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◇
――それから数日後、蒼嵐の離宮。
場所は魅音たちが与えられた外宮地区から大分離れた場所、内宮地区に建てられた。
そして庭園や池すらある大きな離宮でもあった。
春鈴はその中の一室、庭園に続く大きなガラス戸が付いた、一階の部屋を与えられ、毎日好き勝手に稀布や組紐を作り、そして休憩がてらの料理を楽しみながら日々をつつがなく過ごしていた。
「蒼嵐サマ、おやつできたよー」
大きなお盆に大きな肉パオズがたくさん乗った大皿を乗せ、春鈴は蒼嵐の執務室に入る。
にんまりと笑った浩宇がすぐさま春鈴に近寄り、そのお盆を受け取る。
そして大皿を休憩スペースの机の上に置きながら、つまみ食い感覚で肉パオズを一つ掠め取った。
「いやー、春鈴ちゃんがココに来てくれて良かったよー」
浩宇は蒸したての肉パオズを頬張りながら幸せそうに言った。
「おやつもご飯もタダになったから?」
クスクスと笑いながら、小分け皿に肉パオズを取り分けている春鈴がからかうように首を傾げた。
「それもあるけど……蒼嵐様のお出かけが減ってくれたから、かねぇ?」
ゴクリと肉パオズを飲み下しながら、浩宇はちらりと執務机に座っている蒼嵐に視線を流す。
「……なるほど? ――にしても意外」
蒼嵐と優炎の分の肉パオズを取り終えた春鈴は、黙々と作業している蒼嵐を見つめながらポソリと漏らした。
「――なにがだ?」
声は聞こえていたのか、蒼嵐は作業を続けながら春鈴に質問を飛ばす。
そして、春鈴が答えを口にする前に切りのいいところまで作業を終えたのか、手にしていた筆を置いて、立ち上がる。
そんな蒼嵐用の肉パオズをいつも座っている場所に置きながら、春鈴は肩をすくめる。
「なんか……蒼嵐って、もっと仕事嫌いなのかと思ってた」
「……それは正解だが、今も昔もやるべきことはやっている」
その言葉を聞いた優炎と浩宇は苦虫を噛み潰したように顔をゆがめた。
(――確かにやるべきことは……――最低限、でしたが……)
(めんどくさい仕事は確実に俺たちに丸投げしてからのお出かけでしたし⁉︎ ――春鈴、ずっと里で暮らしてくんねぇかなぁ……?)
二人はそんな心の声を、ホカホカの肉パオズで喉の奥に押し込み、香り高くほんのりと甘みを感じるお茶で流し込んだ。
「春鈴、墨が足らなくなりそうだ」
肉パオズにかぶりつきながら蒼嵐が短く伝える。
「この間と違う色でもいい?」
お代わり用のお茶の準備をしながら春鈴はたずねた。
「黒に見えるならかまわん」
「やった! ギリギリまでキラキラさせちゃお……!」
蒼嵐が――龍族が正式な書類に使う墨は特殊なものだった。
材料の一つに岳守水晶も使われていて、そう簡単に偽造できないようにしてあった。
――そしてこの岳守水晶、スーラの餌となる水晶と同じものだったため、稀布の織り手であれば、その歌声で墨にきらめきを付けることが出来るとされていた。
蒼嵐がその話を思い出し試しに春鈴に染めてもらったところ、美しい煌めきを出すことができ、蒼嵐はその墨を使って随分と気持ちよく書類仕事をこなすことが出来たのだ。
――そしてそれは蒼嵐だけに限らず、美しいものを好む龍族――優炎や浩宇、そして蒼嵐付きの文官たちまでもが美しい煌めきとともに、心地よく仕事が出来ていたのだった。
……そして、蒼嵐としては春鈴の楽しそうな歌声を聞けて一石二鳥でもあった。
春鈴としてはお遊びのような、楽しい仕事を頼まれ、うきうきで自分の分の肉パオズに手を伸ばす。
大きく口をあけ、もうすぐかぶりつく――という時だった。
「なんじゃなんじゃ、けしからんのう……美味そうな匂いをさせよってからに!」
そんな声と共に、執務室の庭園に面した窓から一人の龍族が乱入し、そんな文句を言い出した。
「っ⁉︎ ――これは朱の翁殿……!」
相手は窓から入ってきた侵入者だというのに、蒼嵐の護衛であるはずの優炎と浩宇は素早く椅子から立ち上がりその場にザッとひざまずく。
――もっともその目には警戒の色を宿し、いつでも切りつけられる準備は出来ていたのだが。
想定外の態度をとる二人と、椅子から立ち上がり軽く頭を下げている蒼嵐を見比べ、春鈴は混乱しながらも優炎たちに習いひざまずくと、ついでとばかりに両腕を上げ袖で顔を隠した。
「よいよい、楽にせい。 先触れも出さずにきた無礼者はワシの方よな」
「こたびは何用にて、こちらまで……?」
そう言いながら蒼嵐は春鈴の姿を隠すように立ち位置を変えた。
「そう警戒するな。 ――近頃この辺りから美味そうな匂いが漂ってくると噂になっていてなぁ? 確認がてら、たまには空の散歩でも……と来てみれば――まこと、腹の減る匂いがしておってなぁ? ……あわよくばご相伴に預かれんかと思うてな」
老人が「楽にせい」と口にした瞬間、優炎たちはそろりと静かに立ち上がり始めていた。
それを気配で感じ取っていた春鈴は、袖の後ろからチラチラと周りの動きを確認し、習うようにそろそろと立ち上がった。
そして改めて乱入してきた人物の姿を盗み見ーーそして気がついた。
(――あれ? あの人……私に「調子のんなよ人間」って言ってきたおじいちゃんだ……――えー、私あんな人におやつ分けてやるの嫌なんですけどー。 ……まぁ確実に偉い人だから、絶対断れないんだろうけどー……)
「――む? そこな人間は菫家の織り手ではないか?」
「お久しぶりです……」
急に話しかけられ、どぎまぎと返事を返す春鈴。
心の中で、どうか不作法とか指摘されませんように! と念じながら。
「……そなたが作ったのか?」
「はい。 ……人間なんで。 簡単な料理ぐらいはできます」
その答えに少しの毒を忍ばせつつ、春鈴は素直に頷いた。
「…………織り手であろう?」
朱の翁は、まるで不可解な言葉を聞いたかのように、混乱していることを隠そうともせず首をかしげた。
「……? 織り手だって料理ぐらいできますが……?」
(この人の中の織り手のイメージ、どうなってんだ……?)
「――そうか……?」
そう絞り出した翁は、長いあごヒゲを撫でながら何事かを考え込み始めた。
「――春鈴、すまないが墨を急いでくれないか?」
蒼嵐はそう言いながら翁に見えない角度で執務室の出入り口を指し、春鈴の退室を促す。
「……分かりました」
(これは、もう引っ込んでいていいよ! ってことだよね⁉︎ 合点承知! パオズとお茶持って引っ込みまーす!)
春鈴は肉パオズと湯飲みを持って、翁に気が付かれる前にさっさと執務室を後にした。
――それから数日後、蒼嵐の離宮。
場所は魅音たちが与えられた外宮地区から大分離れた場所、内宮地区に建てられた。
そして庭園や池すらある大きな離宮でもあった。
春鈴はその中の一室、庭園に続く大きなガラス戸が付いた、一階の部屋を与えられ、毎日好き勝手に稀布や組紐を作り、そして休憩がてらの料理を楽しみながら日々をつつがなく過ごしていた。
「蒼嵐サマ、おやつできたよー」
大きなお盆に大きな肉パオズがたくさん乗った大皿を乗せ、春鈴は蒼嵐の執務室に入る。
にんまりと笑った浩宇がすぐさま春鈴に近寄り、そのお盆を受け取る。
そして大皿を休憩スペースの机の上に置きながら、つまみ食い感覚で肉パオズを一つ掠め取った。
「いやー、春鈴ちゃんがココに来てくれて良かったよー」
浩宇は蒸したての肉パオズを頬張りながら幸せそうに言った。
「おやつもご飯もタダになったから?」
クスクスと笑いながら、小分け皿に肉パオズを取り分けている春鈴がからかうように首を傾げた。
「それもあるけど……蒼嵐様のお出かけが減ってくれたから、かねぇ?」
ゴクリと肉パオズを飲み下しながら、浩宇はちらりと執務机に座っている蒼嵐に視線を流す。
「……なるほど? ――にしても意外」
蒼嵐と優炎の分の肉パオズを取り終えた春鈴は、黙々と作業している蒼嵐を見つめながらポソリと漏らした。
「――なにがだ?」
声は聞こえていたのか、蒼嵐は作業を続けながら春鈴に質問を飛ばす。
そして、春鈴が答えを口にする前に切りのいいところまで作業を終えたのか、手にしていた筆を置いて、立ち上がる。
そんな蒼嵐用の肉パオズをいつも座っている場所に置きながら、春鈴は肩をすくめる。
「なんか……蒼嵐って、もっと仕事嫌いなのかと思ってた」
「……それは正解だが、今も昔もやるべきことはやっている」
その言葉を聞いた優炎と浩宇は苦虫を噛み潰したように顔をゆがめた。
(――確かにやるべきことは……――最低限、でしたが……)
(めんどくさい仕事は確実に俺たちに丸投げしてからのお出かけでしたし⁉︎ ――春鈴、ずっと里で暮らしてくんねぇかなぁ……?)
二人はそんな心の声を、ホカホカの肉パオズで喉の奥に押し込み、香り高くほんのりと甘みを感じるお茶で流し込んだ。
「春鈴、墨が足らなくなりそうだ」
肉パオズにかぶりつきながら蒼嵐が短く伝える。
「この間と違う色でもいい?」
お代わり用のお茶の準備をしながら春鈴はたずねた。
「黒に見えるならかまわん」
「やった! ギリギリまでキラキラさせちゃお……!」
蒼嵐が――龍族が正式な書類に使う墨は特殊なものだった。
材料の一つに岳守水晶も使われていて、そう簡単に偽造できないようにしてあった。
――そしてこの岳守水晶、スーラの餌となる水晶と同じものだったため、稀布の織り手であれば、その歌声で墨にきらめきを付けることが出来るとされていた。
蒼嵐がその話を思い出し試しに春鈴に染めてもらったところ、美しい煌めきを出すことができ、蒼嵐はその墨を使って随分と気持ちよく書類仕事をこなすことが出来たのだ。
――そしてそれは蒼嵐だけに限らず、美しいものを好む龍族――優炎や浩宇、そして蒼嵐付きの文官たちまでもが美しい煌めきとともに、心地よく仕事が出来ていたのだった。
……そして、蒼嵐としては春鈴の楽しそうな歌声を聞けて一石二鳥でもあった。
春鈴としてはお遊びのような、楽しい仕事を頼まれ、うきうきで自分の分の肉パオズに手を伸ばす。
大きく口をあけ、もうすぐかぶりつく――という時だった。
「なんじゃなんじゃ、けしからんのう……美味そうな匂いをさせよってからに!」
そんな声と共に、執務室の庭園に面した窓から一人の龍族が乱入し、そんな文句を言い出した。
「っ⁉︎ ――これは朱の翁殿……!」
相手は窓から入ってきた侵入者だというのに、蒼嵐の護衛であるはずの優炎と浩宇は素早く椅子から立ち上がりその場にザッとひざまずく。
――もっともその目には警戒の色を宿し、いつでも切りつけられる準備は出来ていたのだが。
想定外の態度をとる二人と、椅子から立ち上がり軽く頭を下げている蒼嵐を見比べ、春鈴は混乱しながらも優炎たちに習いひざまずくと、ついでとばかりに両腕を上げ袖で顔を隠した。
「よいよい、楽にせい。 先触れも出さずにきた無礼者はワシの方よな」
「こたびは何用にて、こちらまで……?」
そう言いながら蒼嵐は春鈴の姿を隠すように立ち位置を変えた。
「そう警戒するな。 ――近頃この辺りから美味そうな匂いが漂ってくると噂になっていてなぁ? 確認がてら、たまには空の散歩でも……と来てみれば――まこと、腹の減る匂いがしておってなぁ? ……あわよくばご相伴に預かれんかと思うてな」
老人が「楽にせい」と口にした瞬間、優炎たちはそろりと静かに立ち上がり始めていた。
それを気配で感じ取っていた春鈴は、袖の後ろからチラチラと周りの動きを確認し、習うようにそろそろと立ち上がった。
そして改めて乱入してきた人物の姿を盗み見ーーそして気がついた。
(――あれ? あの人……私に「調子のんなよ人間」って言ってきたおじいちゃんだ……――えー、私あんな人におやつ分けてやるの嫌なんですけどー。 ……まぁ確実に偉い人だから、絶対断れないんだろうけどー……)
「――む? そこな人間は菫家の織り手ではないか?」
「お久しぶりです……」
急に話しかけられ、どぎまぎと返事を返す春鈴。
心の中で、どうか不作法とか指摘されませんように! と念じながら。
「……そなたが作ったのか?」
「はい。 ……人間なんで。 簡単な料理ぐらいはできます」
その答えに少しの毒を忍ばせつつ、春鈴は素直に頷いた。
「…………織り手であろう?」
朱の翁は、まるで不可解な言葉を聞いたかのように、混乱していることを隠そうともせず首をかしげた。
「……? 織り手だって料理ぐらいできますが……?」
(この人の中の織り手のイメージ、どうなってんだ……?)
「――そうか……?」
そう絞り出した翁は、長いあごヒゲを撫でながら何事かを考え込み始めた。
「――春鈴、すまないが墨を急いでくれないか?」
蒼嵐はそう言いながら翁に見えない角度で執務室の出入り口を指し、春鈴の退室を促す。
「……分かりました」
(これは、もう引っ込んでいていいよ! ってことだよね⁉︎ 合点承知! パオズとお茶持って引っ込みまーす!)
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