氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ

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40、氷の騎士ではなくて

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 ベルティーユからまた、茶会への誘いが届いた。母からは無理をして出席する必要はないと言われたが、イリスは大丈夫だと答えた。マリエットは娘の答えが意外だったようで、我慢しているのではないかと疑った。

「本当に大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よお母さま。もう十分すぎるほど休んだんですもの。それに、こうしたお付き合いが大事なのでしょう?」
「それはそう、だけれど……イリスのことだから、本当は怖いんじゃないかと思って」

 面倒だとか、怖いという気持ちが全くないわけではなかったが、今はそれを上回る強い気持ちがイリスの胸の中にはあった。

「それは彼のおかげ?」

 母の何かを見極めるような問いかけに、イリスは微笑んだ。母にはそれで伝わったようだった。

 諦めたようにため息をついて、娘の顔を見つめた。そして困ったように笑みを浮かべた。何かを認め、許すように。


「――イリスさん。今回は大変だったようね」

 今回の茶会はベルティーユとイリス、そしてアナベルの三人というごく少数のものだった。

 彼女は気遣うような眼差しでイリスの体調を心配して、アナベルにも同じ優しさを向けた。

「コルディエ公爵夫人はお兄様にたいそうご執心なの。わたくしにも、会う度にお兄様のことをあれこれ聞いてきますのよ」

 王太子の妹であり、年頃の女性を相手に見せる態度ではなかったとベルティーユは辟易とした口調で述べた。

「あの、差し出がましい質問ですが、夫人と王太子殿下は、その、そういう関係でしたの」

 アナベルはずいぶんと思い切った質問をする。けれどイリスも同じように気になっていたことだった。

「いいえ。それはないわ」

 けれどもベルティーユはきっぱりと否定した。

「兄は軽薄そうに見えますけれど、ああ見えて意外と相手のことはきちんと見極めて、節度ある態度を保っているはずです」
「……たしかに殿下なら、そっけない態度を取ることで、かえって興味を持たれることを見抜いている気がしますわ」

 だから誰にでも接するような、失礼のない態度を心がけた。

「そうね。好きの反対は無関心。そっけなくされればされるほど、相手の心を手に入れたいと躍起になるかもしれませんわ」

 もしかしてベルティーユもラファエルに対してそう思っているのだろうか。

 イリスの胸の内を聴いたわけではないだろうが、王女はこちらを見て悪戯っぽく微笑んだ。

「わたくしなら、自分のことを好きでたまらない人と恋した方が楽しいと思うのだけれどね」

 アナベルも同じだと相槌を打った。イリスは少々居心地が悪くなる。

「でもどちらにせよ、変わらなかったかもしれませんわ」

 優しく接しても、同じように夫人はサミュエルに興味を持ってしまった。

「お兄様のいない所で、お兄様と仲良くなさっている女性に嫌味を言って牽制するから、傷つく女性がこれまでも少なからずいたの。イリスさんもアナベルさんも、怖い思いをなさったでしょう?」

「わたくしは大丈夫ですわ」

 アナベルが本当にそう思っている様子で答えた。

「まぁ、本当?」
「ええ。さすがに扇子で叩かれそうになった時は怯みましたけれど、ラファエル様が守ってくれたので何もありませんでした」
「まぁラファエルが?」

 一瞬ベルティーユは強く目を輝かせたが、すぐに立場を弁えたようで、きりっとした表情に戻した。

「それでも相手に手を上げるなんて……夫人も困ったものね」
「あの、コリンヌ嬢は大丈夫でしょうか」

 夫人の姪であるコリンヌのことをイリスが聞くと、ベルティーユは顔を曇らせたまま答えた。

「ひどく落ち込んでいるそうよ。貴女たちにも謝りたいと零していらしたけれど、今は騒ぎになるからいけないと彼女のご両親が外出を控えるよう命じているの」
「公爵夫人も、そうなさっていますの?」

 ベルティーユは肩を竦めた。

「ええ。さすがに夫であるコルディエ公爵から小言をもらったみたいね。しばらくの間は大人しくしているでしょうけれど……ほとぼりが冷めた頃にまたすぐ戻ってくるでしょう」

 どんな見苦しい態度で振る舞おうが、彼女は公爵家の人間であり、高貴な人間であった。

「コリンヌ嬢のような被害者が今後出てくるかもわからないから、お兄様もさっさと婚約者を決めるべきなのよ」
「そう簡単に決めていい話ではないだろう、ベルティーユ」

 声の方を見ればサミュエルが悪戯した子どもを叱るように妹を見ていた。ラファエルも、サミュエルの背後で他の騎士たちと一緒に控えていた。

「あら、お兄様。今日はお忙しいはずではなかったんですか」
「休憩だ。それに二人に謝らなければならないと思ってな」

 サミュエルは真っ直ぐイリスとアナベルの前へ来ると、サッと床へ跪いた。

「怖い思いをさせてしまって、申し訳なかった」

 一国の王子が膝をついて許しを請う姿にイリスもアナベルもぎょっとした。おそらく後方に控えている騎士たちも同じだろう。

 サミュエルを止めようとして――けれど彼はその前に素早く立ち上がった。ほんのわずかな時間の、意表を突いたからこそできた謝罪であった。

「お兄様。人の上に立つ者が軽々しく謝ってはいけないのではなくて?」

 ベルティーユがわざとそんなふうに言った。

「大切な友人を危険に晒してしまったんだ。友人として謝っただけさ」

 サミュエルはそう返すと、困ったように視線を二人へ戻した。彼のそういった顔は初めて見たかもしれない。

「私が軽率に誘ってしまって夫人に誤解を与えてしまった。せめて最後まで見送るべきだった。本当にすまなかった」

 イリスとアナベルは互いに顔を見合わせた。互いに困惑の色を目に浮かべていた。

「王太子殿下。決してあれは貴方のせいではありませんわ」

「ええ。貴方はただわたくしたちを友人として、ボックス席に招待して下さっただけです。二人きりならともかく、四人で、しかもラファエル様もいらっしゃった。詳しい事情をお聴きになろうともしなかった夫人の早とちりが、今回の騒動の発端ですわ」

 いくらサミュエルが王子というやんごとなき身分の人間であろうと、友達と観劇さえ楽しめないというのはあんまりだ。だからそこまで気にする必要はない、とイリスもアナベルも思った。

「……そうか。そう言ってもらえると、助かる」
「お二人の寛大な慈悲に感謝しなくてはね、お兄様」
「おまえは私にまだ何か言いたそうだな」

 サミュエルがベルティーユの隣に腰を下ろすと、彼女は不満を隠そうともせず言い放った。

「ええ。普段あんなに男女関係に気をつけろとおっしゃるお兄様が、お二人に迷惑かけたのよ」
「そうだな。反省している」

 何も言えないというように彼は深くため息をついた。

「わたくしも一緒に連れて行って下されば、こんなことにはならなかったわ。内緒でこっそり出かけた罰ね」
「なんだ。結局不満はそこか?」
「違うわ。そりゃ、オペラも観たかったけれど……」

 そう言ってちらりとイリスの方を見るベルティーユ。

「お二人がせっかくデートしているところ、この目で見たかったわ!」

 結局そこに行きつくらしい。
 反応に困っているイリスとアナベルに、サミュエルがコホンとわざとらしく咳払いした。

「ベルティーユ。そういうのを何と言うか知っているか? 野次馬というんだ」
「だって! あのラファエルがオペラを観るなんて!」

 信じられない、と彼女は公爵夫人と同じことを言った。

「ラファエルだって歌劇くらい観たっていいだろう」

 それに、とサミュエルは口元に笑みを浮かべた。

「あいつは意外とロマンティストらしい」

 なぁ、とアナベルの方へ同意を求めると、彼女は「ええ」と何かを思い出すように微笑んだ。

「噂とは、ずいぶんと違う方でしたわ」
「そうだな。私も彼とは付き合いが長い方だが、まだまだ知らない面がたくさんあるらしい」

 二人の言葉にベルティーユはますます興味が惹かれたようだ。

「勿体ぶらないで、きちんと教えて」

 サミュエルは妹のお願いに「そうだな……」と言いつつ、イリスへと視線をやった。

 そして一つの謎かけを出すように、問いかけた。

「イリス嬢。きみにとってラファエルは、どういう存在だ?」
「ラファエルは……」
「氷の騎士、と言われているがどう思う?」

 冷たくて、誰にも心を開かない男。好きな相手にだって、冷淡な態度をとって突き放す男。そんなふうにラファエルは思われて、「氷の騎士」と呼ばれていた。

(でもわたしにとっては……)

「氷って言うより、太陽のような騎士だとわたしは思います」

 顔を上げ、ラファエルの方を見つめる。彼は後ろに手を組み、周囲に視線を向けていた。主君を守るための視線が、一瞬だけイリスと交差する。けれどそれもすぐに別の場所へ向けられる。

 職務に忠実で、真面目な男。

「誰かを守るためならきっと彼は自分の評価など気にせず守るでしょう。危害が加えられそうになったら、身を挺して庇うはずです」

 冷たくなんかない。強くて、優しい人だ。

「わたしは彼と一緒にいると、頑張ろうって思えるんです」

 イリスのために騎士の道を選んでくれたラファエル。途中面倒くさくなっただろうに、欠かさず送られてきた手紙。そこにはいつもイリスを気遣う言葉が綴られていた。

 離れていてもずっとずっと、彼は自分のことを想っていてくれて、一緒になる道を思い描いてくれていた。

 ラファエルの想いを知って、イリスは胸が熱くなった。

「彼といると、不安な気持ちも、寂しい気持ちも、どこかへ消えてしまうんです。だから……」
「氷の騎士ではなく、太陽の騎士というわけだ」

 サミュエルの言葉にイリスは「ええ」と微笑んだ。その笑みはとても美しく、三人の目に映ったのだった。

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