いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。

りつ

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27、理解できた気持ち

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 数日後。マリアはジークハルトと共にもう一度伯爵家へ足を運んだ。

「お父様、お母様。以前もお伝えしたとおり、わたしはジークハルト様と離縁するつもりはありません。辺境伯の地を離れることも決してしません」
「そんな、マリア」
「もう一度よく考えてくれないか?」

 二人はジークハルトが目の前にいても構わず説得を試みようとする。

「私たちはマリアと一緒に暮らしたいの。昔のように。だから、ね? お願いよ、マリア」
「エルヴィンも良い男性だ。お前のことを必ず幸せにしてくれるはずだ」

 マリアはこれ以上話しても無駄だと思い、とりあえず最後まで聞き流してジークハルトと共に帰ろうと思った。

「今まであなたを実の娘のように思って育ててきたわ」
「本当の我が子だと思っているんだ。だから――」

 いや、ジークハルトの気持ちを考えるならば今すぐにでも席を立つべきかもしれない。

 そう思ってマリアが腰を浮かせた時。

「いい加減にしていただきたい」

 その声は怒鳴るようなものではなかったが、部屋の中に大きく響いた。
 そして抑えきれない怒気を確かに孕んでいた。

「な、なんだね、急に」

 ジークハルトの圧に怯えながら、伯爵は話を遮られたことを抗議しようとする。

 だがジークハルトに視線を向けられてごくりと言おうとした言葉を呑み込んだ。

「離縁しろなど、マリアのためなど……そこまでおっしゃるならば、なぜ私のもとへ嫁がせたのですか。最初からやらねばよかったでしょう」
「そ、それは王家の命だったから仕方なく! 私たちだって本当はあなたのもとへなど嫁がせたくなかったわ!」

 伯爵に代わってヨゼフィーネがきっと眉をつり上げて答える。

「では、なぜマリアが嫁いでから手紙の一つも寄越さなかったのですか。マリアからもあなた方へ手紙を送っていたでしょう? なぜ返事を書いてやらなかったのですか」
「そ、それはヒルデの結婚式などで忙しかったから……」

 ヒルデの名前を出すと、ジークハルトは鋭い眼光をスッと細めた。

「あなた方は先ほど、マリアを本当の子のように、とおっしゃった。ならば、マリアがたった一人で、遠い土地、見知らぬ土地に嫁いできて、どれだけ心細さを覚えたか、想像して胸を痛めたに違いない。そして親として少しでも慰めたいと思い、どんなに忙しくても時間を縫って手紙の返信を怠らなかったはずだ。でも、しなかった。ただの一度も……。失礼だが、俺にはあなたたちがこの上なく薄情な人間に思える」

 ジークハルトは軽蔑したような眼差しで伯爵夫妻を見た。彼らは居心地の悪そうな表情で目を逸らす。

「それは……だが、私たちにも事情というものが」

「事情? 行方不明になった娘の代わりに引き取ろうとした時、本当の娘が見つかってここで暮らし始めた時、マリアがどんな気持ちだったか、考えたことがあるのか? 大人の勝手な事情でそれまでの生活から引き離されて、将来も、伴侶もそちらの都合で決められて……一度手放しておきながらまた戻ってこいなど、よくもそんなこと……どの口が言う。身勝手すぎるだろう。マリアはあなたたちの駒じゃないんだ!」

 ジークハルトは一喝すると、激昂していた感情をスッと沈めたかのように真顔で告げた。

「そんなあなたたちのもとにマリアを帰すことなど到底できない。誰が帰すものか。マリアはもう俺の妻だ。辺境伯家の大事な家族だ。――もし、手を出すと言うならば、我が辺境伯の騎士団もろとも敵に回すことを覚悟してほしい」

 王家が相手になろうと容赦しない、と冷酷に告げられ、伯爵夫妻の顔は蒼白になる。

 マリアはジークハルトの手をそっと握った。こちらを向くジークハルトの視線を感じながら、マリアは伯爵夫妻を見る。

「お父様、お母様。……今まで育ててくださってありがとうございます」

 マリアの言葉に伯爵夫妻だけでなくジークハルトも息を呑んだのがわかった。

「孤児院から引き取っていただけて、暖かい寝床や美味しい食事を毎日味わうことができて、読み書きを教えてもらい、教養や礼儀作法を身につけさせてもらったわたしはとても恵まれていました。本当に感謝しております。だから、あなたたちに今までの恩を返したくて、わたしは辺境伯家へ嫁ぐことを決めたのです」

 無理矢理嫁がされたともう思いたくなかった。マリアの意思で選んだ道だと言いたかった。

「わたしの居場所はもうカリウス辺境伯の地なのです。ジークハルト様の隣しか考えられない。……ですから、これ以上無理をおっしゃるならば、わたしはあなた方と縁を切ります」

 伯爵夫妻はポカンとした表情でマリアを見つめた。

 最後には必ず自分たちに従ってきた娘が初めてはっきりと拒絶する反応を示したからだろう。

「帰りましょう、ジークハルト様」

 マリアは二人を放って立ち上がると、ジークハルトに微笑んだ。

 伯爵たちと同じように驚いていた彼だったが、マリアの微笑に口元を緩めて、ああと手を取った。

「ではリーデル卿、私たちはこれで失礼する。今言ったことはくれぐれも忘れないでくれ。それから……」

 立ち去る際、ジークハルトは親切心から忠告した。

「あまり妃殿下に好き勝手させていると、苦労するぞ」

 もう手遅れかもしれないがな、と彼は含みを持たせるように微かに笑った。

     ◇

 馬車に乗り、伯爵家を後にする。隣でジークハルトが深く息を吐いた。

「疲れたな。マリア、どこか寄って――」

 マリアの横顔を見てジークハルトがぎょっとする。
 彼女が静かに涙を流していたからだ。

「ど、どうした、マリア。あ、さっきの俺が怖かったか? すまない。つい腹が立ってしまって」
「いいえ、違います」

 涙を拭うと、マリアはジークハルトにくしゃりと笑った。

「わたしのためにジークハルト様が怒ってくれたから……とても嬉しく感じたのです」

 以前、アルミンとヴィリーが無事だとわかった安堵から怒ってしまったことがあった。

 嫌われると思ったマリアに、アルミンたちは叱られて嬉しかったはずだとジークハルトは言った。

 マリアはその時よくわからなかったが、今ならわかる。

 彼は自分のためにあんなふうに怒りを露わにしてくれた。マリアの誰にも言えなかった孤独な感情を代わりに両親に訴えてくれた。

「わたしはもう、一人じゃないってわかって……わたしを大事に思ってくれる人がいるとわかって、嬉しいの」

 ありがとうと涙ぐむマリアをジークハルトは腕の中に抱き寄せる。

「礼なんか言わなくていい。俺は当たり前のことを……あなたを手放したくないから、自分の気持ちを伝えただけだ」
「はい」
「マリア、愛しているよ。あなたは誰にも渡さない。一生、そばにいてくれ」

 マリアはジークハルトの背中にしがみついて何度も頷いた。

 自分を愛してくれる人、自分の帰るべき居場所ができて、これ以上の幸せはないと思った。

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