バッドエンド回避のために結婚相手を探していたら、断罪した本人(お兄様)が求婚してきました

りつ

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14、お兄様の出自

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 翌朝、すでに日が高くなった時刻に目を覚ましたイザベルの隣に兄の姿はなかった。

(起きたら隣にいてほしかったのに)

 ただ着ていた夜着やシーツは綺麗なものに取り替えられていたので、そういうところは抜け目ないというか、さすが我が兄だと思った。

(でも、とうとうお兄様と一線を越えてしまった)

 仰向けに寝転がったまま、イザベルはぼんやりと昨夜のことを思い返す。

 過ぎてしまえばまるで夢のようで、いまいち実感が湧かない。

(兄と関係を持ってしまったというのに案外、普通かも……)

 もっと罪悪感に襲われるかと思っていたが特にそんなことはなく、自分の神経が図太いからだろうかとイザベルは考えた。

(お兄様、大丈夫かしら……)

 自分と違って神経質な――繊細な性格をしている兄は、今頃妹を抱いてしまった罪に苦しんでいるかもしれない。今ここにいないのも……。

「イザベル。起きたのか」

 兄がトレイを手にして、入ってきた。

「身体は大丈夫か? 朝食を持ってきたが、起きて食べられるか? 無理そうなら私が食べさせるが」

 イザベルは苦笑いしながら起き上がった。

「大丈夫よ。別に病人ではないのだから」
「しかし……」

 兄は丸いテーブルに朝食を置くと、イザベルのそばへ寄って、どこか不安そうな表情で顔を覗き込んでくる。どうしたのだろうと首を傾げれば、怯えを滲ませた声で言われた。

「……後悔、していないか」

 何を、と訊くのは野暮だ。

「していないわ。お兄様こそ、大丈夫なの? わたしを抱いてしまって、罪悪感で吐いたりしていない?」

 フェリクスは目を瞠って、くしゃりと笑った。

「いいや、まったく。お前の両親には悪いと思っているが……お前と一つになれた喜びの方が大きい」
「本当?」

 本当だ、とフェリクスは寝台に腰かけてイザベルを抱き寄せた。

「お前こそ、兄として接してきた男に抱かれて後悔していないのか」
「していないわ」

 兄はイザベルと同じように本当かと確かめた。イザベルよりも執拗だった。

「やはり他の男の方がよかったと、そんなふうには思っていないか?」
「もしそんなひどいこと言ったら、お兄様はどうするのよ」
「……この屋敷から一生出さない」

 監禁宣言にイザベルは思わず笑う。冗談ではないと兄は抱擁を強めた。

「俺は本気だぞ」
「わかっているわ。でも……よかった。お兄様が後悔していなくて」

 イザベルは首を動かすと、兄の形のよい耳にそっと囁いた。

「あんなこと、お兄様としかできないもの」
「イザベル……」

 フェリクスがこちらを向いて、顔を寄せた。

 昨夜の暗闇で行われた情事よりも、明るい部屋での口づけがいけないことをしている気になった。

「はぁ……もう一度、お前を抱いてしまいたいが、世間体は気にしなくてはいけないな」
「もう今さらじゃないかしら」
「大事なことだ。子どものこともあるし、私と正式に結婚するまで、手は出さない」

 宣言するように告げられてイザベルは驚く。

(本当に、結婚してくれるのね)

 それに子どもまで……。

「なんだその顔は。お前はまさか私が不健全な関係を強いたまま抱き続けると思ったのか?」
「いえ、お兄様はそんな方ではないと思っていますが……いざ言われると、驚いてしまって。でも、具体的にはどうするの? その、やはりいろいろと大変でしょう?」

 どこかの貴族の養子になり、婿入りするとしても、事情を説明する必要がある。

(お兄様は誰を頼るつもりなのかしら)

「安心しろ。宛てはある。すでに手紙も送っているから、今日か明日には返事が来る。断ることはできないはずだ」
「えっ、そんな急に……それにずいぶん自信がありますね」

 まさか脅しや弱みを握っている相手がいるのか? とひやりとするイザベルにフェリクスはふっと笑った。

「お兄様? 何です、その笑みは? すごく不安になるんですけれど」
「いや、なに、ただこういうことで相手を頼るとは思わなかったから、人生とは不思議なものだと思っているんだ」

 どういうことかちっともわからない。

 勝手に自分を置き去りにして一人わかった気でいる兄にイザベルは拗ねた気持ちになる。

 そんなイザベルの心情を素早く察したようにフェリクスは口を開いた。

「イザベル。私の出自について、この国の生まれではないことは知っているな?」
「ええ。……どこかの国の、やんごとなき身分の生まれなのでしょう?」

 気になってはいたが、子ども心に訊いてはいけない気がして詳しくは知らなかった。それに兄がどこの生まれであろうと、彼はクレージュ侯爵家の一員であり、イザベルの兄である。自分の知らない過去はいらないと思っていた。

「そう。私は……王女と王子の一夜の過ちで生まれた子どもだ」

 どういうことだと困惑するイザベルにフェリクスは言葉を選びながら慎重に自分が生まれた話をしてくれた。

「私の母はある国の王女で、父は別の国の王子だった。母の方には遠い国に婚約者がおり、あと数年したらその国に嫁ぐことが決められていた。しかしその相手は年が離れており……また、母は世間をよく知らない、夢見がちの女性だった。当時自国で開かれた舞踏会に参加していた同年代の父に恋に落ち、父もそんな母を愛した」

 フェリクスの母親は王子を寝所に招き、処女を捧げた。

「現実のよく見えていなかった二人は一緒になりたいと素直に周囲の人間に伝えたが、もちろんそんなことは許されず、王女は国王の怒りを買って部屋に閉じ込められて、王子も自国へ帰された」
「……それで、王女はお兄様を産んだのね」
「ああ。母は王家の恥となっても私を育てるつもりだったみたいだが……母の嫁ぎ先はすでに醜聞を調べて知っており、母が過ちを犯していても構わないと、母一人で嫁いでくることを命じた。それから、母は私を信頼できる人間に任せ、嫁いでいった。そこで、相手の子どもを産み、今も幸せに暮らしているそうだ」

 父親である王子も同じだと兄はどこか他人事のように語った。

「王家は、二人の過ちの象徴である私の存在が露見しないよう、交流の少ない国にやることにした。伝手の伝手を頼っているうちに……クレージュ侯爵夫妻が引き受けてくださり、お前の兄にしてもらえたというわけだ」

 イザベルはしばし何も言えず兄を見つめた。

「すまない。こんな話をしてしまって」
「いいえ、そんなこと……わたし、ずっと何も知らなかったから……」

 兄は暗い表情をして尋ねる。

「私の出自を聞いて、結婚するのが嫌になったか?」
「まさか! わたし、ただ……王女も王子もとても自分勝手だと思って……ごめんなさい。お兄様の実のご両親なのに」
「構わない。私も誰よりもそう思う。それに、確かに血の繋がりはあるが、それだけだ。ここへ来てからは、お前の両親……母上と父上を本当の両親だと思っている」
「……その台詞、天国のお母様たちが聞いたら泣いて喜ぶと思うわ」

 二人とも実子のように兄を可愛がって自慢に思っていたから。

「お兄様。わたしも、お兄様と会えて嬉しい。わたしのお兄様になってくれて、ありがとう」

 そう言って微笑めば、フェリクスはよくわからない表情してイザベルを強く抱きしめた。

「ああ、私も、お前の兄になれてこの上なく幸せだ」
「ふふ。兄だけでなく、夫にもなるわけだけどね……それで、その人たちに、手を貸してもらうのね?」

 ああ、と兄は話を元に戻した。

「クレージュ侯爵……父上と知り合いだった貴族に頼んで、養子にしてもらう。不都合があるならば、代わりの人間を紹介してもらう予定だ。……拒むならば、私の出自を盾にしてな」
「お兄様。脅しちゃだめよ」

 相手は腐っても王侯貴族なのだ。

 面倒なことをするつもりならば、あっという間に手を下すに違いない。

「わかっているさ。別に怒りで相手を揺さぶろうとは思っていない。ただ実の両親に見捨てられた悲しみと愛する人とどうしても結ばれたいという切実な気持ちに共感してほしいだけだ」
「つまり、良心を揺さぶって同情を買う、ってことね」

 やはり策士である。
 ……まぁ、そのくらいしてもいいかなとも思ってしまう。

「よいお返事がいただけるかしら」
「大丈夫だ。無事に返事をもらえたら、この国の国王陛下にも許可を得て結婚しよう」

 何だか想像よりも早い展開にイザベルは少し戸惑っていた。

「お兄様、手際がいいのね……」
「昨日、お前と気持ちを確かめて決めた」

 昨日というと、兄が公園の広場で項垂れていた時である。それからイザベルが気を失って、シャルルと話して……もしかして夜中まで顔を見せなかったのは、そのことに時間を要していたからでもあったのか。

「……お兄様って、行動が早いのね」
「お前と早く結婚したいからだ。……イザベルは違うのか」

 悲しそうな顔をされるので、イザベルは慌てる。

「そんなわけないじゃない! お兄様がそんな真剣に考えて、手を打ってくださって有り難いし、嬉しいわ」

(それに、お兄様と結ばれたってことは、わたしは悪役令嬢にならずにすむってことよね?)

 すべて上手くいった。これも兄のお陰である。
 にこにこ微笑むイザベルにフェリクスは目を瞬き、だがそっと口づけした。

「お兄様……」
「イザベル。幸せにする。……今さらだが、私と結婚してくれるか?」

 イザベルはぽかんとした後、満面の笑みを浮かべて答えた。

「はい!」
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