番を持ちたがらないはずのアルファは、何故かいつも距離が近い【オメガバース】

さか【傘路さか】

文字の大きさ
8 / 10

しおりを挟む
▽8

 翌朝、リカルドが家に迎えに来た。僕用に誂えられた服を手渡し、着替えるように言われる。感情が好転したからか、朝から軽い食事を取ることが出来た。僕の体調を確認しながら、彼は僕を馬車に乗せた。

 馬車の中でもお菓子をくれる。胃は現金にも上質な菓子を欲しがり、僕はぱくぱくと貰った傍から口に入れていった。そもそも、魔術師というものは燃費が悪く、一時的に食べられなかった反動で食欲が堰を切っていた。目的地に到着する頃には、食べ過ぎを心配されるほどだった。

 到着した先は、神殿だった。

 馬車から降りた時に、ようやく彼の姿を認識する余裕ができる。髪は以前にこの場所に来た時のように上品にまとめられ、彼は嫌がるだろうが……以前よりも更に、兄と近い空気を纏っている。

 服も落ち着きのある色味、かつ、襟、袖、と皮膚を覆う部分が多い。遊び人が、一気に番持ちにでもなってしまったようだった。

 さらりと腰を抱かれ、案内に従って歩を進める。お菓子に夢中で目的を聞くのを忘れていたが、案内人の手前、何しに来たかわからない、と言うのは憚られた。

 案内されたのは、以前来た時と同じような部屋だった。椅子に腰掛け、リカルドに事情を聞こうとした途端、案内人と入れ替わりに別のひとが入ってくる。

「おはようございます、大神官様」

「はい。おはようございます」

 大神官は柔らかく挨拶をすると、僕たちの向かいに腰掛けた。何かを言う前に、リカルドは二つの小箱を取り出す。そっと両方の蓋が開かれた。

 一つの雷管石は、最近は見慣れた色だ。もう一つの雷管石は透明で、特別な色をしていない。だが、大振りで貴族が選ぶような石だ。中に込められている魔力は、と指先を伸ばすと、リカルドは僕の手に雷管石を持たせてくれた。

 触れると、見知った魔力が流れ込んでくる。込められている魔力が彼のものであることを悟り、そっと石を返した。

 二つの石は、揃って大神官へと手渡される。

「リカルドさん、ロシュさん」

「はい」

「は……、はい」

 両手に握られた石が、僅かに傾けられる。きらり、と窓辺からの光を反射した。

「私は、この二つの石に込められた魔力の相性を鑑ることができます。ひとつはリカルドさんの魔力。もうひとつはロシュさんの魔力です。────結果を、知りたいですか?」

 リカルドは、黙って僕を見た。

「俺は、……例えば数年後まで、曖昧なまま疑問を持っていたくない。だから結果は知りたい。ロシュと相性が悪いとか、ロシュよりも相性がいい相手がいるのなら、その結果は破り捨てるつもりだ」

「僕、は…………」

 相性を聞きたくない、と思った。だが、その真意は、リカルド以外に番を持ちたくない、だ。

 他に相性がいい相手がいても、僕を選んでくれるのなら。

「僕も、聞きます。……確かに、これからずっと一緒に暮らすのなら、はっきりさせておきたい、……です」

 ふわり、と目の前の人は花が咲くような笑みを浮かべ、石を戻した。心から喜ばしい、と思われているのが伝わってくるような表情だ。

 なぜ微笑むのか、と思って。ふと、今の時点で既に大神官だけは、結果を知っているのだということに思い至った。

「鑑定結果をお伝えします。私がどちらかの雷管石を受け取って、魔力相性の良い人物を探すとしたら、もう一つの石を持ってきます」

 はー、とリカルドが詰めていた息を吐き出した。僕はきょときょとと二人を見る。十分に伝わっていないことが分かったのか、大神官はふふ、と口元に手を当てた。

「時々、いるんですよ。神殿を介さず、神の手によって巡り会う番が。はっきりと神殿を仲介している訳ではありませんので、そういう時には、魔力の相性を鑑定するのが後、になってしまうのですが」

「じゃあ……。例えば、僕の雷管石が持ち込まれたとしたら」

「私なら、相性の良いアルファ、としてリカルドさんの雷管石を持ってきます」

「────よ、良かったぁ……」

 息を吐いた後で、黙っていたことを咎めるようにリカルドを小突く。だが、小突かれた当人はやに下がった顔をして、口元に拳を当てて笑っていた。

 大神官は多忙のようで、出口まで送っていけないことを詫びてから部屋を辞した。最後まで、僕たちを祝福するような態度のままだった。彼の眼には、何が鑑えていたんだろう。

 小箱を片付けている彼の隣で、強張っていた肩から力を抜く。

「リカルド。僕はね、……別に、リカルド以外と相性がいい、って言われてもリカルドを選んだけど」

「ああ。俺もだ」

「……でも、リカルドはそのことを一生思い悩むだろうから、こういう結果になって良かったと思ってるよ」

 じわ、と彼の眼の端に光るものが浮いた。途端に、気付かなかったことを悔やむ。両親を見て、想像以上に兄へ引け目を感じてきた彼こそが、いちばん不安だった筈だ。

 立ち上がり、座ったままの彼の頭を抱え込む。

「……俺は、ロシュと番になりたい」

「僕も」

 伸びてきた腕が、僕の身体を引き寄せる。互いに抱き締めて、感情を交わし合った。

「急いで鑑定して貰えて良かったな」

「え? なんで」

 問いかけると、リカルドは目を丸くする。そして、僕の胸元のあたりで深く呼吸をした。

「発情期」

「────あ」

 忘れてた、と声を上げると、彼は呆れたように息を吐いた。自分よりも、近くにいるアルファのほうが匂いが分かってしまうんだろう。

「これから屋敷に帰って、別棟に移動な」

「あの、いつもは僕、家に籠もって……」

「別々じゃ、番になれないぞ?」

 目の前のアルファの言うとおりだ。番候補がいるというのに、発情期に別々に過ごそうとするほうが変な話だった。

「でも、いま番候補だって分かったばっかりで……」

「けどロシュって、発情期での休暇日数が長くなかったか? 症状、軽いんだっけ?」

 ぐう、と反論の余地なく黙り込む。

 言われたとおり、発情期の休暇日数も長ければ、症状も重たいのが僕の発情期の常だった。アルファと番えば、身体の関係はあれど、身体的な負担は少なくなるはずだ。

「軽くはない……。かな、と」

「重いんだな?」

 言い当てられ、また黙り込む。すん、と匂いを取り込むアルファからも、別の匂いが立ち上りはじめる。

「俺と発情期を過ごすの、不安?」

「そうじゃなくて…………、恥ずかしい」

 言葉にすれば一言だ。実利をどれだけ並べられても、羞恥心が邪魔をする。うう、と顔を隠そうとするが、相手が上手で逃れられない。

「でも、項を噛まないと。俺たち番えない。……ロシュはそれでもいいか?」

「よくない……!」

 反射的に口に出してしまって、罠に掛かったことに気付く。はっと目を見開いて、ぷるぷると唇を震わせた。

 くっ、とリカルドが笑う。

「まあ。気持ちが追いついてないんなら待つよ」

 背から指が離れた。温かかった部分が、すう、と冷えていく。番えたら、あの体温は自分のもの。未だ知らない独占欲が、ふっと萌芽した。

 退室の準備が整い、鞄を持ち上げたリカルドの背を追って、服の裾を引いた。立ち止まった身体が、僅かに振り返る。

「リカルドが別の人の番になるの、いやだ」

「……恥ずかしいんじゃないのか?」

 はっきりと、首を横に振る。

「別の人のものになるほうが、……いやだ」

 力が緩んで、指は服から離れる。だらりと垂れ下がった手が、下の方から持ち上げられた。くい、と力強い腕が扉の外へと導く。

 開けた扉の先。廊下には光の海に見えるほど白い筋が何重にも重なっている。廊下の床を叩く、リカルドの靴音が響く。

 波を踏み散らかして歩いていく彼の手を離さないよう、きゅっと握り返した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

事故つがいΩとうなじを噛み続けるαの話。

叶崎みお
BL
噛んでも意味がないのに──。 雪弥はΩだが、ヒート事故によってフェロモンが上手く機能しておらず、発情期もなければ大好きな恋人のαとつがいにもなれない。欠陥品の自分では恋人にふさわしくないのでは、と思い悩むが恋人と別れることもできなくて── Ωを長年一途に想い続けている年下α × ヒート事故によりフェロモンが上手く機能していないΩの話です。 受けにはヒート事故で一度だけ攻め以外と関係を持った過去があります。(その時の記憶は曖昧で、詳しい描写はありませんが念のため) じれじれのち、いつもの通りハピエンです。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。よろしくお願いします。 こちらの作品は他サイト様にも投稿しております。

断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。 オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~

なの
BL
希少な治癒能力と、大地に生命を呼び戻す「恵みの魔法」を持つ公爵家のΩ令息、エリアス・フォン・ラティス。 傾きかけた家を救うため、彼は大国アルビオンの第二王子、ジークフリート殿下(α)との「政略的な番契約」を受け入れた。 家のため、領民のため、そして―― 少しでも自分を必要としてくれる人がいるのなら、それでいいと信じて。 だが、運命の番だと信じていた相手は、彼の想いを最初から踏みにじっていた。 「Ωの魔力さえ手に入れば、あんな奴はもう要らない」 その冷たい声が、彼の世界を壊した。 すべてを失い、偽りの罪を着せられ追放されたエリアスがたどり着いたのは、隣国ルミナスの地。 そこで出会ったのは、「氷血公爵」と呼ばれる孤高のα、アレクシス・ヴァン・レイヴンだった。 人を寄せつけないほど冷ややかな瞳の奥に、誰よりも深い孤独を抱えた男。 アレクシスは、心に傷を抱えながらも懸命に生きようとするエリアスに惹かれ、次第にその凍てついた心を溶かしていく。 失われた誇りを取り戻すため、そして真実の愛を掴むため。 今、令息の華麗なる逆転劇が始まる。

結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった

BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。 にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。

処理中です...