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場所を母屋に移し、春鈴が歌いながら色を染め、組み上げたばかりの組紐――
それを手に、蒼嵐は呆れたように呟いた。
「――見事なグラデーションだな?」
「……めんぼくない」
蒼嵐の言葉に、春鈴は身体を小さく縮めながら、小さな声で謝った。
そんな春鈴の態度にクスリ……と微笑みを漏らす蒼嵐。
「――いや、これはこれで美しい。 ……私は気に入った」
「本当⁉︎」
「ああ。 これを貰おうか」
その言葉に春鈴は両手を振り上げて、顔を輝かせた。
「良かったー! こんなに色が違う組紐の作っといて、売れませんでしたーってなったら、ばっちゃにどれだけ怒られるか……」
「……明らかに途中から違う歌を歌っていたが……わざとではないつもりだったのか?」
その指摘に春鈴はギクリッと首をすくめた。
そしてヘラリ……と笑顔を張り付けると、言いにくそうに口を開く。
「――編んでる最中にノッてきて、次の曲行ってみよー! って盛り上がっちゃったんだよねー……」
「……それは――楽しそうで何よりだ」
春鈴の言葉に、クツクツと肩を揺らした蒼嵐は、呆れたような笑顔で答えた。
「――あ」
なにかを思い出したように、春鈴は小さく声を上げると困ったように蒼嵐に視線を向ける。
「……どうした?」
「どうしよう。 私、勝手に値段つけられないんだった」
「……なに?」
「ばっちゃが値段の交渉とかすんの。 取れそうな人からは、できるだけぶん取るんだって」
「――それ言ってよかったのか?」
「……元々、完全に要望を聞いて糸から作ったんだから、それなりに貰うことになるし……それに貰うのは妖力だし……?」
そう答えながら、春鈴は(まさかここまで来て、高いから……とか言わないよね……⁉︎)と不安にかられながら、蒼嵐をうかがうように見つめた。
蒼嵐はそんな春鈴に、肩をすくめるだけで返した。
「それでその祖母殿は?」
「……麓の村に物々交換に行っちゃって……」
(あれは物々交換兼、情報交換兼、茶飲み話だからそれは長いですゼ……)
「夕飯までには帰ってくると思います……」
まだ朝とも言い張れそうな時間、春鈴は遠い目で庭を眺めながらポソポソと小さく答えた。
そんな答えに青年は軽く息をついたのち、たいして嫌がるそぶりも見せずに口を開いた。
「……昼食は用意してもらえるんだろうか?」
「私と同じものでよければ……」
春鈴は「あんまり大したものは出来ないけど……」と、つけ加えながらも内心では(えっ本当にココで待つの⁉︎)とギョッとしていた。
当の蒼嵐は「それでかまわない」とおざなりに答え、部屋の中をなにかを探すように見回し始めた。
「――なにか予定があるわけでもない……寝て待たせてもらう」
そう淡々と答えると、庭に面した場所に置いてある長椅子に向かってスタスタと歩いて行く。
「――ご飯ができたら起こしまーす……」
春鈴はそんなマイペースな蒼嵐の背中にそう答えつつ、なんのためらいもの無く、長椅子に寝ころんだその横顔を盗み見る。
そして少し首をかしげながら、心の中で呟いた。
(ここに直接注文しに来たってことは、あの二人組の関係者……部下とか? でもなんかもっと偉そうな人にも見えるけど……? ――あれ? よく見たらこの人めっちゃ顔色悪いんだけど⁉︎ え、そんなに疲れてんの? ひぃ……目の下のクマがすごいよぉ……――まさか夜通し仕事したのに、上司に無理矢理『お前注文してこいよ、今すぐな!』とか命令されたんじゃ……――え、かわいそう……ゆっくり寝かせてあげよう……――ご飯もいっぱい食べさせてあげなきゃ……!)
謎の使命感にかられた春鈴は、少しでもリラックスさせてあげようと、子守唄を歌いながら、出来上がった組紐に妖術をかけていく。
そして余った糸も、カランコロンと軽やかな音を立てながら様々な組紐を編んでいく。
(――楽しそうに編むものだな……)
長椅子に寝転びながら、蒼嵐は薄目を開けて、楽しそうに歌いながら組紐を編んでいく春鈴を見つめ、その歌に耳を澄ませていた。
――ずっとこの歌声を聞いていたい……そう思っていた蒼嵐だが、ほどなくして訪れた、とろりとした睡魔に抗いきれず、夢の世界と誘われていく。
その世界で見た夢は、とても懐かしい昔の記憶だった――
「やっと見つけたあ!」
「うぉ⁉︎」
いきなり庭から聞こえてきた大きな声に、春鈴の肩がビクリと跳ねあがり、その拍子に持っていた茶器がガシャリと音を立てた。
「――急に大声を出すな」
顔をしかめた蒼嵐が庭を振り返り、大声を上げた青髪の龍族、そしてその隣でこちらを凝視している赤髪の龍族を睨みつけながら文句をつけた。
春鈴も庭に視線を向け――そして気がついた。
「――あ、この前の……」
それは数日前に市で会った、二人組の龍族たちだった。
「あ、どうも……」
(注文だろうか? でもこの人たちが蒼嵐をここに寄越したんじゃ……?)と首をかしげる春鈴。
「――騒がせてすまん」
「あ、いえ……?」
春鈴の挨拶に一応の反応はした2人だったが、おざなりな挨拶を返しただけで、すぐに蒼嵐に視線を戻してしまった。
(……この人たちは多分客じゃないな)
そう判断した春鈴は(なら後回しでもいいか……)と、茶器にお茶を注ぎ蒼嵐に差し出す。
「もー! 勝手にいなくなるのは無しでしょー」
「……出てくると言ったはずだ」
「普通、散歩かなんかだと思うでしょー⁉︎」
青髪が蒼嵐に訴えるのを聞きながら、知り合いならお茶ぐらいは出すか……と台所に向かう春鈴。
聞こえてくる会話の内容や蒼嵐の態度から自分の勘違いに気が付いていた。
(なんか……部下とかじゃないな? どっちかっていうと蒼嵐のが上……――でもあの青髪の人、結構フランクな感じで――ってことは……)
「お友達……?」
と、2人分の茶器を机の上に並べながら小声で蒼嵐にたずねる。
「――幼なじみだ」
「……二人とも?」
(あの二人、わりと歳離れてそうだし、蒼嵐とも年が近そうには……――あ、龍族の見た目って、そういう感じ……?)
「ああ――歳は少し離れているがな」
疑問が顔に出ていたのか、春鈴の顔つきを見ながら蒼嵐はそう付け加えた。
「年上なんだから年下に心配させないでくださいって……」
そう言った、一番若く見える青髪の言葉に、ふん……と鼻を鳴らすだけで答えた蒼嵐は、ズズズッと食後の茶を楽しんだ。
「しかも自分だけ飯食ってるしさぁ……」
がっくりと肩を落としながら、じっとりと責めるような視線を、テーブルの脇に寄せておいた空の食器に送る。
「……えっと、残り物で良ければ……?」
ご飯を食べずに探していたんなら……と、蒼嵐を引き留めてしまった自覚のある春鈴は、気まずそうに提案する。
「え、いいの⁉︎」
なんの躊躇もなくこう答えた青髪に赤髪の顔にしわが寄る。
「おい浩宇……」
「いいじゃん。 腹減ったしさぁ……優炎だって腹減ってるだろ?」
「それは……」
赤髪ーー優炎は、青髪――浩宇の言葉に口ごもり、答えを探すように視線をさまよわせる。
しかしその視線の先には、使い終わった食器や蒼嵐の前に置かれたお茶やお茶請けで、その事実が優炎が空腹であることを雄弁に語っていた。
(――うちのばっちゃが無駄に長話なせいで……! ご飯も食べずにお仕事とか……――え、この人たちの職場環境厳しくない……? ご飯抜きとか気の毒すぎる……ーーそれともこれが龍族の日常……? 元が強い種族は、こんなにも自分たちに厳しくなってしまう……? え……なにそれ超不憫……)
「――なんか憐れまれてね?」
「……お前が飯などねだるからだろ」
「だって腹減ったし……」
春鈴から可哀そうなものを見る目で見つめられ、2人は居心地が悪そうに視線を交わし合う。
「あ、とにかく座ってください。すぐなにか持ってきます」
春鈴は蒼嵐が座るテーブルに2人のお茶を置きながら、そう声をかけると台所へ向かった。
(せめてここでお腹いっぱい食べて、ちょっとウトウトしてったらいいよ……! いくら丈夫だって、忙しくたってご飯と睡眠は大切なんだって父ちゃん言ってた!)
そんな春鈴の背中に蒼嵐の冷静な声がかかる。
「――勝手にいいのか?」
蒼嵐の言葉にピクリと反応を見せる春鈴。
ゆっくりと振り返ると、気まずそうに口を開いた。
「……ばっちゃが後から、なにか要求するかもで
(勾玉かなぁ? お金でもいいけど、結局勾玉のほうが高く売れるしなぁー)
「そのぐらい、なんてことねーよ! なぁ?」
「人間の作る料理が食べられるなら、惜しくは無いな」
「……ちなみにばっちゃにそれを言うと、本格的にカモられるだろうから、お勧めしません」
聞こえてきた会話に、春鈴は台所からひょっこりと顔だけ出すと、善意100%で忠告する。
「……しっかりしたお祖母様だね……?」
その神妙な顔つきとその言葉の内容に、浩宇は顔を引きつらせながら、乾いた笑顔で答えた。
「でもばっちゃが頑張ってくれないと、美味しいものが減っちゃうし可愛いものも買えないから……」
2人分のお茶請けを手に戻て来た春鈴は、そう言いながら肩をすくめた。
冗談めかした態度の春鈴であったが、龍族たちには春鈴が祖母を尊敬し、慕っていることが良く分かった。
「なるほどねぇ……?」
そう答え、顔を見合わせあう龍族たち。
クスリと視線を交わし合いながら、春鈴んの仕草を真似るように肩をすくめてみせた。
(んー……早く出来て、お腹にたまるもの……肉パオズーー肉まんのようなものーーかなぁ? 野菜やキノコでカサ増しすれば、たくさんできると思うし……――ちょっと多めに作って夕飯分も作っちゃお……あとはスープがあれば結構お腹いっぱいになるよねー。 ――……なるよね?)
「はい、どうぞ」
コトリとテーブルの上に大きな肉パオズが入った器が置かれる。
目の前でフタが取られると、ブワリと湯気が立ち上り、それに合わせるように、蒸したてのいい匂いが三人の鼻をくすぐった。
「うわあ! うんまそー!」
立ち上がって目を輝かせる浩宇。 そして立ち上がりこそしなかったものの同じように目を輝かせている優炎。
――昼食を食べ終えたはずの蒼嵐までもが目を輝かせパオズを見ていた。
「――この短時間に器用なものだ……」
(そりゃ、龍族と比べればね?)
「人間なので……」
優炎の言葉にあいまいに答える春鈴。
(人間のレベルからすれば、モロの家庭料理だけど……) などと考えながら、その事実をごまかすように、鍋ごと持ってきた具沢山スープを器によそっていく。
「――くぅー! やっぱいいよなー、人間のご飯!」
我先に肉パオズに手を伸ばし、かぶりついた浩宇が幸せそうに目を細めながら叫ぶ。
その言葉に無言で大きく頷く優炎――そしてシレッとパオズを頬張っている蒼嵐の姿に、春鈴の中の商売人が反応を見せた。
「……――お代が勾玉なら、注文してくれれば牙爪岳ぐらいなら届けられると思いますよ?」
そう満面の笑顔で提案する春鈴。
この程度の料理が勾玉に代わる――これ以上の美味しい儲け話は無い。
祖母に相談せずに勝手に決めたとしても、なんの問題もないだろうと考えていた。
「――マジ⁉︎」
春鈴の提案に顔を輝かせる浩宇。
「……安請け合いして大丈夫か?」
蒼嵐だけはそう釘をさすが、どことなく期待している様子だ。
「対価が勾玉で、値段つけるのがばっちゃなら何の問題もない!」
春鈴は、胸を張って自信満々に答える。
「――そうか」
春鈴のその答えに、嬉しそうに顔をほころばせる蒼嵐。 しかし、それをごまかすように軽く咳払いをすると、手で口元を隠すようにお茶を運んだ。
「ばっちゃ……あの時のご婦人か?」
「――パワフルそうな方だったな?」
浩宇たちは肉パオズを頬張りながらも、顔を寄せ合い、この先注文をするかどうかを相談し合う。
「……ボラれちまうかもなぁ?」
「しかし……人間の料理だ。 しかも――美味い」
優炎は肉パオズを咀嚼しつつ、口の中に溢れ出てくる肉汁に目を細めながら、うっとりと答えた。
「――確かに……舌が肥えちまってんだよなぁ……――里でこんな美味い料理が食えるなら、多少ボラれるくらい構わねぇか……?」
「――だな」
二人は顔を見合わせて頷きあうと、再びパオズを口いっぱいに頬張り、幸せそうに顔を緩ませた。
「私、お菓子作りも得意なんで、ご注文お待ちしていまーす!」
「――今出せるものはあるか?」
料理を口いっぱいに頬張っている二人に代わり、蒼嵐が質問した。
「えーと……月餅とか、乾麺包ならあるよ。 あ、甘く無いのがいいなら、ギョーザ、シュウマイ、小籠包なら材料はあるからすぐ出せる」
春鈴の“小籠包”という言葉に、同時に目をキラキラと輝かせる2人。
蒼嵐はそんな様子を見つめ、クスリと笑いながら口を開いた。
「――では小籠包と揚げ餃子を頼めるか?」
「具はお任せで良い?」
「かまわん、三人分頼む」
「はーい!」
(餃子も多めに作って夕飯にしたろ……!)
春鈴は腕まくりをしながら気合を入れ、そんなことを考えながら一人ほくそ笑むのだった――
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