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困惑 sideサシャ
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サシャ=ジルヴァールはティム=カンポスとなってアーヴィンに翻弄される毎日を送っていた。
家に帰ってから、やっぱり騙された気がする、とキスの練習をさせられたことを思い出した。
けれど、誰にも相談できるはずもなく、サシャはため息をついた。
徐々に続けていけば慣れていくものなのかもしれない。
そしたら緊張せずともクラークとキスが出来るようになるかもしれない。
しかしこれは本当に良い事なのか。
不貞行為では無いのだろうか、とも思ったが、やっぱり誰にも相談出来ないサシャにはどうしようもない悩み事だった。
アーヴィンはサシャがぶつかった事を気にしてない様子だったので、嘘をつく理由も思い当たらない。
とくれば、やはり考えつくのは親切心で練習をしてくれているという事に行き当たった。
そして、サシャは思い切って練習を続行することに決めた。
「慣れた?」
「っ! ん!んん…ぁ…ん…」
慣れない。
今日で初めてのキスの練習を含めて5日目だが、サシャは全く慣れなかった。むしろアーヴィンの翠眼を見るだけで何故だが身体が強張り、顔が火照ってくるのを感じてしまうほどだった。
いつも本棚に磔にされるようにキスをされる。 身動きが取れなくて、恥ずかしくて逃げることもさせてもらえない。
サシャは息も絶え絶えになりながら、舌を絡ませてくるアーヴィンの動きに翻弄される。
アーヴィンは意地の悪い性格をしている。
サシャが顔を逸らそうとすれば顎を手で押え、せめて舌だけでも入れさせないように唇を閉じていると鼻を指で摘まれる。
そういうことをしてくるアーヴィンの顔はなんだか楽しそうだった。
「んっ…ふ。ぁ…んん…っ!」
たまに口内に敏感なところでもあるのか、アーヴィンの舌がかすると全身に電流が駆け巡るような痺れを感じる。
アーヴィンは執拗に敏感な所を責めたりはしない。
それでも、サシャには未知の体験で、これは正常な反応なのか、判断がつかなかった。
やがてアーヴィンは満足したのか、はたまたサシャが本棚を背に立っていられなくなりそうな産まれたての子鹿のような足になっていることに気づいたからなのか、唇が離れていく。
サシャはこの瞬間が1番苦手だった。
うっすらアーヴィンの翠眼を見ていると、苦しそうな顔を一瞬しているのが分かるからだ。
「ん、はぁ、はぁ…」
「ごっそさん」
一瞬の苦しいような顔つきから、いつものアーヴィンの微笑みに戻る。
サシャは呼吸を整えることで精一杯だった。
「なぁ、5日連続でやってるけど、癖にでもなった?」
「っな! なってない! 練習が、要るって言ったから」
アーヴィンの質問に思わず声を張った。
徐々に恥ずかしくてなのか尻すぼみになっていく。
「じゃあまだ恋人とはしてないんだ」
「え? し、していいの?」
練習中はしてはならないと勝手に思い込んでいたサシャはアーヴィンの言葉に戸惑った。
彼が困ったような顔をしていたので、サシャはアーヴィンが親切心でやってくれていることを思い出した。
「あ……ごめん。こんなことに付き合わせて」
「いや! それは全然! 俺から言い出したしな?!」
「でも」
「何回でも付き合う」
アーヴィンはどこまでも親切だった。
こんな忌々しい紫眼を持ったサシャに対しても、態度も変えなければこうやって練習にも付き合ってくれている。
人に優しくされたことなど数える程しかないサシャにとったら、アーヴィンは天使のように見えた。
だからこそ、これ以上アーヴィンに甘える訳にはいかないと思った。
「いや。明日、挑戦してみる」
「え」
「練習、付き合ってくれてありがとう」
「まだ早いんじゃ」
「でもきっと逃げ出したりはしないと思う!」
そう、アーヴィンにこうやって本棚に追い込まれているものの、もうさすがにクラークから逃げ出したりはせずに済むはず。
サシャはもうクラークを困らせたり落ち込ませたりしたくない。逃げなければなんとかなる、とそう思った。
「うわ、墓穴掘った」
意気込んでいるサシャの前で、アーヴィンが何か呟いていたがよく意味は分からなかった。
◆
次の日、サシャは相変わらず弟に渡された課題のせいで少し眠かったが、授業は寝ずに受けることが出来た。
そして昼になってクラークの所にいつものように向かった。
5日間、クラークは優しかった。
キスを迫ってきたり、距離を必要以上に縮めてこなかった。サシャはクラークの穏やかな優しさが好きだ。
「サシャ」
いつもの中庭に行くと、ふわりと柔和な笑みを浮かべるクラークは騎士らしくないと思う反面、サシャは心の中がきゅぅと音を立てるように苦しく感じた。
サシャの名前をこんなに優しく奏でてくれるのはクラークだけだ。
クラークがくれるものはなんであれ、サシャにとっては宝物のように感じた。
サシャはクラークの隣にいつものように腰掛けた。
座ってから、覚悟を決める。
今日こそは、キスをする。
アーヴィンがあんなに親切に教えてくれたのだ。サシャはきっと逃げ出さずに出来るはず。
そう思って、緊張で喉にたまる唾を飲み込んだ。
「? どうしたの?サシャ」
「あ、あああの、クラ、ーク!」
膝の上に乗せた手は、服をギュッと握っている。
サシャは恥ずかしさで顔がのぼせてくるのが分かった。
中庭は喧騒もなく、静かに風が吹いて木々を揺らしている音だけが響いているのに対して、心の中は穏やかではなかった。
サシャはそれでも勇気を出す。
クラークを悲しませないために、困らせないために。
喜んで欲しくて。
「き、…………す、したい」
「え? サシャごめん、聞こえなかった」
「クラークと! キス!したい……です……」
中庭に静寂が流れる。
サシャは心配になり、クラークをちらりと見ると、クラークはポカンと驚いているようだった。
「く、クラーク?」
「あっ、ああ! サシャがそんなこと言うなんて、びっくりしちゃった」
「う」
「どうして? こないだのこと気にしてるの?」
クラークにとったら、サシャのこの言動はサシャらしくないと思っているのだろう。
クラークの言葉に力なく頷いた。
「僕は嬉しいけど、いいの?」
もう一度、サシャは頷く。
「ちゃんと、練習したから大丈夫」
すると、クラークはピタリと動きを止めた。
サシャは疑問に思ってクラークの顔を見る。
今まで見た事がない、戸惑ったような、不思議に思っているような、どうしたら良いのか分からない表情を見せていた。
「サシャ? 練習って?」
「? えっと、キスの練習」
「誰かと?」
「う、うん」
アーヴィンの名前は出さなかった。
アーヴィンはあくまでティムとして接しているのだから、知られるのは良くないと思った。
「やっぱり、サシャは噂通りだったんだね」
「く、クラーク?」
「噂を信じてなかった僕が馬鹿だった」
彼が一体何を言っているのか、サシャには理解できなかった。
クラークの顔が、怒気を含んだものに変わっていく。
そんなクラークは初めてのことで、サシャは困惑した。
どうして、クラークを喜ばせたかっただけなのに。
ベンチを立ち上がり、クラークの目は汚いものを見るような目をしていた。
まるで、家族と同じような目だった。
「サシャ、残念だよ。信じてたのに」
「クラーク?!」
「二度と顔も見たくない」
「っ!」
クラークはそう言って、1度も振り返らずに中庭から去ってしまった。
サシャは頭の中がぐちゃぐちゃで、追いかけることは出来なかった。
家に帰ってから、やっぱり騙された気がする、とキスの練習をさせられたことを思い出した。
けれど、誰にも相談できるはずもなく、サシャはため息をついた。
徐々に続けていけば慣れていくものなのかもしれない。
そしたら緊張せずともクラークとキスが出来るようになるかもしれない。
しかしこれは本当に良い事なのか。
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アーヴィンはサシャがぶつかった事を気にしてない様子だったので、嘘をつく理由も思い当たらない。
とくれば、やはり考えつくのは親切心で練習をしてくれているという事に行き当たった。
そして、サシャは思い切って練習を続行することに決めた。
「慣れた?」
「っ! ん!んん…ぁ…ん…」
慣れない。
今日で初めてのキスの練習を含めて5日目だが、サシャは全く慣れなかった。むしろアーヴィンの翠眼を見るだけで何故だが身体が強張り、顔が火照ってくるのを感じてしまうほどだった。
いつも本棚に磔にされるようにキスをされる。 身動きが取れなくて、恥ずかしくて逃げることもさせてもらえない。
サシャは息も絶え絶えになりながら、舌を絡ませてくるアーヴィンの動きに翻弄される。
アーヴィンは意地の悪い性格をしている。
サシャが顔を逸らそうとすれば顎を手で押え、せめて舌だけでも入れさせないように唇を閉じていると鼻を指で摘まれる。
そういうことをしてくるアーヴィンの顔はなんだか楽しそうだった。
「んっ…ふ。ぁ…んん…っ!」
たまに口内に敏感なところでもあるのか、アーヴィンの舌がかすると全身に電流が駆け巡るような痺れを感じる。
アーヴィンは執拗に敏感な所を責めたりはしない。
それでも、サシャには未知の体験で、これは正常な反応なのか、判断がつかなかった。
やがてアーヴィンは満足したのか、はたまたサシャが本棚を背に立っていられなくなりそうな産まれたての子鹿のような足になっていることに気づいたからなのか、唇が離れていく。
サシャはこの瞬間が1番苦手だった。
うっすらアーヴィンの翠眼を見ていると、苦しそうな顔を一瞬しているのが分かるからだ。
「ん、はぁ、はぁ…」
「ごっそさん」
一瞬の苦しいような顔つきから、いつものアーヴィンの微笑みに戻る。
サシャは呼吸を整えることで精一杯だった。
「なぁ、5日連続でやってるけど、癖にでもなった?」
「っな! なってない! 練習が、要るって言ったから」
アーヴィンの質問に思わず声を張った。
徐々に恥ずかしくてなのか尻すぼみになっていく。
「じゃあまだ恋人とはしてないんだ」
「え? し、していいの?」
練習中はしてはならないと勝手に思い込んでいたサシャはアーヴィンの言葉に戸惑った。
彼が困ったような顔をしていたので、サシャはアーヴィンが親切心でやってくれていることを思い出した。
「あ……ごめん。こんなことに付き合わせて」
「いや! それは全然! 俺から言い出したしな?!」
「でも」
「何回でも付き合う」
アーヴィンはどこまでも親切だった。
こんな忌々しい紫眼を持ったサシャに対しても、態度も変えなければこうやって練習にも付き合ってくれている。
人に優しくされたことなど数える程しかないサシャにとったら、アーヴィンは天使のように見えた。
だからこそ、これ以上アーヴィンに甘える訳にはいかないと思った。
「いや。明日、挑戦してみる」
「え」
「練習、付き合ってくれてありがとう」
「まだ早いんじゃ」
「でもきっと逃げ出したりはしないと思う!」
そう、アーヴィンにこうやって本棚に追い込まれているものの、もうさすがにクラークから逃げ出したりはせずに済むはず。
サシャはもうクラークを困らせたり落ち込ませたりしたくない。逃げなければなんとかなる、とそう思った。
「うわ、墓穴掘った」
意気込んでいるサシャの前で、アーヴィンが何か呟いていたがよく意味は分からなかった。
◆
次の日、サシャは相変わらず弟に渡された課題のせいで少し眠かったが、授業は寝ずに受けることが出来た。
そして昼になってクラークの所にいつものように向かった。
5日間、クラークは優しかった。
キスを迫ってきたり、距離を必要以上に縮めてこなかった。サシャはクラークの穏やかな優しさが好きだ。
「サシャ」
いつもの中庭に行くと、ふわりと柔和な笑みを浮かべるクラークは騎士らしくないと思う反面、サシャは心の中がきゅぅと音を立てるように苦しく感じた。
サシャの名前をこんなに優しく奏でてくれるのはクラークだけだ。
クラークがくれるものはなんであれ、サシャにとっては宝物のように感じた。
サシャはクラークの隣にいつものように腰掛けた。
座ってから、覚悟を決める。
今日こそは、キスをする。
アーヴィンがあんなに親切に教えてくれたのだ。サシャはきっと逃げ出さずに出来るはず。
そう思って、緊張で喉にたまる唾を飲み込んだ。
「? どうしたの?サシャ」
「あ、あああの、クラ、ーク!」
膝の上に乗せた手は、服をギュッと握っている。
サシャは恥ずかしさで顔がのぼせてくるのが分かった。
中庭は喧騒もなく、静かに風が吹いて木々を揺らしている音だけが響いているのに対して、心の中は穏やかではなかった。
サシャはそれでも勇気を出す。
クラークを悲しませないために、困らせないために。
喜んで欲しくて。
「き、…………す、したい」
「え? サシャごめん、聞こえなかった」
「クラークと! キス!したい……です……」
中庭に静寂が流れる。
サシャは心配になり、クラークをちらりと見ると、クラークはポカンと驚いているようだった。
「く、クラーク?」
「あっ、ああ! サシャがそんなこと言うなんて、びっくりしちゃった」
「う」
「どうして? こないだのこと気にしてるの?」
クラークにとったら、サシャのこの言動はサシャらしくないと思っているのだろう。
クラークの言葉に力なく頷いた。
「僕は嬉しいけど、いいの?」
もう一度、サシャは頷く。
「ちゃんと、練習したから大丈夫」
すると、クラークはピタリと動きを止めた。
サシャは疑問に思ってクラークの顔を見る。
今まで見た事がない、戸惑ったような、不思議に思っているような、どうしたら良いのか分からない表情を見せていた。
「サシャ? 練習って?」
「? えっと、キスの練習」
「誰かと?」
「う、うん」
アーヴィンの名前は出さなかった。
アーヴィンはあくまでティムとして接しているのだから、知られるのは良くないと思った。
「やっぱり、サシャは噂通りだったんだね」
「く、クラーク?」
「噂を信じてなかった僕が馬鹿だった」
彼が一体何を言っているのか、サシャには理解できなかった。
クラークの顔が、怒気を含んだものに変わっていく。
そんなクラークは初めてのことで、サシャは困惑した。
どうして、クラークを喜ばせたかっただけなのに。
ベンチを立ち上がり、クラークの目は汚いものを見るような目をしていた。
まるで、家族と同じような目だった。
「サシャ、残念だよ。信じてたのに」
「クラーク?!」
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