【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

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「あー……春鈴?」
 離宮へと続く廊下を歩きながら、蒼嵐は隣を歩いている春鈴に声をかける。
「なに?」
「――暴走龍はな? 暴走して暴れまわるから暴走龍と呼ばれるんだ」
「……そっか?」
「だから爆発はしないぞ……?」
「――えっ⁉︎ だって! ……えっ⁉︎」
 春鈴は驚愕の表情を蒼嵐に向けながら必死に記憶を探る。
(え⁉︎ だって誰かが爆発して――みたいなこと言ってなかった⁉︎ だからずっと危険だと思ってたのに⁉︎)
「――分かったならとっとと歩け……」
 大きなため息をついた蒼嵐は、そう言いながら疲れたように首を横に振った。
 蒼嵐と並びながら廊下を歩いていた春鈴には、ふと沸き起こった疑問に頭を捻っていた。
(――あれ? 帆さんは龍族だから星雫石を持っていた。 薬みたいなものだから……――なら私のかんざしに入っていた石は……? え、ばっちゃ本格的に石宝村の関係者だったり……?)
「そんなわけ……」
 動揺した春鈴はポツリと声をもらしてしまう。
「どうした?」
 その声に反応して蒼嵐が振り返る。
「あ、いや……その――ばっちゃが……星雫石を持ってたみたいで……」
「……美羽蘭が?」
「うん……――でもさ⁉︎ 石宝村とは関係ないよね⁉︎」
 不安な気持ちを押し殺すように、無理やり笑顔を張り付けながら明るい声で言う春鈴だったが、その目は不安に満ちあふれていた。
 根拠などなくても構わないから、一言「そうだな」と同意して欲しかった。
「――ああ……美羽蘭はあれだけ美しい龍の瞳を持つ稀布の織り手――手に入れる機会も多かったのではないか?」
 蒼嵐の言葉に春鈴は思わず眉をひそめてしまう。
 そして迷いながらもおずおずと口を開いた。
 同意は欲しかったが、その答えはあまり納得のできるものではなかったのだ。
「――基本は山暮らしですが?」
(しかも借金まみれの貧乏暮らしでしたけれども?)
「だが美羽蘭は昔は求婚者が後を絶たなかったといっていたろう?」
「まぁ……?」
「実際、モテたと思うぞ。 稀布の織り手というだけでみなが好意的になろう。その上、あの瞳は宝石のように美しい」
(……え? 龍族的にはそんな評価で……――じゃあ、あの話もあながちウソとかではない可能性が……? だって実際、貴重な星雫石を貰ってて……貰ってて? ――ってことはつまり……――)
「貢ぎ物か……」
「そういう事だろうな」
「――ズルイ」
「は?」
「だって! 私だって同じような色合いの目で稀布の織り手なのに! なんで私は全然モテないの⁉︎」
 唇を尖らせながら不満を口にする春鈴。
 あいにく顔立ちはそこまで似てはいなかったが、髪の色合いも祖母譲りであったため、そこまで扱いに違いがあるならば面白くはなかった。
「――里に来る前、美羽蘭が春鈴は一人で山を出るのは初めてだと言っていたが、それは事実か?」
「……え? そうだけど……?」
「……だからだろうな?」
「――だから?」
「美羽蘭――つまりは祖母と行動を共にしていたんだろう?」
「まぁ……? 家族全員で出かけることもあったけど、大体はばっちゃと一緒」
「――祖母の前で若い娘を口説ける男は珍しかろうな?」
「あ……っ⁉︎」
「――……欲しいの、ならば……――くれてやる」
 蒼嵐は視線を揺らし、落ち浮かなそうにソワソワと指を動かしながら言葉を紡いだ。
「えっ⁉︎」
「……お前が里ですった墨代や料理代分の給料にでもすればいい」
 蒼嵐の言葉にじわじわと瞳を輝かせ始める春鈴、そしてそのほほを紅潮させるとうっとりと蒼嵐を見つめる。
 そんなとろけそうな瞳で口を開いた。
「――キラキラのでっかいのでもいい⁉︎」
「欲まみれだな⁉︎」
「ねぇ! 私豪華なのがいい!」
 そんなやりとりを交わし合いながらじゃれるように廊下を進んでいく二人。
 そんな二人の後ろ――ひっそりと背後を護衛していた優炎と浩宇は、笑いをかみ殺しながらニヤニヤと肩をすくめ合うのだった――
 

 
 ――そんな会話をしてから数日後。
 
 諸々の手続きが終わり、美羽蘭と春鈴は正式に朱家の一員となった。
 それと同時期に、龍族側と人間の国で交渉がもたれ、人王の静養の長期延長と泰然の大臣辞任も決まっていた。
 そして――
 
 とうとう春鈴が蓮歌山へと帰る日がやって来た――
「……蒼嵐、色々ありがとね?」
 荷物を手にした春鈴は、帰り支度を終えて蒼嵐に最後のあいさつをするために話しかけた。
「ああ。 俺たちも世話になった――無事に送り届けてくれ」
 前半は春鈴に、後半は優炎に向けて蒼嵐は言った。
 そして春鈴からの返答を待つでもなく再び手元の書類に視線を落とした。
(えー……私、今日家に帰るんですけど……あっさりすぎない……?)
 春鈴は黙々と書類仕事を続ける蒼嵐を見つめ、少しだけ唇を尖らせた。
「――ではそろそろ……」
 そんな春鈴に優炎がそっと声をかけ出発を促す。
「はーい……」
 優炎の背中を追いながら、後に続いて部屋を出た春鈴は面白くなさそうに心の中でぼやく。
(……ほかの護衛の人たちも、厨房の人たちも見送りとかしてくれないのか……――仕事中だし、そりゃそうか……)
 トボトボと廊下を歩いている春鈴だったが、ふっと紫釉と橙実にきちんとしたお礼をしていないことに気が付いた。
朝食の際に「今日が最後か……」「寂しくなるね」「お世話になりました」という、会話はしていたが、きちんとした挨拶すらしていなかったのだ。
(帰る日が決まったってことは伝えた時、簡単にはあいさつしたけどちゃんとしたのはやってない……もしかしたらこれで最後かもしれないのに……)
 そうは思いたくはなかったが、いままで龍族の、しかも護衛が付くような者たちと関わったことなどなかった春鈴は、二人とどうやったら会えるのか想像もつかなかった。
意を決したようにゴクリとつばを飲み込むと、前を歩く優炎に話しかける。
「――あのっ! 紫釉様や橙実様にちゃんとご挨拶してなくて、今から挨拶しに行ってもいいですか?」
「それは――……」
 春鈴の言葉に優炎は表情を曇らせ、答えにくそうに眉を寄せた。
「……だめ、ですかね?」
「ご本人たちは春鈴を歓迎するだろうが、侍女や護衛たちはあまりいい顔はしないだろう」
「あー……先触れも出さず……的な?」
「そのようなものだ。 ――それに春鈴の立場が変わってしまっている。 以前は“蒼嵐様が招いた稀布の織り手”だったが、今は“朱家が後ろ盾となった織り手”になっているからな」
「――そんな扱いだったんですね……?」
「ここの連中は階級にこだわる――俺や浩宇もだがな」
(……それはよく知ってる。 二人に何か渡す時は同時! 優劣はつけない! 春鈴しっかり覚えてる)
「でも……それじゃ無理ですよね……いきなり言い出してごめんなさい」
 そう言いながらペコリと頭を下げる春鈴。
「いや、気を回してやれずすまんな」
「そんな! 私が考え無しだっただけで……」
 そう言って春鈴はヘラリと作り笑いを顔に張り付け少しだけ肩を落とした。
「――……そろそろ、行こうか?」
 しょんぼりしている春鈴に、気まずそうにしながらも優炎はそっと声をかけた。
「はい……」
 その声に小さくうなずいた春鈴は、むりやり顔を上げると再びトボトボと優炎の後に続くのだった――
 
 ――そして春鈴は龍の里での生活に終止符を打った――
 
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