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第5話「王都への旅路」
しおりを挟む正午。
約束通り、アーサーが馬車で現れた。
ただし、今回は前回とは違った。豪華な公爵家の紋章は隠され、目立たない黒い馬車。護衛も、最小限の人数だけ。
リディアは、その配慮に気づいた。
――エリーゼを目立たせないように、してくれている。
---
「ママ、あれ! すっごく大きい馬車!」
エリーゼは、目を輝かせて馬車を見上げていた。
小さな荷物を抱えて、わくわくと跳ねている。
リディアは、その姿を見て胸が痛んだ。
この子は、これから向かう場所が、どれほど危険か知らない。
---
馬車の扉が開き、アーサーが降りてきた。
エリーゼは、少し恥ずかしそうに、リディアの後ろに隠れた。
「ママ……」
「大丈夫よ、エリー」
リディアは、娘の頭を優しく撫でた。
---
アーサーは、ゆっくりと膝をついた。
エリーゼと、目線を合わせるために。
「エリーゼ」
「……はい」
「初めまして。俺は、アーサーだ」
---
エリーゼは、恐る恐るアーサーを見た。
そして、小さく微笑んだ。
「……おじさん、また来てくれたんだ」
「ああ。約束したからな」
「約束?」
「君とママを、守るって」
---
エリーゼの目が、丸くなった。
「守ってくれるの?」
「ああ」
アーサーは、優しく微笑んだ。
「だから、これから王都に行こう。いいかな?」
「うん!」
エリーゼは、嬉しそうに頷いた。
---
リディアは、その光景を見て、複雑な気持ちになった。
エリーゼは、もうアーサーに懐き始めている。
父親だと知らなくても、血は繋がっている。
それが、こんなにも自然に現れるなんて。
---
「リディア」
アーサーが、立ち上がってリディアを見た。
「準備はいいか」
「……はい」
---
リディアは、最後にもう一度、村を振り返った。
5年間、この村で生きてきた。
エリーゼを産み、育て、笑い、泣いた場所。
もう、戻ってこれないかもしれない。
---
「……行きましょう」
リディアは、小さく呟いた。
---
## * * *
馬車の中。
エリーゼは、窓に張り付いて外を見ていた。
「ママ、見て! 山だよ! すっごく大きい!」
「そうね」
リディアは、娘の隣に座り、優しく答えた。
---
アーサーは、向かい側の席に座っていた。
彼は、ずっとエリーゼを見ていた。
まるで、一瞬たりとも目を離したくないとでも言うように。
---
「エリーゼ」
「はい?」
エリーゼが、振り返った。
「好きな食べ物は、何だ?」
「えっとね……お菓子!」
エリーゼは、元気に答えた。
「特に、クッキーが好き!」
「そうか」
アーサーは、微笑んだ。
「王都に着いたら、一番美味しいクッキーを用意しよう」
「本当!?」
「ああ、約束だ」
---
エリーゼは、嬉しそうに笑った。
リディアは、その光景を見て、胸が締め付けられた。
――この二人は、本当の父と娘なのに。
それを、隠さなければならない。
---
「アーサー様」
エリーゼが、首を傾げた。
「なんで、私たちを王都に連れて行ってくれるの?」
---
アーサーは、一瞬言葉に詰まった。
そして、リディアを見た。
リディアは、小さく首を振った。
――まだ、言わないで。
---
アーサーは、ゆっくりとエリーゼに視線を戻した。
「……君のママと、俺は、昔からの知り合いなんだ」
「そうなの?」
「ああ。だから、二人を守りたいと思った」
「ふうん……」
エリーゼは、納得したようだった。
---
リディアは、ほっと息をついた。
エリーゼは、まだ幼い。
複雑な事情を理解するには、早すぎる。
---
「ママ」
エリーゼが、リディアの袖を引いた。
「なあに?」
「アーサー様って、優しいね」
「……そうね」
「ママも、アーサー様のこと好き?」
---
リディアは、息を呑んだ。
アーサーも、じっとリディアを見ている。
---
「……ええ」
リディアは、小さく答えた。
「好きよ」
---
アーサーの瞳が、揺れた。
エリーゼは、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、みんな仲良しだね!」
「……そうね」
---
リディアは、娘を抱きしめた。
――ごめんね、エリー。
ママは、あなたに嘘をついている。
でも、それはあなたを守るため。
---
## * * *
夕暮れ時。
馬車は、街道沿いの宿屋に停まった。
「今夜は、ここで休む」
アーサーが、馬車の扉を開けた。
---
エリーゼは、疲れたのか、リディアの膝の上で眠っていた。
リディアは、そっと娘を抱き上げた。
「……重いでしょう。俺が」
「いえ、大丈夫です」
リディアは、首を振った。
---
アーサーは、何も言わず、リディアをエスコートした。
宿屋の中へ。
---
部屋は、二つ用意されていた。
一つは、リディアとエリーゼのため。
もう一つは、アーサーのため。
---
「何か必要なものがあれば、すぐに呼んでくれ」
アーサーは、リディアに言った。
「……ありがとうございます」
---
リディアは、エリーゼをベッドに寝かせた。
娘は、すやすやと眠っている。
---
部屋に、静寂が訪れた。
リディアは、窓辺に立ち、外を見た。
月が、綺麗だった。
---
その時、扉がノックされた。
「リディア」
アーサーの声だ。
---
リディアは、扉を開けた。
「……何でしょう」
「少し、話がある」
「エリーが寝ているので、外で」
「ああ」
---
二人は、宿屋の中庭に出た。
星空が、広がっていた。
---
「リディア」
アーサーが、口を開いた。
「明日、王都に着く」
「……はい」
「そうしたら、お前は公爵邸で暮らすことになる」
「わかっています」
---
アーサーは、リディアを見た。
「……不安か」
「不安、ではありません」
リディアは、首を振った。
「ただ――」
---
彼女は、言葉を探した。
「ただ、エリーを守れるか、心配なだけです」
「守る」
アーサーの声が、強くなった。
「俺が、必ず守る」
---
リディアは、アーサーを見た。
その瞳には、嘘がなかった。
「……ありがとうございます」
「礼など、いらない」
---
アーサーは、リディアの手を取った。
「お前は、俺が愛した女だ。そして、エリーゼは、俺の娘だ」
「……っ」
「たとえ、世界を敵に回しても、俺は二人を守る」
---
その宣言は、誓いだった。
リディアは、涙が溢れそうになった。
でも、堪えた。
「……公爵様」
「アーサーと呼べ」
「……アーサー様」
「様もいらない」
---
リディアは、小さく笑った。
「……わがままですね」
「ああ、わがままだ」
アーサーも、微笑んだ。
「お前に関しては、いくらでもわがままになる」
---
リディアは、その手を握り返した。
温かかった。
――この手が、私たちを守ってくれる。
でも、同時に。
この手が、危険を呼び寄せるかもしれない。
---
「……おやすみなさい、アーサー」
「ああ、おやすみ」
---
二人は、それぞれの部屋に戻った。
リディアは、ベッドに横になった。
エリーゼの寝顔を見つめながら。
「……明日から、新しい生活」
呟いた声は、誰にも届かない。
「どうか、この子を守らせてください」
その祈りは、星空に消えていった。
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