ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

りつ

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38.聖女、ディアナへの問いかけ

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 捕えられた聖女は、王都へと連れて来られ、アレクシスの前へ引きずり出された。リアンもその場にいることを命じられた。

「ディアナよ。なぜカルロスを助けた」
「……」

 答えろ、と側近の兵が彼女のうなじに剣を押し当てた。聖女が顔を上げる。やつれてはいたが、その目には強い輝きがあった。リアンもまた、そう遠くない距離から彼女の顔をじっと見た。

(この者が聖女、ディアナ……)

 若い娘だった。美しい金色の髪を後ろで高く結っており、どこか気品のある顔立ちはナタリーとそう変わらぬ年齢に見える。騎士らしく女性にしてはしっかりとした体つきであるが、ここまでの苦労のせいかずいぶんと痩せていた。

(この子がカルロスを助け、何千もの兵を打ち負かしたというのか?)

 実際に会ったからこそ、余計に信じられない話であった。ちらりとアレクシスの顔を見る。彼は鋭い眼差しで聖女が答えるのを待っていた。

「おまえはなぜ俺ではなく、カルロスを王にしようとした」
「カルロス殿下こそが次の王であると、神が教えて下さったからです」
「他には?」

 ディアナの眉がわずかに寄せられた。他に何かあるのかと言いたげな表情だった。答えない聖女を見て、アレクシスはなぜか笑った。

「ではおまえは、ただ神の声を聞いただけで、我が弟を王にしようと内乱を起したというのか。ただそれだけのことで」
「それだけのこと……その言い方は殿下といえども、不敬でございます」
「何が不敬か。たかが神ごときの声で、俺を王に相応しくないと判断し、弟に取り返しのつかない道を選ばせたのだからな」

 ディアナは目を見開き、絶句した。リアンもまた、神ごとき、というアレクシスの発言に息を呑んだ。

「殿下は神を冒涜なさるおつもりですか」
「冒涜などしていない」
「しているではありませんか!」

 ディアナは拘束を振り解く勢いで身体を前へ乗り出し、アレクシスに叫んだ。

「主の声は絶対です! それなのにあなたはごときと言った! あなたは神のご意思を否定なさる!」
「否定して何が悪い」

 悪びれもせず、アレクシスは言い放った。そのあまりにも堂々とした態度に、ディアナは悪霊にでも出くわしたかのような青ざめた顔をした。

「なんてことを……」
「ディアナよ、ここは神の住まう楽園ではない。愚かで弱い、神には到底届かぬ存在――人間が暮らす世界だ」

 そして、とアレクシスは玉座から立ち上がった。階段を一歩一歩降りていき、ディアナの前へと歩み寄り、彼女のすぐ目の前でぴたりと足を止めた。

「そんな人間たちをまとめ上げるのも、同じ人間である王だ」
「っ、」
「いくら神が崇高な存在であろうと、絶対的な道を示そうと、俺は自分の意思でこの国を導いていく。神の考えなど、不要だ」

 ディアナはぶるぶると身体を震わせた。一方彼女を捕えている兵や、護衛の騎士たちはアレクシスをどこか眩しい眼差しで見つめていた。

(この方は……)

 リアンもまた雷に撃たれたかのような衝撃が身体に走った。ただ苛烈な性格の持ち主だとばかり思っていた。いや、そうに違いないのだが、彼なりに貫いている信念というものがあったのだ。

「それで、民が不幸せになってもですか」

 ディアナは今や恐ろしいものを見る目つきでアレクシスを見上げていた。

「そうだ。それは王の責任だ。そして怒り狂った人間の一人が俺の命を奪い、その者が次の王となる。俺はその理を喜んで受け入れよう」

 だがな、とアレクシスはディアナの顎をとらえ、さらに上を向かせた。真っ直ぐに光り輝いていた少女の目を正面から見据える。

「何も行動せず、何の咎もなくして、王に相応しくないと判断されては、到底納得できまい。たとえそれが神の意思だとしてもだ」
「でも!」
「おまえは自分の頭で、目で、カルロスが王に相応しいと判断したのか?」

 ディアナはごくりと喉を上下させた。

「私の意思など……」
「不要か? ではこの有様はなんだ」

 アレクシスは手を放し、大きく両腕を広げた。

「おまえは俺の臣下たちを大勢殺した。同じ土地に生まれ、共に育った、本来なら味方といえる人間たちを!」
「それは、」
「弟を王にするなど、愚かな道を選ばなければ、その者たちは死なず、今も生きていたとは思わないか? 少なくとも同胞から殺されるなどという悲しい運命は避けられたのではないか?」

 アレクシスは激昂するでもなく、静かにディアナを追いつめていた。彼女の良心に罪を植えつけさせる。彼女の選んだ道は間違いであったと、彼女自身に気づかせようとしていた。

「わたしは……わたしはただ……」

 ディアナはアレクシスを一心に見つめ、言葉を紡ごうとしたが、何も聞こえなかった。視線を落とし、違う、違う、と小さな声で繰り返すのみ。

「私にはほんとうに聞こえたのです。主の声が……カルロス様こそが、この国の王に相応しいと、そのための手助けをしてあげなさいと……」
「おまえに神の声が本当に聞こえたどうか、それを決めるのは俺ではない」

 連れて行け、とアレクシスは兵に言い放った。


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