようかな?」
「脅迫だろ」
半眼で睨むもくすくすユーリは笑うだけ。
困った公爵令嬢様だ。
女子禁制の男子寮に女の子を連れ込んでいるだけで危ういというのに、そんなことをされれば俺の事情なんて加味されずお縄なのは決定事項。
変わるとすれば檻を経由するか、直接断頭台かの違いくらいだろう。
答えないわけにもいかない。
これが狙いだったのなら、俺はユーリの手のひらの上からいつまでも逃れられないんだろうなって思う。
「……まぁ、悪くはないかな」
「素直じゃないね」
「うるさい」
ユーリのからかうような言葉に、動揺が戻ってきて頬を焦がす。
そのまま気恥ずかしさに任せて彼女の頬から指先を離そうとしたら、するりと柔らかい手に包まれてしまう。
手が動かせなくなって、ぴとりとユーリの頬に触れたまま離せなくなる。
「少しだけ、このまま……ね?」
甘えるような声音に、なにも言えなくなる。
手に頬に。
ユーリの感触や熱を感じて、心穏やかになんていられない。
でも、同時に身を任せたくなるような穏やかさも感じていて、「少しだけだからな?」と頷いてしまう。
「……うん」
寝付くのような、力の抜けた声に釣られたのかもしれない。
うつらうつらと、視界が霞む。
寝たらダメだ。
わかっているのに、ベッドの心地よさか、それともユーリとの間に生じた穏やかな雰囲気のせいか、支えきれなくなった瞼が落ちる。
――おやすみ――
耳心地のよい澄んだ声に誘われるように、俺の意識は途絶えた。
◆◆◆
「だから寝たらダメだって思ってたのに……っ!」
窓から見える空は真っ暗。
夜空で輝く月が嘲笑っているように見えるのは、焦る俺が生み出した幻か。
おぉうっと嘆く俺の隣では、人のベッドですやすやと気持ちよさそうに熟睡している公爵令嬢が1人。
「ユーリ起きろ! このままじゃ事実はどうあれ本当に朝帰りになる!」
「……ふふっ、だんなさまはえっちだなーむにゃむにゃ」
「誰がえっちだー!?」
寝ぼけたお嬢様を連れて、男子寮を脱出して女子寮に忍び込む。
……不可能では?
冷静な部分がすでに諦めてしまっている。
それでも、俺の学園生活を死守するため、絶対にやりとげなければならなかった。
「だから起きろー!?」
「ぐー」
もうダメかもしれない。
時間が止まったように、世界が動かなくなる。
……あれ、今なにを言われて――
「ぼーっとしてないで、来なよ」
「あ」
気づけば、腕を取られて引っ張られた。
そのまま逆らえず、ベッドに引きずり込まれてしまう。
痛くはない。
「ふふっ、いらっしゃい」
けど、倒れ込んだその先でユーリの顔が視界に飛び込んできた。
呼吸って、どうやるんだっけ。
息を吸う。
息を吐く。
それだけのことができなくなっている。
ただ、柔らかく微笑むユーリだけを感じる、そんな瞬間だった。
「……結構、危ないことしてるってわかってる?」
動揺もすぎると冷静になるらしい。
2人きりの部屋で女の子と一緒にベッドで寝ている。
その意味を理解していながら、俺の声はいつもと変わらない調子だった。
「そうなのかい?」
そんな俺よりも平常運転なのはユーリだけど。
ベッドに横たわりながら顔をこっちに向けて、なにが楽しいのか笑って惚けている。
「危ないだろ。俺がなにもしないと思ってる?」
「するの?」
「……しないけど」
してたまるかと思う。
いっときの感情に任せて、人生を破綻させる気はなかった。
けど、それも絶対じゃない。
「未必の故意だってある」
「この状況は故意に当たるのか、それとも事故か、どうなんだろうね?」
「そういう思わせぶりな言い方やめろよ」
普段のからかいとは状況が違う。
心の動揺が激しすぎて逆に凪いでいる。
それでも、いつどんな拍子でタガが外れるか、正直俺にもわからない。
「ユーリは歯牙にかけないかもしれないけど……」
言い淀み、震える唇を浅く噛む。
でも、ここで言っておかないといずれどこかで踏み外す。
だから、ちゃんとユーリに認識させる。
「俺も男なんだよ」
手を伸ばして、指先でユーリの頬に触れる。
柔らかくて、冷たい。
初めて触れる彼女の頬は初雪のようで、触れた指先から熱が奪われていく。
こうまでされてるのにユーリは俺の行動を咎めず、ただ微笑んでいる。
「このまま旦那様と……なんて、考えているわけじゃないよ」
「それなら、どうして?」
「なんでだろうね」
「……誤魔化してるわけじゃないよな?」
「もちろん」
彼女の輪郭をなぞるように、指先を動かす。
くすぐったそうに身を捩りながらも、ユーリは蒼い瞳で俺を見続ける。
「ただ、旦那様と……君とこうしてみたくなったんだ」
「赴くままかよ」
らしいといえばらしいが、巻き込まれる方はたまったものじゃない。
「で、やってみた感想は?」
「ふふっ」
思わず、といった様子でユーリが笑みを零した。
「ずっとこうしていたいって、そう思うくらいには心地いいんだ」
その言葉に嘘がないのは、ユーリの顔を見れば伝わってくる。
「君はどう?」
「……訊かれたくないんだけど」
「教えて。じゃないと、泣き叫んでみようかな?」
「脅迫だろ」
半眼で睨むもくすくすユーリは笑うだけ。
困った公爵令嬢様だ。
女子禁制の男子寮に女の子を連れ込んでいるだけで危ういというのに、そんなことをされれば俺の事情なんて加味されずお縄なのは決定事項。
変わるとすれば檻を経由するか、直接断頭台かの違いくらいだろう。
答えないわけにもいかない。
これが狙いだったのなら、俺はユーリの手のひらの上からいつまでも逃れられないんだろうなって思う。
「……まぁ、悪くはないかな」
「素直じゃないね」
「うるさい」
ユーリのからかうような言葉に、動揺が戻ってきて頬を焦がす。
そのまま気恥ずかしさに任せて彼女の頬から指先を離そうとしたら、するりと柔らかい手に包まれてしまう。
手が動かせなくなって、ぴとりとユーリの頬に触れたまま離せなくなる。
「少しだけ、このまま……ね?」
甘えるような声音に、なにも言えなくなる。
手に頬に。
ユーリの感触や熱を感じて、心穏やかになんていられない。
でも、同時に身を任せたくなるような穏やかさも感じていて、「少しだけだからな?」と頷いてしまう。
「……うん」
寝付くのような、力の抜けた声に釣られたのかもしれない。
うつらうつらと、視界が霞む。
寝たらダメだ。
わかっているのに、ベッドの心地よさか、それともユーリとの間に生じた穏やかな雰囲気のせいか、支えきれなくなった瞼が落ちる。
――おやすみ――
耳心地のよい澄んだ声に誘われるように、俺の意識は途絶えた。
◆◆◆
「だから寝たらダメだって思ってたのに……っ!」
窓から見える空は真っ暗。
夜空で輝く月が嘲笑っているように見えるのは、焦る俺が生み出した幻か。
おぉうっと嘆く俺の隣では、人のベッドですやすやと気持ちよさそうに熟睡している公爵令嬢が1人。
「ユーリ起きろ! このままじゃ事実はどうあれ本当に朝帰りになる!」
「……ふふっ、だんなさまはえっちだなーむにゃむにゃ」
「誰がえっちだー!?」
寝ぼけたお嬢様を連れて、男子寮を脱出して女子寮に忍び込む。
……不可能では?
冷静な部分がすでに諦めてしまっている。
それでも、俺の学園生活を死守するため、絶対にやりとげなければならなかった。
「だから起きろー!?」
「ぐー」
もうダメかもしれない。
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