34 / 93
第5章
第1話(1)
しおりを挟む
その後、ヴィンセントの通報で駆けつけた警察官から事情聴取を受けた莉音は、ヴィンセントに護られるようにして港区のマンションに戻った。
空き巣のときのように、かなり時間をとられるかと思ったが、ヴィンセントがうまくあいだに入っていろいろ対応してくれたため、比較的早い段階で解放してもらうことができた。
今日はデリバリーにするので夕食は作らなくていいというヴィンセントの心遣いに甘え、帰宅後は早々にゲストルームに引き上げた。
持ち帰った荷物を整理する気にはとてもなれず、なにより、一刻も早く躰を洗い流してしまいたくて真っ先にシャワーを浴びた。アパートの部屋の片付けで埃まみれになったからというより、見ず知らずの男に抱えこまれた生々しい感触が躰のあちこちに残っていて、気持ちが悪かったのだ。
服を脱いで裸になると、腕や足の至るところに痣や擦り傷ができていて、部屋から連れ出される際に、思いのほかぶつけていたことがわかった。連れ去られるまいと、必死で抵抗したせいだろう。
熱い湯を頭から浴びて髪を洗い、ボディーソープでいつもより念入りに躰中を洗う。そうして全身がさっぱりすると、少しだけ気分も落ち着いた。
これから、どうすればいいのだろうと考えるだけで途方に暮れる。いくら考えてみても、だれかに狙われる原因に思いあたるふしがなかった。
職探しをするうえでも、いつまでのこのままでいるわけにはいかない。それでも、警察が懸命に動いてくれて、ヴィンセントもまた莉音の安全を第一に考えていろいろ配慮してくれているのだから、いまはとにかく、少しでも早く事件が解決することを願って、静かに過ごしているしかないのかもしれない。
頭ではわかっていても、不安な気持ちが胸の裡を満たして崩れてしまいそうになる。この件が、母の事故の原因にまでたどり着いてしまったらと、考えるだけでどうにかなりそうだった。
そんなはずはないと否定するそのそばから、そういう可能性もありうるのだと考えてしまう自分がいた。
今日、自分が見知らぬだれかの標的にされていると知ってはじめて、その可能性に思い至った。
どんなときでも笑顔で前向きに。それが信条のはずだったが、いまはとても、空元気を出すことさえできなかった。母を突然喪ったあの衝撃から、ようやく少しずつ這い上がれる余力が出てきたところだというのに――
不意に、部屋のドアがノックされて、莉音はビクンと身を竦ませた。
「莉音、私だ」
外から声がかかると同時に、ヴィンセントが顔を覗かせる。風呂上がりのパジャマ姿でベッドの端に座る莉音を見て、ゆっくりと近づいてきた。
「ピザが届いた。食べられそうか?」
尋ねながらも、莉音の隣に腰掛ける。それから、莉音の不安を感じとったかのように背中に腕をまわし、自分のほうへと引き寄せた。
「今日は本当にすまなかった。私が軽率に席をはずしたせいで、君にとても怖い思いをさせてしまった」
触れる手と、すぐそばで響く静かな声が心地いい。
「そんな。アルフさんはなにも悪くないです。僕こそ事態を甘く見てました。まだ帰るのは危ないって、あんなにアルフさんが心配してくれてたのに」
引き寄せられるまま、ヴィンセントの躰に身をもたせかけて莉音は言った。
昼間抱きしめられたときも思ったが、ヴィンセントがいてくれると、それだけで安心できる。ヴィンセントもまた、すでにシャワーを浴びたのか、部屋着姿のその躰から、かすかにボディーソープが香った。昼間のコロンとは、また異なる好ましい香り。
「アルフさん、ごめんなさい。アルフさんが襲われたのって、僕のせいだったのかも……」
ポツリとした呟きに、ヴィンセントが怪訝そうに莉音を見たのがわかった。
空き巣のときのように、かなり時間をとられるかと思ったが、ヴィンセントがうまくあいだに入っていろいろ対応してくれたため、比較的早い段階で解放してもらうことができた。
今日はデリバリーにするので夕食は作らなくていいというヴィンセントの心遣いに甘え、帰宅後は早々にゲストルームに引き上げた。
持ち帰った荷物を整理する気にはとてもなれず、なにより、一刻も早く躰を洗い流してしまいたくて真っ先にシャワーを浴びた。アパートの部屋の片付けで埃まみれになったからというより、見ず知らずの男に抱えこまれた生々しい感触が躰のあちこちに残っていて、気持ちが悪かったのだ。
服を脱いで裸になると、腕や足の至るところに痣や擦り傷ができていて、部屋から連れ出される際に、思いのほかぶつけていたことがわかった。連れ去られるまいと、必死で抵抗したせいだろう。
熱い湯を頭から浴びて髪を洗い、ボディーソープでいつもより念入りに躰中を洗う。そうして全身がさっぱりすると、少しだけ気分も落ち着いた。
これから、どうすればいいのだろうと考えるだけで途方に暮れる。いくら考えてみても、だれかに狙われる原因に思いあたるふしがなかった。
職探しをするうえでも、いつまでのこのままでいるわけにはいかない。それでも、警察が懸命に動いてくれて、ヴィンセントもまた莉音の安全を第一に考えていろいろ配慮してくれているのだから、いまはとにかく、少しでも早く事件が解決することを願って、静かに過ごしているしかないのかもしれない。
頭ではわかっていても、不安な気持ちが胸の裡を満たして崩れてしまいそうになる。この件が、母の事故の原因にまでたどり着いてしまったらと、考えるだけでどうにかなりそうだった。
そんなはずはないと否定するそのそばから、そういう可能性もありうるのだと考えてしまう自分がいた。
今日、自分が見知らぬだれかの標的にされていると知ってはじめて、その可能性に思い至った。
どんなときでも笑顔で前向きに。それが信条のはずだったが、いまはとても、空元気を出すことさえできなかった。母を突然喪ったあの衝撃から、ようやく少しずつ這い上がれる余力が出てきたところだというのに――
不意に、部屋のドアがノックされて、莉音はビクンと身を竦ませた。
「莉音、私だ」
外から声がかかると同時に、ヴィンセントが顔を覗かせる。風呂上がりのパジャマ姿でベッドの端に座る莉音を見て、ゆっくりと近づいてきた。
「ピザが届いた。食べられそうか?」
尋ねながらも、莉音の隣に腰掛ける。それから、莉音の不安を感じとったかのように背中に腕をまわし、自分のほうへと引き寄せた。
「今日は本当にすまなかった。私が軽率に席をはずしたせいで、君にとても怖い思いをさせてしまった」
触れる手と、すぐそばで響く静かな声が心地いい。
「そんな。アルフさんはなにも悪くないです。僕こそ事態を甘く見てました。まだ帰るのは危ないって、あんなにアルフさんが心配してくれてたのに」
引き寄せられるまま、ヴィンセントの躰に身をもたせかけて莉音は言った。
昼間抱きしめられたときも思ったが、ヴィンセントがいてくれると、それだけで安心できる。ヴィンセントもまた、すでにシャワーを浴びたのか、部屋着姿のその躰から、かすかにボディーソープが香った。昼間のコロンとは、また異なる好ましい香り。
「アルフさん、ごめんなさい。アルフさんが襲われたのって、僕のせいだったのかも……」
ポツリとした呟きに、ヴィンセントが怪訝そうに莉音を見たのがわかった。
33
あなたにおすすめの小説
愛を知らない少年たちの番物語。
あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。
*触れ合いシーンは★マークをつけます。
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
黒に染まる
曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。
その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。
事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。
不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。
※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
あまく、とろけて、開くオメガ
藍沢真啓/庚あき
BL
オメガの市居憂璃は同じオメガの実母に売られた。
北関東圏を支配するアルファの男、玉之浦椿に。
ガリガリに痩せた子は売れないと、男の眼で商品として価値があがるように教育される。
出会ってから三年。その流れゆく時間の中で、男の態度が商品と管理する関係とは違うと感じるようになる憂璃。
優しく、大切に扱ってくれるのは、自分が商品だから。
勘違いしてはいけないと律する憂璃の前に、自分を売った母が現れ──
はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファ~等のオメガバースシリーズと同じ世界線。
秘密のあるスパダリ若頭アルファ×不憫アルビノオメガの両片想いラブ。
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
左遷先は、後宮でした。
猫宮乾
BL
外面は真面目な文官だが、週末は――打つ・飲む・買うが好きだった俺は、ある日、ついうっかり裏金騒動に関わってしまい、表向きは移動……いいや、左遷……される事になった。死刑は回避されたから、まぁ良いか! お妃候補生活を頑張ります。※異世界後宮ものコメディです。(表紙イラストは朝陽天満様に描いて頂きました。本当に有難うございます!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる