いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。

りつ

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25、ジークハルトの妻として

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「エルヴィン……久しぶりね」
「ああ。マリアも……すごく綺麗になったね」

 上から下まで舐めるように見る視線が不快に感じ、マリアはそれとなく背を向けて「何か用かしら」とそっけなく言う。

「用っていうか……元気にしているかなと思って」
「ええ、元気よ」

 終わりそうな会話をエルヴィンはどこか必死で繋げようとしている気がした。

「そう。なら、よかった。……心配していたんだ。カリウス閣下と上手くやれていないと聞いていたから」
「誰から?」
「えっ?」
「誰がそんなことをあなたの耳に入れたのかと思って」

 じっとマリアが見つめれば、エルヴィンはまるで心の内を見透かされたように焦りを浮かべた。

「み、みんなだよ。こういう夜会とかで、貴族たちが話していたんだ」
「そう……。でも、それは間違いよ」

 じっと目を見つめながら否定すると、エルヴィンは目を逸らした。

「そ、そう……でも、やっぱり僕は心配なんだ。きみがそう思いこんでいるじゃないかって……ねぇ、マリア。リーデル卿から話は聞いただろう?」
「ええ。でも、その場でお断りしました。わたしが愛しているのはジークハルト様ですもの」

 今までとは違って、マリアがどこか冷たい口調でそう釘を刺せば、エルヴィンは驚いたようだった。だがすぐに悲しげな顔をして、マリアの罪悪感を刺激しようとする。

「マリア。僕はずっときみと結婚するつもりだった。それなのに急に横から掻っ攫われて、ひどい話じゃないか。先にきみのことを好きになったのは僕の方なのに」
「エルヴィン……嘘はよくないわ」
「嘘だって?」

 ええ、とマリアは微笑んだ。

「あなたが好きなのはわたしではない。本当はわたしではなく、別の女性と結婚したかったのでしょう?」
「何を言って――」
「相手もそれを望んでいた。わたし、見たもの。わたしがまだあなたの婚約者だった頃、あなたとあの子が木陰で抱き合っている姿」

 淡々とした口調で事実を突き付ければ、エルヴィンはようやく絶句してくれた。

 あの子、と一応ぼかして伝えてあげたのは、周りに人がいることを気遣ったマリアなりの優しさだ。

「あの子も、同じ気持ちだった。そのことを知ってしまったわたしに、あなたは再婚を申し込むというの? それはあまりにもひどい仕打ちではなくて?」

 もしかすると、エルヴィンは結婚したら、諦めてマリアを大切にしてくれたかもしれない。

 こちらの事情でいきなり別れることになり申し訳ない気持ちもあった。

 ……でも、今の状況を見ていると、たとえ自分と結婚しても彼はマリアの目を盗んでヒルデと逢ったのではないか。浮気していたという不信感が拭えない。

「わたし、絶対にジークハルト様と別れませんし、あなたとも再婚しません」
「でも、マリア、僕は……」
「お姉様!」

 ちょうどいいタイミングというか、今度はヒルデとアロイスがやってきたので、マリアの周囲にいた人間は驚いた様子でさっと場所を空ける。

 ヒルデはきちんと挨拶する前に興奮した様子で話し始めた。

「よかった、来てくれて。辺境伯家って遠いでしょう? もしかしたら欠席するのではないかと心配していたの。あら、エルヴィンも一緒なの? 仲が良いのね。でも二人とも、本当ならお互いに結婚する予定だったものね。当然かしら」

 そう言ってヒルデはちらりとエルヴィンに視線を向ける。彼もヒルデを見ていた。二人の関係を予め聞いていたせいか、意味深なやり取りに思えてひやりとする。

(アロイス殿下も隣にいるというのに)

 彼は一応笑みを浮かべていたが、その目は笑っていなかった。

「きみがヒルデの姉? あまり似ていないんだね」

 思ったことを素直に口にしたような物言いにマリアは内心驚いたが、王族らしいとも思った。

 ジークハルトと同じことを言われて、全く違うように感じるのも何だかおかしかった。

「はい。よくそう言われますわ」
「もう、アロイス! ひどいわ、私の大事なお姉様に向かってそんな言い方。髪色が同じだし、お姉様はいつも私に優しくしてくれたのよ」
「はは、そうか。それはすまなかった。そうだね。きみがよく姉君のことを口にするから嫉妬してしまったんだ」
「まぁ、アロイスったら」

 頬を染めるヒルデを愛おしげに見つめていたアロイスが黙り込んでいるエルヴィンを一瞥する。エルヴィンはややうつむき加減で何も考えていないように見えたが、強く握りすぎた拳は震えていた。

 ……いつもこんな感じなのだろうか。これでは仕える者たちは気が気ではないだろう。

「それより、お姉様。本当に会いたかったわ! 元気にしていた?」

 ヒルデはマリアと違い、細い首や丸い肩を露わにしたドレスを着ていた。

 大きく広がったスカートにはレースやフリルの装飾をふんだんに使っており、人妻なのにあどけない少女に見えた。

「ええ、元気にしていたわ」
「さっき、ジークハルト様にもお会いしたの。怖い方だと思っていたけれど、近くで見ると素敵な方ね。でも、話しかけてもそっけなくて……お姉様も苦労しているのではなくて?」

 マリアは苦笑した。

 大事な話をするため席を外していたのだから、ヒルデに話しかけられて困ったのだろう。

 それにしても結婚していた相手かもしれなのに、ヒルデはよく自分から話しかけたものだ。気まずくないのだろうか……。

(あ、でもそうすると、わたしもエルヴィンと再会して、普通もっとぎこちないものになるはずよね)

 でも、まるでそんなふうにならなかった。
 マリアはとにかく言ってやろうと決めていたのだ。
 自分が本当に好きなのは誰かということを……。

「お姉様? 私の話、聞いている?」

 ぼんやりしているマリアにヒルデが怒ったように眉根を寄せる。ころころ変わる表情は可愛らしく、見ていて飽きない。二人の男性もヒルデから視線を逸らさなかった。

「ごめんなさい、少しお酒に酔ってしまったみたいで……この後夫と会う約束もしておりますので、失礼させていただきます」

 どこへ行く、とは具体的には告げず、マリアは三人のそばから素早く離れた。

「えっ、ちょ、お姉様!」
「マリア!」

 ヒルデは恐らくあの話の後にエルヴィンを再婚相手に勧めようとしたのだろうが、マリアはもうその話は聞きたくなかったし、三人の男女の揉め事に巻き込まれるのはまっぴらごめんだった。恋の鞘当てならば自分のいない場所で繰り広げてほしい。

(中庭にいたら、ジークハルト様に見つけてもらえないかしら)

 あのまま中にいたら追ってこられそうだったのでつい外へ出てしまったが、戻ってきたジークハルトを心配させるのはまずい。

 戻ろう、と思ったところでマリアは足を止めた。

「マリア!」

 戻る必要はなかった。ジークハルトの方から自分を見つけてくれた。

 マリアは彼の顔を見たとたんほっとして、走ってくる彼の胸に抱き着いた。

「エルヴィン・フレーベルたちと話していたな。何があった」

 ジークハルトは少し息を切らせながら訊いた。どうやら遠目から見つけて慌てて追ってきてくれたみたいだ。

「痴話喧嘩に巻き込まれそうでしたので、離脱したのです」
「うん?」

 くすりと笑って、マリアは顔を上げた。

「ジークハルト様。わたし、以前より図々しくなりましたわ」

 エルヴィンと再会しても、心がじくじくと痛むことはなかった。むしろ彼と結婚せずに済んで安堵したというか、他に想う女性がいながらしつこく迫ろうとした態度にうんざりした。

 ヒルデにも、もう以前のような引け目や劣等感を抱かなかった。

 彼女は自分を好いてくれる男たちと楽しく――本人は決してそう思っていないだろうが、暮らしているように映った。だから、もうマリアがヒルデのために何かをする必要はない。

「よくわからないが、マリアは以前が控え目すぎたから、もっと図々しくなってもいいと思うぞ」
「ふふ。そうですか?」
「ああ。……だが、少しでもそうなれたのなら嬉しい変化だ。ラウルに影響されたか?」

 確かにラウルの性格に影響された面もあるかもしれない。でも一番は……。

「ジークハルト様がわたしをわたしとして愛してくれたから、だから、変わったのだと思います」
「マリア……」

 マリアの笑顔に、ジークハルトがたまらなくなった様子で身を屈めた。

「そんなことを言われたら、もう我慢できない」

 頬が触れ合い、低い声が鼓膜を震わせる。その声と鼻腔を満たす大好きな人の香りにマリアはうっとりとした心地で彼の太い首に腕を回した。

「愛しています、ジークハルト様」

 噛みつくように唇を奪われて、マリアは目を閉じた。

「マリア、可愛い……好きだ……今すぐ、あなたを抱きたい」
「んっ……わたしも、ふ、ジークハルト、さま……に」

 愛されたい、と言いかけたマリアの耳にがさっと物音が聞こえる。

 瞬間はっとして、ジークハルトにも後頭部を引き寄せられた。

「マリア?」

 声の正体はエルヴィンで、羞恥で頬がかっとなる。

 つい理性を失いそうになっていたが、ここは王宮の中庭で、少し行けば大勢の人間がいる。

 現にエルヴィンに口づけしているところを見られてしまった。

(ど、どうしよう!)

 恥ずかしい、とジークハルトの胸にしがみつけば、彼はマリアを隠すように身体の向きを変えた。

「やぁ、エルヴィン卿。いい夜だな」

 今まで何をしていたか微塵も感じさせぬ飄々とした態度でジークハルトが先に話しかけると、エルヴィンはもごもごと口ごもった口調で何か言ったが上手く聞き取れなかった。

「こんなところにいては風邪を引くから、戻った方がいい。私の妻も少し酔ってしまったようで、もう失礼しようと思っているんだ。悪いが、お暇することをアロイス殿下と妃殿下に伝えておいてくれるか?」
「ぼ、僕がですか!?」
「ああ、きみにしかできないことだ。よろしく頼むよ」

 ジークハルトはそう言うなり、さっとマリアを横抱きにする。しっかり捕まっていてくれ、と小声で言われて、顔を上げられぬまま頷く。

「ま、待ってください、閣下。僕はまだマリアに――」

 通り過ぎようとしたジークハルトを呼び止めようとエルヴィンが手を伸ばそうとする。だが彼はジークハルトに無言で見下ろされてビクッとその手を止めた。

「私の妻に何か用があるのならば、また後日、私を通して話してほしい」
「ぅ、あ、は、はい……」

 ジークハルトはふっと笑って、中庭を後にした。

「話しかけられたぐらいであんなに怯えられたのだから、決闘を申し込んでいたならば、気絶していたかもしれないな」

 そんなことをジークハルトが馬車に乗り込む際に零したが、まったくその通りだと思った。

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