この手に抱くぬくもりは

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紅茶の香りと沈黙

16話 僕の声、届いて side ユリウス

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今日はルシアン様と会う日。
お母様みたいにあったかくて――僕がいちばん大好きな人。
 

ルシアン様のクッキーはとっても美味しくて、今日はどんな味だろうと、いつも胸がワクワクする。
 
「材料が少ないから、あんまり種類が作れなくてごめんね」って、ルシアン様はよく謝るけど、そんなの気にしたことなんて一度もない。
だって、あんなに優しくて、笑顔で迎えてくれる人が作ってくれたクッキーが、美味しくないわけがない。

空を見上げると、今日は黒い雲が広がっていた。
――こんな日は、どうしてもお母様のことを思い出してしまう。

でも、だからこそ早く会いたい。
ルシアン様に会って、あったかい声を聞いて、少しでも心を軽くしたかった。

なのに。

「……あれ?」

いつもなら開いている窓に、重たそうな黒いカーテンが引かれていた。

――どうして?
ルシアン様は、いつも笑って窓を開けてくれていたのに。

胸がざわざわして、奥がきゅっと締めつけられる。

別館に近づくにつれて、何か――聞こえてきた。

「……いた……い……やめて……っ」

悲鳴? ルシアン様の……?

怖くなった。足が震えそうだった。
でも……行かなきゃ。助けなきゃ。今、僕が動かなきゃ――!

僕は裏手のドアのことを思い出した。
誰も使っていない小さな裏口。今日は運よく、鍵がかかっていなかった。

ドアの隙間から、そっと覗き込んだ。

……そこで、僕は信じられないものを見た。

数人のメイドたちが、ルシアン様を――

「やめて! やめてください!」

声を出しそうになった。
でも、叫んだら気づかれるかもしれない。僕も、殴られるかもしれない。

それでも……でも……!

ルシアン様が、泣いてる。

苦しそうな声を上げて、倒れ込んでる。

「……いやだ、死んじゃう……」

涙が勝手にこぼれた。

僕なんかに何ができるか分からない。
でも、あのままじゃルシアン様が――

「お父様!」

今日は、お父様が帰ってきている日だった。

お願い、お父様――助けて。
ルシアン様を……僕の大切な人を、助けて……!

僕は、泣きながら走った。

雨がぽつりと降り始める音が、背中を叩いた。

でも、止まってなんかいられない。

僕は、あの人の手を――絶対に離したくなかったから。

「お父様! お父様!!」

泣きながら走り、お父様のところに飛び込んだ。
息がうまくできなくて、胸が苦しくて――怖くて、ただただ叫んだ。

お父様は驚いた顔で、しゃがみこんで僕を抱きとめた。

「ユリウス……どうした? そんなに泣いて。転んだのか? 痛いところは――」

「ちがう……ちがうの……! 痛いのは、ここ……!」

僕は自分の胸をぎゅっと握った。

「ここが……ここが痛いの……!」

「……ユリウス……?」

「ルシアン様が……死んじゃう……!」

その言葉に、お父様の表情が変わった。
目を見開き、まるで凍りついたように固まった。

「……ルシアン……? どうして君がその名を知っている……」

お父様の声は、いつもの優しい声ではなかった。
低く、恐ろしくて、それでいて何より――必死だった。

僕が混乱して泣きそうになると、後ろからセバス様が現れた。

「……お二人とも、落ち着いてください」

そう言って、お父様と僕の間にそっと入り込んできた。

「ユリウス様、ルシアン様に何があったのか、ゆっくりでいいから教えてくれますか?」

背中を優しく撫でられて、少しだけ息がしやすくなった。
僕は震える声で、これまでルシアン様と会っていたこと、今日別館で見たこと――メイドたちに叩かれていたことを、全部話した。

話しながらも、心臓がどんどん早くなって、ルシアン様の顔が何度も浮かんで、涙が止まらなかった。

話を聞き終えたお父様は、一瞬言葉を失い、僕をハンナに預けてセバスと共に駆け出した。

「ユリウス、ここにいなさい」

お父様の声が風にかき消される前に、僕はもう動いていた。

「まって、お父様……僕も行く……!」

ハンナ様の腕をするりと抜け出して、全力で後を追いかけた。

――だって、僕も……守りたいんだ。
ルシアン様のことを、大好きな人を……!
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