ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第四章 ミノタウロスはいる【過去 鏑木孝義】

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「これから大人を呼ぶにしても、どれだけ時間がかかる? それに、親にミノタウロスの森に行ったってバレてみろ。後で馬鹿みたいに叱られるぞ」

 茜は泣き出しそうな声で「でも……」と漏らす。彼女を落ち着かせるために――いいや、自分が落ち着くために、高田でも由美香でも構わない。どちらかの無事を確認したいところだ。

「高田! 依田っ! お願いだから返事をしてくれ!」

 もう一度だけ暗闇の中に声を投げてみたが、しかし虚しく、それは闇の中へと堕ちていっただけだ。

 茜の腕をなかば無理矢理に振り解くと、近場の茂みを片っ端から探し始めた。きっと、あいつらのことだ。どこかに隠れて、こちらの反応を楽しんでいるなんてことも充分にあり得る。いいや、そう考えるのが現実的なのではないだろうか。

 由美香が悲鳴を上げるような事態に陥ってしまっていると考えるより、高田と共謀しての悪戯だと考えたほうが、まだ現実的である。

「細川、お前も黙って見ていないで手伝え」

 茂みをかき分けると、その向こう側を覗く。時にはわざわざ回り込んで茂みの向こう側へと立ってみる。しかし、高田は見つからない。由美香も見つからない。そして、茜からの返事もない。

「おい、細川――」

 振り返った鏑木は、その光景に息を飲んだ。頭の回転が追いつかず、何が起きているのか理解できない。

 茜は確かにそこにいた。それこそ、鏑木が腕を振り解いた辺りに突っ立っていた。けれども、何かがおかしいのだ。茜は何かを訴えるかのごとく、口をパクパクと動かしている。動かしてはいるが、それに声が伴っていない。

 ――何よりも驚くべきは、彼女の頭から何かが生えていた。恐る恐ると、懐中電灯の明かりを向ける。

 それが小ぶりの斧だと分かったのは、ちょうど茜の頭からそれが引き抜かれたからだった。

「ほっ、細川っ!」

 脳天を斧でかち割られた茜の頭からは、まるで噴水のごとく血が勢い良く流れ出す。彼女は顔を血まみれにしながら、ゆっくりと前へと倒れ込んだ。

 誰がどう見たって明らかだ。茜は死んでいる。かつて茜だったものは、単なる魂の容器に過ぎず、その魂を失ってしまった今となっては、単なるタンパク質の塊と化していた。

 その場に尻もちをついてしまった鏑木は、生まれて初めて知る。腰が抜ける――という慣用句の意味を。力を入れようにも力が入らない。まるで立ち上がることができないのだ。

 倒れ込んだ茜の向こう側に、ゆらりとうごめく影が見えた。その影は、ついさっきまで茜の脳天に刺さっていた斧を持っていた。
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