いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。

りつ

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21、噂

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「マリアは、歌劇を観るのは初めてか?」

 二人は王都の劇場に足を運んでいた。

「いいえ。伯爵家にいた頃何度か観たことがありますわ」

 ヒルデが見つかる前は、ヨゼフィーネに頻繁に連れて行ってもらった。彼女は悲恋もののラブストーリーを好んでいた。今日観たのは様々な苦難に直面するが最後にはハッピーエンドを迎える物語だった。

「そうか。辺境伯の城でもたまにアマチュアの俳優を呼んで劇が開かれることがあったんだが、やはり今日観たようなのとは違うな」
「王都へ来た時、誰かに誘われたりしませんでしたの?」

 劇は二の次で、大事な取り引きなどをボックス席で内密に交わしたり……なんて場面を小説で読んだことのあるマリアはつい想像してしまう。

 別に男性でなくても、女性に誘われることもあるだろう。

 ジークハルトは背も高くて体格もいい。王都で見かける線の細い貴公子と比べると大変男らしく、結婚した夫人たちから人気がありそうだと思った。

 自分で勝手に想像してモヤモヤするマリアに、ジークハルトはないなとあっさり否定した。

「王宮でやり取りするのがほとんどで、終わるとすぐにこちらの屋敷に帰っていた。たまに飲みに行くこともあったが、それも下町の飲み屋がほとんどで……いや、そういえば、以前一度だけ、ヘリベルトと共に来た時に、ぜひ観ましょうと誘われたことがあったな」
「ヘリベルトが? 少し意外……いえ、でも、何だか彼の雰囲気に合っていますわね」

 涼やかな眼差しが知的な感じを思わせて、芸術方面の造詣が深いのも納得できる気がした。

「ラウルもけっこう乗り気だったな。まぁ、あいつの場合は、舞台女優の方を見たがっていたが」

 それは難なく想像できるとマリアが深く頷けば、ジークハルトは笑った。

「そういうわけで確か二人と一緒に観に行ったはずなんだが……正直、俺はあまりこういったことに詳しくなくてだな……観た内容も覚えていない始末だ。たぶん途中、寝ていたんだな」
「では今日も、もしかして寝てしまいそうでした?」

 からかうように言うと、ジークハルトはいやと顔を寄せた。

「マリアが夢中になって観る横顔を見ていたから全く眠くならなかった」

 マリアの耳が赤くなるとジークハルトが笑ったので、彼女は恨みがましい目で見る。

 でもこういったやり取りも楽しくて、最後には笑みを返すのだった。

「帰りにどこか寄ろう。この前行ったレストランに行くか?」
「そうですわね……」
「ねぇ、あの噂、お聞きになった?」

 ふと、夫人たちの話が耳に飛び込んできた。

「あの? ……ああ。アロイス殿下と妃殿下の三角関係ね」

(妃殿下……ヒルデのこと?)

 三角関係、と面白がるように言われた単語に引っかかりを覚える。

 夫人たちは周りに聞こえるほどの音量で構わず話し続けた。

「何でもお相手は子爵家のお坊ちゃんだとか」
「まぁ。ずいぶん身分差があるのね」
「結婚前からの付き合いではないかしら。そうでなくてはあんなに頻繁に登城しないわ」
「妃殿下も、わざと用事を作って席を外しているそうだけれど、ばればれよね」

 聞き耳を立てていたマリアはその人物が誰であるか見当がついた。
 だがまさか、という思いであった。

「相手は、あなたの元婚約者か?」

 胸に思い描いていた人物をジークハルトに耳元でずばりと言い当てられ、マリアは顔を上げた。

 少しばつの悪い思いがしたが、素直に頷く。

「ええ、恐らくエルヴィン・フレーベルのことだと思いますわ」

 マリアがエルヴィンの名前を告げると、ジークハルトは苦々しい顔をした。

 フレーベル子爵の息子である彼は、マリアの元婚約者であり、ヒルデに想いを寄せていた。ヒルデもまた、エルヴィンのことを愛していた。

 しかしアロイスから熱烈に求婚されて、エルヴィンへの気持ちも薄れたと思っていたのだが……。

(本当は、エルヴィンのことが忘れられなかったのかしら)

 それとも結婚生活を送るうちに心境に変化が訪れたのか……。

「王子の伴侶と関係しているとはな……」

 ジークハルトがいつになく厳しい顔をして呟く。

(そういえばジークハルト様は、エルヴィンがわたしの婚約者だったこと、ご存知だったのね)

 身代わりに嫁ぐことを知っていたくらいだし、調べていてもおかしくない。

 それはともかくとして、今はヒルデのことだ。

(伯爵たちはこのことを知っているのかしら?)

 一度会いたい、と手紙を寄越したのも、もしかするとマリアからヒルデにエルヴィンのことを諦めるよう口添えを頼むつもりなのかもしれない。

 ヒルデの心情がどういったものかはまだわからないが、このまま噂が広まるのはよくない。

 そう思ったマリアは屋敷へ帰ると、伯爵夫妻にジークハルトと共に挨拶しに訪れたいと手紙を出した。いきなりヒルデたちのことを尋ねるのは不躾だと思い、まずは里帰りの挨拶、夫となったジークハルトを紹介するという体だった。

(家に帰るのに前もって連絡するって、本当は変なのかも)

 伯爵家はマリアの実家なので、別にいきなり訪ねても……何ならこちらへ帰ってきてすぐにでも顔を見せるのが普通だったかもしれないが、マリアには何となく遠慮があってできなかった。

 彼らも特に急いで帰るよう使いを寄越すこともなかった。そして実際、手紙の返信にはマリア一人で会いに来てほしいと書かれていた。

(カリウス閣下には内密でお話したいことがあります、か。いったい何かしら)

 ジークハルトと訪れていたら出直すよう勧められたかもしれないので、とりあえず予め確かめておいてよかった。

(でも、一人で……)

 マリアはできればジークハルトと一緒に行きたかったが、二人の意向に背くような真似はできなかったので、ジークハルトがまた所要で留守にする日に出かけることにした。

「奥様。旦那様には、本当にお伝えしないでよろしいのですか?」

 いつになく心配した様子でベルタに問われて、マリアは頷く。

「帰ってきてから、きちんとお伝えするわ」
「でも……」
「心配することなんて何もないわ。わたしはただ実家に帰るだけですもの」

 騙すようで心苦しかったが、事前に伝えれば恐らくジークハルトは自分も一緒に行くと言い、マリアが一人で行くことに反対しただろう。

「それに久しぶりにお父様たちと家族水入らずでゆっくりとお話ししたいの。だから、一人で行かせて?」

 そう言われれば、ベルタも付き添いを申し出ることはできなかった。

 マリアは心の中で謝りながら、馬車に乗って伯爵家へ向かう。

     ◇

「まぁまぁ、マリア! よく来てくれたわねぇ!」

 久しぶりに会ったせいか、ヨゼフィーネは興奮した様子で出迎えてくれた。

「マリア、よく来てくれた」

 夫人の後ろから伯爵が微笑む姿も目に入る。

「ご無沙汰しております、お母様、お父様。すぐにお伺いできずごめんなさい」
「いや、いいんだ。辺境伯の領地から王都まで遠いからね、お前も疲れただろう。それに、こちらもいろいろあってね……」

 マリアがそれはヒルデのことではないかと口を開きかけたが、その前にヨゼフィーネが「そんな話より!」と明るい口調で遮った。

「私たちの大事な娘が帰ってきてくれたのよ! こんなところで話さないで、中で話しましょう。さ、マリア。あなたが好きなお菓子も用意しているの」

 ヨゼフィーネはマリアを居間へ案内すると、長椅子に座らせてメイドに茶を用意させた。

 そして伯爵と共に向かいに座って、改めてマリアの顔を見られたことを喜び、やや唐突にマリアが幼かった頃のことを語り出す。

「マリアと出会った時のことは、今でもよく覚えているわ。あなたの髪の色はヒルデと同じで、顔立ちもどこか似ている気がして……あの子が帰ってきてくれたと思った。私たちの娘になってくれたのも、本当に嬉しかったのよ。私が幼いあなたを連れて街の劇場や店によく行ったこと、覚えている? あなたは良い子で、私が何か買ってあげると言っても、何もいらないと断っていたの。ヒルデはあれが欲しいこれが欲しいと言うのに……」
「お母様には、日頃からもう十分いただいていましたから」
「ええ、ええ。わかっていますよ。あなたが私たちを気遣える優しい子だということは……そんなあなたを遠くへ嫁がせてしまって、本当に申し訳ないことをしてしまったと、後悔していたの」

 ヨゼフィーネは泣きそうな表情をしてマリアのそばへやってくると、隣に座って手を取った。

「ねぇ、マリア。辺境伯家での生活は大変でしょう? あちらは王都のように娯楽が豊富ではないし、隣国からの脅威にも怯えて生活しなくてはいけない。だからね、もしあなたが苦労しているのならば、閣下と離縁して私たちのもとへ戻っていらっしゃい」

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