この手に抱くぬくもりは

R

文字の大きさ
17 / 49
紅茶の香りと沈黙

17話 奪われた信頼、失われた時間 sideレオニス

しおりを挟む
なぜ――どうして、メイドたちがルシアンに暴力を振るうなんてことをしていたのか?

あの別館に近づかなかったのは、ルシアン自身が「会いたくない」「怖がっている」からだと、そう聞かされていた。
……私を、怖がっていると。

だが――それは、すべて作り話だったのか?
 
いや、今は考えている暇などない。
まずは、彼を――ルシアンを救わねば。

「急げ、セバス!」

雨が叩きつける中、私は走る。
濡れた石畳が足元を滑らせそうになるが、止まる気など毛頭なかった。

別館が見えた。
そこでは見覚えのあるメイドたちが、慌てた様子で扉の前で鍵を閉めようとしていた。

「何をしている!」
セバスの声が、怒気を孕んで響く。

その瞬間、メイドたちは肩をビクリと震わせ、振り返った。

「そのドアを――開けろ」
声を低く、しかし刃のように鋭く。
メイドたちは目を合わせず、唇を噛みしめたまま動こうとしない。

「……聞こえなかったのか? 主人の命令を無視するとは、どういう了見だ」

怒りに満ちた声が庭全体を震わせる。

メイドたちは青ざめ、震える手で鍵を外した。
私はそれを待たずにドアを押し開け、中に飛び込んだ。

そこで見たのは――

床に倒れたルシアンの姿。

「――ルシアン!」

私は駆け寄り、細い身体を抱き上げた。
顔色はひどく悪く、唇は乾き、浅い息をしている。

「……ルシアン、しっかりしろ。私だ、レオニスだ」

ぐったりとしたその姿を見て、心臓が締めつけられるように痛んだ。

どうして、こんなことに――。

「セバス!! 医師を、すぐに呼べ! ハンナもだ!」

「かしこまりました!」
セバスが駆け出す。
私はルシアンを抱いたまま、震える手でその体温を確かめた。

どうか、どうか……間に合ってくれ。
君を、失いたくない――!

その時、小さな声がした。

「……お父様……ルシアン様……しんじゃうの……?」

はっと顔を上げると、ユリウスが涙を溜めてルシアンの手を握っていた。
震える小さな手で必死に。

「だいじょうぶ……? ルシアン様、僕……守れなくて、ごめんなさい……」

私は言葉を失い、ただ俯いた。
――なぜ、気づけなかったのか。
あの別館で、こんなにも細く小さな命が、絶望の中で耐えていたというのに。

「大丈夫だ……大丈夫だ……」

それは、ルシアンに向けた言葉か、ユリウスに向けた言葉か。
あるいは、自分自身への祈りだったのかもしれない。

私は何度も何度も「大丈夫だ」と繰り返し、
目の前の命を決して離すまいと強く抱きしめた。

椅子に腰を下ろし、顔を覆ったまま動けなかった。
肩が震え、拳を握りしめてもどうにもならない。

「……なぜ、私は……」
低く呟く声が漏れた。

「なぜもっと早く、会いに行ってやらなかった……!」

その言葉に、周囲は誰も何も返せなかった。
セバスもハンナも。
重い沈黙の中、私の嗚咽だけが静かに響く。

やがてセバスが静かに口を開いた。

「旦那様。我々にも罪があります。
我々が信じていた“日々の報告”は、すべて虚偽でした」

ハンナも瞼を伏せながら続けた。

「ルシアン様が“私たちを怖がっている”と聞き、それ以上近づかぬようにしてしまいました。
あの方の涙も、声も、痛みも、何一つ気づけませんでした。
許されるとは思っておりません」

私はゆっくり手を下ろし、ルシアンの顔を見つめた。
まだ目を閉じたままだが、その顔は穏やかで――あまりにも弱々しい。

医師の「気力次第」という言葉が、胸の奥で重く沈んだ。
 
「……ルシアン……」
「どうか……どうか帰ってきてくれ」

私はその細い手をそっと握りしめた。
この温もりを、もう二度と失いたくない。
二度と――自分の愚かさで。

「私はお前に、許される資格などないかもしれない。
けれど……」

声を震わせながら続けた。

「もし、目を覚ましてくれたなら……もう絶対にお前を一人にはしない。
子どものことも――お前のことも、誰よりも守っていくと誓う」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

無自覚オメガとオメガ嫌いの上司

蒼井梨音
BL
ベータとして生きてきた無自覚オメガの小国直樹は、オメガ嫌いの白鷹課長のいる部署に異動になった。 ビクビクしながら、なるべく関わらないように仕事をしてたのに、 ペアを組んでいた先輩が倒れてしまい、課長がサポートすることに。 そして、なぜか課長にキスされてしまい…?? 無自覚オメガ→小国直樹(24) オメガ嫌いの上司→白鷹迅(28)アルファ 第一部・完 お読みいただき、ありがとうございました。 第二部 白鷹課長と一緒に住むことになった直樹。 プロジェクトのこととか、新しくできた友だちの啓さんのこととか。 相変わらず、直樹は無自覚に迅さんに甘えています。 第三部 入籍した直樹は、今度は結婚式がしたくなりました。 第四部 入籍したものの、まだ番になってない直樹と迅さん。 直樹が取引先のアルファに目をつけられて…… ※続きもいずれ更新します。お待ちください。 直樹のイラスト、描いてもらいました。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

異世界からきた青年医師に恋する剣士の こじらせ片想い〜紫になるまで〜

素麺えす
BL
「俺以外の誰かに恋なんてしないで⋯⋯」 「この世界で、ずっと貴方を守るから⋯俺だけをその青で癒して」 《犬系甘々剣士×猫系クーデレ医師》  気ままに旅する赤髪の剣士ロティルカレアは、異世界からやってきたという医師の青年カヤミと治療院で出会う。 あまり愛想のないカヤミだが、治療等をしてもらい関わっていく中で、たまに見せてくれる表情や優しさに惹かれ、ロティルは恋におちてしまった⋯⋯!   好き過ぎて片想いを拗らせ 一喜一憂する日々。それでも2人の距離は少しづつ縮まり⋯⋯ 赤髪×青髪=紫 その過程を描くボーイズラブコメです。 ○じっくり恋愛中心(後々 絡みアリ) ○旅や剣や薬草、異種族等は出てきますが、日常メインで冒険ファンタジーではないです。 魔王もいません⋯(敵対人間は有り)

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

処理中です...