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第2話 ねた魅
(8)ぼた雪と大風
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ジリジリ。スルスル。ジリジリ。
蛇たちは、音もなく近づいて来る。
気づけば、ふたりは蛇に取り囲まれていた。
シューッ! シーッ! シーッ! シュッ!
蛇が出す威嚇の音は、ますます大きくなっていく。
辺りに響き渡る音に、生臭い息が混じる。
巳之吉は、ゾワゾワと肌に嫌なものが走る心持ちがする。
その怖気を拭い去りたくて、手のひらで腕をゴシゴシとさすってしまう。
けれど、桔梗は慌てた様子もない。
「ふむ……。このままでは、埒が明きませぬ」
独り言めいたことを呟くと、長巻の刀身に手のひらをかざし始める。
かざした部分に、紫色の炎が宿る。
炎は、油を垂らしたものの上を燃え広がるようにして進む。
すぐに、刀身全てが紫色の炎に包まれる。
炎が満遍なく刀身に行き渡ったのを見届けると、桔梗は長巻を構えた。
飛び掛かってくる蛇たちを、向かって右上から左下に袈裟に斬る。
刀をくるりと返すと、今度は左下から右上へと逆袈裟に。
それから、体を引きながら、左右に薙ぎ払う。
ひたすらに、薙ぐ。
くるりくるりと斬り、薙ぎ続ける桔梗。
その神職のような袴姿と相まって、何やら奉納の舞のようにも見える。
刀身の炎で斬られた蛇は、瞬時に、砂の如くサラサラと消え失せる。
宙で斬られた蛇は、サラサラと砂になって落ちては消える。
「おおっ! こりゃあ、さっきよりも、よっぽどすげぇ!」
感心しきりの巳之吉。
ところが、当の桔梗は、納得のいかない様子で溜め息をもらす。
「……ふぅ。これでは、いけませぬ」
「おぅ? なんでだよ? 蛇どもは、バンバン消えてってるぜ?」
「いえ……。よくご覧ください。蛇は、一向に減ってはいぬのです」
「なにぃ? 嘘だろ?」
桔梗の剣舞に見惚れていた巳之吉が、改めて蛇のほうを見やる。
あれだけ斬り、薙ぎ払ったはずなのに、減ったようには見えない。
「おかしいじゃねぇか。どういうことでぃ?」
「えぇ。斬り伏せた分だけ、再び湧いているようです。
おそらく、全てを一気に片付けねばならぬということかと。
全ての蛇を一気に長巻の間合いに入れるのは、難しいでしょう」
「それじゃあ、いってぇ、どうすりゃいいってんだ……」
困り果てた、ふたり。
ふぅむと溜め息をつくと、腕を組んで、むむむぅと唸る。
その時、巳之吉の腰の辺りから声が聞こえる。
「おぬしらは、阿呆か? 何度言わせれば気が済むのかのぅ?」
ハッとしたように、巳之吉が腰に指した扇子を抜く。
そして、それに向かって話しかける。
「黒助か? そういや、おめぇのこと、すっかり忘れてたぜ」
「相も変わらず、無礼な男じゃのう」
「はははっ! すまねぇ、すまねぇ!」
「困った時は、呼べと言っておろうに」
「そうなんだけどよ。つい、忘れちまうのよ。
桔梗とふたりだけで、なんとかしなきゃあって思っちまう」
「まぁ、我も、おぬしらを助けるつもりなど無かったからのぅ。
少し前まではの。それゆえ、慣れぬのも仕方あるまい」
「だろ? おめぇに心があって喋るなんてよぅ! 思わねぇじゃねぇか」
「調子に乗るな。おぬしの、その頭は笊か?」
「うへへ。うめぇこと言うよなぁ、黒助。
すくっても、すくっても、なぁんにも残りゃぁしねぇ。
俺の頭も、魂とやらもな」
「決して、そのようなことは……」
「いいってことよ、桔梗よぅ。これも自業自得、因果応報ってやつだ。
今は、目の前の蛇どもを、どうにかしちまおうぜ。
黒助、策はあんだろうなぁ?」
「当然だ、笊頭と同じにするな」
「おぅ? 言うじゃねぇか。それじゃあ、いっちょ、頼まぁ!」
パラリ、パラパラ。
巳之吉は、扇子を広げる。
扇子に描かれた、恐ろしげな顔の龍の姿が見える。
ぬぅっと音もなく、龍は黒雲をまとって扇子から抜け出してくる。
その手には、金色に輝く宝珠が握られている。
龍は、ふたりの前でみるみるうちに大きくなっていく。
抜け出した時は、扇子と同じ身の丈だった龍が、どんどん大きく。
身にまとう黒雲も、龍に合わせるかのように。
もくもく、もくもく、もくもく。
あっという間に、場を覆うほどの龍と黒雲へと変わる。
ヒヤリ。
龍と黒雲が、その場を覆ってしまうと冷たい風が首筋を撫でる。
巳之吉は、思わず声を上げる。
「ひゃぁ! 冷てぇ! どっから吹いてきた風だぁ?」
巳之吉の声に応える者はない。
やがて頭上から大きな白いものが、ぼたぼたと落ちてくる。
「なんだ、なんだ。雪じゃねぇか。こりゃあ、ぼた雪ってやつか」
黒雲の隙間から、大きくて重たげな雪の粒が落ちている。
ぼたぼた、ぼたぼた。ぼたぼた、ぼたぼた。
雪は地面に落ちる頃には、手のひらくらいの大きさになっていく。
ぼたり。
ひとつの雪の粒が、蛇一匹を包むように落ちる。
包まれた蛇は、身じろぎひとつ取れなくなる。
「な~るほど。蛇は、寒みぃとこが苦手だもんなぁ!
やるじゃねぇか、黒助。……へっくしょいっ! 俺も苦手だったわ」
幾粒もの雪が落ち、幾百もの蛇をすっかりと包んでしまう。
ザアァァァァァ……。
今度は、大風が吹いてくる。
ぐるぐると渦を巻くように吹く風は、地面を撫でるように進む。
風は、蛇たちをかき集めながら進む。
瞬く間に、こんもりと雪山が出来る。
地面に散らばった、蛇を包んだ雪の粒で出来た雪山。
「ほへぇ、こいつは、てぇしたもんだ」
寒さに震えながらも、巳之吉が雪山を見上げて感嘆の声を上げる。
「感心などしとる場合か。我が、ここまでしてやったのだぞ。
さっさと始末せぬか!」
龍の声が、天井付近から響いてくる。
「おうおう! 口うるせぇ黒助だなぁ!
桔梗、すまねぇが、いっちょ、頼むわ」
「はい。黒助殿。助太刀、感謝申し上げる。
こうなれば、十分に長巻の間合いにございます」
言うなり、桔梗が構え直した長巻を振る。
袈裟から逆袈裟へ、流麗な動きで雪山に『くの字』のような炎が描かれる。
「よっ! 秘技、燕返し!」
おかしな合いの手を入れる巳之吉には構わず、桔梗は何度かくり返す。
紫色の炎は、斬られていないところにも次々と燃え移る。
雪山はみるみるうちに、紫色の炎の山へと変わる。
そして、すぐに、サラサラの砂のようなものになっていく。
それは、丁度、かまどの灰をかき集めたようにも見える。
が、それらは、ほんの刹那のこと。
サラサラと端から崩れて、どこへともなく消えていく。
「ふぃ~っ! ようやく消えやがったか。
俺ァ、な~んもしてねぇってのに、なにやらくたびれたぜ」
かいてもいない額の汗を拭うような仕草で、巳之吉が言う。
「気を抜いておる場合か。ほれ、糸が逃げよるわ」
龍の声に、巳之吉が辺りを見回す。
すると、紫色にボゥッと光る糸が、そろそろと動き出している。
音もなく忍び寄る蛇のように。
今度は、音もなく糸が逃げ去ろうとしていた。
蛇たちは、音もなく近づいて来る。
気づけば、ふたりは蛇に取り囲まれていた。
シューッ! シーッ! シーッ! シュッ!
蛇が出す威嚇の音は、ますます大きくなっていく。
辺りに響き渡る音に、生臭い息が混じる。
巳之吉は、ゾワゾワと肌に嫌なものが走る心持ちがする。
その怖気を拭い去りたくて、手のひらで腕をゴシゴシとさすってしまう。
けれど、桔梗は慌てた様子もない。
「ふむ……。このままでは、埒が明きませぬ」
独り言めいたことを呟くと、長巻の刀身に手のひらをかざし始める。
かざした部分に、紫色の炎が宿る。
炎は、油を垂らしたものの上を燃え広がるようにして進む。
すぐに、刀身全てが紫色の炎に包まれる。
炎が満遍なく刀身に行き渡ったのを見届けると、桔梗は長巻を構えた。
飛び掛かってくる蛇たちを、向かって右上から左下に袈裟に斬る。
刀をくるりと返すと、今度は左下から右上へと逆袈裟に。
それから、体を引きながら、左右に薙ぎ払う。
ひたすらに、薙ぐ。
くるりくるりと斬り、薙ぎ続ける桔梗。
その神職のような袴姿と相まって、何やら奉納の舞のようにも見える。
刀身の炎で斬られた蛇は、瞬時に、砂の如くサラサラと消え失せる。
宙で斬られた蛇は、サラサラと砂になって落ちては消える。
「おおっ! こりゃあ、さっきよりも、よっぽどすげぇ!」
感心しきりの巳之吉。
ところが、当の桔梗は、納得のいかない様子で溜め息をもらす。
「……ふぅ。これでは、いけませぬ」
「おぅ? なんでだよ? 蛇どもは、バンバン消えてってるぜ?」
「いえ……。よくご覧ください。蛇は、一向に減ってはいぬのです」
「なにぃ? 嘘だろ?」
桔梗の剣舞に見惚れていた巳之吉が、改めて蛇のほうを見やる。
あれだけ斬り、薙ぎ払ったはずなのに、減ったようには見えない。
「おかしいじゃねぇか。どういうことでぃ?」
「えぇ。斬り伏せた分だけ、再び湧いているようです。
おそらく、全てを一気に片付けねばならぬということかと。
全ての蛇を一気に長巻の間合いに入れるのは、難しいでしょう」
「それじゃあ、いってぇ、どうすりゃいいってんだ……」
困り果てた、ふたり。
ふぅむと溜め息をつくと、腕を組んで、むむむぅと唸る。
その時、巳之吉の腰の辺りから声が聞こえる。
「おぬしらは、阿呆か? 何度言わせれば気が済むのかのぅ?」
ハッとしたように、巳之吉が腰に指した扇子を抜く。
そして、それに向かって話しかける。
「黒助か? そういや、おめぇのこと、すっかり忘れてたぜ」
「相も変わらず、無礼な男じゃのう」
「はははっ! すまねぇ、すまねぇ!」
「困った時は、呼べと言っておろうに」
「そうなんだけどよ。つい、忘れちまうのよ。
桔梗とふたりだけで、なんとかしなきゃあって思っちまう」
「まぁ、我も、おぬしらを助けるつもりなど無かったからのぅ。
少し前まではの。それゆえ、慣れぬのも仕方あるまい」
「だろ? おめぇに心があって喋るなんてよぅ! 思わねぇじゃねぇか」
「調子に乗るな。おぬしの、その頭は笊か?」
「うへへ。うめぇこと言うよなぁ、黒助。
すくっても、すくっても、なぁんにも残りゃぁしねぇ。
俺の頭も、魂とやらもな」
「決して、そのようなことは……」
「いいってことよ、桔梗よぅ。これも自業自得、因果応報ってやつだ。
今は、目の前の蛇どもを、どうにかしちまおうぜ。
黒助、策はあんだろうなぁ?」
「当然だ、笊頭と同じにするな」
「おぅ? 言うじゃねぇか。それじゃあ、いっちょ、頼まぁ!」
パラリ、パラパラ。
巳之吉は、扇子を広げる。
扇子に描かれた、恐ろしげな顔の龍の姿が見える。
ぬぅっと音もなく、龍は黒雲をまとって扇子から抜け出してくる。
その手には、金色に輝く宝珠が握られている。
龍は、ふたりの前でみるみるうちに大きくなっていく。
抜け出した時は、扇子と同じ身の丈だった龍が、どんどん大きく。
身にまとう黒雲も、龍に合わせるかのように。
もくもく、もくもく、もくもく。
あっという間に、場を覆うほどの龍と黒雲へと変わる。
ヒヤリ。
龍と黒雲が、その場を覆ってしまうと冷たい風が首筋を撫でる。
巳之吉は、思わず声を上げる。
「ひゃぁ! 冷てぇ! どっから吹いてきた風だぁ?」
巳之吉の声に応える者はない。
やがて頭上から大きな白いものが、ぼたぼたと落ちてくる。
「なんだ、なんだ。雪じゃねぇか。こりゃあ、ぼた雪ってやつか」
黒雲の隙間から、大きくて重たげな雪の粒が落ちている。
ぼたぼた、ぼたぼた。ぼたぼた、ぼたぼた。
雪は地面に落ちる頃には、手のひらくらいの大きさになっていく。
ぼたり。
ひとつの雪の粒が、蛇一匹を包むように落ちる。
包まれた蛇は、身じろぎひとつ取れなくなる。
「な~るほど。蛇は、寒みぃとこが苦手だもんなぁ!
やるじゃねぇか、黒助。……へっくしょいっ! 俺も苦手だったわ」
幾粒もの雪が落ち、幾百もの蛇をすっかりと包んでしまう。
ザアァァァァァ……。
今度は、大風が吹いてくる。
ぐるぐると渦を巻くように吹く風は、地面を撫でるように進む。
風は、蛇たちをかき集めながら進む。
瞬く間に、こんもりと雪山が出来る。
地面に散らばった、蛇を包んだ雪の粒で出来た雪山。
「ほへぇ、こいつは、てぇしたもんだ」
寒さに震えながらも、巳之吉が雪山を見上げて感嘆の声を上げる。
「感心などしとる場合か。我が、ここまでしてやったのだぞ。
さっさと始末せぬか!」
龍の声が、天井付近から響いてくる。
「おうおう! 口うるせぇ黒助だなぁ!
桔梗、すまねぇが、いっちょ、頼むわ」
「はい。黒助殿。助太刀、感謝申し上げる。
こうなれば、十分に長巻の間合いにございます」
言うなり、桔梗が構え直した長巻を振る。
袈裟から逆袈裟へ、流麗な動きで雪山に『くの字』のような炎が描かれる。
「よっ! 秘技、燕返し!」
おかしな合いの手を入れる巳之吉には構わず、桔梗は何度かくり返す。
紫色の炎は、斬られていないところにも次々と燃え移る。
雪山はみるみるうちに、紫色の炎の山へと変わる。
そして、すぐに、サラサラの砂のようなものになっていく。
それは、丁度、かまどの灰をかき集めたようにも見える。
が、それらは、ほんの刹那のこと。
サラサラと端から崩れて、どこへともなく消えていく。
「ふぃ~っ! ようやく消えやがったか。
俺ァ、な~んもしてねぇってのに、なにやらくたびれたぜ」
かいてもいない額の汗を拭うような仕草で、巳之吉が言う。
「気を抜いておる場合か。ほれ、糸が逃げよるわ」
龍の声に、巳之吉が辺りを見回す。
すると、紫色にボゥッと光る糸が、そろそろと動き出している。
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