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第1部 第8章
第3話 デートを誘った理由と素直な気持ち
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曇り空にもかかわらず、広場は活気に満ちていた。
行き交う露店と人々の声が熱気を生み、まるで灰色の空を追い払うかのようだ。
「こんなに人が集まってるなんて……」
ユーリはレンズのない眼鏡の奥で、目を丸くしていた。
幼さすら感じるその反応を見て、思わず笑ってしまう。
「箱入り娘には刺激が強かったかな?」
「違う。ちゃんと庭園くらいは出る」
冷ややかな目で『不敬だな、君は』と言いたげな眼差しを向けられる。
けど、部屋だろうが庭園だろうが、屋敷から出ないんじゃ箱入りで間違ってないと思う。
そういえば、学園でもだいたい薔薇の庭園にいるもんな。
残りの移動範囲は教室と、女子寮くらいか。
「こうやって街に出るのは、珍しかったりする?」
人波を躱しながら訊くと、ユーリは人混みに視線を巡らせ、わずかに肩をすくめた。
「ふむ、そうだね。考えてみれば、学園の外に出るのはこれが初めてだ」
「生粋の引きこもりだったか」
「こもってない」
普段はおおらかになんでも受け止めるくせに、箱入りや引きこもりは受け入れがたいらしい。
頬を膨らませて抗議している。
とはいえ、そうか……初めてなのか。
もともとデートということもあって意気込みは十分だったが、より気が引き締まる。
学園生活初めてのお出かけで、嫌な思い出をお土産にさせたくはなかった。
「じゃ、せっかくだ。端から端を見て回るくらいのつもりでいくか」
「……これだけの人混みだ。迷子にだけは気をつけたまえよ?」
ユーリはそう言って、手をよりぎゅっと握りしめてくる。
その行動がちょっと微笑ましい。
「不安?」
「そうじゃない。今日は旦那様がエスコートするのだから、しっかりしろということだ」
「ははは、そういうことにしておくか」
「……今日の旦那様は生意気だね?」
ジロリと睨まれてもどこ吹く風だ。
いつもからかわれてるんだ。
俺のフィールドに立った時くらい、優位でありたい。
「帰ったら……いや、なんでもないさ」
「ごめん調子に乗ったのは謝るからその不穏な言い回しやめて」
くくっと声を押し殺して笑っているのがまた怖い。
ユーリなら2倍どころか10倍返しの復讐をされそうだ。
いっときの高揚に酔って身を滅ぼさないようにしなくては。
「近くの露店から見ていくか」
「忘れないからな?」
「怖いって」
未来の災厄の種を撒きつつ、人を避けながら適当な露店を目指す。
歩く隙間もないほどじゃないが、それでも人混みに紛れてユーリと離れ離れになってしまえば、合流は難しい群衆だ。
デートだしな。
そんな言い訳を心の中でしつつ、繋いだ手をしっかりと握り返す。
なにか物言いたげにユーリが見上げてきたが、見返す度胸はなかったので視線は先の露店に向けたままにしておく。
「よ! そこのお熱い恋人さんたち! うちの串焼きはどうだい!? いい鳥が手に入ってな!」
香ばしい煙の立つ露店を横切ろうとすると、頭に布を巻いた体格のいいおじさんがそんなことを言って俺たちを呼び止めた。
「お熱い恋人って」
「ふふっ、間違ってはないだろ?」
ユーリが繋いだ手を掲げて、小さく揺らす。
「傍から見ればそうだろうけど」
「お、さっそく尻に敷かれてるのか。大変だな、兄ちゃん」
「奥手な婚約者で困っているんだ」
「あっはっは! そりゃめでたいな、サービスしとくぜ!」
商売上手というか、こうまで言われては買わないわけにいかない。
脂が滴り、強い香辛料の匂いが鼻をつく。
昼前にこれは重いんだけど、と苦笑しつつ支払いを済ませる。
「お幸せになー!」
大手を振って串焼きのおじさんに見送られた俺の手に肉の串焼きが4本。
ユーリの手には1本。
「注文したのは2本だったのになぜ」
「私が美人だから、だそうだよ?」
「世辞……とは言えないけどさぁ」
店側の常套句みたいなもんだろ、それ。
公爵令嬢で、容姿端麗。
美人だなんて言われ慣れてるはずだろうに、いまさらなにが嬉しいのやら。
意外と褒め言葉に弱いのかなぁとユーリを見ると、串焼きを横に傾けたり縦に戻したり、まるで使い方を探るような仕草はどこか稚い。
なにしてるんだ、この子。
「庶民の食べ物なんてー、みたいな貴族らしい偏見がないなら、せっかくだし食べれば?」
「そうしたいが、ナイフもフォークどころか、皿すらないのにどうやって食べるんだい?」
「あー」
なるほど。
貴族の令嬢、それも公爵とくれば、串焼きなんてまず食べたことないか。
普通に串焼きのおじさんから受け取ってたから、知っているものとばかり思っていた。
「実践して見せるのが1番わかりやすいんだけど」
右手にはユーリの手。
左手には串焼き4本。
どうにか咥えられないかなと試行錯誤してみるが、なかなか難しい。
片手で串焼きを4本も握っていると不安定で、かじりついたら落としそうな気がする。
となると。
「ユーリ、そのまま串を俺の口の前に運んで」
「? こうかい?」
わからなさそうにしつつも、ユーリは言われた通りにする。
そのまま口の前に運ばれた肉に、えいやっと噛みつき1つ引き抜く。
「こうやって」飲み込む「食べるのが一般的かな」
「……豪快だね」
ユーリが目を白黒させて、俺と串肉の間で視線を往復させる。
礼儀作法を叩き込まれた貴族令嬢にはそう見えるだろう。
はしたない、と言わなかっただけまだ配慮が窺えた。
「さすがにユーリにまで同じ食べ方をしろ、なんて言わないから。どこか座れる場所を探して――」
「はむ」
「え゛」
見れば、ユーリが串焼きに噛みついていた。
口が小さすぎて俺のように肉1つ丸ごと咥えられず、噛み千切ろうとしているのか「んんっ……!」と唸って頭が小刻みに震えている。
「無理、するなよ?」
「~~……っ!」
心配していたら、ユーリの頭が後ろに跳ねた。
驚いてびくっと体が震える。
どうやら噛みちぎれたようで、小さな噛み跡が串に残った肉についていた。
「……ん、美味しいね」
「それならいいけど」
口元をそっと隠す仕草には、やはり貴族らしさが滲んでいる。
ほっと胸を撫で下ろすと同時に、妙な可愛さを感じてしまって、なんとも言えない気恥ずかしさを覚えた。
「別に無理して同じ食べ方しなくてもよかったんだぞ?」
「こういうのは、食べ方や雰囲気も合わせて楽しむものだろう?」
それに、とユーリが蒼い瞳で見上げてくる。
「旦那様とのデートで、エスコートだ。最初から最後まで堪能しないと損だろう?」
どうやら今日は俺が基準らしい。
それがなんだか照れくさく、ユーリがくすくすと鈴を転がすような声で笑うので余計に羞恥が募る。
やけ食いするように持っていた肉にがっつくと、「わ」とユーリが驚いた声を上げた。
「男の子だね」
「……お腹が空いてたからな」
俺の言い分に、ユーリが笑みをこぼす。
「そういうことにしておくよ」
全部わかってると言いたげなユーリの態度が不満で、つい唇を尖らせてしまう。
それすらも楽しまれるんだから、俺の一挙手一投足が彼女にとっては笑いのツボなのかもしれない。
結局、その後もこの調子。
よくわからない仮面を被らされたり、ユーリが安物の指輪を薬指につけて不敵に笑ったり。
気づけば広場は茜色に染まり、人波もまばらになっていた。
「……もうこんな時間か」
俺が呟くと、ユーリも顔を上げて辺りを見回す。
「楽しい時間はあっという間、か」
惜しむように呟いたユーリを見て、デートもそろそろ終わりかと感じていると、ふと彼女と目が合う。
黄昏時だからだろうか。
儚さすら感じるユーリの表情に見入っていると、ふっと力を抜くように彼女は口元を綻ばせて尋ねてきた。
「今日はどうして私をデートに誘ってくれたんだい?」
僅かに開いた唇の隙間から、細く息だけが抜ける。
なんて答えればいいんだろう。
デートに誘った時のように誤魔化そうか。
一瞬、そう思ったけれど、真摯なユーリの顔を見ていたらそんな気はなくなっていて、息を吐くように自然と気持ちを吐露していた。
「ユーリの様子が変だなって思ったんだ。不用意に触れてこなくなって、話していてもどこかぎこちないっていうか、なんか距離を感じた」
「それが、デートに誘った理由?」
「そうだけど、そうじゃないっていうか」
上手く自分の気持ちがまとめられない。
言葉を探しあぐねているけど、焦りはなかった。
ユーリが穏やかな表情で待っていてくれたから。
だから、俺は自分の気持ちにピッタリはまる言葉を探し出せた。
「ユーリに嫌われたくなかったから」
それが理由。
嫌われたくないからデートに誘う、なんてずいぶんと変な話だなといまさらになって笑いそうになる。
「子どもみたいなことを言うんだね」
「うっさい。元はと言えばユーリがなんか変なのがいけない」
俺のせいじゃない。
でも、どうせ『旦那様がいけない』と言い返されて、押し切られるんだろうなーと思っていたら、
「そうだね、本当にその通りだ」
と、受け入れられて逆に驚いてしまった。
「すまないね、旦那様に心配をかけた」
「……今日はずいぶんと素直だな。悪い物でも食べたか?」
「強いて言えば、旦那様の愛情かな?」
「そんなもん出してねーよ」
いつも通りのユーリだった。
なにも変わってない。いや、元に戻った……のか?
ならいいのかと思うけど、釈然としない部分もある。
結局、俺はユーリにどうなってほしかったのか。
首を捻って考えていたら、えいっとユーリが俺の腕に抱きついてきた。
「なんで腕を組む」
「旦那様が寂しがっているようだからね」
「そういうことじゃないんだが?」
確かに触れてこなくて様子が変とは言ったが、だから抱きつくというのは極論すぎる。
「適切な距離があるだろ」
「婚約者なんだから、これが適切さ」
「偽装、な」
「ふふっ、それを聞くと落ち着くね」
精神安定の言葉じゃないんだが。
……まぁ、俺も似たような気持ちではあるんだけど。
毒されてるなぁと、染み付いてしまった感覚に辟易していると、ユーリが「それにね」と言葉を続けた。
「私も旦那様に倣って素直になろうと思ったんだ」
「俺はいつだって素直だけど……その結果が腕組?」
ユーリを見ると、満面の笑顔を浮かべていた。
その頬が赤く見えるのは、街を茜に焼く夕日のせいだろうか。
「私の中のどうしようもない女の部分を受け入れようということさ」
「……? ぜんぜんわからん」
なにを言いたいんだ、ユーリは?
「ふふっ、いずれわかるとも」
「わかる気がしないだけど」
「その時は……――」
悩むように空を仰いで、ユーリはからかうように言う。
「本当に私と結婚してもらおうかな?」
「え、なんで。嫌だけど」
間髪入れずに拒否したら、無言の笑顔で手の甲をつねられた。
そうして、痛みを伴いつつもユーリとの初めてのデートは終わりを迎えた。
結局、ユーリがどうして変だったのかはわからずじまい。
それでも、元の関係に戻ったのだからめでたしめでたし……になればよかったのだけど。
「――これはどういうことかな、旦那様?」
休みが明けた教室。
昼休みに俺を迎えに来たユーリは、目元に影を作りながら底冷えのする微笑みを浮かべていた。
その後ろには、なぜか頬を赤らめて俺を見つめる女子生徒たちがいて……なんでこうなった?
◆第8章_fin◆
__To be continued.
行き交う露店と人々の声が熱気を生み、まるで灰色の空を追い払うかのようだ。
「こんなに人が集まってるなんて……」
ユーリはレンズのない眼鏡の奥で、目を丸くしていた。
幼さすら感じるその反応を見て、思わず笑ってしまう。
「箱入り娘には刺激が強かったかな?」
「違う。ちゃんと庭園くらいは出る」
冷ややかな目で『不敬だな、君は』と言いたげな眼差しを向けられる。
けど、部屋だろうが庭園だろうが、屋敷から出ないんじゃ箱入りで間違ってないと思う。
そういえば、学園でもだいたい薔薇の庭園にいるもんな。
残りの移動範囲は教室と、女子寮くらいか。
「こうやって街に出るのは、珍しかったりする?」
人波を躱しながら訊くと、ユーリは人混みに視線を巡らせ、わずかに肩をすくめた。
「ふむ、そうだね。考えてみれば、学園の外に出るのはこれが初めてだ」
「生粋の引きこもりだったか」
「こもってない」
普段はおおらかになんでも受け止めるくせに、箱入りや引きこもりは受け入れがたいらしい。
頬を膨らませて抗議している。
とはいえ、そうか……初めてなのか。
もともとデートということもあって意気込みは十分だったが、より気が引き締まる。
学園生活初めてのお出かけで、嫌な思い出をお土産にさせたくはなかった。
「じゃ、せっかくだ。端から端を見て回るくらいのつもりでいくか」
「……これだけの人混みだ。迷子にだけは気をつけたまえよ?」
ユーリはそう言って、手をよりぎゅっと握りしめてくる。
その行動がちょっと微笑ましい。
「不安?」
「そうじゃない。今日は旦那様がエスコートするのだから、しっかりしろということだ」
「ははは、そういうことにしておくか」
「……今日の旦那様は生意気だね?」
ジロリと睨まれてもどこ吹く風だ。
いつもからかわれてるんだ。
俺のフィールドに立った時くらい、優位でありたい。
「帰ったら……いや、なんでもないさ」
「ごめん調子に乗ったのは謝るからその不穏な言い回しやめて」
くくっと声を押し殺して笑っているのがまた怖い。
ユーリなら2倍どころか10倍返しの復讐をされそうだ。
いっときの高揚に酔って身を滅ぼさないようにしなくては。
「近くの露店から見ていくか」
「忘れないからな?」
「怖いって」
未来の災厄の種を撒きつつ、人を避けながら適当な露店を目指す。
歩く隙間もないほどじゃないが、それでも人混みに紛れてユーリと離れ離れになってしまえば、合流は難しい群衆だ。
デートだしな。
そんな言い訳を心の中でしつつ、繋いだ手をしっかりと握り返す。
なにか物言いたげにユーリが見上げてきたが、見返す度胸はなかったので視線は先の露店に向けたままにしておく。
「よ! そこのお熱い恋人さんたち! うちの串焼きはどうだい!? いい鳥が手に入ってな!」
香ばしい煙の立つ露店を横切ろうとすると、頭に布を巻いた体格のいいおじさんがそんなことを言って俺たちを呼び止めた。
「お熱い恋人って」
「ふふっ、間違ってはないだろ?」
ユーリが繋いだ手を掲げて、小さく揺らす。
「傍から見ればそうだろうけど」
「お、さっそく尻に敷かれてるのか。大変だな、兄ちゃん」
「奥手な婚約者で困っているんだ」
「あっはっは! そりゃめでたいな、サービスしとくぜ!」
商売上手というか、こうまで言われては買わないわけにいかない。
脂が滴り、強い香辛料の匂いが鼻をつく。
昼前にこれは重いんだけど、と苦笑しつつ支払いを済ませる。
「お幸せになー!」
大手を振って串焼きのおじさんに見送られた俺の手に肉の串焼きが4本。
ユーリの手には1本。
「注文したのは2本だったのになぜ」
「私が美人だから、だそうだよ?」
「世辞……とは言えないけどさぁ」
店側の常套句みたいなもんだろ、それ。
公爵令嬢で、容姿端麗。
美人だなんて言われ慣れてるはずだろうに、いまさらなにが嬉しいのやら。
意外と褒め言葉に弱いのかなぁとユーリを見ると、串焼きを横に傾けたり縦に戻したり、まるで使い方を探るような仕草はどこか稚い。
なにしてるんだ、この子。
「庶民の食べ物なんてー、みたいな貴族らしい偏見がないなら、せっかくだし食べれば?」
「そうしたいが、ナイフもフォークどころか、皿すらないのにどうやって食べるんだい?」
「あー」
なるほど。
貴族の令嬢、それも公爵とくれば、串焼きなんてまず食べたことないか。
普通に串焼きのおじさんから受け取ってたから、知っているものとばかり思っていた。
「実践して見せるのが1番わかりやすいんだけど」
右手にはユーリの手。
左手には串焼き4本。
どうにか咥えられないかなと試行錯誤してみるが、なかなか難しい。
片手で串焼きを4本も握っていると不安定で、かじりついたら落としそうな気がする。
となると。
「ユーリ、そのまま串を俺の口の前に運んで」
「? こうかい?」
わからなさそうにしつつも、ユーリは言われた通りにする。
そのまま口の前に運ばれた肉に、えいやっと噛みつき1つ引き抜く。
「こうやって」飲み込む「食べるのが一般的かな」
「……豪快だね」
ユーリが目を白黒させて、俺と串肉の間で視線を往復させる。
礼儀作法を叩き込まれた貴族令嬢にはそう見えるだろう。
はしたない、と言わなかっただけまだ配慮が窺えた。
「さすがにユーリにまで同じ食べ方をしろ、なんて言わないから。どこか座れる場所を探して――」
「はむ」
「え゛」
見れば、ユーリが串焼きに噛みついていた。
口が小さすぎて俺のように肉1つ丸ごと咥えられず、噛み千切ろうとしているのか「んんっ……!」と唸って頭が小刻みに震えている。
「無理、するなよ?」
「~~……っ!」
心配していたら、ユーリの頭が後ろに跳ねた。
驚いてびくっと体が震える。
どうやら噛みちぎれたようで、小さな噛み跡が串に残った肉についていた。
「……ん、美味しいね」
「それならいいけど」
口元をそっと隠す仕草には、やはり貴族らしさが滲んでいる。
ほっと胸を撫で下ろすと同時に、妙な可愛さを感じてしまって、なんとも言えない気恥ずかしさを覚えた。
「別に無理して同じ食べ方しなくてもよかったんだぞ?」
「こういうのは、食べ方や雰囲気も合わせて楽しむものだろう?」
それに、とユーリが蒼い瞳で見上げてくる。
「旦那様とのデートで、エスコートだ。最初から最後まで堪能しないと損だろう?」
どうやら今日は俺が基準らしい。
それがなんだか照れくさく、ユーリがくすくすと鈴を転がすような声で笑うので余計に羞恥が募る。
やけ食いするように持っていた肉にがっつくと、「わ」とユーリが驚いた声を上げた。
「男の子だね」
「……お腹が空いてたからな」
俺の言い分に、ユーリが笑みをこぼす。
「そういうことにしておくよ」
全部わかってると言いたげなユーリの態度が不満で、つい唇を尖らせてしまう。
それすらも楽しまれるんだから、俺の一挙手一投足が彼女にとっては笑いのツボなのかもしれない。
結局、その後もこの調子。
よくわからない仮面を被らされたり、ユーリが安物の指輪を薬指につけて不敵に笑ったり。
気づけば広場は茜色に染まり、人波もまばらになっていた。
「……もうこんな時間か」
俺が呟くと、ユーリも顔を上げて辺りを見回す。
「楽しい時間はあっという間、か」
惜しむように呟いたユーリを見て、デートもそろそろ終わりかと感じていると、ふと彼女と目が合う。
黄昏時だからだろうか。
儚さすら感じるユーリの表情に見入っていると、ふっと力を抜くように彼女は口元を綻ばせて尋ねてきた。
「今日はどうして私をデートに誘ってくれたんだい?」
僅かに開いた唇の隙間から、細く息だけが抜ける。
なんて答えればいいんだろう。
デートに誘った時のように誤魔化そうか。
一瞬、そう思ったけれど、真摯なユーリの顔を見ていたらそんな気はなくなっていて、息を吐くように自然と気持ちを吐露していた。
「ユーリの様子が変だなって思ったんだ。不用意に触れてこなくなって、話していてもどこかぎこちないっていうか、なんか距離を感じた」
「それが、デートに誘った理由?」
「そうだけど、そうじゃないっていうか」
上手く自分の気持ちがまとめられない。
言葉を探しあぐねているけど、焦りはなかった。
ユーリが穏やかな表情で待っていてくれたから。
だから、俺は自分の気持ちにピッタリはまる言葉を探し出せた。
「ユーリに嫌われたくなかったから」
それが理由。
嫌われたくないからデートに誘う、なんてずいぶんと変な話だなといまさらになって笑いそうになる。
「子どもみたいなことを言うんだね」
「うっさい。元はと言えばユーリがなんか変なのがいけない」
俺のせいじゃない。
でも、どうせ『旦那様がいけない』と言い返されて、押し切られるんだろうなーと思っていたら、
「そうだね、本当にその通りだ」
と、受け入れられて逆に驚いてしまった。
「すまないね、旦那様に心配をかけた」
「……今日はずいぶんと素直だな。悪い物でも食べたか?」
「強いて言えば、旦那様の愛情かな?」
「そんなもん出してねーよ」
いつも通りのユーリだった。
なにも変わってない。いや、元に戻った……のか?
ならいいのかと思うけど、釈然としない部分もある。
結局、俺はユーリにどうなってほしかったのか。
首を捻って考えていたら、えいっとユーリが俺の腕に抱きついてきた。
「なんで腕を組む」
「旦那様が寂しがっているようだからね」
「そういうことじゃないんだが?」
確かに触れてこなくて様子が変とは言ったが、だから抱きつくというのは極論すぎる。
「適切な距離があるだろ」
「婚約者なんだから、これが適切さ」
「偽装、な」
「ふふっ、それを聞くと落ち着くね」
精神安定の言葉じゃないんだが。
……まぁ、俺も似たような気持ちではあるんだけど。
毒されてるなぁと、染み付いてしまった感覚に辟易していると、ユーリが「それにね」と言葉を続けた。
「私も旦那様に倣って素直になろうと思ったんだ」
「俺はいつだって素直だけど……その結果が腕組?」
ユーリを見ると、満面の笑顔を浮かべていた。
その頬が赤く見えるのは、街を茜に焼く夕日のせいだろうか。
「私の中のどうしようもない女の部分を受け入れようということさ」
「……? ぜんぜんわからん」
なにを言いたいんだ、ユーリは?
「ふふっ、いずれわかるとも」
「わかる気がしないだけど」
「その時は……――」
悩むように空を仰いで、ユーリはからかうように言う。
「本当に私と結婚してもらおうかな?」
「え、なんで。嫌だけど」
間髪入れずに拒否したら、無言の笑顔で手の甲をつねられた。
そうして、痛みを伴いつつもユーリとの初めてのデートは終わりを迎えた。
結局、ユーリがどうして変だったのかはわからずじまい。
それでも、元の関係に戻ったのだからめでたしめでたし……になればよかったのだけど。
「――これはどういうことかな、旦那様?」
休みが明けた教室。
昼休みに俺を迎えに来たユーリは、目元に影を作りながら底冷えのする微笑みを浮かべていた。
その後ろには、なぜか頬を赤らめて俺を見つめる女子生徒たちがいて……なんでこうなった?
◆第8章_fin◆
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