【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸

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番外編

無意識 side レイリー

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レイリー=スタームが治療に向かうと、ラヴェル=アンデルベリは歩行訓練を行っていた。
公爵当主が作らせた特別な手すりの間をゆっくりと踏みしめながら歩く姿に、これまで治療してきた甲斐があったと感動した。

だいぶ筋力を付けたラヴェルの努力が歩行に現れている。
使用人は少しハラハラしているようだが、レイリーはそこまで心配していなかった。
もう手すりで歩くことができる筋力と体力がついていることを理解していたからだ。

治療はもうほとんど終わっている。
後はリハビリを行っていくばかりであり、レイリーにできることと言えば、せいぜい励ましたり、風邪など引いていないか確認することくらいである。
もうこれ以降は、ラヴェルの努力次第である。

「レイリーさん、来てくれたんですね」

花が綻ぶように笑う天使のような笑顔に、いかに仕事に生き甲斐を感じていようとも蓄積された疲労が全て吹っ飛ぶ感覚がした。

手すりを掴みながら、歩くのをストップして、こちらを見る。
どのくらいリハビリしていたのだろうか、ラヴェルの額からは汗が見える。

「……あまり、無理はいけませんよ」
「はい、でもこれくらい平気なのはレイリーさんもわかっているでしょう?」

理解していても、一応心配の言葉をかける必要があると思った。

「分かっていますが、無理しすぎも禁物です。筋肉を痛めれば、またベッドに逆戻りですよ」
「はぁい。気をつけます」

そう言って、また天使のように微笑む。
レイリーは頑張っているラヴェルの姿を見て、最近は癒されるばかりだった。

可愛がっていたイヴは嫁に行ってしまったし、一緒に仕事しているとはいえ、1番に頼るのは夫に変わってしまったことに寂しさを感じていたのだ。

それに、ラヴェルは口うるさく注意しても全て受け入れ、子供のように拗ねたりしない。
八歳の子供にしては、本当に出来た人間だと思う。
誰も彼も、大人になることを強要していない。むしろ子供のように甘えて欲しいとすら思っているだろう。
そういった意味では、皆ラヴェルの成長に悲しさを覚えているだろう。

「もう1人で湯浴みも出来るようになったんだよ」
「え、見張りはつけていないのですか?」
「あ、それはさすがに居ましたけど。でも手伝い無しで出来るようになったんです」
「そうですか。それは本当に素晴らしいです、ラヴェル様は本当によく頑張りましたね」

レイリーが褒めると、えへへ、と照れるように顔をほんのり紅潮させる。 血色もだいぶ良くなり、本当に病状が回復したことがよく分かる。

最近は、レイリーとラヴェルはお茶を飲むようになった。
長時間ソファに座ることも出来るようになったラヴェルが一番最初に望んだことは、一緒にお茶をすることだった。
小さな望みに、治療が終わればレイリーも叶えることを優先させる。

「それで、レイリーさん」

ティーカップをソーサーに静かに置きながらラヴェルが切り出す。
レイリーは顔に出さないように、怯えた。

「婚約の件、考えてくれましたか?」

来た。
もうここ最近は治療に来る度にこれである。
八歳といえど、公爵家次期当主であり、口約束すら簡単にすることは出来ない。
まだ子供だし、いつか飽きるだろうと簡単に返事をすることは許されない。
だからこそ、レイリーは真剣に返事を返す。

「……何度聞かれようとも、答えは同じですよ」
「僕は、自分が支えられなきゃ生きていけない人間になりたくない。けど、僕のことを1番理解している人に居て欲しい」

グレースピネルの宝石が真っ直ぐにレイリーを見据えてくる。

「それは、私じゃなくても……時間が経てばきっと現れますよ」
「そうかもしれませんね。でも、僕は今貴方に居て欲しいと思っています」
「…次期当主でしょう。男の私では……」
「双子のどちらかに跡継ぎの子供を養子にさせてもらいます」
「それに、私は仕事が好きなので」
「続けていただいて構いません。家の事は僕がやればいいです」

レイリーはそれ以上は本当は言いたくなかった。
けれど、こんな風に真っ直ぐぶつけるような言葉に、ぶつからなければ失礼に当たると思った。

「それに……私はラヴェル様を弟のように思っていて、恋愛感情はありません」

今まで言わないようにしていた。
ラヴェルをきっと傷つけるし、自分自身も言ったことを後悔するのではないかと思った。
やはりそれは的中していて、天使のような顔の悲しげに眉尻を下げているさまを見れば、レイリーは深く後悔した。

けれど、ラヴェルはもう一度グレースピネルを力強く輝かせた。

「……最初はそれで構いません。弟だと思って頂いて構いません」
「ら、ラヴェル様……」
「レイリーさん。僕は、貴方とこの先も生きていたい。 レイリーさんの隣にいるのは、僕じゃなくちゃ嫌なんです」

そして、やはり真っ直ぐに見つめられて、レイリーは目を逸らせなくなるのだ。

「どうか、僕の婚約者になってください」

レイリーは、後にも先にもこの時の自分の行動は不可解だった。

「……はい」

そう勝手に口が動いてしまったのだから。
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