いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。

りつ

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28、帰る場所

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「あっという間だったな」

 走り出した馬車に揺られながらマリアはええと頷いた。
 王都での滞在を終えて、二人は辺境伯の城へ帰るところだった。

「でも、ようやく、という気もしますの」

 ジークハルトと二人で過ごせた日々はとても幸せで、もっとずっと続いてほしいと思っていたが、心のどこかではアルミンやラウルたちとの賑やかな日々を恋しく思い始めてもいた。

 マリアがそう伝えれば、ジークハルトは小さく笑う。

「実は俺も同じことを思っていた」
「ジークハルト様も?」

 ああ、と彼は目を細めて外を眺める。
 まだまだ出立したばかりで途中宿屋に泊まったりもするので、城へ着くのはまだまだ先だ。

「騒がしいと思っても、あの騒がしさに助けられていたんだなと気づいた」
「ふふ。わたしもです」

 思えば、初めて顔を見合わせた時から賑やかだった。馴染みがなくて驚いたものの、これが自分たちの日常なんだと教えてくれたジークハルトの雰囲気に、ほんの少し緊張が解けたのを覚えている。

 それからベルタやアルミンたちに出会って、伯爵家では知らなかった感情を与えられた。

 まだ結婚して一年も経っていないのに、たくさんの思い出がある。これからも増えていくのだ。

(早く、会いたいな)

 それぞれにお土産をたくさん買ったので、渡すのが楽しみだ。どんな反応をしてくれるだろう。

 その場で飛んで喜ぶアルミンとヴィリーたちの姿が今から目に浮かぶ。

「ジークハルト様、ありがとう」
「どうしたんだ、突然?」

 ジークハルトが顔を覗き込んでくるので、マリアはくすぐったそうに目を伏せて微笑んだ。

 伯爵家にこれ以上離縁を強要するなときっぱり告げた数日後、マリアはジークハルトと共に孤児院を訪問した。伯爵夫妻に伝えたことと同じことをザムエルに告げて、ジークハルトを愛していると伝えた。

 ジークハルトと最期まで添い遂げるつもりだから、と……。

『マリアはもう私の妻ですから、あなたのもとで働く予定は今後一切ありません』

 そう最後にジークハルトが爽やかな笑顔と共に付け加えて、ザムエルが目を見開いたのが印象的だった。何か言いたげに彼は馬車に乗り込む自分を見ていたが、結局何も言わず見送った。

 子どもたちと会えなくなるのは寂しいが、これでよかったのだと思う。

 やっと、親離れできたような、ずっと心の奥底で引っかかっていたものを手放すことができた。

 これまで守って育ててもらった恩は決して忘れず、これからは、自分の道を生きていこう。

(ジークハルト様と、一緒に……)

 未だじっと顔を覗き込んでくるジークハルトの目をマリアは見つめ返すと、不意打ちで口づけした。狙いがずれて唇の端にしてしまったのは、自分からする照れがあったのかもしれない。

 ジークハルトは目を丸くしたのち、マリアの失敗を補うように柔らかな唇を重ねた。

 帰るまで、まだ遠い。
 だからそれまで、ジークハルトを独り占めしたい。

 マリアはそう思い、膝の上に抱き上げるジークハルトに身を委ねた。

     ◇

「ジークハルト様、マリア様、お帰りなさい!」
「お二人がいなくて、寂しかったです!」
「お土産、楽しみに待っていましたよ」

 帰ってきた二人を、使用人や騎士団のみんなが温かい言葉で出迎えてくれる。

 ラウルが真っ先に土産のことを口にしてヘリベルトに怒られていたのも、実にしっくりくる光景で、マリアはジークハルトと一緒に笑った。

 その後、またマリアは城での日常に戻っていった。

 普段の雑務にも慣れてきたので、隣接する領主の奥方たちを思いきって招いて王宮のような舞踏会を開いたりもした。彼女たちの夫は若くて男らしいジークハルトに嫉妬しており、認めてはいるもののつい嫌味を言ってしまうのだと打ち明けてくれた。

 明け透けなく語る妻たちを横目に、居心地悪そうに酒を飲んでいた男性陣にラウルがちょっかいをかけてジークハルトが窘めているうちに決闘騒ぎになって、何だかんだありつつ、彼らの関係は以前よりも悪くなくなった。

「マリアのお陰だ。ありがとう」
「ジークハルト様の拳が解決した気もしますけれど……」

 何にせよ、仲が良好になってよかった。
 変化は王都でも起こっていた。

 ヒルデは周囲の人間にジークハルトとマリアについて誤解を招くような話をしていたと国王と王妃から厳重に注意された。

 また夫であるアロイス以外の男性と噂になるようなことも決してしないように、と……。

 しかしヒルデはそれからもエルヴィンと逢い続け、とうとう決定的な場面をアロイスに見られてしまう。

 ヒルデにベタ惚れだったアロイスもさすがに激怒し、エルヴィンに襲いかかる修羅場となった。

 その後エルヴィンの生家であるフレーベル子爵家を訴え、子爵は息子に跡を継がせることを諦めることにした。

 ヒルデの両親であるリーデル夫妻にも矛先が向き、いったいこれまでどんな育て方をしたのだ、いくら辛い過去があったからとはいえ甘やかしすぎたのではないかと厳しく非難されている。

「きみを見初めたのは間違いだったかもしれない」

 両親や臣下たちの批判も相まって、これまでヒルデを愛し続けていたアロイスもとうとう愛想が尽きたのか、離婚を考え始めているという。

 ヒルデもそれは嫌だと思ったのか、あるいは別れた後のことを考えてか、自分の両親を味方につけて必死に取り縋っているそうだ。

 王太子は弟の揉め事に巻き込まれてうんざりしており、婚姻を認めた国王がきちんと後始末するよう意見している。国民はこの事態を面白がって、離婚するか否かで賭けをしている。

 ――それらすべて、王都から離れた辺境の土地に住む人々にとってどうでもよいことだった。

 今はそれよりも、心惹かれる知らせがあったからだ。
 マリアもまた、身内に起きた出来事なのに関心は低かった。

「マリア様、おめでとうございます!」
「お身体、大事にしてくださいね」
「どっちに会えるかな?」
「両方、という可能性もあるぞ」

 喜びを露わにして盛り上がるベルタやラウル、アルミンたちをよそに、ジークハルトが椅子に座るマリアの前に跪いて、優しく微笑んだ。

「ありがとう、マリア」

 マリアもお礼を言いたい気持ちだった。自分を愛してくれるジークハルトに。

 そしてお腹に宿った新しい命に。

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