うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人

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第47話 戦いの火蓋が切られる

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 押し寄せてきた大勢の賊徒達の前にコウトの街は陥落寸前。
 降伏勧告も為され、後は街がそれを受け入れるか否かを迫られていた。

 街の交渉役の話では明日には降伏勧告を受け入れて開門されるだろうとの見通しから、すっかり気が緩んだ賊徒達はその日の夕方から街近くの丘の上の陣地で商人から奪った大量の酒樽を開けて、前祝いとばかりに街の周辺に出していた見張りも戻ってきて宴会を開いていた。そして宴会が始まってから時間も大分経過して辺りはすっかり夜の帳に包まれている。

「ワッハッハ、商人から奪ったこの酒だがなかなかの上物だな」
「酒精は強いが優しいまろやかさがある。これならいくらでも飲めそうだ!」
「鼻孔をくすぐるこの香り。旨い酒だからつまみにも合うぜ」
「ただ熟成させただけでなく、幾重にも重ねた音色を奏でるがごとく味が複雑に絡み合っている。そう、例えるなら大地の恵みを樽にギュッと濃縮して詰め込んで熟成させた格別な一品と言えるだろう」

 賊徒達は思い思いの感想を口々に言いながら飲めや歌えやの大騒ぎだ。これも明日には一つの街が簡単に自分達の物になるという安心感と高揚感があるからだろう。酔ってきたのか焚き火を囲んで車座になって酒盛りをしながら話していても呂律が回らなくなってきている者もいる。


 だが、その頃。賊徒達が大宴会を開いている丘の上の陣地から少し離れた場所の森の中には、賊徒達とは別の完全武装した集団が息を潜めて静かに隠れていた。賊徒達からは森の中は暗くて良く見えていない。賊徒を恐れて降伏を間近に控えた街を侮っているせいか、今夜は街周辺への見張りも戻って来て宴会に加わっているので誰も気づく様子がない。

 そう、その集団とはコウトの街の自治部隊。即ち、街に雇われたエリオ率いる第三部隊の面々だった。実はエリオ達の第三部隊は賊徒がコウトの街に姿を見せる少し前にこっそりと街を出て別の場所へ移動していたのだ。この森とは別の場所で火を使わずに野営をしながら待機していて、物見だけを偵察目的で動かして隠密行動をしていたのだ。

「エリオ殿、賊徒の奴らはまんまとこちらの策に嵌ってすっかり気が緩んで酒を飲みながら大宴会を開いていますぞ。ここからでも賊徒達の騒ぐ声が聞こえてきますな」

「ああ、上手くいくかどうか多少は賭けみたいな部分もあったけど、賊徒達には街の交渉役の話を聞いて慢心して驕った気持ちがあったのが決定的だったね」

「さすが兄者とラモンというところか。それがしは兄者達が味方で良かった」

「カウンさん、皆が俺達に付いてきてくれるからこそやれる策なんだからさ。決して俺達だけの力ではないよ。第二部隊の協力も不可欠だったしね」

「エリオの兄貴。おいらに小隊の指揮を任せてくれてありがとうな。出番が来たら思う存分暴れて兄貴の期待に応えてみせるぜ」

「うん、ゴウシさんの武力と統率力は隊の強みだからね。頼むよ」

 そう、ゴウシさんは少し思慮が足りないとカウンさんは評しているけど、戦いの才能はピカ一で武力も統率力もある。カウンさんと同等の武力を持つゴウシさんを上手く扱える俺やカウンさんやラモンさんがいる限り安心だ。ゴウシさんも俺と模擬戦を行った結果、俺の圧倒的な強さに惹かれてカウンさんと同様に俺に心服してくれたしね。

「エリオさん、僕も頑張るっすよ。ソルンもそうだよな」
「はい、僕も精一杯頑張ります」

「ロドリゴもソルンも無茶をして孤立しないようにな」

「エリオ。あたし達も忘れちゃ駄目だよ」
「そうですよ。後衛は任せてください」

「リタとミリアムも頼むぞ」

 戦闘の口火を切るのは後衛のリタ達だからな。

「ところで兄者よ。通りすがりの商人に変装してわざと酒樽を賊徒達に奪われに行くとは考えましたな。隊長の兄者自ら危険を顧みず敵の眼前に護衛も連れずに荷馬車を引いて行くとは兄者の強さを知るそれがしも心底肝を冷やしましたぞ」

 そうなのだ。賊徒のいる陣地の前を通りかかり、酒樽を奪われた商人とは誰あろう俺だったのだ。この策を実行しようと考えた時からこの役は自分でやろうと決めていた事であり、むしろ他の誰よりも強い俺だからこそ例え賊徒に疑われて危険な状態になった場合でも切り抜けられる確率が高いと踏んでいたのだ。護衛がいないのを疑われるかもしれなかったが、賊徒達も酒樽を目の前にしてそっちに気が向いたのか運も味方して事なきを得た。

 賊徒達も街から出てきた商人ではなく、これから街へ向かおうとしてる商人がまさか自分達を密かに攻撃しようとしている部隊の隊長だったとは思ってもみなかったであろう。街から出てきた者だったら何かあるのではともっと疑われていたはずだ。自画自賛ではないが、俺の演技も迫真に迫っていたと自分自身を褒めてあげたいくらいだ。

 もし万が一俺が賊徒に怪しまれて危なくなった場合もすぐ近くにコルとマナを念の為に潜ませて野生の魔獣がたまたま出てきたように思わせて賊徒の邪魔をするつもりだった。それに、身体能力が大幅に向上している俺ならば確実に逃げられるという自信もあった。

「街を巡る旅役者にでもなれるかな?」

 俺の言葉に皆笑いながら無言で頷く。

「それではエリオ殿。賊徒は眠る者も出てきて機が熟してきましたので攻撃開始の合図を」

「わかったよラモンさん。それでは皆の武運を祈る!」

 そして最後に俺の脇に控えるコルとマナに念話を送る。

『コル、マナ。おまえ達にも大いに期待してるからな』

『主様の為に僕も頑張るぞ!』
『エリオ様のそばで戦えて私は嬉しいです』

『うん、頼んだぞ!』

 俺はいつでも行ける準備を整えて整列した第三部隊の隊員達を見渡すと、皆それぞれやる気に満ちた顔を俺に向けていた。これなら大丈夫だ。

 俺は静かに、そしてゆっくりと右手を上げた。すぐ後ろに控えていた隊員がそれを見て、薬草から抽出した夜間でも薄く光る薬が塗られている白い手旗を両手で掲げて決められた法則の動きで振り始めた。

 部隊全体が合図を受けて静かに森の中を前進する。
 そろそろ弓や魔法の射程距離に入る位置に近づいてきた。

 後衛の弓と魔法担当の隊員達が前に出てきて攻撃の準備を始める。後は俺の指示を待つだけだ。今いる森の出口手前からはしっかりと酒に酔った賊徒達の姿が見えている。眠っている者も大勢見受けられ油断しているおかげでこちらにはまるで気づいていない。

 それを見た俺は右手を高々と上げて指示の声を出した。

「攻撃開始!」

 今ここに俺達第三部隊と賊徒との間で戦いの火蓋が切られたのだった。
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