ファントム オブ ラース【小説版】

Life up+α

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後日談

念願の平穏 1

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※山もオチもなく、ただ平和な後日談です※

ダリアが庭を覆い尽くす季節が来た。リビングの窓から見える景色は、遠くが陽炎でぼやけている。まだ人間の暦では初夏と言うらしいが、俺からすれば初夏も真夏も変わらないくらいに暑い。
クーラーの効いた室内でソファに座り、俺はぼんやりと音楽を聞いていた。この場所でこの季節を迎えるのは、リセットされたことを考えるなら2度目の最初となる。
今日はキティと付き合って1年になる日だ。前はこの日の夜にハーロルトがやって来て、キティを誘拐していったのだが、今の世界線にはハーロルトはいない。彼は1年前にこの世を去った。
恐らく危険はないと思いつつ、まだ安全を確信しきれずに胸がざわつく。1年平和が続いたのは、前回も同じなのだ。
「あれ?ハルくん、今日は朝早いね~!」
小さく欠伸をしながら2階から降りて来たキティが、ソファに座る俺を見て笑った。彼女はその足で俺の側まで来ると、両手で俺の顔をつつんで唇に触れるだけのキスをする。
「おはよう!朝ごはんはもう食べた?」
「まだ」
「何か作ろうか?」
ソファに座ったままの俺の頭を優しく撫でながらキティが言う。
結局、姿を一つ目の姿で固定している今では、俺が座ってて、彼女が立っているくらいが目線が合う。人間の姿も過ごしやすかったが、何かとこちらの姿の方が便利だった。
何より戦いやすい。今日はいつ非常事態が起きるか分かったものではない。
「今日は軽くでいい。シリアルでも食べる」
「そう?じゃあ、シリアルと牛乳出しておくね」
俺の答えにキティは微笑むと、今度は俺の額にキスをしてから台所へと向かった。ネグリジェに緩く編んだ1本の三つ編みを揺らす彼女は今日も可愛い。
今日は記念日だから、キティが晩飯に大きなケーキを焼くかもしれない。そう思うと、あまり朝からガッつく気にもなれないし、非常事態が起きた時に満腹すぎても身体が重そうで食う気にならない。キティを追いかけるようにダイニングテーブルへと移動すると、彼女はすぐに俺の前にシリアルの箱と瓶に入った牛乳を置いた。
キティは自分用にベーコンエッグでも焼くのか、卵をフライパンに落として料理を始める。気を使って先にシリアルを用意してくれたのだろうが、一緒に食べたいので料理の完成を待つことにした。
今日、もし何事もなく平穏な日になるなら、キティに秘密で用意したペアリング...結婚指輪みたいなものを渡すつもりだ。
リセットの関係で知り合いの怪物が増えて、比較的住みやすい環境になったこの地域は、以前よりも文明的な暮らしが出来るようになっていた。ライフラインはもちろんのこと、電波も使えるし、食料の生産ラインも概ね維持ができている。
生き残った者が増えたのもあり、店を構える怪物たちも多くなった。キティに渡す指輪も評判の良い店で購入した。指輪の内側には互いの名前、キティの物にはリボンの刻印と小さなダイヤがはまっている。
キティに渡したら喜ぶと思う。割と、かなり、いや、結構...すごく悩んで買ったし、俺が渡せばアイツは何でも喜ぶだろう。
だけど、キティが万が一、記念日を忘れてたり...しないよな?忘れられていたら、結構ショックだ。
「ハルくん、先に食べないで待っててくれたの?」
美味そうな匂いのする皿を手にキティが目の前の椅子に座る。綺麗な黄色を囲む白くて丸いそれは目玉焼き。まだ柔らかさが残るベーコンと、昨日の晩の残りのマッシュポテト添えられていた。
「待ってたら悪いか?」
「んーん!嬉しい!一緒に食べよ!」
相変わらず素直に言えずに皮肉くさくなってしまう俺の答えにも、キティは嬉しそうに笑った。俺の器にシリアルを盛り、上から牛乳をかけ、彼女は俺にスプーンを差し出す。
結局いつも彼女に全てやってもらってしまう。ついつい甘えてしまうのだ。
「ハルくん、人間サイズのシリアルなら一箱で一食分なの凄いよね~」
キティから見たらボウルサイズの食器にシリアルと牛乳が波々と入っている。差し出されたスプーンを受け取り、極彩色のシリアルをすくう。
キティは正面の席で、小さな目玉焼きを頬張っている。丸めこめば俺は一口で食べきってしまうような小さなそれを、丁寧にナイフとフォークで切り分けていた。
「ハルくんは今日はどこかに出かけたりする?」
食事の合間にキティが尋ねてくる。俺は口に含んでいたシリアルを飲み込み、首を傾げた。
「いや、出掛ける予定はない。行きたいとこでもあんのか」
「えっと...出掛ける予定は私もないんだけど...あっ、じゃあハルくんお使い行ってくれたりする?」
「お使い...?」
妙に歯切れの悪い頼み事に、俺は訝しんで目を細める。
「何買って来ればいいんだ?昨日行ったばっかだろ」
「えっと、えっと...あっ!新しいお花の苗とか!ヒマワリ育ててみたいな~なんて...」
キティはあからさまに目を泳がせながら、今思いついたと言わんばかりに手を叩く。お使いを頼みたいくせに、今頼む内容を考えるなんておかしいだろ。
「そんなの急用じゃねえし、花が欲しいなら自分で見て選んだ方がいいだろ。付き合ってやるから、一緒に来いよ」
よく分からんが、行きたいなら付き合う。そもそも、今日はキティの傍から離れるつもりはない。もしかしたら何か起きてキティが誘拐されるかもしれない日に、彼女の傍を離れるなんて有り得ない。
俺が腕組みをすると、キティは少し困ったように眉根を寄せた。
「あっ...えっと...気持ちは嬉しいんだけど、ハルくん1人で行って欲しいと言うか...ほら!私は家事仕事が、ね?」
「なんだよ、出てけってか?」
もはやここまで来ると、一緒にいて欲しくないようにすら聞こえる。じわじわと湧き上がる不愉快さに口を曲げると、キティは慌てたように両手と首を振った。
「違う!違うの~!!そうじゃなくて、1人の時間が少し欲しいと言いますか...」
「出てけってことじゃねえか」
「あ~ん、違うの~!!ハルくんと一緒にいたくないとかじゃないの~!信じて~!!」
慌てふためく彼女を眺めながら、俺はふと思いつく。
もしかして、キティも記念日なのを覚えていて、俺と同様にサプライズパーティの準備がしたいのかもしれない。リセット前ですら、彼女はケーキを焼いていた。彼女は彼女で、俺がリセット前と同じように外へ行くだろうと考えていたのかもしれない。
慌てふためくキティを見ているのは楽しいが、そういうことなら外に出て行くフリくらいしてもいい。何が起きるか分からない限り、完全に視界から外すわけにはいかないが。
「...わあったよ。1人の時間があればいいんだな?適当に散歩してくる」
「分かってくれてありがとう~!ハルくんだーい好き!」
キティは満面の笑みを浮かべると、彼女は手を叩いて喜んだ。
しかし、出掛けるフリとなると、近場で待機しなくてはならない。部屋の中には防犯カメラがあるので、ホログラムからアクセスすれば、彼女の姿を確認することは出来る。問題は何かあった時にすぐ駆けつけられる場所を確保することだ。
一先ず、飲み物は多めに持って行くべきか。朝食を終えて着替えると、俺は常用しているショルダーバックにペットボトルを限界まで詰めて玄関に向かった。
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