【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

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 ――そんな時だ。
 ボフンッ! という音と共に、先日と同じような黒い煙が廊下から部屋の中に充満しはじめた。
「なんだ⁉︎」
「ガッ⁉︎」
「っ逃げたぞ!」
「――なにをしている!」
 急に広がった黒い煙で視界が悪くなった廊下や部屋の中、何も見えず混乱した龍族たちの困惑交じりの怒号が飛び交う、とっさに姿勢を低くした春鈴は自分のすぐ側を女物の服を着た誰かが走り抜けていくのが見た。
「っ蒼嵐そっちに行った‼︎」
 ――春鈴の警告と、真っ黒な煙の中にキラキラと美しい銀色の粉が混じったのは同時だった。
「っ! これは――この粉を吸うなっ! 窓を開けろ!」
 優炎が声を荒らげて叫ぶ。
 床に手を付きながらも「窓……」と呟き、少しでも役に立とうと春鈴は窓を探しながら辺りを見回す。
 するとその視界に、ガクリと膝をつく蒼嵐の姿が入った。
「ぐぅっ……」
「蒼嵐⁉︎」
 慌ててその側に駆け寄る春鈴。
「逃げろ……――春鈴逃げるんだ……っうぐ……」
 苦しそうにそう言った蒼嵐の手や顔にはいつもよりも色が濃くなった鱗が浮かんでいた。
 その爪は鋭く伸び、牙もいつもより長くなっているように見えた。
 いつの間にか誰かが開けた窓により、黒い煙が外へと流れ、少しずつ視界が晴れていく。
 ――だからこそ春鈴にはその蒼嵐の変化がハッキリと分かった。
 ……そしてそれは、集まっていた多くの護衛たちも同じだった。
「暴走龍……」
 誰かがポツリと呟く。
「暴走龍だ……」
「暴走龍⁉︎」
「どっどうする……」
「どうするって――暴走龍は……」
「――殺せ」
「えっ……?」
 護衛たちの誰かが上げた声に、春鈴は思わずそちらを振り返る。
「蒼嵐、様……逃げ……」
 椅子に手をかけフラフラになりながら、蒼嵐を守ろうと動く優炎。
 こちらも蒼嵐同様その手や顔の鱗がバチバチと逆立ち、やけに目立っていた。
「やめろ……近、づくな」
 さわさわと浮き足立ち始めた部下たちに、床に倒れこみながらも制止の声をかける浩宇もまた同じような状況だった。
 
 どうやら、原因はあの銀色の粉にあるようで、護衛たちは鼻や口を押さえながら部屋の中に入るのを躊躇していた。
 
 しかし――そんな護衛たちの目の前で、優炎や浩宇のその髪の先や目の色がじわりじわりと黒く変色し始めていて……護衛たちはその顔を恐怖で凍り付かせる。
「だめだ……暴走する……」
「あの三人に暴走されたら……」
「無理だ……かなわない……」
「――殺せ!」
「……そうだ……暴走龍は殺す……」
「――暴走優を殺せ!」
 不安が伝染するかのように集まってきた護衛たちが剣吞な目を蒼嵐たちに向け始める。
 そしてうわ言のように「殺せ……」と言い合いながら、蒼嵐に向かい弓矢を構えたり、印を結び始めた。
そんな護衛たちの姿に、春鈴はとっさに蒼嵐を背中に庇い、こちらを睨みつけている護衛たちに向かって大きく手を広げた。
「――何をしている! どけっ!」
「どかない! 蒼嵐は暴走なんてしてない!」
「どかないと攻撃するぞ!」
 険しい口調、表情で口々に言われた春鈴だったが、その言葉に何度も何度も首を振って拒否する。
「どくんだ……春鈴、傷つけたく……無い……」
「なに言ってんの⁉︎ そしたら蒼嵐が殺されちゃうじゃん! そんなの絶対にやだ!」
 春鈴は前を見ながらもチラチラと背後を気にしつつ言い返す。
 そして大きく息を吸い込むと、キッ! と目の前の護衛たちを睨みつけた。
「――私稀布の織り手なんだからっ! 怪我とかさせたら他の龍族が黙って無いんだからっ! ――蒼嵐もだよ! 勝手に爆発なんてしちゃだめだからね⁉︎ そんなことしたらもう布ってあげないし、おやつも作ってあげない! お茶だって入れてあげないし墨だってすってあげない!」
「……それ、は困る……ぐぅっ」
「蒼嵐⁉︎」
 後ろから聞こえてきた苦しそうなうめき声に春鈴は、心配そうに背後を何度も振り返る。
「優炎、浩宇……――命令……――俺を止めろっ!」
 蒼嵐は床に手をついてうずくまりながらも、二人の護衛に命令する。
「――っ御意!」
「お任せをっ」
 二人はそう答えたかと思うと、どこにそんな力を残していたのか、春鈴の目にも止まらに速さでその両脇を通り過ぎ、蒼嵐に向かった――
「ひぇ……⁉︎」
 耳の戸で聞こえたビュッと空を切る音と共に春鈴はとっさに首をすくめた。
そして、ドゴンッ! ズガシャッ! という大きな音が部屋中に響き渡り、春鈴だけではなく殺気立っていた護衛たちまでもが大きく目を見開いて蒼嵐たち三人を見つめていた。
(なっなんだ⁉︎ なにが起こった⁉︎ え、蒼嵐爆発した……?)
 春鈴が身を小さくしながら恐る恐る振り返ると、壁に叩きつけられダラリ……と意識を失っている蒼嵐と、そんな蒼嵐の顔面に拳を叩きつけている優炎と、蒼嵐の腹に足をめり込ませている浩宇の姿があった。
「――なんでえぇぇぇ⁉︎」
 そう叫びながら、ワタワタと四つん這いになりながらも慌てて蒼嵐に近づいていく春鈴。
 部屋の入り口を固めている護衛たちの間にも、ざわざわと動揺が広がっていく。
「止めろって……命令だからね……」
「気絶すれば、止まって……いただける」
 ぐしゃりと床に崩れ落ちた二人は床に手をつき、苦しそうに顔を歪めながらも、かすかに笑いながら答える。
「あー……ね?」
(爆発するよりかはいいだろうけど……普通に致命傷な気もするよ……? ――え、蒼嵐生きてるよね……?)
「あの……無事? その……三人とも」
 春鈴は少し言葉を選びながらも安否を確認する。
 二人がそんなヘマをするとは思えなかったが、目の前の蒼嵐は明らかにぐったりとしていて、息をしているようにもみえなかったのだ。
「……妖力の制御が難しいけど、何とか……? 蒼嵐様も……無事だ」
 優炎の言葉にホッと安堵の息を漏らす。 
「――春鈴は……平気なのか?」
 肩で息をしながらもゆっくりと体を起こし、春鈴を気づかう浩宇。
 その言葉に春鈴はきょとん……と、首を傾げた。
「え、なにが?」
「――先祖帰りは龍族の力を多く継いだだけの人間……か」
「そりゃ人間ですけど……?」
(角もなければ飛べないし――ウワサだとすごい龍族は完全に龍の姿にもなれるらしいし……個人的には羽は欲しかったなー……)
「この銀の粉はな……妖力を瞬間的に増幅してくれる薬なんだが……」
 優炎は先ほどよりも少しだけ落ち着いた表情で、困惑顔の春鈴に部屋中に舞っている粉の説明をし始めた。
「……そんな薬で、どうしてこんな事態に……?」
「量が多すぎればさ……何でも毒になるじゃん? 限界を超えれば暴走だってすんの」
 浩宇はまだ苦しそうにしながらも、言葉を続ける。
「――え、二人とも危ない……?」
(だいぶ苦しそうなのは暴走しかけてるからなのでは……?)
 春鈴は今更ながらに二人から少し距離を取った
「――まぁな?」
「もっと言うと……入り口にいる連中もこの粉が原因で入って来られない」
「――ここは粉まみれだから……?」
 春鈴の疑問に二人は大きく頷いた。
「――私、三人のこと庭に引きずり出そうか?」
(時間はかかるかもしれないけど、腕力的にはいける気がする。 ……優炎さんはちょっと自信ないけど……でも多少でも自分で動いてくれるなら……)
「いやめておけ……そろそろ来るはずだ」
「来る?」
 優炎の言葉に首をかしげる春鈴。
 これ以上なにが来るのかと、少しだけ顔を歪ませる。
「こういう時に……出張る奴らがいるんだよ……」
 苦しそうにしながらも、春鈴を安心させるように笑う浩宇。
「――ああ、来たようだ……」
 優炎がそう言って入り口のほうを見つめる。
 浩宇もホッとしたように大きく息をつき、ゴロリと床に背中をつける。
 春鈴も入り口を見つめ耳をすませていると、たくさんの足音がこちらに向かって来ている音が聞こえてきた。
 そして入り口近くの護衛たちを押しのけながら現れたのは、ダボっとしたシルエットの生成り色の服を着てゴーグルで目を隠し、顔にも布を巻き付けた極力素肌を隠している団体だった。
 なにを基準に選ばれたのか、体の大きい者や小さい者、しっかりと鍛えている者にそうは見えない者、なんともちぐはぐな印象を受ける集団だった。
「――粉とか絶対吸い込まなそう……っていうのだけは分かった」
「健康な奴には毒だからな……」
 春鈴と優炎がそんな会話をしていると、隊長らしき体の大きな男性がツカツカと歩いてきて口を開いた。
「――まず蒼嵐様を医務室にお運びします」
「頼む。 それとすまんが……」
 その大柄な男に優炎が言いにくそうに声をかける。
 そんな短い言葉だったが、男にはそれで意味は通じたらしく、一つ大きく頷いて話を続けた。
「はい。 お二人も同様に」
「……ありがたい」
 優炎がホッと息を漏らすと同時に、ぞろぞろと部屋に入ってきていたゴーグルをかけた集団が三人を立たせたり担架に乗せたりと、手慣れた手つきでこの部屋から連れ出していく。
 殺気立っていた護衛たちだったが、蒼嵐が気絶したことやゴーグルの集団が到着したことで大分落ち着きを取り戻し、一人また一人とその場を離れはじめこの事件を終息させようと動きだす。
 そんな龍族たちの姿を眺め、脱力したように床に足を投げ出しながら安堵の息をついていた。
そして来られた家具や床に舞い落ちた銀の粉なとを見つめ、
「――じゃあ、私はここの掃除かな……」
と、呟く。
 しかしその言葉に隊長風の男が反応し、未だに床から建てないでいる春鈴に手を差し伸べながら口を開いた。
「いえ、春鈴殿にはこの事件の詳細をお聞かせ願たく……」
「……えっと……ここで、ですか?」
 春鈴はメチャクチャになってしまった部屋を見回しながらたずねる。
「場所を移します。 我々に同行していただきたい」
「あ、はい……」
 春鈴がこくりと頷くと男お手を借りて立ち上がる。 そして促されるままに部屋を後にした。
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