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安東先生と杉森先輩
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「安東先生の、同級生……?」
わたしの思考がフリーズする。先生の言っていることの意味が分からなかった。
だって、安東先生は四十代から五十代ぐらいの年齢に見えるし、そんな奴が中学校のバスケ部に混ざっていれば「オッサンがいるぅう~!」ってなるはず。
だけどあの時に現れたシックスマンは明らかにわたし達と同年齢ぐらいに見えた。そうなると矛盾が生じる。
でも、ってことは……。
「あのドリブル男子、やっぱりもう死んでいるってこと?」
思わずタメ口で訊いてしまったけど、先生は何も答えずにあずき色の床タイルを眺めていた。
「先生、教えて下さい。どうして先生の同級生が勝手にバスケ部の練習に参加しているのかを」
三橋がさらに質問を重ねていくと、安東先生は「これは逃げきれないな」とばかりに話を始める。
「杉森と俺は、もう何年も前にウチでツートップと言われていた名選手だった」
わたしと三橋は口を挟まずに頷いて続きをうながす。
「シンジは……いや、杉森は天才だった。当時はスラムダンクの連載が終わったか終わっていなかったぐらいでな」
スラムダンクっていうのは有名なバスケ漫画で、親の世代で大人気だったと聞いている。今でも読んでいる友達もいるし、映画にもなったのは知っていた。
「あいつの動きは流川楓ってキャラに似ていてな。それでいて性格はストイックで練習の虫だった。今でもあれだけの才能を持った選手を探すのは難しいだろう」
「そうだったんですね」
「ああ、でも運命の女神とやらは残酷なもんだ。あいつ一人でも全国に行けるレベルなぐらいの強さだったのに、ある日悲劇が起きた」
そう言う時の安東先生は、とても悲しそうな目をしていた。
「あれは県大会の決勝だった。試合は半分を経過して、ウチが優勢になっていた。杉森のプレーに、相手チームは完全に圧倒されていた。明らかに違う生き物が縦横無尽にコートを移動している。そんな姿を見れば誰だって呆然とするに決まっている」
あのドリブルしながら走るシックスマンは全力疾走するわたしでも捕まえることができなかった。なんだかその姿が想像できた。
安東先生が話を続ける。
「この調子でいけば今日も楽勝だろう。俺たちも念願の全国大会だ。そう思った時、何人ものディフェンスをかい潜ってシュートを決めた杉森が急に胸を押さえて苦しみだした。俺たちは一瞬何が起こったのか分からなかった。ただ、杉森は今までにないくらい真っ青な顔をしていた。これはまずい。すぐに異常を察知した当時の顧問が救急車を呼んだ」
「……」
「エースが苦しみながら担架で運ばれていく。強制的に杉森が退場となった中、俺たちは大きな動揺を抱えながら試合に戻った。だけど、あんなことがあった後に集中なんてできるはずがない。チームの支柱を失った俺たちはあっさりと逆転を許し、そのままボロ負けして全国への切符を失った」
わたしも三橋も何も言えなかった。スポーツをやっていなくても、全国大会に出たいと頑張る人の気持ちぐらいは理解できる。それが目の前で無くなってどれだけの落胆を生むのか。でも、これで話が終わりじゃないことぐらいはわたしでも分かる。
「最悪だったのはその後だ。試合に負けて呆然とする俺たちに、恐れていた知らせが届いた」
「……」
「杉森が亡くなった。そう聞かされて、俺たちはその意味が分からなかった。杉森が死んだ? まさか。だって、ついさっきまで元気に試合をしていたじゃないか。そんな気分だった。今思えば、そうでもしないと俺の心が持たなかったのかもしれないな」
安東先生は「ふう」と息をついてから続ける。
「原因は心不全だった。理由は分からない。何らかの理由で、杉森の心臓が活動を止めてしまった。持病を抱えていたわけでもなく、健康そのものの人間だった。そんな人間でも、ある日突然に死が訪れることはある」
寂しそうに言う先生は、まだ杉森先輩の死を受け入れられていないようにも見えた。きっと、それだけ先生にとって大切な存在だったんだろうなって思う。
「あいつは変わった奴だった。ドリブルをしながら登校してくるし、常にどうやったら上達できるかを授業中にまで考え続けて怒られているような奴だった。だからこそ天才だったのかもしれないけどな」
「先生も杉森先輩のことは認めていたんですね」
三橋がそう言うと、先生は少し嬉しそうに答える。
「そりゃそうだ。みんながあいつになりたがっていたんだからな。俺もツートップとは呼ばれていたけど、あいつの付属品みたいなものだったよ」
「それじゃあ、先生はなんであのタイミングで杉森さんが出てきたんだと思います?」
その言葉で、先ほどまでくっくと笑っていた先生がピタッと止まった。
「さて、なんだろうな。でも、あいつが現れたのは今日にはじまったことじゃないんだ」
「えっ……」
先生の発言にわたしは思わず声を失う。
「私がこの学校に教師として戻って来ると、ああやって突然姿を現すようになった。あそこまで堂々と出てきたのは今回が初めてだったけどな」
「杉森先輩が出てくると知っていたということですか?」
「正直、はっきりと姿を見たのは今日が初めてだった。だけど、ドリブルの音がもう一つ聞こえるというのは前からあったし、世代によっては学校の七不思議に数えられているはずだ」
えっと、あのシックスマンって、そんなに長い歴史があるの?
「正直な、俺も当初からずっと幻覚とか幻聴だと思っていた。というのも、あいつと過ごした場所がこの学校だからな。当時の思い出が脳を刺激して、そんな姿や音を聞かせているだけだろうと思っていた。だけど、今日の練習であいつが出てきたせいで、明らかに杉森は思い出ではなく目の前の現実にいることを知った。幻覚じゃなかったと知って、逆に驚いたよ」
それであんなにびっくりした顔で立ってたんだ。まあ、それ以前の段階で驚く以外にリアクションの取りようのないことはいくらでもあったけど。
「杉森先輩はなんで出てきたんでしょうね?」
三橋が率直な質問をすると、先生は床を見つめて考え込む。
「分からん。もしかしたら、まだあいつは最後の試合をしている最中なのかもな」
そう言った先生の顔は、嬉しそうにも悲しそうにも見えた。
わたしの思考がフリーズする。先生の言っていることの意味が分からなかった。
だって、安東先生は四十代から五十代ぐらいの年齢に見えるし、そんな奴が中学校のバスケ部に混ざっていれば「オッサンがいるぅう~!」ってなるはず。
だけどあの時に現れたシックスマンは明らかにわたし達と同年齢ぐらいに見えた。そうなると矛盾が生じる。
でも、ってことは……。
「あのドリブル男子、やっぱりもう死んでいるってこと?」
思わずタメ口で訊いてしまったけど、先生は何も答えずにあずき色の床タイルを眺めていた。
「先生、教えて下さい。どうして先生の同級生が勝手にバスケ部の練習に参加しているのかを」
三橋がさらに質問を重ねていくと、安東先生は「これは逃げきれないな」とばかりに話を始める。
「杉森と俺は、もう何年も前にウチでツートップと言われていた名選手だった」
わたしと三橋は口を挟まずに頷いて続きをうながす。
「シンジは……いや、杉森は天才だった。当時はスラムダンクの連載が終わったか終わっていなかったぐらいでな」
スラムダンクっていうのは有名なバスケ漫画で、親の世代で大人気だったと聞いている。今でも読んでいる友達もいるし、映画にもなったのは知っていた。
「あいつの動きは流川楓ってキャラに似ていてな。それでいて性格はストイックで練習の虫だった。今でもあれだけの才能を持った選手を探すのは難しいだろう」
「そうだったんですね」
「ああ、でも運命の女神とやらは残酷なもんだ。あいつ一人でも全国に行けるレベルなぐらいの強さだったのに、ある日悲劇が起きた」
そう言う時の安東先生は、とても悲しそうな目をしていた。
「あれは県大会の決勝だった。試合は半分を経過して、ウチが優勢になっていた。杉森のプレーに、相手チームは完全に圧倒されていた。明らかに違う生き物が縦横無尽にコートを移動している。そんな姿を見れば誰だって呆然とするに決まっている」
あのドリブルしながら走るシックスマンは全力疾走するわたしでも捕まえることができなかった。なんだかその姿が想像できた。
安東先生が話を続ける。
「この調子でいけば今日も楽勝だろう。俺たちも念願の全国大会だ。そう思った時、何人ものディフェンスをかい潜ってシュートを決めた杉森が急に胸を押さえて苦しみだした。俺たちは一瞬何が起こったのか分からなかった。ただ、杉森は今までにないくらい真っ青な顔をしていた。これはまずい。すぐに異常を察知した当時の顧問が救急車を呼んだ」
「……」
「エースが苦しみながら担架で運ばれていく。強制的に杉森が退場となった中、俺たちは大きな動揺を抱えながら試合に戻った。だけど、あんなことがあった後に集中なんてできるはずがない。チームの支柱を失った俺たちはあっさりと逆転を許し、そのままボロ負けして全国への切符を失った」
わたしも三橋も何も言えなかった。スポーツをやっていなくても、全国大会に出たいと頑張る人の気持ちぐらいは理解できる。それが目の前で無くなってどれだけの落胆を生むのか。でも、これで話が終わりじゃないことぐらいはわたしでも分かる。
「最悪だったのはその後だ。試合に負けて呆然とする俺たちに、恐れていた知らせが届いた」
「……」
「杉森が亡くなった。そう聞かされて、俺たちはその意味が分からなかった。杉森が死んだ? まさか。だって、ついさっきまで元気に試合をしていたじゃないか。そんな気分だった。今思えば、そうでもしないと俺の心が持たなかったのかもしれないな」
安東先生は「ふう」と息をついてから続ける。
「原因は心不全だった。理由は分からない。何らかの理由で、杉森の心臓が活動を止めてしまった。持病を抱えていたわけでもなく、健康そのものの人間だった。そんな人間でも、ある日突然に死が訪れることはある」
寂しそうに言う先生は、まだ杉森先輩の死を受け入れられていないようにも見えた。きっと、それだけ先生にとって大切な存在だったんだろうなって思う。
「あいつは変わった奴だった。ドリブルをしながら登校してくるし、常にどうやったら上達できるかを授業中にまで考え続けて怒られているような奴だった。だからこそ天才だったのかもしれないけどな」
「先生も杉森先輩のことは認めていたんですね」
三橋がそう言うと、先生は少し嬉しそうに答える。
「そりゃそうだ。みんながあいつになりたがっていたんだからな。俺もツートップとは呼ばれていたけど、あいつの付属品みたいなものだったよ」
「それじゃあ、先生はなんであのタイミングで杉森さんが出てきたんだと思います?」
その言葉で、先ほどまでくっくと笑っていた先生がピタッと止まった。
「さて、なんだろうな。でも、あいつが現れたのは今日にはじまったことじゃないんだ」
「えっ……」
先生の発言にわたしは思わず声を失う。
「私がこの学校に教師として戻って来ると、ああやって突然姿を現すようになった。あそこまで堂々と出てきたのは今回が初めてだったけどな」
「杉森先輩が出てくると知っていたということですか?」
「正直、はっきりと姿を見たのは今日が初めてだった。だけど、ドリブルの音がもう一つ聞こえるというのは前からあったし、世代によっては学校の七不思議に数えられているはずだ」
えっと、あのシックスマンって、そんなに長い歴史があるの?
「正直な、俺も当初からずっと幻覚とか幻聴だと思っていた。というのも、あいつと過ごした場所がこの学校だからな。当時の思い出が脳を刺激して、そんな姿や音を聞かせているだけだろうと思っていた。だけど、今日の練習であいつが出てきたせいで、明らかに杉森は思い出ではなく目の前の現実にいることを知った。幻覚じゃなかったと知って、逆に驚いたよ」
それであんなにびっくりした顔で立ってたんだ。まあ、それ以前の段階で驚く以外にリアクションの取りようのないことはいくらでもあったけど。
「杉森先輩はなんで出てきたんでしょうね?」
三橋が率直な質問をすると、先生は床を見つめて考え込む。
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