【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

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 しばらく歩くと離宮が立ち並んだところから少し離れた場所に美しい庭園があった。
 そしてそれすらも超えて歩くと、木々が生い茂る林が見えて来た。
 まだ太陽は高い位置にあるというのに、大きな木々が多いせいかあまり日差しは感じない。
「――本気で野宿できそうな自分が怖い……」
 春鈴は見つけた大きな樹の下、その根元に近づきながら、人一人がちょうどスッポリはまりそうな木の根の隙間に収まり、このまま眠っている自分の姿を鮮明に思い描いてしまった。
 ――季節は随分と冷え込む日々が続く真冬。
 しかし龍脈の真上に位置するこの里は、ほんのりと温かく外であっても外套をまとって寝転べば、おそらく眠れてしまうであろう自信が春鈴にはあった。
(……水や食料もなんとかなりそうなんだよなぁ。 湧水の場所は見つけているし、豊かな土地だからか、そのまま食べられる木の実や山菜もたくさん見かけたし……)
「……この時期に着の身着のままの野宿とか、本当にやったら女としての大事ななにかを失いそうだからやりたくないけどー」
(でも……そうすると、私に残された選択肢は……戻る? ――イヤイヤ、無いでしょー。 あいつらの目的って、多分だけど、私に頭を下げさせて「ここに置いてください」って言わせることでしょ?)
「――……もう帰っちゃおうかな……」
 木の根に腰掛けながら力なく呟く。
 出発前に祖母がかけてくれた優しい言葉に甘えてしまいたいという誘惑が春鈴を襲っていた。
 ――そんな時だった。
 
「あの……」
 カサリ……と枯葉を踏みしめる音共に、誰かが話しかけてきた。
 身体を固くして警戒を強めた春鈴は、声の主を注意深く観察する。
 春鈴に声をかけてきたのは、魅音の侍女の一人だった。
 
 春鈴はこの少女に見覚えがあった。
 メガネとそばかすら少し長めの前髪が印象的で、他の侍女たちとは違いいつも自信なさげに端のほうで身を小さくしている少女だった。
 
 今も前髪やメガネをいじりつつ、チラチラと春鈴の様子をうかがっている。
「――何か用?」
 春鈴は警戒心むき出しの声で少女にたずねる。
「あ、あのね? ご飯……あの――私、ああいうの嫌いだけど……その、逆らえもしないから……――せめて」
 そう言いながら春鈴に差し出される大きな餡パオズ。
 ズイッと勢いよく差し出され、その勢いに押されるように思わず受け取る。
「……あり、がと? え、ここにいていいの?」
 なぜこんなことをさせるのか分からず、戸惑いの表情を浮かべる春鈴。
「あー……私はあなたの見張りなの」
「ーーは?」
「その……貴女がここまで――あの離宮からじゃ見えないところまで来ちゃったから、どこにいるか探して報告しろって命令されて……――私も貴女と同じ。 数合わせの侍女。 だから基本は使いっ走り」
(あー……私って、数合わせのために呼ばれたんです……?)
 そんな言葉を飲み込みながら、シュン……と項垂れる少女に少し同情する。
「……大変だね?」
「――この仕事、お金よかったから……それだけで耐えられる」
 そう言うとその少女は春鈴の隣に腰かけた。
 どうやら、春鈴が思っているよりも図太い性格のようだった。
 しかしその態度は春鈴の嫌なものではなく――いつのまにか春鈴から警戒心をごっそりと奪い去っていた。
「――私も」
 戸惑いながらも、春鈴は自分からその少女に話しかけていた。
「え?」
「私の場合は家の借金、全部帳消しなの」
「――それはすごく頑張れそう」
 春鈴の答えに、少女は真剣な顔つきで大きく頷き同意を示した。
「ふふっ めちゃくちゃ頑張れる」
 そう笑って答えた春鈴に少女も笑う。
 
「……野宿するの?」
 餡パオズを頬張る春鈴に、少女は控えめにたずねる。
「――どうしようかなぁって考え中。 野宿は嫌だけど、あいつらに謝るのも癪だし……――帰っちゃうのもアリかな……とか?」
「借金……いいの?」
「……うちのばっちゃは、私がここに来てる段階で契約は完了してる――って言い張ってた。 本当かどうかは分かんない」
「ええ……? ――でもなんか想像つく。 じーちゃんたちって結構ゴリ押し得意だよね?」
 ふふっ……と、控えめに笑って、内緒話をするように声をひそめる少女。
 その発言に春鈴は思わず噴き出した。
「分かるー! うちのばっちゃも全然引かないの! ありとあらゆる意味で超強いし超凄い」
「……そんな綺麗なかんざしまで作ってくれるし?」
 そう言いながら少女はうらやましそうな視線をかんざしに向けた。
 やはり女性、稀糸で出来ていて豪華な造りの装飾品は純粋にうらやましいようだ。
「――凄いでしょ? こんな豪華なのは初めてだけど、うちのばっちゃ昔からお守り作ってくれるの。 あ、これは私が子供の頃に作ってくれたお守り!」
 お気に入りのかんざしを誉められ、上機嫌になった春鈴はもう一つ持ってきているお守りを自慢するために、服の下から首に下げていたお守り袋を引っ張り出した。
 そして春鈴は、両手で大切そうにそのお守りを握りしめると、そっと少女に差し出した。
 その手の中にあったお守りは、赤地に金糸で繊細で美しい刺繍が施されたものだった。
 所々修復した跡があり、年季を感じさせるものであることは確かだったが、春鈴が大切にしていることも良く分かるものだった。
「お守り……」
 その袋をじっと見つめながら少女はポソリと呟いた。
 ちょうど少女にお顔は影になって、春鈴からその表情は見えなかったが、その声色はどこか、さみしそうな色をしているように感じた。
「……変、かな?」
(――元々、たくさん友達が出来ますようにってお守りだから、そこまでご利益はないような気がししてるけど。 ――でも一応友達は出来た……のかな? ――すぐに来なくなっちゃったけどー……)
「――ううん! あの、あのね? これ私の」
 春鈴の言葉にぶんぶんと首を振った少女は、そう言いながら長い袖をまくり上げ、腕を春鈴のほうに差し出す。
「――うわぁ……きれいなブレスレット! 素敵ね!」
 見せられた腕には、皮ひもを使ったブレスレットが一本付いていた。
少し赤みがかった白乳色の石をメインに、たくさんの天然石がちりばめられていた。
 その石の数々は決して大きくは無かったが、透明度が高く持ち主のために選び抜かれ大切に磨きあげられたんだろう、ということが良く分かった。
 そしてそれらをつなぐ皮ひもも複雑な編まれ方をしていて、その所々には細かい細工もしてある。
 ――そんな手間もひまもかかった、美しいブレスレットだった。
 春鈴はうっとりとそれを見つめ、少女のブレスレットを称賛する。
「うん! これおじいちゃんが作ってくれたの。 私の――お守りだよって……」
「――お揃い!」
「――だね!」
 春鈴の発言に驚いたように目を丸めた少女だったが、すぐさま嬉しそうに破顔し大きくうなずく。
「――私、春鈴」
 照れくさそうにはにかんだ春鈴は、そう言いながら少女に手を差し出す。
凛風りんふぁ
 ゆっくりとその手に自分の手を合わせる凛風。
 二人はぎゅっと握手し合うと、再び顔を見合わせクスクスと笑いだした。
 
「……本当に戻らないの?」
 荷物を握りしめて、自分たちの離宮とは別のほうへ行こうとする春鈴に、心配そうな声を出す凛風。
「うん。 なんとか掛け合って部屋の隅っこでも借りられないか交渉してみる。――心配しないで! 私、これでも稀布の織り手! 多少ものを渡せば寝床ぐらい――あの部屋よりだいぶマシなトコ借りられるはず!」
 グッと手を握りしめ力強く言い切る春鈴に、凛風は少し気まずそうにうなずいた。
 ーーあの中の侍女に凛風の姿もあったからだろうか。
「平気だって、ちゃんと部屋借りられたら式飛ばして伝えるから。 ……そしたら凛風はあいつらに報告してね?」
「! ――いいの?」
「だって……見つけられなかったり、それを伝えてないのがバレたら凛風がイジワルされるでしょ? それはダメだよ……」
(あいつの底意地の悪さは私のほうがよく知っている。 ……あいつはやるね! そういう女だね‼︎)
「ありがと……」
 凛風は微笑んでいるような、微笑むのを我慢しているようなあいまいな顔つきでお礼を言った。
「うん。 あ、これ餡パオズのお礼でもあるからね?」
 春鈴はそうにんまり笑ってポンポンとお腹をさすって見せる。
「分かった。 じゃあ……頑張ってね?」
 凛風は「戻るね?」という言葉を飲み込みながら、ひかえめに声をかけた。
「うん。 凛風もねー」
 春鈴はそう言って手を振り、スタスタと当てもなく歩き出す。
――そして、しばらく歩いた春鈴はピタリと足を止めると、窺うようにそっと後ろを振り返り、離宮へとトボトボ戻っていく凛風の後ろ姿を、さみしそうな瞳で見送った。
 そしてその場に荷物を置くと、大きく息を吐き出す。
「――さてと……私のほうもなんとかしないと……女の人――でもあの布付けてる龍族に話しかけてもいいの……? じゃあ男の人……? いや、一応女の人だよねぇ?」
 一人ぶつぶつと呟きながら視界に入る龍族たちを値踏みするように眺める。
 そんな春鈴の隣に音もなく現れる龍族が一人――
「いやー、そこは俺らに連絡するのが先なんじゃねー?」
「っ浩宇さん⁉︎」
 いきなりかけられ、ギョッと身を引く春鈴。 しかしそこに苦笑いで立っている浩宇を見て、目を丸くして驚いていた。
「ども。 蒼嵐様に言われて様子を見に来て良かったよー……俺あのまま野宿生活始めちゃうのかと思ったよ⁉︎」
(あー……それは、わりと私も思った……)
「んで? なんで里に来たその日――しかもほぼ直後に、こんなトコ彷徨い歩いてるわけ?」
「……雇い主の不興をかって追い出されたから?」
「ええー……?」
「あ、ねぇ! 稀糸用意してくれれば、稀布でも組紐でも作るから雇ってくれない⁉︎」
「はいはい、雇いますから付いてきてくださーい」
 投げやりに言った浩宇は、ヤレヤレと首を撫で付けながら歩き出す。
「やったー!」
 両腕を上げて喜んだ春鈴だったが、浩宇が一人でさっさと歩いて行っていることに気が付き、慌てて浩宇の後を追った。
「ちなみに! 次、困った時は俺らに式飛ばす一択だから! 分かった⁉︎」
「はぁーい……」
 ジロリと睨まれ、強い口調で言われた言葉に、春鈴は首をすくめて情けない声を上げた。
 
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