いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。

りつ

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16、胸の内を明かす

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 アルミンたちがジークハルトのことを教えてくれて、彼らと一緒に過ごしたことを、マリアはジークハルトに伝えた。

「それで、今日はアルミンたちに乗馬の練習に付き合ってもらいましたの」
「そうか。ベルタたちが言っていたが、ずいぶん上達が早いそうだな」
「教え方が上手なんです。それにアルミンたちも応援してくれましたから」

 先生をつけてもらい、毎日少しずつ教わっていった。

 馬に乗れるようになりたいと言い出したのはマリアからだった。アルミンたちがいなくなった際、やはり一人でも乗ることができた方がいいと思ったのだ。しかしジークハルトやベルタは初めあまり良い顔をしなかった。危険だと思ったのだろう。

 マリアがどうしても、と頼み込んで、渋々と折れてくれた。

「できれば俺が教えたかったんだが……」

 申し訳なさそうに謝る彼にマリアは慌てる。

「ジークハルト様はお忙しいですもの」

 彼の手を煩わせることなくマリアは上達して、彼を驚かせてみたい気持ちがあった。

「アルミンとヴィリーにも馬との触れ合い方を教えてもらっているので、大丈夫ですわ」
「そうか……」

 マリアはジークハルトを安心させるつもりでそう言ったが、彼の顔はどこか複雑そうであった。

「――マリア。よかったら今日、午後から少し散歩に出かけないか」

 その日珍しく、ジークハルトは何も予定が入っていなかった。

 もちろん週に一度の休みはあるのだが、何だかんだと雑用に追われて、なかなか休めていない状況だった。

「せっかくのお休みですし、ゆっくり休まれた方がいいのでは?」
「睡眠は十分取ったさ。ゆっくり散歩するのも、気分転換になっていい」

 そういうことなら、とマリアはジークハルトの誘いに乗った。

「ジークハルト様、僕たちもご一緒してよろしいでしょうか!」
「俺も一緒に行きたいです!」

 アルミンとヴィリーにねだられて、ジークハルトは珍しく困った顔をする。

 もしかすると自分に遠慮して断るつもりなのかもしれない。

「ジークハルト様、せっかくですから、みんなで行きましょう」
「そう、だな。マリアが、そう言うなら……そうしよう」

 なぜか少し元気がなくなったように見えたが……やはり疲れているのかもしれないとマリアは心配する。

(少し散歩して、戻ってきたら横になるよう勧めてみよう)

 マリアがそう考えていると、話を聞きつけたラウルとヘリベルトが申し出た。

「では、俺たちもご一緒しますよ、団長殿。いえ、休日ですので、ここはあえてジーク、とお呼びしますね」
「ラウルがついて行くなら、自分も見張りとして付き添います」
「ヘリベルト君。それ、どういう意味かな?」

 ラウルたちも同伴すると知り、ベルタも不安ですのでついて行くと申し出た。

 結局それなりの人数で城の裏にある森を散策することとなった。

「マリア様、それでね~」
「マリア様、あそこに鳥がいるよ!」

 ジークハルトの隣を歩きながらマリアはアルミンたちにいろいろと話しかけられていた。

 ジークハルトも一緒にいるので、二人はいつもより興奮しているようだった。

「お前たち、ジークとマリア様ばかりに構って、俺とヘリベルトには構ってくれないのかぁ?」

 突然ラウルがそんなことを言い出して、ニッとアルミンとヴィリーの前に顔を突き出す。

「ラウル様のことも、好きだよ」
「少しムカつくけど」
「なんだとぉ」

 生意気なやつにはこうしてやる! とラウルはヴィリーの脇に突然手を差し込み、高く宙へ掲げた。

「うわっ、やめろ!」
「ヘリベルト。お前はアルミンにしてやれ」
「えっ」
「そうだな。アルミン。先ほど私の名前を出さなかった罰だ」
「ええ~」

 ヘリベルトにさっと捕まえられたアルミンもヴィリーと同じようにされてしまう。

「お前たちがそんな態度を取ってしまうのも、俺たちの愛情を忘れてしまったからだろう。悪かったよ。今日は思う存分、構ってやるからな」
「え、別に俺たちは」
「そう遠慮するな、あちらの方で、遊んでやる」

 では行こう、とさっさと歩き出した二人に、ベルタも心配だからついて行きますね、と行ってしまった。

「……えっと、わたしたち置いて行かれましたね」
「ああ。……まぁ、たまにはいいだろう」

 追いかけた方がいいのだろうか。しかしそれにしては実に手際よく去って行ったので、少し違和感を覚える。まるでわざとジークハルトと二人きりにさせたような気がして……。

「マリア。追いかけるのは後にして、少し俺に付き合ってくれないか? ぜひ紹介したい場所があるんだ」

 ジークハルトにそう言われて、マリアは頷いた。

 彼に手を引かれながら行き着いた場所はやはり森の中で、大きな木の前だった。

「あれは……」
「俺やラウルたちが幼い頃に作った秘密基地だ」

 太い木の枝や隣接する木を支えにして、小さな家が建っていた。

「ジークハルト様たちが作ったのですか?」
「ああ」

 すごい、とマリアは驚く。

「中はすごく狭いんだが、よかったら見て行ってくれないか」
「いいのですか?」
「もちろん」

 上へ行くための階段もきちんと作られており、マリアは感心した。隙間が見えて怖くもあったが、それよりもわくわくした気持ちの方が強くて、一段一段噛みしめるように上った。

「わぁ……本当に、家ですね」
「はは。二人がせいぜい、って広さだがな」

 中には小さな木のテーブルがある。ここで幼かったジークハルトやラウルがアルミンたちのように剣や冒険の話をしていたのだと想像すると、微笑ましく思えた。

「景色も、また違って見えますね」

 葉っぱがそよ風に揺れて、青空が綺麗に見えた。木の手すりに手を置き、マリアは目を細める。

「気に入ってくれたなら、いつでも来てくれてかまわない」
「本当ですか? 嬉しいです」
「できれば俺も一緒に誘ってもらえると嬉しい」

 もちろんだとマリアは微笑んで、また景色を眺めた。
 ジークハルトも隣に並んで景色を見ていたが、やがて静かに尋ねてきた。

「あなたと結婚して、もうすぐ三カ月だ。こちらの生活には、慣れただろうか」
「ええ。みなさん、とてもよくしてくれますから」
「……本当に?」

 マリアがジークハルトの方を見ると、彼は真剣な表情で自分を見つめていた。

「ジークハルト様? 本当ですわ」
「……そうか。なら、いいんだ。でも、もし何か悩んでいることがあるなら、教えてくれ。あなたの憂いを少しでも晴らしたい。あなたの力になりたいから」

 真摯な言葉にマリアはぎゅっと手を握りしめた。

 何でもないと笑顔で乗り切ろうとしているのに、ジークハルトを前にして揺らいでしまいそうになる。

「どうして……ジークハルト様はそこまでわたしによくしてくださるのですか」
「そんなの決まっている。マリアが俺の妻で……好きだからだ」

 マリアは苦しそうに顔を歪めて、ジークハルトの熱のある眼差しから逃げるように俯いた。

「あなたに優しい言葉をかけてもらう度、わたしはとても嬉しく思うと同時に……苦しくなります。わたしにはそんな資格ないのに、って……」
「資格?」
「はい……。ここへ嫁いでくるのは、本来ならばわたしではなく、わたしの妹……ヒルデでしたから」

 マリアはとうとう口にしてしまい、ジークハルトが何か言う前に顔を上げて誰にも言えなかった不安を吐露する。

「ジークハルト様、わたしは……リーデル伯爵の実の娘ではありません。伯爵の本当の娘……ヒルデが幼い頃行方不明になり、伯爵様たちが髪色が同じわたしを孤児院から引き取って育ててくれたのです」

 ジークハルトは怖い顔をして黙ったままだ。マリアはそれが怖くて、一気に話し続ける。

「ヒルデが王子殿下の目に留まり、ジークハルト様との婚約を解消して、代わりにわたしが嫁ぐことになりました。この婚姻には、辺境伯と王家の絆を深める大事な意味があるのに、ただの平民で孤児でしかないわたしが嫁いで意味はあるのか、わたしはジークハルト様たちを騙しているのではないか、そんな罪悪感を抱えながら、わたしはこれまで暮らしていたのです。あなたたちを裏切るような真似をしておきながら、幸せを感じて……それが、辛くて……本当に、ごめんなさい」

 マリアは震える声でそう言い終わると、裁きを受ける罪人のように項垂れて目を閉じた。

 ジークハルトは気分を害しただろう。怒って、離縁しようと言い出すかもしれない。

 でも、それも仕方がない。今日この日まで、マリアは幸せだった。一時でも彼の妻になれたのだ。もう十分だ。だから……。

「どうしてあなたが謝るんだ」

 マリアが恐る恐る顔を上げると、ジークハルトの怒った顔が目に入る。

 怯えたマリアが後ろへ下がろうとすると、腕を引かれて、強く抱きしめられていた。

「ジークハルト様……」
「あなたは何も悪くない。罪悪感なんて抱く必要はない」
「でも、わたし……」
「あなたの出自や俺に嫁いだ経緯は予め知っていた」

 驚いて顔を上げる。

「知って、いたのですか?」
「ああ。……王都の情報を知るために、カリウス家の人間を数名あちらに送り込んで報告させている。伯爵家についても、ヒルデ嬢との縁談の話が出た際に調べておいた」

 ……なるほど。確かによく考えてみれば、当然かもしれない。

 でもそれならばなおのこと、どうしてと思う。

「わたしを送り返そうとは思わなかったのですか」
「思わなかったよ。確かに王家や伯爵のやり方には腹が立った。彼らは俺たちに直前まで何も知らせず、それでも何とかなると思っているのが透けて見えたからな。だが、だからといってあなたを送り返そうとは思わなかった。あなたは王家に逆らえる立場ではないし、伯爵たちにも育てられた恩を感じていただろう? 何か役に立たなければ、と思ったはずだ」

 その通りだったのでマリアは戸惑った様子で頷いた。ジークハルトがそこまで理解してくれることに内心ひどく驚いていた。

「……俺も、あなたと同じような立場だったからわかるんだ」
「ジークハルト様も?」

 ああ、と彼は少し掠れた声で自身の出自を明かした。

「俺は先代辺境伯の息子じゃない」

 初めて知る事実に動揺する。そんなこと辺境伯の歴史を綴った本にも書かれていなかった。

「ジークハルト様には、亡くなられたお兄様がいるとお聞きしましたが……」
「ああ。一応血縁者ではあったが、遠縁だった。先代の嫡男が亡くなられて、他に男児がいなかったため、俺が跡継ぎとして選ばれた。外聞を気にして、息子にしたんだ。俺が十四の時だった」

 本来ジークハルトは騎士団員として、亡くなられた嫡男を補佐する立場を将来担うことになる予定だった。

「ずっとあの方を支える立場として仕えてきたから、いきなり次期当主になれと言われて戸惑った。俺はそんな器ではないと、断りたいのが本音だった」

 マリアも、伯爵夫妻に養子になってほしいと言われた時、同じ気持ちになった。

「でも、できなかった。お前に決定権はないと。これは義務なのだと命じられた。それから辺境伯になるべく毎日勉強に励んだ。しかし知識だけを身につけても、どんなに剣の腕を磨いても、本当に俺でいいのだろうかという気持ちは拭えなかったな」

 若くして辺境伯家の当主となった彼は、正直舐められることもたくさんあったと言う。

「それでも、こんな俺を支えて、お前しかいないといってくれる者たちがいた。そんな者たちの期待に応えたくてがむしゃらに頑張り続けて……今がある」

 辛い過去を振り返っていたのか途中陰りを帯びたジークハルトの瞳だが、今は明るく、真っ直ぐマリアの目を見ていた。

「だから、自分が身代わりだというあなたの負い目も、出自を調べた時、理解できた。あなたも俺と同じように避けられない義務を負って、ここへ嫁ぐのだろうと……。追い出すことなど、考えたこともなかった」

 マリアはジークハルトの言葉に様々な感情が押し寄せて言葉が出てこない。

「それにあなたの姿を目にして、なおさら返すまいと思った」
「……どうして?」

 ジークハルトは照れ臭そうに告白する。

「あなたがあまりにも可憐で……一目見て、心奪われたんだ」

 一目惚れしたと言われて、マリアは目を見開く。

「わたしに?」
「そうだ。そんなに驚くことか?」
「だって、わたし……」

 ヒルデに似ていると言われても、髪の色だけだと思った。その色もヒルデの隣に立てば色褪せて見える気がした。ヒルデの方がずっと魅力的で、自分の容姿や性格にまるで自信がなかった。

「容姿だけじゃない。あなたを知る度にその性格にも惹かれた。俺だけでなく使用人たちにも優しく接してくれるところや、辺境伯について知ろうと努力する姿、アルミンたちを身を挺して庇おうとした強いところも、すべて、好ましく思えた」

 じっと目を見つめられながら好きだと伝えられて、頬が熱くなる。

「マリア。あなたが好きだ。送り返すことも、離縁も、絶対にしない。あなたの夫は俺だということを、心に刻んでくれ」
「ジークハルト様……」

 マリアは目に涙を溢れさせて身体を震わせた。

「ごめ、なさい。わたし、あなたを疑うようなこと、言って……」
「いいんだ。ずっと不安だったんだろう」

 ジークハルトの胸に顔を寄せて、嗚咽を噛み殺しながら頷く。

 不安だった。怖かった。

「すまない。あなたの出自を尋ねれば、嫌な思いをさせてしまうかもしれないと、あえて何も言わずにいたんだが、逆に不安にさせてしまったな」
「いいえ、いいのです……わたしも、自分のことばかりで、あなたに追い出されるのが嫌で、言えませんでしたから……」

 ジークハルトが自分のためにずっといろいろと考えていてくれたこと、ここにいてもいいとわかって、もう、十分だった。不安や心配な気持ちはもう消えてしまった。

「わたし、これからもジークハルト様の妻でいられて、嬉しいです……」

 涙を零しながらマリアが微笑むと、ジークハルトは一瞬目を開いたのち、自身の額をマリアの額に軽くぶつけた。

「ああ、俺も嬉しい。あなたのような女性と結婚できて……」
「はい」

 マリアは幸せだった。

 ジークハルトの抱擁に気持ちを返したくて、彼の大きな背中に躊躇いなく腕を伸ばしていた。

「大好きです、ジークハルト様」
「マリア……」

 顔を見合わせて、マリアはもう一度微笑んだ。

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