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紅茶の香りと沈黙
17話 奪われた信頼、失われた時間 sideレオニス
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なぜ――どうして、メイドたちがルシアンに暴力を振るうなんてことをしていたのか?
あの別館に近づかなかったのは、ルシアン自身が「会いたくない」「怖がっている」からだと、そう聞かされていた。
……私を、怖がっていると。
だが――それは、すべて作り話だったのか?
いや、今は考えている暇などない。
まずは、彼を――ルシアンを救わねば。
「急げ、セバス!」
雨が叩きつける中、私は走る。
濡れた石畳が足元を滑らせそうになるが、止まる気など毛頭なかった。
別館が見えた。
そこでは見覚えのあるメイドたちが、慌てた様子で扉の前で鍵を閉めようとしていた。
「何をしている!」
セバスの声が、怒気を孕んで響く。
その瞬間、メイドたちは肩をビクリと震わせ、振り返った。
「そのドアを――開けろ」
声を低く、しかし刃のように鋭く。
メイドたちは目を合わせず、唇を噛みしめたまま動こうとしない。
「……聞こえなかったのか? 主人の命令を無視するとは、どういう了見だ」
怒りに満ちた声が庭全体を震わせる。
メイドたちは青ざめ、震える手で鍵を外した。
私はそれを待たずにドアを押し開け、中に飛び込んだ。
そこで見たのは――
床に倒れたルシアンの姿。
「――ルシアン!」
私は駆け寄り、細い身体を抱き上げた。
顔色はひどく悪く、唇は乾き、浅い息をしている。
「……ルシアン、しっかりしろ。私だ、レオニスだ」
ぐったりとしたその姿を見て、心臓が締めつけられるように痛んだ。
どうして、こんなことに――。
「セバス!! 医師を、すぐに呼べ! ハンナもだ!」
「かしこまりました!」
セバスが駆け出す。
私はルシアンを抱いたまま、震える手でその体温を確かめた。
どうか、どうか……間に合ってくれ。
君を、失いたくない――!
その時、小さな声がした。
「……お父様……ルシアン様……しんじゃうの……?」
はっと顔を上げると、ユリウスが涙を溜めてルシアンの手を握っていた。
震える小さな手で必死に。
「だいじょうぶ……? ルシアン様、僕……守れなくて、ごめんなさい……」
私は言葉を失い、ただ俯いた。
――なぜ、気づけなかったのか。
あの別館で、こんなにも細く小さな命が、絶望の中で耐えていたというのに。
「大丈夫だ……大丈夫だ……」
それは、ルシアンに向けた言葉か、ユリウスに向けた言葉か。
あるいは、自分自身への祈りだったのかもしれない。
私は何度も何度も「大丈夫だ」と繰り返し、
目の前の命を決して離すまいと強く抱きしめた。
椅子に腰を下ろし、顔を覆ったまま動けなかった。
肩が震え、拳を握りしめてもどうにもならない。
「……なぜ、私は……」
低く呟く声が漏れた。
「なぜもっと早く、会いに行ってやらなかった……!」
その言葉に、周囲は誰も何も返せなかった。
セバスもハンナも。
重い沈黙の中、私の嗚咽だけが静かに響く。
やがてセバスが静かに口を開いた。
「旦那様。我々にも罪があります。
我々が信じていた“日々の報告”は、すべて虚偽でした」
ハンナも瞼を伏せながら続けた。
「ルシアン様が“私たちを怖がっている”と聞き、それ以上近づかぬようにしてしまいました。
あの方の涙も、声も、痛みも、何一つ気づけませんでした。
許されるとは思っておりません」
私はゆっくり手を下ろし、ルシアンの顔を見つめた。
まだ目を閉じたままだが、その顔は穏やかで――あまりにも弱々しい。
医師の「気力次第」という言葉が、胸の奥で重く沈んだ。
「……ルシアン……」
「どうか……どうか帰ってきてくれ」
私はその細い手をそっと握りしめた。
この温もりを、もう二度と失いたくない。
二度と――自分の愚かさで。
「私はお前に、許される資格などないかもしれない。
けれど……」
声を震わせながら続けた。
「もし、目を覚ましてくれたなら……もう絶対にお前を一人にはしない。
子どものことも――お前のことも、誰よりも守っていくと誓う」
あの別館に近づかなかったのは、ルシアン自身が「会いたくない」「怖がっている」からだと、そう聞かされていた。
……私を、怖がっていると。
だが――それは、すべて作り話だったのか?
いや、今は考えている暇などない。
まずは、彼を――ルシアンを救わねば。
「急げ、セバス!」
雨が叩きつける中、私は走る。
濡れた石畳が足元を滑らせそうになるが、止まる気など毛頭なかった。
別館が見えた。
そこでは見覚えのあるメイドたちが、慌てた様子で扉の前で鍵を閉めようとしていた。
「何をしている!」
セバスの声が、怒気を孕んで響く。
その瞬間、メイドたちは肩をビクリと震わせ、振り返った。
「そのドアを――開けろ」
声を低く、しかし刃のように鋭く。
メイドたちは目を合わせず、唇を噛みしめたまま動こうとしない。
「……聞こえなかったのか? 主人の命令を無視するとは、どういう了見だ」
怒りに満ちた声が庭全体を震わせる。
メイドたちは青ざめ、震える手で鍵を外した。
私はそれを待たずにドアを押し開け、中に飛び込んだ。
そこで見たのは――
床に倒れたルシアンの姿。
「――ルシアン!」
私は駆け寄り、細い身体を抱き上げた。
顔色はひどく悪く、唇は乾き、浅い息をしている。
「……ルシアン、しっかりしろ。私だ、レオニスだ」
ぐったりとしたその姿を見て、心臓が締めつけられるように痛んだ。
どうして、こんなことに――。
「セバス!! 医師を、すぐに呼べ! ハンナもだ!」
「かしこまりました!」
セバスが駆け出す。
私はルシアンを抱いたまま、震える手でその体温を確かめた。
どうか、どうか……間に合ってくれ。
君を、失いたくない――!
その時、小さな声がした。
「……お父様……ルシアン様……しんじゃうの……?」
はっと顔を上げると、ユリウスが涙を溜めてルシアンの手を握っていた。
震える小さな手で必死に。
「だいじょうぶ……? ルシアン様、僕……守れなくて、ごめんなさい……」
私は言葉を失い、ただ俯いた。
――なぜ、気づけなかったのか。
あの別館で、こんなにも細く小さな命が、絶望の中で耐えていたというのに。
「大丈夫だ……大丈夫だ……」
それは、ルシアンに向けた言葉か、ユリウスに向けた言葉か。
あるいは、自分自身への祈りだったのかもしれない。
私は何度も何度も「大丈夫だ」と繰り返し、
目の前の命を決して離すまいと強く抱きしめた。
椅子に腰を下ろし、顔を覆ったまま動けなかった。
肩が震え、拳を握りしめてもどうにもならない。
「……なぜ、私は……」
低く呟く声が漏れた。
「なぜもっと早く、会いに行ってやらなかった……!」
その言葉に、周囲は誰も何も返せなかった。
セバスもハンナも。
重い沈黙の中、私の嗚咽だけが静かに響く。
やがてセバスが静かに口を開いた。
「旦那様。我々にも罪があります。
我々が信じていた“日々の報告”は、すべて虚偽でした」
ハンナも瞼を伏せながら続けた。
「ルシアン様が“私たちを怖がっている”と聞き、それ以上近づかぬようにしてしまいました。
あの方の涙も、声も、痛みも、何一つ気づけませんでした。
許されるとは思っておりません」
私はゆっくり手を下ろし、ルシアンの顔を見つめた。
まだ目を閉じたままだが、その顔は穏やかで――あまりにも弱々しい。
医師の「気力次第」という言葉が、胸の奥で重く沈んだ。
「……ルシアン……」
「どうか……どうか帰ってきてくれ」
私はその細い手をそっと握りしめた。
この温もりを、もう二度と失いたくない。
二度と――自分の愚かさで。
「私はお前に、許される資格などないかもしれない。
けれど……」
声を震わせながら続けた。
「もし、目を覚ましてくれたなら……もう絶対にお前を一人にはしない。
子どものことも――お前のことも、誰よりも守っていくと誓う」
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