いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。

りつ

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14、安堵ゆえに

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 いろいろ悩みはあるものの、そればかりに気を取られているわけにはいかなかった。

 城には大勢の使用人たちが仕えており、彼らをまとめる人間からの定期報告を聞いて、相談事には適宜対処する必要があった。

 新参者のマリアはまだ城の事情について詳しくないので、他の人間に助言を求めながら決めていった。早く覚えられるようにとメモをしていき、見返したりするよう心掛ける。

 そんな日が続いていたある日の午後。

「奥様。アルミンとヴィリー、見かけませんでしたか?」

 マリアが手先の器用なベルタに見てもらいながら刺繍をしていると、使用人の一人が部屋へ訪れて尋ねてきた。

「いいえ。見ていないけれど……どうしたの?」
「庭で遊んでいたようなのですが、姿が見えなくて……」

 今日、ジークハルトは朝から城を留守にしている。

 アルミンとヴィリーは危険な仕事でまだ早いからと城での留守を言い渡されており、他の使用人の手伝いなどしていたようだ。その手伝いが終わると後は好きに過ごしていいと、庭で遊んでいたそうだが、様子を見に行ったところ姿が見当たらないらしい。

「一緒に探しましょうか」
「そんな、奥様がわざわざそんなことをする必要はございません!」

 使用人が慌てて断ろうとする。ベルタもそうですよと肩を竦める。

「あの子たち、しょっちゅう冒険と称して城を探検するんですから。お腹が空けば、ひょっこり戻ってきますよ」

 冒険という言葉にマリアはジークハルトが語ってくれたことを思い出す。

「あの、敵が侵入した際に閉じ込める通路に行った可能性は……」
「いえ、それはないでしょう。旦那様が足を踏み入れると死ぬと説明して、顔を真っ青にさせて頷いておりましたから」
「そう……でも、やっぱり気になるわ。念のため調べて、いなかったら他の場所を探しましょう」

 見つかればそれでいいのだ。マリアが申し出ると、ベルタも渋々と捜索に加わってくれる。

 通路の方は扉が閉められて子どもの力で開けるのは不可能だったので、行っていないことがわかった。まだ探していない城の内部をあちこち探し回るが、二人は見つからなかった。

「これだけ探してもいないのですから、どこか別の場所で遊んでいるのでしょう」

 歩き回って疲れたベルタがやや投げやりに答えるが、探しに来た使用人の顔は不安そうだった。

 マリアも孤児院の子どもたちを思い出してよくない予感がした。時々彼らは思いもよらない行動力で突拍子のないことをしてみせるのだ。

「……あの、あれくらいの子たちでも馬に乗ることはできますか?」
「馬? そうですね……騎士と言えば馬ですから、馬の世話は幼少の頃から任せられますね」
「奥様、まさかあの子たちが馬に乗ってどこかへ行ったとでも?」
「ええ。今日ジークハルト様は森を巡回するとおっしゃっていたでしょう? それに連れて行けないと言われて、どこか不満そうな顔をしていたから……」

 こっそりついて行こうと決めたのではないか。

「それは……あり得ますね。馬小屋を調べてまいります」
「わたしも一緒に行くわ」

 アルミンとヴィリーは騎士見習いとはいえ、まだ子どもだ。放っておけなかった。

 馬小屋へ行き数を数えると、馬が一頭いなくなっていた。騎士たちも連れて行ったので、一頭くらい数が合わなくても不自然には思えなかった。そこをアルミンたちも狙ったのではないだろうか。

「あいつら……」
「探しに行った方がいいかしら」
「城に残っている騎士たちに応援を頼みましょう」

 そうした方がいいだろうとマリアは騎士たちに事情を説明し、急遽森へ探しに行ってもらうことにした。その際、無理を承知で自分も連れて行ってほしいと頼み込む。

「しかし、奥様に何かありましたら……」
「奥様、森は危険な場所です。獣も出るんですよ?」

 ベルタも怖い顔をして行くべきじゃないと止める。

「わかっているわ。でもどうしても心配で……もうすぐ暗くなるでしょう? 森の入り口付近をわたしが探して、奥の方はあなたたちに探してもらった方が、効率がいいのではないかしら」

 暗くなれば危険は増す。ジークハルトにも一刻も早く知らせた方がいい。

 マリアの指摘に騎士たちもそうした方がいいと思ったのか、最後には折れてくれた。

「では、私もご一緒します」
「ベルタ、いいの?」
「はい。奥様は馬に乗れないでしょう? 私は乗れますから、一緒に乗ってください」
「頼もしいわ。無理を言ってごめんなさいね」

 ベルタは気にしないでくださいとにっこり笑った。

     ◇

 マリアはベルタと馬に乗り、森へと向かった。

 すでに日が暮れ始めた森の中は暗く、何かが出そうな予感があった。大人でも怖いと感じるくらいだから、アルミンたちはもっと心細く思っているだろう。

 くれぐれも気を付けるように騎士たちに言われて、アルミンとヴィリーを探し始める。

「アルミン! ヴィリー!」

 名前を大声で呼びながら必死で探すが、二人の姿は見えない。

「奥様。二人が旦那様に会いに行ったのでしたら、もっと奥の方だと思われます」

 ここにはいないだろう、とベルタは推測する。

「そうよね……」

 これ以上暗くなればマリアたちの方が危険に晒される可能性もある。一度戻り、ジークハルトを呼びに行った騎士たちを待った方が賢明かもしれない。

 マリアがそう考えた時、微かな馬の鳴き声が聞こえた気がした。

「ベルタ。あっちから、何か聴こえるわ」

 マリアがベルタと共に行くと、一頭の馬がいた。マリアたちが近づいても暴れたりはしない。小柄で、大人しい気性に見えた。

「いなくなっていた馬のようですわ」
「アルミンたちはどこに……」

 まさか人攫いに遭ったのではないかと最悪な考えが頭をよぎった時、また声が聞こえた。

 今度は動物の鳴き声ではなく、人間の……子どもの泣き声だった。

「奥様! あそこから聞こえますわ!」

 ベルタが指差したのは、洞窟の入り口であった。

 決して怖くないわけではなかったが、二人の助けを求める声に居てもたっても居られなかった。

 走って奥へ進んでいくにつれて、泣き声がはっきり聞こえてくる。

「うわーん! ここどこかわからないよぉ!」
「ばか! 泣くなよ!」
「だって! ヴィリーがこっちだって言うから僕言う通りにしたのに、全然出口が見えないじゃん!」
「俺のせいかよ!」
「わーん! ジークハルトさまぁ!」
「アルミン! ヴィリー!」

 二人はピタリと言い争いをやめて、揃ってこちらを振り向いた。

 アルミンの顔はすでに涙でぐしゃぐしゃで、ヴィリーも強がっていたものの涙目になっていた。

 マリアを見ると安堵した表情を見せた。――もし、マリアがもっとアルミンたちと親しく、懐かれていたら、駆け寄ってきて抱き着いたかもしれない。

 でも残念ながらそこまでの関係を築けていなかったので、アルミンたちは迷うような素振りでその場に立ち尽くしたままだ。

 どこか気まずそうに見えるのは、自覚があるからだろう。

「どうして勝手に出て行ったの!」

 マリアが大きな声で怒鳴ったので、アルミンとヴィリーだけでなくベルタもかなり驚いたようだ。

 彼らにとって、マリアが怒ること自体意外で、初めて見る光景だったろうから。

 怯える彼らの前まで行くと、マリアは厳しい声でさらに怒りを露わにする。

「黙って出て行って、みんなどれほど心配したと思っているの」
「ジ、ジークハルト様たちのところへ、行きたくて」
「俺たちだけ置いて行ったから、許せなかったんだ!」

 おろおろと言い訳するアルミンにヴィリーが強気に言い返す。

 マリアは怖い顔をしたまま彼らの過ちを指摘した。

「ジークハルト様たちは連れて行けない理由をきちんと説明したはずよ。あなたたちはジークハルト様との約束を破って、今ここにいる。自分たちがいる場所がわからなくなって、泣いて助けを求める状況に陥った」

 アルミンはすすり泣きながら俯き、ヴィリーも悔しそうな顔をして顔を反らした。二人とももう言い訳することなく、自分たちの軽率な行動を反省する。

「ま、まぁまぁ、奥様。無事だったんですから」

 いつもは子どもたちのやんちゃを注意するベルタが宥め役を買って場を収めようとする。

 マリアがベルタの方を見ると、彼女は目を大きく見開いた。

 マリアが目に涙をいっぱい溜めていたからだろう。

「ええ……誰かに連れ去られたり、川に落ちたりしていなくて、よかった……」

 ベルタからアルミンたちに視線を戻して、マリアは震える声で言う。

 アルミンとヴィリーが信じられない表情でマリアの顔を凝視する。彼女はくしゃりと微笑んだ。

「本当に、無事で、よかった」

 頬を涙が伝うと、「マリア様、ごめんなさい!」とアルミンたちが身体をぶつけて謝ってきた。

「もう二度とジークハルト様との約束破らないから!」
「俺も! 今度から絶対黙って森に行かないから!」

 ごめんなさい、と泣きながら謝る二人をマリアは膝をついて抱きしめた。

「わかってくれれば、いいの……わたしも大声で怒鳴って、ごめんなさい。怖かったでしょう」

 うん、と素直に頷くので苦笑する。

 しがみついてくる力は強くて、マリアは孤児院の子どもたちを思い出した。よしよしと背中を撫でてやれば、ますます彼らはわんわん泣いてしまう。

 その姿を見守っていたベルタはやれやれといった様子で笑った。

「一件落着、ですね。早く帰りましょう」
「ええ。……歩ける?」

 ひっく、ひっくとしゃくり上げながら泣いていた二人は涙を手の甲で拭いながら頷く。マリアはハンカチを取り出して拭いてやると、では帰ろうかと促した。

 しかし何気なく振り返って暗闇の中浮かび上がる存在にぎくりと固まる。

 白い毛並みに大きな胴体をした狼のような獣がいたのだ。こちらをじっと見ている。

(全然、わからなかった)

 気配を殺して、そのまま息の根を止める機会を窺っていたのだろう。

 今もはっはと荒い息をしながら狙いを定めているのがわかった。

「お、奥様……」

 ベルタはちょうどマリアの後ろにおり、息を呑んだのがわかった。どうしようと対策を考える暇は与えられず、次の瞬間には獣が襲いかかってくる。

 マリアはとにかく子どもたちを守らなくてはと自分の腕の中に抱き寄せて背を向けた。

 鋭い痛みが背中や肩に走ると覚悟したが――。

「マリア!」

 体当たりされるように何かにぶつかる。ズサッーっと地面に叩きつけられる衝撃音と獣の憐れな鳴き声も聞こえて、子どもたちを腕の中に抱きしめたまま振り返れば、ジークハルトが剣で獣に斬りかかっている光景が目に飛び込んでくる。

「マリア様!」
「ご無事ですか!?」

 他の騎士たちも駆けつけ、己の不利を悟ったのか、獣は洞窟の奥へ逃げ帰っていく。

 ジークハルトは剣を腰の剣帯に戻すと、マリアたちのもとへ走り寄る。

「無事か!?」
「は、はい、ジークハルト様、ありがとう、ございます……」

 今さら恐怖が襲ってきて手足がみっともなく震えてしまう。

 ジークハルトの助けが間に合わなければ、背中に怪我を負って、子どもたちも無事で済まなかった。

 そう思うと、マリアは腰に力が入らず、そのまま座り込んでしまった。

 そんな彼女と、止まっていた涙をまた溢れさせたアルミンたちを、ジークハルトは力いっぱい抱きしめて噛みしめるように言う。

「よかった、本当によかった……」

 彼の身体も震えているのがわかり、安堵した気持ちが強く伝わってくる。マリアは抱きしめられたままベルタに視線を向けた。

「ベルタ。お互い、無事でよかったわ」
「本当ですよ! 奥様!」

 ベルタは怒ったような、泣き笑いの表情で同意した。

 普段あまり表情を崩さない彼女のいろんな顔が見られて、マリアはつい笑ってしまった。

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