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12.惨めな傷
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「昨日は楽しかった?」
外出した翌日。朝食のとき向かいの席に座った殿下に、軽い口調でたずねられた。
「そうですね」
「ウォータルとも打ち解けたみたいだね」
俺の無難な返事に、殿下はさりげなく探りを入れてくる。今度は副隊長にヤキモチか。あの男を俺の護衛につけたのは、他ならぬ殿下自身なのに。
「どんな話をしたの」
「レイクドル隊長がモテることと、先の戦いで戦地へおもむいた際の苦労話と、城下町に売ってるめずらしいアメの話です」
きっと『たいしたこと話してない』とかフワッと回答したら、かえってモヤモヤするだろうから、正直かつ具体的に説明してみた。すると殿下は、食事の手を止め、先ほどまでの作り笑いを引っこめた。まじまじと俺を見つめながら、テーブルに身を乗り出す。
「戦地におもむいたって言ったね? それは半年前に終結した、うちの国と隣国との国境争いのこと?」
「ええ。Y国が圧倒的勝利をおさめた、あの戦いのことです」
「そんな話をしてたの……」
次期国王陛下は、なぜか苦しそうに視線をそらす。いや俺が言った通り、おたくの国、Y国の『圧倒的勝利』だったんでしょ。それに隊長のモテエピソードと城下町のアメの話はどうなった。
「ねえロキ、今夜は僕の部屋においで」
「へっ……」
いきなりなんの脈絡もなく夜のお誘いがきた……と思ったんだけど。
「君のケガの、手当をさせて」
「は……」
俺はつい、右足の腿に手を伸ばしかけたけど、あわててその手を『ケガしている首』に当てた。ここは幸い、薄いアザが残ってるだけ。包帯を巻かれて大げさだなあと思ったけど、殿下の希望ならばとおとなしく手当を受けてた。
「分かりました。でももう痛くないし、アザもほぼ消えましたよ」
「そう……他に痛いところはない?」
「ないです」
殿下は、とても悲しげに微笑んだ。これは納得してないって顔だ……でも、俺にはどうすることもできない。
(あの時だって、丸腰じゃなく武器さえ持ってたら……)
武器さえあれば、もっとうまく対処できた。無様に押し倒されて、こんなケガしなかったはず。
「殿下、お願いがあります」
「うん、なんでも言って」
「せめて外出するときくらい、帯刀させてください」
「それはダメ」
即座に却下された。『なんでも』と言ったわりには、なんでも聞き入れてもらえるわけじゃないのか。
俺の不満が、ありありと顔に出てたのだろう。殿下は、なだめるような口調で俺をたしなめる。
「君は、僕の伴侶になる人だよ? そんな危ないものを持って、ケガでもしたらどうするの」
「護身用に持ちたいんです」
「だから僕がそばにいる。僕がそばにいれないときは、レイクドルかウォータルをつける。それじゃダメなの?」
「だって……」
殿下はナプキンで口をぬぐうと、まだ半分以上残ってる料理にかまわず立ち上がった。
「少し彼らを近づけすぎたかな。悪影響が及ぶなら、引き離すしかないか」
「え?」
「レイクドルとウォータルのことだよ。彼らの標準装備が、あたりまえと思われてはこまる。彼らは、いざという時に戦うために帯刀してるのだから」
「で、ですから、俺もいざという時のために……」
「君は、いざという時に戦わせない。守られる側だ」
そんな……俺ひとりの時はどうすんだよ。そんな俺の心を読んだのだろうか。
「君を決してひとりにさせない。君が勝手に、どこかへ行ってしまわない限りはね」
「……」
「僕の言葉が信じられない?」
「信じるとか信じられないとか、そういう問題じゃないです。そんなの無理ですから」
「どうしてそう思うの」
どうしてって、人は最終的にはひとりだから。でもきっと、この王宮で大勢の臣下にかしづかれて育った次期国王陛下殿には、到底理解できないのだろう。それが幸せかどうかは別として。
「そうですね。帯刀したいだなんて、俺が間違ってました」
「本当に分かってくれたの?」
「はい」
それ以上は追求されなかった。でも殿下の表情から、信じてないのがうかがえた。
人に『信じられないのか』とか聞いといて、自分だって信じてないじゃないか。
「……では、仕事へ行ってくる」
「いってらっしゃい」
朝食を終えて、仕事へ向かう殿下のお見送りする。いつものルーティンに戻って、幾分ホッとした。
扉の前には、すでにレイクドル隊長が殿下のお迎えにきていた。俺たちのやり取りを、どのくらい前から聞いてたのだろう。
「ロキ」
「……んむ……」
ぼんやりしてたら、あれよあれよという間に殿下の顔が近づいて、キスされた。
(キスされた?)
そういや俺、殿下の妾でもあったわ。キスくらいで驚くことはない。
「ふふ、顔赤い」
「……いってらっしゃい」
うっそり微笑む殿下の背をぐいぐいと押して、部屋の外へと追い出す。扉のそばで控えるレイクドル隊長の顔を見る勇気はなかった。
その夜。俺は約束通り、殿下の部屋を訪れた。
「おいで」
シャツ一枚で出迎えた殿下は、俺の手を握りしめると、明かりが灯されたベッドへと導いた。
四方を紗のカーテンで仕切られた狭い空間で、俺と殿下は向かい合う。ケガを見せるだけなのに、こんなに緊張してしまうのは、きっと今朝のキスのせいだ。
「あの、脱いでいいですか」
「うん……」
変な空気を一掃したくて、俺は自ら寝間着代わりの古ぼけたシャツをテキパキと脱ぎ捨てた。殿下の視線が、俺の素肌に突き刺さる。
目を合わせられないままジッとしてると、静かな声が沈黙を破った。
「下は?」
「……え。でもケガは首だけですし」
「下も脱いで」
頬をひと撫でされ、やさしい手つきで顔をすくわれた。長いまつ毛の奥にある萌黄色の双眸が、俺の心を暴こうとしている。
これは支配者の目だ……逆らうことはできないと本能が告げる。
「ロキ」
「……わかりました」
俺はノロノロとウエストに手をかけると、シーツの上でもがきながら、どうにかズボンを脱いだ。
「……ひどい傷だな」
「はあ、でもとっくに治ってます」
殿下の指先が、俺の右足の太腿に走る大きな傷をなぞった。えぐられて、非常に気味が悪いそれは、先の戦いでついた『名誉ある』傷のはずだった。
(なのに、なんで惨めな気持ちになるんだ……)
外出した翌日。朝食のとき向かいの席に座った殿下に、軽い口調でたずねられた。
「そうですね」
「ウォータルとも打ち解けたみたいだね」
俺の無難な返事に、殿下はさりげなく探りを入れてくる。今度は副隊長にヤキモチか。あの男を俺の護衛につけたのは、他ならぬ殿下自身なのに。
「どんな話をしたの」
「レイクドル隊長がモテることと、先の戦いで戦地へおもむいた際の苦労話と、城下町に売ってるめずらしいアメの話です」
きっと『たいしたこと話してない』とかフワッと回答したら、かえってモヤモヤするだろうから、正直かつ具体的に説明してみた。すると殿下は、食事の手を止め、先ほどまでの作り笑いを引っこめた。まじまじと俺を見つめながら、テーブルに身を乗り出す。
「戦地におもむいたって言ったね? それは半年前に終結した、うちの国と隣国との国境争いのこと?」
「ええ。Y国が圧倒的勝利をおさめた、あの戦いのことです」
「そんな話をしてたの……」
次期国王陛下は、なぜか苦しそうに視線をそらす。いや俺が言った通り、おたくの国、Y国の『圧倒的勝利』だったんでしょ。それに隊長のモテエピソードと城下町のアメの話はどうなった。
「ねえロキ、今夜は僕の部屋においで」
「へっ……」
いきなりなんの脈絡もなく夜のお誘いがきた……と思ったんだけど。
「君のケガの、手当をさせて」
「は……」
俺はつい、右足の腿に手を伸ばしかけたけど、あわててその手を『ケガしている首』に当てた。ここは幸い、薄いアザが残ってるだけ。包帯を巻かれて大げさだなあと思ったけど、殿下の希望ならばとおとなしく手当を受けてた。
「分かりました。でももう痛くないし、アザもほぼ消えましたよ」
「そう……他に痛いところはない?」
「ないです」
殿下は、とても悲しげに微笑んだ。これは納得してないって顔だ……でも、俺にはどうすることもできない。
(あの時だって、丸腰じゃなく武器さえ持ってたら……)
武器さえあれば、もっとうまく対処できた。無様に押し倒されて、こんなケガしなかったはず。
「殿下、お願いがあります」
「うん、なんでも言って」
「せめて外出するときくらい、帯刀させてください」
「それはダメ」
即座に却下された。『なんでも』と言ったわりには、なんでも聞き入れてもらえるわけじゃないのか。
俺の不満が、ありありと顔に出てたのだろう。殿下は、なだめるような口調で俺をたしなめる。
「君は、僕の伴侶になる人だよ? そんな危ないものを持って、ケガでもしたらどうするの」
「護身用に持ちたいんです」
「だから僕がそばにいる。僕がそばにいれないときは、レイクドルかウォータルをつける。それじゃダメなの?」
「だって……」
殿下はナプキンで口をぬぐうと、まだ半分以上残ってる料理にかまわず立ち上がった。
「少し彼らを近づけすぎたかな。悪影響が及ぶなら、引き離すしかないか」
「え?」
「レイクドルとウォータルのことだよ。彼らの標準装備が、あたりまえと思われてはこまる。彼らは、いざという時に戦うために帯刀してるのだから」
「で、ですから、俺もいざという時のために……」
「君は、いざという時に戦わせない。守られる側だ」
そんな……俺ひとりの時はどうすんだよ。そんな俺の心を読んだのだろうか。
「君を決してひとりにさせない。君が勝手に、どこかへ行ってしまわない限りはね」
「……」
「僕の言葉が信じられない?」
「信じるとか信じられないとか、そういう問題じゃないです。そんなの無理ですから」
「どうしてそう思うの」
どうしてって、人は最終的にはひとりだから。でもきっと、この王宮で大勢の臣下にかしづかれて育った次期国王陛下殿には、到底理解できないのだろう。それが幸せかどうかは別として。
「そうですね。帯刀したいだなんて、俺が間違ってました」
「本当に分かってくれたの?」
「はい」
それ以上は追求されなかった。でも殿下の表情から、信じてないのがうかがえた。
人に『信じられないのか』とか聞いといて、自分だって信じてないじゃないか。
「……では、仕事へ行ってくる」
「いってらっしゃい」
朝食を終えて、仕事へ向かう殿下のお見送りする。いつものルーティンに戻って、幾分ホッとした。
扉の前には、すでにレイクドル隊長が殿下のお迎えにきていた。俺たちのやり取りを、どのくらい前から聞いてたのだろう。
「ロキ」
「……んむ……」
ぼんやりしてたら、あれよあれよという間に殿下の顔が近づいて、キスされた。
(キスされた?)
そういや俺、殿下の妾でもあったわ。キスくらいで驚くことはない。
「ふふ、顔赤い」
「……いってらっしゃい」
うっそり微笑む殿下の背をぐいぐいと押して、部屋の外へと追い出す。扉のそばで控えるレイクドル隊長の顔を見る勇気はなかった。
その夜。俺は約束通り、殿下の部屋を訪れた。
「おいで」
シャツ一枚で出迎えた殿下は、俺の手を握りしめると、明かりが灯されたベッドへと導いた。
四方を紗のカーテンで仕切られた狭い空間で、俺と殿下は向かい合う。ケガを見せるだけなのに、こんなに緊張してしまうのは、きっと今朝のキスのせいだ。
「あの、脱いでいいですか」
「うん……」
変な空気を一掃したくて、俺は自ら寝間着代わりの古ぼけたシャツをテキパキと脱ぎ捨てた。殿下の視線が、俺の素肌に突き刺さる。
目を合わせられないままジッとしてると、静かな声が沈黙を破った。
「下は?」
「……え。でもケガは首だけですし」
「下も脱いで」
頬をひと撫でされ、やさしい手つきで顔をすくわれた。長いまつ毛の奥にある萌黄色の双眸が、俺の心を暴こうとしている。
これは支配者の目だ……逆らうことはできないと本能が告げる。
「ロキ」
「……わかりました」
俺はノロノロとウエストに手をかけると、シーツの上でもがきながら、どうにかズボンを脱いだ。
「……ひどい傷だな」
「はあ、でもとっくに治ってます」
殿下の指先が、俺の右足の太腿に走る大きな傷をなぞった。えぐられて、非常に気味が悪いそれは、先の戦いでついた『名誉ある』傷のはずだった。
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